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希少属性
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場所を食堂に移して、水出しミントティーで喉を潤しつつランスから向こうの話を聞く。
お世話になった食堂の女将さんは相変わらず姦しく、新米冒険者の子供たちを気にかけているという。
冒険者ギルドにも変化はない。血の気が多く、乱暴な言葉が飛び交うのは日常茶飯事。御法度の喧嘩に発展しないのは、冒険者たちに睨みを利かせる山賊みたいなギルド長がいるからだ。
ちなみに、ギルド長は子供たちから「頭」と呼ばれ慕われている。
そんな話を聞いていると郷愁の念が沸く。
「メリンダは?双子の男の子なんて大変でしょう?」
「夜泣きが殆どないから助かってるけど、歩き出すと大変だろうな。今でも起きてる時は身をよじって騒いでる」
ランスは嬉しそうに目を細める。
「そんな大変な時に留守にして大丈夫?」
「日帰りだからな。それにメリンダの”イヴは元気かしら”って憂いを晴らしたかったんだよ」
「ちゃんと手紙は出してるのに」
「んでも、遠回り経由だから遅い!3週間近くはかかるだろ?そこの街道を通れば翌日には届く距離なのに。だから、メリンダがやきもきしてるからさ。ストレスで母乳の味も変わるって言うし、子供は美味い母乳ですくすく育って欲しいだろ?」
なかなかの愛妻家だ。
「で、メリンダから手紙と服を預かったんだけど、家に忘れた」
あはは、と笑うランスに、なんとも言えない気持ちになる。
ランスの忘れ癖は変わらない。
たぶん、帰ったらメリンダに説教されるのだろう。
「でもまぁ、イヴが一度ハノンに戻ってくれば俺もメリンダに叱られない。休日くらいあるだろ?」
実は1回戻っているとは言い辛い。
あれは強行軍で、誰とも会わなかった。いや、会わないルートにした。
本音では、メリンダには近況報告したかったし、なんならジャレッド団長たちを紹介して、良くしてもらっていると伝えたかった。
私が考え込んでいると、がしっ、と頭を掴まれた。
そのまま乱暴に撫でられ、頭がぐしゃぐしゃに爆発するのを見届けるように手が退いた。
「俺が連れて行ってやる」
乱暴な手つきと違って柔らかな声音に、ぎょっとしながらジャレッド団長を見てしまう。
真剣な顔つきでランスの剣を吟味していたのに、今は柔らかな笑みを口元に刷いている。目のやり場に困るような微笑にドギマギしていると、ジャレッド団長は剣身を鞘に納めた。
「時に、ペパード。この剣の素材の入手ルートを訊いても?」と、テーブル越しに剣を返す。
ランスは大振りの剣を軽々と片手で受け取り、くるりと回転させて切っ先を床に添えるとテーブルに立てかけた。
「これは故郷の火山に棲む黒竜の爪で出来ている」
「黒竜か。こっちの方にはいないな。竜自体が殆どいない」
いたら狩るのだろうか…?
「竜素材は大金を叩いても入手困難。公爵家でも手に入れるのは難しいだろうな」
「認めよう」
「だが、極上品だ。王侯貴族ってぇのは、こういうのを富や権力の象徴として飾りたがるが、竜素材の真骨頂は俺たちみたいなのが持ってこそ力を発揮する」
ランスは胸を張り、自慢げに剣に視線を落とす。
「まず耐久性が違う。刃毀れはしない。切れ味も落ちない。普通の剣は、刃に血や脂がつくと切れ味が鈍るんだけどな。これにはそれがない。鉄じゃないから錆びもない」
「欠点なしだな」
羨ましそうにジャレッド団長が唸る。
「冒険者っていうのは、そんなに儲かるのか?」
「ランクと仕事による。AランカーやSランカーの依頼主は、ほぼほぼ金持ちだからな。王族もいる。その分、成功は絶対条件だし、依頼内容も無理難題が多い。守秘義務の契約書には血判する徹底ぶりだから、報酬は格段に良い。俺は結婚してから簡単な依頼しか受けてないから収入自体は下がった」
そう言いながらも、ランスの表情に未練はない。
「ちなみに、この剣の素材は買ったわけでも譲られたわけでもない。自分で狩った」
