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第二部 高校生編

両手に持つは恐ろしき

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 信用し難いが、ここで喧嘩を売ってもしょうがないと弁える。
 天秤に誓ったことで手打ちと言われればそれまでではあるのだし。

「でだ、私としては安心院君に一つ聞きたいことがあるのだが、良いだろうか?」
「ものによる」
「それもそうか。坊や、少し退室してくれるかな?」
「え、良いんですか?」
「別にいいさ。そもそも安心院君じゃ私を殺せない」
「・・・まあ、そうでしょうけど」
「なにか不都合でもあるのかい?」
「いえ、特にないんで、退室します」

 渡辺は存外素直に部屋を出た。

「全く。生娘でもあるまいに、男女が閉鎖空間で二人きりと言うのを見過ごせぬものかね?」
「俺が押し倒しにかかったらーとか思うんじゃあないの?」
「もしそうなら、坊やは色々的外れだね」

 夜狐は渡辺について少々思案していたが、それを切り上げ話を仕切り直した。

「まあ坊やについてはいいだろう。話を戻すよ」
「渡辺を退室させてまで俺に効きたい事とは?」
「坊やを退室させたのは・・・まあ、どちらかと言うと君のためだね」
「はあ・・・」

 そうは言われても、渡辺に対して探られて痛い腹もない。
 彼女の言はいまいちピンと来ないというのが正直な所である。

「ふむ・・・結論から行こうか。君、私に超能力の使い方を教わらないか?」

 示されたのは、師事の提案だった。
 しかし使い方、と言われても・・・結構自由に使いこなしている自信はある。

 なじみが妊娠していないのがその証明だ。
 自分で言っててなかなか酷い。

「いや、超能力の前段階・・・君になぞらえるなら、強化状態の薫陶だ」
「それこそ、使いどころが少ないから教わる意味も少ないと思うが」
「君のためにも、周りのためにも教わった方が良いと思うよ」
「周り・・・?」

 夜狐曰く。

 超能力を定義づけするなら『極めて限定的な現実改変』である。人間は誰しも自分だけの現実を保有している。例えば『綺麗なあなたの声』という文章を読んだ時、『声』と『あなた』のどちらが『綺麗』であるかは個人個人で変わる。大雑把にはこれが『自分だけの現実』である。超能力とはこういった『自分だけの現実』のごく一部だけを『全世界にとっての現実』に上書きする異能を指す。先の例を続けるならその文章を読んだ時に綺麗とする方を全世界で統一させてしまう能力だ。上書きできる現実は個人ごとに異なり、あるモノは契約の遵守であり、あるモノは自らの現在位置であり、あるモノは男性器の機能であったりする。では強化状態とは何かという事になるが、これは自らの現実と世界の現実を競合させることで起こる反発から生まれるエネルギーで自らを満たしている状態を指す。その為に薄まった超能力が周囲に拡散され、無差別に超能力の影響をバラまくようになる。その影響は超能力の性質に寄って変わるため、影響から逆算して超能力を類推することも可能であるそうで、俺の場合は『周囲の女性に若干の性的興奮を促す』ことから『セックスに関連する超能力』と夜狐本人は推測したらしい。この影響は多少訓練すれば伝播しないようにできるので、妙な騒ぎを起こしたくないならその辺の技術取得は必須である、との事だ。

 斜め読みした奴の為に重要な所だけまとめると『未熟なまま強化状態を使ってると周囲の女性を発情させかねないから訓練受けた方が面倒が少ないぞ』という事らしい。

「これまでも時々使ってたんだろう? 心当たりはないかい?」
「ふむ・・・あっ」

 そういえば夜狐が持ってきた木彫りの狐を割る時に使ったが、その時のなじみは少し顔が赤かった。
 今思えばアレはそれの影響だったのかもしれない。

 それに微が告白してきたとき。
 あの時俺は強化状態の制御を訓練するべく、ずっと強化状態のままだった。微に会うその瞬間もだ。
 随分いきなり思い切った告白をしてきたなと思っていたが、そう考えれば合点もいく。

 その辺りをぼかして話すと。

「うん? 随分と前の話だな。ここに来る直前にも使っていたんだろう? 島崎君から聞いているぞ。その時には何かなかったのかい?」

 島崎さんにひっつかまれる前は・・・確か信照と圭希が付き合うとか言ってた時だ。
 あー・・・もしかしてアレも俺の影響だったりするのだろうか。
 そういえば告白したのは先週だったらしいし、俺はその時も強化状態で走り去った。

