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しおりを挟む「あら、寝ちゃってた?」
「だいじょび、です」
戻ってきた楠木さんに呼び掛けられ、慌てて口を開いて出た声は我ながら全然大丈夫じゃない。楠木さんはちょっとだけ笑って、私の正面にあった低い椅子に腰かけた。私の膝の位置に楠木さんの顔があり、急に恥ずかしさと気まずさに襲われてしまう。眠気もどこかに行ってしまった。逃げたしたくて腰を浮かせようとするけど、私の両脚はお湯につかったままで、逃げようにも逃げ場はない。
「あ、あの」
「大丈夫、力を抜いて」
楠木さんはバスタオルを膝に広げると、足湯の機械から私の右足だけを引き抜いた。ぽたぽたと水滴で濡れた足先をバスタオルが優しく包む。高級な肌触りが畏れ多くて身体を強張らせていると、楠木さんは面白そうに笑って、だいじょうぶよ、と優しい声で囁いてくれた。
「こんなに腫れて。可哀相に。疲れてたでしょう?」
労わる声音が凄く優しい。綺麗に拭き上げられた足先に楠木さんの綺麗な指先が触れる。神聖なものを汚してしまったような妙な罪悪感があるのに、その光景から目が離せない。
「まずはマッサージね」
ポンプ式のボトルから乳白色のクリームを出すと、楠木さんの綺麗な手が私の足にそれを塗り付けていく。お湯で温められていた皮膚にクリームは少しだけ冷たく感じて、つま先が勝手にピクリと跳ねた。
足の甲や踵、足裏をまんべんなく撫でながらクリームが肌に刷り込まれていく。足の指と指の間にも丁寧に塗り込められて、指を一本一本摘まむように引っ張られると、固まっていた筋肉や神経がピリピリと痺れて痛気持ちいい。
「新しい靴でずっと押さえつけてたから腫れちゃってるじゃない。駄目よ、もう少し柔らかい靴にしなきゃ」
「はい…」
ちょっとだけ怒った口調の楠木さんが、私のつま先をやさしい手つきで何度も撫でていく。
「せっかくきれいな足なんだから」
「そんな」
そんな事これまで一度だって言われた事はなかった。サイズだって平均だし。
「立ち仕事だったのね。ほら、ふくらはぎまでパンパン」
踵を掌で包むように揉んでいた手が滑って、アキレスから辿るようにふくらはぎへと這い上がってくる。綺麗で長い指私のふくらはぎを包むように揉みこんで撫でまわしていく感触は、マッサージというよりもずっとソフトで随分優しい。
「んぅ」
思わず鼻から自分の声とは信じたくないような甘い声が出てしまった。人からこんな風に体を触ってもらったのが初めてで、脳が誤作動を起こしてしまったらしい。恥ずかしいやら情けないやらで顔から火が出そうだ。
「……」
楠木さんも目を丸くして私の顔を見ている。ああ、呆れられたし、浅ましいとか気持ち悪いとか思われたかもしれないと血の気が引く。
「敏感な子ね」
ふふ、と楠木さんが艶やかな笑みを浮かべる。その顔があまりに綺麗で息を飲んで固まっていると、ふくらはぎを撫でていた手がすす、と上がって、ひざ掛けに隠されていた私の膝裏まで這い上がっていく。
「ひゃっ」
関節の裏側は皮膚が薄いし、人から触れられるとこが無いせいか、そこに他人の指があるという感触が未知すぎて処理が追いつかない。窪んだ部分を爪がくすぐる様に撫でていくと、むず痒さとくすぐったさと、熱が広がるような不思議な感覚がそこからじわじわと広がっていく。
「ここもね、時々マッサージしてあげなきゃだめよ。血のめぐりが悪くなっちゃうの」
「は、はい」
あくまでマッサージだと微笑む楠木さんの瞳はちょっと意地悪だ。本当なのかからかわれているのか判断が付かない。膝裏をくすぐっていた指先が滑ってふくらはぎへと戻ってきた。ほっと息をついたのもつかの間、ふくらはぎを四本の爪先でゆっくりと引っ掻くようにソフトに撫でられてしまう。
「ひぃんっ」
また、甘えてた声が出てしまう。只のマッサージなのに、こんな声が出てしまっていいのだろうか。
「くすぐったい?」
「ちょ、ちょっとだけ」
「我慢してね。ちゃんと気持ちよくしてあげるから」
にっこりとほほ笑んだ楠木さんの顔は綺麗で、胸の奥が苦しくなる位。オネェさんでなかったら恋してただろうな、とぼんやり見惚れている間に、またクリームが増やされて、ふくらはぎから足の裏まで丹念に揉みあげられた。ぬちゃぬちゃと肌に吸い込まれきれないクリームが音を立てて、なんだかちょっとだけえっちだ。
足指の間に指が滑り込んでぬるぬると抜き差しされると、やはり誰かに触れてもらう事などない指の間の敏感な皮膚に与えられる刺激に、何とも言えない痺れが足先から広がっていく。
「んんっ」
ぶるりと背中が震えて仰け反る。ただ、足をマッサージされているだけなのに、こんな気持ちになるのは正しい事なのだろうか。疲れすぎていて、正常な考えが出来ない私は成すがままに足を弄ばれ、身をよじる。楠木さんはそんな私をじっと見つめたまま、楽しそうに口元で弧を描いていた。
「かわいい」
「え?」
からかわれているのだと気が付いて、恥ずかしさで顔が痛い。
「じゃあ、次は左ね」
ようやく右足が解放されるが、今度は左足も同様にしつこいほどのマッサージをされてしまった。
「ん、んっ」
的確な強さと刺激で確かに足の疲労感はどこかへ行ってしまったが、時々悪戯な動きで私の身体はあらぬ反応をしてしまう。人から触れられるという経験値が圧倒的に足りないせいだと、情けなくて恥ずかしかった。
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