「竜を!?」
うっかり口を挟んだ私に、ランスは弓なりに目を細めた。
人族に於いて、AランクやSランクの冒険者になるのは容易じゃない。武具を操る腕も必要だけど、それ以上に必要なのが魔力だ。平民冒険者は魔力が少ないからBランク止まり。たまにAランクにいく平民がいるけど、そういう人たちは3世代のどこかで貴族出身者がいる。貴族家の継ぐ爵位のない人が平民と結婚して、その子孫が冒険者になったとかだ。
中には敢えて、貴族でありながら文官武官より冒険者を選択する風変わりな人もいる。
ランスは剣の腕も、魔力もバランスが良い。
ああ、やっぱり。
出自は聞いたことがないけど、竜を狩るほどだ。ランスは混じりっけなしの生粋の貴族だ。それも上位。
戦々恐々と目を丸めた私の額を、ランスは笑いながら突いた。
「ほら、イヴはそんな顔する。壁を作るなよな」
「う…ごめん。作ってるわけじゃないけど」
「まぁ、あの国で生まれ育てば無理ないんだろうけど。メリンダもイヴの心を開かせるには苦労したって言ってたしな」
横から生温い視線が注がれている気がして、亀みたいに首を窄めてしまう。
「そ、そんなことより。竜を狩ったって…ほんと?何人で?」
「初心者の時、チームを組んで自分に合わないと実感してから、俺はずっとソロだ。そもそも負け戦はしない。黒竜は火炎を吐く。俺とは相性が良かったんだよ」
「ペパード、属性を訊いても?」
「氷」
相性最悪だと思うのに、ランスは「まぁ、三日三晩の激闘だったけど」と笑う。
「団長さん、欲しければ素材を譲ってやってもいい」
「譲ってもって…ランス、まだ素材を持ってるの?」
「肉とか内臓は腐るからな。早々にギルドに買い取って貰った。それ以外はオークションに出したりして金に換えたんだが、爪や牙は保管しているんだ。邪魔っちゃあ邪魔だけど、皮や骨に比べたら保管しやすいだろ?」
竜素材を邪魔と言ってしまうランスの考えは凡人には分からない。
ジャレッド団長は気難しげな表情だ。
「さすがに譲ってもらうのは忍びない。幾らだ?」
「いや、いいよ。賄賂と思っててよ」
「賄賂?」
「白魔茸も教えてくれたし。まぁ、クロムウェル公爵家に恩を売るのも良いけど、まずはイヴを宜しくってことで」
「承知した」
がっちりと握手を交わす2人に、私だけが目を白黒させている。
「あ~いたいた~。団長がサボってどうするんですか」
盛大な溜息を吐きつつ2号棟のドアを開いたのはキース副団長だ。
お疲れモードのキース副団長は、頭を掻きながらランスに気が付いて少しだけ騎士の顔をした。
「キース。こちらはイヴの知り合いだ。Aランク冒険者のランス・ペパード。ハノンから単騎でイヴの様子を見に来た」
「ああ、小耳に挟んだ単騎の人族か。初めまして。ここの副団長してるキース・モリソンだ。しかし、なんかイメージと違うな。若い。もっと厳つい感じかと思った」
「童顔とはよく言われる。これでも28」
「にっ…!」
キース副団長は目を丸めて、「28」と口の中で噛み締める。
ランスは童顔で、特に笑うと18、9に見えることがある。威厳も貫禄もないので、ランスを知らない新人冒険者になめられるのが難点。と、メリンダ経由に聞いたことがある。
唖然としたままのキース副団長に、ジャレッド団長が「それで?」とキース副団長に用件を訊く。
「あ…。そうでした。シンリントードは見つかりませんでした」
「え?キース副団長、シンリントードを探してたんですか?」
「イヴちゃんがトードブルーを見つけたんだろ?」
キース副団長が苦笑する。
「一獲千金狙いですか?」
「まさか!トード種は会いたくない魔物トップ5の常連だよ」
「トード種は毒が厄介だからな。”魔女の森”の深部が棲息域だが、イヴが発見したトードブルーは外に近すぎた」
「トード系はレベル2だけど、団長さんが言ったように本来は森の深部に棲息する。滅多に人の目に触れない種、遭遇率を考慮してレベル2だ。牙も爪もなしな。だが、毒の致死性だけを見れば、レベル3から4に食い込める」
ランスの補足に、ぶるりと身震いしてしまう。
