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しおりを挟む「マッサージはおしまいね」
「…は、い」
散々弄ばれた両足が解放された時には、私はぐったりとイスの上で身動き一つとれなくなっていた。さっきまでとは違った意味で足や体が火照っている。血流が良くなったせいか、足がうっすら桃色で、まるで自分の足じゃないみたいだ。
「何色にする?」
楠木さんは私が息も絶え絶えなのを知っていて知らないふりをしているって顔で、色見本を差し出してきた。どれも綺麗な色だけど、私は自分にどの色が似合うかなんてわからないし、正直それどころじゃない。ふうふうと浅い呼吸を繰り返してぼんやりとそれをぼんやり見ている私に、楠木さんは小さく笑うと「じゃあ、お勧めを塗ってあげる」とピンク色の小瓶を取り出した。
「かわいく仕上げてあげるわね」
さっきまでの指使いとは違い、優しく丁寧な動きで私の爪を1本1本塗りあげていく。毛先にたっぷりと乗った薬剤が爪に触れると、感覚などないはずの爪が一瞬冷えた気がするから不思議だ。さすがの手早さと完璧さで私のつま先はあっという間にピンク色で彩られた。
「はい、完成」
「わあ」
先程、散々弄ばれた事実はあっとうい間に記憶のかなただ。味気なかったつま先がただ1色に染められただけなのに、まるで花が咲いたように華やかになる。沈んでいた気持ちが嘘のように浮き上がる。
「似合っているわよ」
自分の仕事に満足したような職人の顔をした楠木さんの笑顔はやっぱり胸にクル。うっかり恋してしまいそうだが、彼はオネェさんなんだからと、気持ちを切り替えた。
「ありがとうございます!自分の足じゃないみたい!」
「せっかくきれいな形をしているんだからちゃんとケアしなきゃだめよ。こうやって綺麗にしておくと、嬉しいでしょう?」
「はい!」
つま先をじっと見つめ、これは確かに楽しいとネイルにはまる女性たちの気持ちが痛いほどにわかってしまった。
「じゃあ体験コースはここまでね」
その声に夢が冷めたような気持ちなった。そうだ、これは体験のお試しだった。お金を払わなくてはと慌てて立ち上がろうとして、わたしはある事に気が付いた。
「靴、どうしよう」
溶剤が乾かなければ靴が履けない。まさか乾くまでここに居るのも迷惑だろうし、無理に靴を履けばこのペディキュアが崩れてしまう。素足のままでぐずぐすと思い悩んでいると、楠木さんが笑い声をあげた。
「速乾性だから大丈夫だけど、不安よね。そうだ、サンダルを貸してあげるわ」
そう言って奥から小さな黒いサンダルを出してくれた。
「店内で爪が乾くのを待つ間に使って貰うものなの。いっぱいあるから貸してあげる。おうち、ここから近いんでしょう?」
何故住所を?と首を傾げるが、さっきのアンケートに住所を書いた事を思い出した。
「返すのは次に来たときでいいから、この靴は紙袋に入れてあげるわね」
反論するまもなくテキパキと話を進められて口を挟む隙がない。さすがはオネェさんといったところだろうか。
逆らえない押しの強さに流されて、私は黒いサンダルを履かされ、さっきまでは居ていたスニーカーが入った紙袋を抱えていた。
レジできっちり1000円を払うと、次回のサービス券と楠木さんの名刺を渡された。上品な文字で「楠木珀人」と印刷されただけのシンプルな名詞だ。
「くすのき…はくひと、さん?」
「『はくと』って読むのよ」
「へぇ…」
綺麗な人は名前まで綺麗だと名刺と楠木さんを交互に見る。楠木さんは何故かちょっとだけ目を細めて私を見ていた。
「じゃあ、またね」
店先まで見送りに来てくれた楠木さんに何度も頭を下げながら私は帰路についた。頼りなげな黒いサンダルに守られた足先は夜風に撫でられて開放的だ。
夕食の買い出しすら忘れ、気が付けば家にたどり着いていた。着替えるのもおっくうでベッドに仰向けに寝転んで、つま先を見つめる。
品のいい可愛いピンクに染まったつま先は自分の足じゃないみたい。
ふわりと鼻をくすぐる甘い匂いがマッサージに使われたクリームの香料だと気がついて、優しく私の足を弄んだ楠木さんの指先を思い出して、体が熱くなる。
「次、か」
サンダルを返さなければならないから、もう一度必ず行かなければならないだろう。
はくとさん、と口の中で名前を呼べば胸の奥がきゅんとした。オネェさんだってわかってるのになんと不毛な事。
でもあんなに綺麗なひとに触れてもらえるならば、それだけで人生が潤う気がして、私は次はいつなら行けるだろうかとカレンダーを見つめながら、眠りについた。
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