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第三章 私が受け入れるまで
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しおりを挟む「それは…私を脅すということですか?」
「あら、脅すだなんて人聞きが悪いですわ。私はただ、一回きりのお願いをしたいだけなのです」
私は、婦人からの脅迫めいた言葉を、毅然とした態度で跳ね除けようとした。ところが当の婦人の言葉は意外にも穏やかだった。
「ふふふ。そんな怖い顔なさらないで。私はただ、少しの間ザール様に抱擁されたいだけなのです」
そう言いながら婦人は私の背後へと回り込み、私の肩にそっと手を置いた。白く細長い婦人の指のしっとりとした感触が衣服越しに伝わる。
「実はさきほどリザと抱き合っているお姿を見てしまいまして…年甲斐もなくヤキモチを焼いているだけですわ」
「なっ…み、見ていたのですか」
私は慌てて婦人の方を振り返った。その勢いで、そこには、婦人の顔が想像以上に至近距離にあった。鼻と鼻が触れ合うような恋人同士の距離。婦人はまるで私の反応を予測していたかのようだ。
このままでは、婦人に主導権を握られてしまう。そう直感した私は、婦人との距離をとろうとした。
「あん、ダメですわ」
しかし、婦人はそれを許さない。婦人は私の肩に置いた手にグッと力を込め、私の動きを一瞬止めた。そして矢継ぎ早に話を始めた。
「ザール様、私は真剣なのです。先ほどのザール様の真剣なお話の最中、私が顔を背けることがありまして?」
「そ、それは…」
「それが話を聴く誠実な態度というものですわ。ですからザール様も、ちゃんと私の顔をご覧になって、話を聴くべきですわ」
婦人はにこやかな笑顔を崩さず、
「婦人、手を離してください…!」
「ザール様が顔を背けないなら離しますわ」
「ふっ、婦人…!」
「それに、つい先ほど、私の想いに応えられないと仰っていたではないですか。その固い決意はこの程度で揺らぐものではないでしょう」
当の婦人は、私の目をじっと見つめながら、にっこりと微笑んでいる。その潤んだ瞳の奥には獲物を絶対に逃しまいとする、毒蛇のような狂気が宿っているように見えた。
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