トードブルーを拾ったのは運が良かったと思うけど、下手をするとシンリントードと鉢合わせていたかもしれないのだ。
トード種は牙や爪はないし、四足獣のような機敏な動きはしない。でも、それを補うような跳躍力と、舌の裏に隠された噴出口から毒を噴射する。記録では噴射距離は5メートル。ぬらぬらした皮膚からも毒が染み出ていて、触れるだけで死に至る猛毒ということもあり、たとえトード種を討伐してもトードブルーを取り出すのは一筋縄ではいかない。さらに、必ずトードブルーが出てくるわけではない。あれは希少魔石なのだ。
私が拾ったトードブルーは、ジャレッド団長の推測では弱った個体がたまたま”魔女の森”の浅い部分に迷い出て、そのまま死んだのだろうということだ。
どんな猛毒の生き物も、”魔女の森”には毒も骨も喰らいつくす屍蟲という蟲型の魔物がいるという。その屍蟲が唯一食べないのが魔石である。
「トード種はいませんでしたが、深部から迷い出ている魔物が普段より多いのが気になります。一応、ギルドの調査団にもトード種を含めて警戒する旨は伝えてあります。第1と第3にも報告済です」
「白魔茸はどうだ?」
「数十株ほどの群生を幾つか確認しました。調査団の報告待ちですが、たぶん、全域に発生しているのでは?」
「やはり大雪は避けられないか」
ジャレッド団長が嘆息する。
「イヴちゃん。トードブルーを公爵家に寄贈したんだって?」
「はい。私なんかが持ってても人間不信一直線なんで。お金を持ち慣れた人の方がいいかなって思ったんです。公爵様には会ったことないですけど、領民を大切にしてる人っぽいので」
「イヴちゃんらしいね。無欲すぎ」
からからとキース副団長が笑い、ランスも「相変わらず欲がないな」と苦笑している。
欲がないわけではないけど、やっぱり大金は怖くて持てない。
曖昧に笑っていると、キース副団長の興味はランスに向かう。
「属性を訊いてもいいか?俺は混血で、人族の血が濃く出て魔導師だ。属性は火」
「俺は氷だよ」
「氷!?」
キース副団長が裏返った声で叫んだ。
「何を驚いているんだ?」
ジャレッド団長が怪訝な表情でキース副団長を見ている。
そういえば、ジャレッド団長は氷属性に驚いていなかった。もしかすると、想像以上に魔法の知識に乏しいのかもしれない。
「ジャレッド団長。魔法は5属性あるのは知ってますよね?」
「ああ」
「実は土属性と水属性は、別の系統が幾つか存在するんです」
「あ”?」
「ランスは水系統の氷属性なんです」
私がランスを指させば、ジャレッド団長は気難しい顔つきでランスに目を向ける。
「亜型みたいなものか?」
「そうですね。滅多に見られないので、キース副団長が驚いたんです」
「氷と雪は北方特有の属性だって言われてるんだ」
ランスは肩を竦めて、利き手をグラスの上に掲げた。
「これが氷」
ランスの手から白い靄が発生したかと思うと、ぼちゃぼちゃ、と氷の塊がグラスの中に落ちて行く。
キース副団長は、「初めて見たよ!」とランスの冷たくなった手を握り締めて感動を伝えている。
王子様顔が距離感を違えれば、女性でなくても緊張するらしい。
ランスは頬こそ染めなかったけど、挙動不審に目を泳がせている。
「今のはレベル1かな?」
「ん~そうかも」
「レベル4は強烈な攻撃なのかな?」
「氷結だ」
ランスは言って、ぶんぶん、と手を振る。
たぶん、キース副団長の手を振り払おうとしているんだろうけど、キース副団長はものともしない。
「氷結とはどんな?」
「あ~…凍らせる?この食堂くらいなら2、3秒かな?」
「凍らせれば、私たちは?」
「あ~…死ぬんじゃないか?表面だけじゃなくて血肉も凍るから。魔物は生命力が強いから、カチコチになってても30分くらいは生きてるっぽい。でも、結局は窒息か凍死かで死ぬ」
「ああ、すごい!」
身震いしたのは興奮からか、寒さからか。
キース副団長はようやく手を離して、悴んだ手のひらに息を吐きかけ、揉み解している。
「どうだい?うちに来ない?」
「遠慮する。妻と子供がいるからな。今は幸せなんで。まぁ、もしきな臭い事案が発生したら、妻と子供を連れて国境を越えるのもやぶさかではないけど」
