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しおりを挟む「アタシみたいなのがネイリストなのは珍しい?」
「いえそんな」
珍しいも何もネイリストという職業の人に触れあったのは今日が生まれて初めてだ。確かに女性の職場というイメージが強いが、オネェさんなら違和感ないのではないだろうか。
「く、楠木さん綺麗な人だから、全然、アリだと思います」
我ながら何を言っているのだと思うが、楠木さんは意外そうに目を丸くして私をじっと見つめてくる。綺麗な人にそんなに見つめられたら心臓が痛いので勘弁してほしい。
「本当に面白い子」
その笑顔が本当に綺麗で私はもう限界だった。やっぱり無理です帰ります!と叫ぼうとしたけれど、予告もなしに暖かくてすべすべした指先が私の手に触れた。
「じゃあ、お手を拝借」
「ひゃっ」
特にケアをしているわけでもない私の手とは別物の綺麗な手に触れられているのが恥ずかしくて申し訳ない気持ちになる。
手汗が滲んできて気が気がじゃないのに、楠木さんの手は私の手を撫でまわして難しそうに眉間に皺を寄せている。
「あ、あの」
「綺麗な爪の形しているのにもったいない。適当に爪切りで切ってるだけでしょ?」
「はい、その、忙しくて」
「駄目よぅ。爪切りで切るとしても、もう少し丁寧に揃えなきゃ。ヤスリを必ず使って先端を整えないと、欠けたりヒビが入って指を痛めちゃうのよ」
楠木さんはちょっとお母さんみたいな口調で私にお説教しながらヤスリを取り出す。そしてすごくきれいな手つきで不揃いだった私の爪をあっという間に整えていく。
ただ触れられて爪を整えてもらっただけなのに、急に手が綺麗に見えるから不思議だ。
良し、と満足げな楠木さんは小さなプレートを取り出してお店の概要と体験コースについて説明を始めた。無料なのはハンドエステか爪磨き。オプションで1000円支払えば1色だけだがマニキュアをしてくれるらしい。さっきのケアは特別サービスだとウィンクされて、私の心臓はもう限界だ。説明されるがままに頷いて、アンケートに記入しながら、いつの間にかオプションを利用しますと答えてしまっていた。我ながら良いカモすぎるだろう。
楠木さんの優しい指の感触が気持ちよくて、今なら変な美容機器のローンだって組んでしまいそうだ。
「この中の1色から選んでね」
渡された色見本でようやく我に返る。ああ、どれもすごくきれいな色だけど、どれも無理だと思い出して、ふわふわしていた気持ちが沈んでいく。
「私、仕事で爪は塗れないんでした…すみません…」
「そうなの?いまどきそんな仕事もあるのね」
「食品関係なので」
「なるほど~」
納得したの納得してないのか、楠木さんはうなずいて、ふと、私の足元に視線を落とした。
「じゃあ、足の爪に塗っちゃう?」
「へ?」
足?足といったかこの人は。
「ペディキュアも人気よ。ハンドエステじゃなくて、足のマッサージも無料だから、そっちにすればいいわ」
言うが早いか、楠木さんは立ち上がり、私の腕を引く。
訳も分からず、私はまたも案内されるがままに、ちょっと奥まったブースへと連れ込まれる。
まるで歯医者みたいなちょっとリクライニング機能のついた柔らかな椅子に座らされた。座るとタイトスカートが少し上がって膝が出るので、ひざ掛けを借りる。
落ち着かずにきょろきょろしている私の足元に、楠木さんはまるで王子様みたいに跪いた。
「脱がすわね」
「え、あっ、だめ、だめです!!」
私は慌てた。だって今日はずっと立ち仕事で靴だって履きっぱなしだ。さすがにこんな美人さんの前で靴を脱ぐなんて恐ろしい事はできない。
「だって脱がないとできないでしょ、足湯」
「足湯?」
楠木さんは浅いバケツのような機械を取り出し、中に水を入れ、スイッチを入れる。
「すぐにお湯になるから。アタシが脱がすのが嫌なら、自分で脱いで、ここに足を入れてね」
微笑に逆らえず、私はのろのろと靴を脱いだ。硬いスニーカーから解放された足が空気に触れると、強張っていた身体が少しだけ楽になった気がした。かかとから靴下を脱ぎ捨て、裸になった足先は少しだけ赤い。
「あら、サイズが合ってないじゃないのその靴」
「サイズはぴったりなんですけど、新しくて」
「履きなれてなかったのね。かわいそうに」
じっと私の足を見つめている楠木さんの視線が居たたまれなくて、私は急いで機械の中に張られた水の中へつま先を滑り込ませた。そこはもう水ではなく、生ぬるい温度になっていて、疲れていた足が痺れるような浮遊感に包まれる。
「10分くらいそのまま休んでてね」
楠木さんはそういうとその場から離れていく。急に一人になると慣れない場所である事に心細くなってくる。先ほどまでの明るい場所とは違い、ここはほんのり薄暗いし人気が無い。でも、足を包むお湯が心地いい温度になっていくものだから、だんだんと身体が温まっていく。
ただ、お湯を作るだけの機械かと思っていたが、しばらくすると底からぼこぼこと小さなバブルが浮き上がってきた。空気の泡が付かれて火照っていた足裏を撫でるように滑っていく感触が気持ちよくて、私は一瞬、夢の世界に旅立ちかけてしまった。
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