 『妙にドキドキした』と言ってたが、恐らく圭希の方のドキドキは俺の超能力由来だったのだろう。
 信照の方は・・・自前か。

 ある意味恋のキューピット的な事をしたと言えるのかもしれない。
 心臓を弓矢で射抜いて精神を支配したわけである。人権もへったくれもあったもんじゃないな。

「・・・その様子だとその時にもあったようだね。どうだい? 訓練する気になった?」
「そりゃもう、頗る」

 知らなかったらあのアパートに住んでる連中の出生率が異常に引きあがることになったのかもしれない。そう考えると諸々の影響も含めて、受けないという選択肢はなかった。

「それじゃあ、今日は時間も押してる事だろうし来週の日曜、今くらいから始めようか。ちょうど時間もあることだしね」
「ん、ああ・・・それはありがたい限りだ」
「では今日の所は一旦帰り給え。彼女さんをあまり寂しがらせるものじゃあない。島崎君」

 虚空に向かって夜狐が呼びかけると、ヴインと空間が捻じれて島崎さんが出てくる。
 待機でもしてたんだろうか。今のやり取りで力関係が大体わかろうというものである。

 そうして早々に島崎さんに自宅へ送還された。

 あまりにもシームレスに進むせいで、一つ聞きそびれてしまったことがある。

 『なんで来週の日曜の今頃、俺に時間があることを知っている?』という疑問を。



 何のことはない。
 最初から連中は信用できないし、超能力者という以上人知を超えたなにかしらはあると思っていた。
 一方的な監視など可愛いぐらいだろう。

 それを見せつけられ、ある種の脅迫染みたことをされただけだ。

 脅威度が上がりこそしたが本質的には大差ないのだし、そもそも隠すようなこともないのだから気にする必要はない。
 むしろ公開してくれたのがありがたいぐらいだ。

 考えが一段落したところで、周囲を見回す。

 島崎さんの瞬間移動で運び込まれた先は、初めて会った時のあの公園だった。
 なんでも俺の自宅の具体的な位置を知らないので、一番確実なここに飛んできたとのこと。

 まあその辺の事情は俺には関係ない。
 一人で虚空に消えた島崎さんを見送り、自宅へ走り出す。まさか強化状態で周囲を発情させつつ帰るわけにもいかず、ある意味並足である。

「あら安心院君、おかえりなさい」
「ああ微・・・あー・・・うん、こんにちわ」
「日和ったわね」
「この場で『ただいま』っていうのもなんかおかしいしな」

 自宅のドアの直前で微と出会った。
 お隣さんなのだから充分ありうる話だが、学習合宿のせいか随分久しぶりに感じてしまう。

 しかし微はどちらかと言えば籠り気味なたちだったと思うのだが、外出するとは珍しい。

「微はどうして外に?」
「私が屋内でしか生きられない生態だとでも思ってるの?」
「とんでもない出不精だとは思ってるが」

 微は苦笑して肩をすくめると、話を続けた。

「買い物よ。本とかスポンジとか食材とかをね」
「そりゃまた随分とっ散らかった方針だな」
「一気に買い込んで当分家に居たいのよ」
「やっぱ出不精じゃないか」
「そうね」

 微笑んだ微は、少し笑みの種類を変えて囁く。

「ねえ、良ければ付き合ってくれない? 女の細腕じゃ限度があるわ」
「悪いな、彼女なら間に合ってる」
「そっちじゃないわよ。ていうか分かって言ってるでしょ」
「そらそうよ」

 女の細腕、なんで言葉が出てきた時点でそういう話でないことぐらいわかる。
 それを加味しても中々デリカシーの無い発言であるという事も。微自身は全く気にしていないようだが。

「同行するのは別に良いけど、流石にこの格好でと言うのはね。それになじみに言わないと不誠実だ」
「・・・そう」

 なぜ今の流れで俺がジト目を向けられなければならないのか。
 火遊びしといてなんだが、だからこそ正直でいるつもりなのだが・・・。

 これはあれか、いわゆる『あれ、俺またなんかやっちゃいました?』という奴か。

 傍から見てるとこっちが恥ずかしくなって来るぐらい色んな意味で無様だが、当事者になってみると、なるほどそう言いたくもなる。
 本当に何を『やらかした』のか分からないので不安なのだ。まあその不安を直接口に出すのはどうかと思うが。

「まあ、私がいきなり言ってしまったのだし、その辺りの差配はあなたに任せるわ」
「んじゃ、30分後に昇降口な」
「ええ」



 30分後。
 昇降口には先導する微、俺の腕を取るなじみ、そしてエイリアンさながらにぐいぐい持っていかれる俺がいた。

 ふむ、ひとまず。

 どうしてこうなった。
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