「妻子持ちか」
どことなく恨めしげな声で、キース副団長は唇を尖らせた。
お世話になった食堂の女将さんは相変わらず姦しく、新米冒険者の子供たちを気にかけているという。
冒険者ギルドにも変化はない。血の気が多く、乱暴な言葉が飛び交うのは日常茶飯事。御法度の喧嘩に発展しないのは、冒険者たちに睨みを利かせる山賊みたいなギルド長がいるからだ。
ちなみに、ギルド長は子供たちから「頭」と呼ばれ慕われている。
そんな話を聞いていると郷愁の念が沸く。
「メリンダは?双子の男の子なんて大変でしょう?」
「夜泣きが殆どないから助かってるけど、歩き出すと大変だろうな。今でも起きてる時は身をよじって騒いでる」
ランスは嬉しそうに目を細める。
「そんな大変な時に留守にして大丈夫?」
「日帰りだからな。それにメリンダの”イヴは元気かしら”って憂いを晴らしたかったんだよ」
「ちゃんと手紙は出してるのに」
「んでも、遠回り経由だから遅い!3週間近くはかかるだろ?そこの街道を通れば翌日には届く距離なのに。だから、メリンダがやきもきしてるからさ。ストレスで母乳の味も変わるって言うし、子供は美味い母乳ですくすく育って欲しいだろ?」
なかなかの愛妻家だ。
「で、メリンダから手紙と服を預かったんだけど、家に忘れた」
あはは、と笑うランスに、なんとも言えない気持ちになる。
ランスの忘れ癖は変わらない。
たぶん、帰ったらメリンダに説教されるのだろう。
「でもまぁ、イヴが一度ハノンに戻ってくれば俺もメリンダに叱られない。休日くらいあるだろ?」
実は1回戻っているとは言い辛い。
あれは強行軍で、誰とも会わなかった。いや、会わないルートにした。
本音では、メリンダには近況報告したかったし、なんならジャレッド団長たちを紹介して、良くしてもらっていると伝えたかった。
私が考え込んでいると、がしっ、と頭を掴まれた。
そのまま乱暴に撫でられ、頭がぐしゃぐしゃに爆発するのを見届けるように手が退いた。
「俺が連れて行ってやる」
乱暴な手つきと違って柔らかな声音に、ぎょっとしながらジャレッド団長を見てしまう。
真剣な顔つきでランスの剣を吟味していたのに、今は柔らかな笑みを口元に刷いている。目のやり場に困るような微笑にドギマギしていると、ジャレッド団長は剣身を鞘に納めた。
「時に、ペパード。この剣の素材の入手ルートを訊いても?」と、テーブル越しに剣を返す。
ランスは大振りの剣を軽々と片手で受け取り、くるりと回転させて切っ先を床に添えるとテーブルに立てかけた。
「これは故郷の火山に棲む黒竜の爪で出来ている」
「黒竜か。こっちの方にはいないな。竜自体が殆どいない」
いたら狩るのだろうか…?
「竜素材は大金を叩いても入手困難。公爵家でも手に入れるのは難しいだろうな」
「認めよう」
「だが、極上品だ。王侯貴族ってぇのは、こういうのを富や権力の象徴として飾りたがるが、竜素材の真骨頂は俺たちみたいなのが持ってこそ力を発揮する」
ランスは胸を張り、自慢げに剣に視線を落とす。
「まず耐久性が違う。刃毀れはしない。切れ味も落ちない。普通の剣は、刃に血や脂がつくと切れ味が鈍るんだけどな。これにはそれがない。鉄じゃないから錆びもない」
「欠点なしだな」
羨ましそうにジャレッド団長が唸る。
「冒険者っていうのは、そんなに儲かるのか?」
「ランクと仕事による。AランカーやSランカーの依頼主は、ほぼほぼ金持ちだからな。王族もいる。その分、成功は絶対条件だし、依頼内容も無理難題が多い。守秘義務の契約書には血判する徹底ぶりだから、報酬は格段に良い。俺は結婚してから簡単な依頼しか受けてないから収入自体は下がった」
そう言いながらも、ランスの表情に未練はない。
「ちなみに、この剣の素材は買ったわけでも譲られたわけでもない。自分で狩った」
「竜を!?」
うっかり口を挟んだ私に、ランスは弓なりに目を細めた。
人族に於いて、AランクやSランクの冒険者になるのは容易じゃない。武具を操る腕も必要だけど、それ以上に必要なのが魔力だ。平民冒険者は魔力が少ないからBランク止まり。たまにAランクにいく平民がいるけど、そういう人たちは3世代のどこかで貴族出身者がいる。貴族家の継ぐ爵位のない人が平民と結婚して、その子孫が冒険者になったとかだ。
中には敢えて、貴族でありながら文官武官より冒険者を選択する風変わりな人もいる。
ランスは剣の腕も、魔力もバランスが良い。
ああ、やっぱり。
出自は聞いたことがないけど、竜を狩るほどだ。ランスは混じりっけなしの生粋の貴族だ。それも上位。
戦々恐々と目を丸めた私の額を、ランスは笑いながら突いた。
「ほら、イヴはそんな顔する。壁を作るなよな」
「う…ごめん。作ってるわけじゃないけど」
「まぁ、あの国で生まれ育てば無理ないんだろうけど。メリンダもイヴの心を開かせるには苦労したって言ってたしな」
横から生温い視線が注がれている気がして、亀みたいに首を窄めてしまう。
「そ、そんなことより。竜を狩ったって…ほんと?何人で?」
「初心者の時、チームを組んで自分に合わないと実感してから、俺はずっとソロだ。そもそも負け戦はしない。黒竜は火炎を吐く。俺とは相性が良かったんだよ」
「ペパード、属性を訊いても?」
「氷」
相性最悪だと思うのに、ランスは「まぁ、三日三晩の激闘だったけど」と笑う。
「団長さん、欲しければ素材を譲ってやってもいい」
「譲ってもって…ランス、まだ素材を持ってるの?」
「肉とか内臓は腐るからな。早々にギルドに買い取って貰った。それ以外はオークションに出したりして金に換えたんだが、爪や牙は保管しているんだ。邪魔っちゃあ邪魔だけど、皮や骨に比べたら保管しやすいだろ?」
竜素材を邪魔と言ってしまうランスの考えは凡人には分からない。
ジャレッド団長は気難しげな表情だ。
「さすがに譲ってもらうのは忍びない。幾らだ?」
「いや、いいよ。賄賂と思っててよ」
「賄賂?」
「白魔茸も教えてくれたし。まぁ、クロムウェル公爵家に恩を売るのも良いけど、まずはイヴを宜しくってことで」
「承知した」
がっちりと握手を交わす2人に、私だけが目を白黒させている。
「あ~いたいた~。団長がサボってどうするんですか」
盛大な溜息を吐きつつ2号棟のドアを開いたのはキース副団長だ。
お疲れモードのキース副団長は、頭を掻きながらランスに気が付いて少しだけ騎士の顔をした。
「キース。こちらはイヴの知り合いだ。Aランク冒険者のランス・ペパード。ハノンから単騎でイヴの様子を見に来た」
「ああ、小耳に挟んだ単騎の人族か。初めまして。ここの副団長してるキース・モリソンだ。しかし、なんかイメージと違うな。若い。もっと厳つい感じかと思った」
「童顔とはよく言われる。これでも28」
「にっ…!」
キース副団長は目を丸めて、「28」と口の中で噛み締める。
ランスは童顔で、特に笑うと18、9に見えることがある。威厳も貫禄もないので、ランスを知らない新人冒険者になめられるのが難点。と、メリンダ経由に聞いたことがある。
唖然としたままのキース副団長に、ジャレッド団長が「それで?」とキース副団長に用件を訊く。
「あ…。そうでした。シンリントードは見つかりませんでした」
「え?キース副団長、シンリントードを探してたんですか?」
「イヴちゃんがトードブルーを見つけたんだろ?」
キース副団長が苦笑する。
「一獲千金狙いですか?」
「まさか!トード種は会いたくない魔物トップ5の常連だよ」
「トード種は毒が厄介だからな。”魔女の森”の深部が棲息域だが、イヴが発見したトードブルーは外に近すぎた」
「トード系はレベル2だけど、団長さんが言ったように本来は森の深部に棲息する。滅多に人の目に触れない種、遭遇率を考慮してレベル2だ。牙も爪もなしな。だが、毒の致死性だけを見れば、レベル3から4に食い込める」
ランスの補足に、ぶるりと身震いしてしまう。
トードブルーを拾ったのは運が良かったと思うけど、下手をするとシンリントードと鉢合わせていたかもしれないのだ。
トード種は牙や爪はないし、四足獣のような機敏な動きはしない。でも、それを補うような跳躍力と、舌の裏に隠された噴出口から毒を噴射する。記録では噴射距離は5メートル。ぬらぬらした皮膚からも毒が染み出ていて、触れるだけで死に至る猛毒ということもあり、たとえトード種を討伐してもトードブルーを取り出すのは一筋縄ではいかない。さらに、必ずトードブルーが出てくるわけではない。あれは希少魔石なのだ。
私が拾ったトードブルーは、ジャレッド団長の推測では弱った個体がたまたま”魔女の森”の浅い部分に迷い出て、そのまま死んだのだろうということだ。
どんな猛毒の生き物も、”魔女の森”には毒も骨も喰らいつくす屍蟲という蟲型の魔物がいるという。その屍蟲が唯一食べないのが魔石である。
「トード種はいませんでしたが、深部から迷い出ている魔物が普段より多いのが気になります。一応、ギルドの調査団にもトード種を含めて警戒する旨は伝えてあります。第1と第3にも報告済です」
「白魔茸はどうだ?」
「数十株ほどの群生を幾つか確認しました。調査団の報告待ちですが、たぶん、全域に発生しているのでは?」
「やはり大雪は避けられないか」
ジャレッド団長が嘆息する。
「イヴちゃん。トードブルーを公爵家に寄贈したんだって?」
「はい。私なんかが持ってても人間不信一直線なんで。お金を持ち慣れた人の方がいいかなって思ったんです。公爵様には会ったことないですけど、領民を大切にしてる人っぽいので」
「イヴちゃんらしいね。無欲すぎ」
からからとキース副団長が笑い、ランスも「相変わらず欲がないな」と苦笑している。
欲がないわけではないけど、やっぱり大金は怖くて持てない。
曖昧に笑っていると、キース副団長の興味はランスに向かう。
「属性を訊いてもいいか?俺は混血で、人族の血が濃く出て魔導師だ。属性は火」
「俺は氷だよ」
「氷!?」
キース副団長が裏返った声で叫んだ。
「何を驚いているんだ?」
ジャレッド団長が怪訝な表情でキース副団長を見ている。
そういえば、ジャレッド団長は氷属性に驚いていなかった。もしかすると、想像以上に魔法の知識に乏しいのかもしれない。
「ジャレッド団長。魔法は5属性あるのは知ってますよね?」
「ああ」
「実は土属性と水属性は、別の系統が幾つか存在するんです」
「あ”?」
「ランスは水系統の氷属性なんです」
私がランスを指させば、ジャレッド団長は気難しい顔つきでランスに目を向ける。
「亜型みたいなものか?」
「そうですね。滅多に見られないので、キース副団長が驚いたんです」
「氷と雪は北方特有の属性だって言われてるんだ」
ランスは肩を竦めて、利き手をグラスの上に掲げた。
「これが氷」
ランスの手から白い靄が発生したかと思うと、ぼちゃぼちゃ、と氷の塊がグラスの中に落ちて行く。
キース副団長は、「初めて見たよ!」とランスの冷たくなった手を握り締めて感動を伝えている。
王子様顔が距離感を違えれば、女性でなくても緊張するらしい。
ランスは頬こそ染めなかったけど、挙動不審に目を泳がせている。
「今のはレベル1かな?」
「ん~そうかも」
「レベル4は強烈な攻撃なのかな?」
「氷結だ」
ランスは言って、ぶんぶん、と手を振る。
たぶん、キース副団長の手を振り払おうとしているんだろうけど、キース副団長はものともしない。
「氷結とはどんな?」
「あ~…凍らせる?この食堂くらいなら2、3秒かな?」
「凍らせれば、私たちは?」
「あ~…死ぬんじゃないか?表面だけじゃなくて血肉も凍るから。魔物は生命力が強いから、カチコチになってても30分くらいは生きてるっぽい。でも、結局は窒息か凍死かで死ぬ」
「ああ、すごい!」
身震いしたのは興奮からか、寒さからか。
キース副団長はようやく手を離して、悴んだ手のひらに息を吐きかけ、揉み解している。
「どうだい?うちに来ない?」
「遠慮する。妻と子供がいるからな。今は幸せなんで。まぁ、もしきな臭い事案が発生したら、妻と子供を連れて国境を越えるのもやぶさかではないけど」
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