騎士団長のお抱え薬師

衣更月

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ランス・ペパード

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 ランスはざるに広げた薬草をしげしげと眺め、満足げに口元を緩めた。
「”帰らずの森”と植生は変わらないようだな。こっちは確か…”魔女の森”だっけか?」
「そう。”魔女の森”。同じ森なのに、国境を越えると雰囲気が変わるのよね。不思議。けど、薬草の種類に大きな違いはないと思う。メリンダが何か探してたりするの?」
「そういう訳じゃない。メリンダが気にしてるんだよ。見知らぬ薬草ばっかで苦労してるんじゃないかってさ。それにしても、めちゃくちゃ採取したな」
 苦笑混じりに言って、ランスが「ん?」と反応を示したのは干乾びた白魔茸だ。
 笊の隅っこにちょこんと置いた白魔茸は、特徴的なカサも萎れ、ひと目でキノコとは分からない見てくれになっている。茶色く変色し、水分が抜けて干乾びている様は、まるで誰かの食べ残したジャーキーみたいだ。
 なのに、ランスは「もしかして」と首を傾げた。
「その乾物。ユキノト…か?」
「ユキノト?」
「ああ、こっちでは違うか。妖精の尻尾フェアリーテイルだ」
 頭を掻きながらランスが言えば、ロッドたちが「え?」「これが?」と驚嘆しながら、「それも薬になるのか」と感心している。
 薬にはならない。
 単なる興味本位で持ち帰ったのだと説明すれば、全員が苦笑した。
「ランスの故郷ではユキノトと言うんだね」
「そ。冬の訪れを知らせるキノコなんだよ」
「大雪じゃなくて?」
故郷あっちは元々が雪慣れした地域だからな。ただ、ユキノトの数によって、春の豊かさに違いは出る。ユキノトは豊穣の女神リダイヤの遣いとされてるんだよ。ユキノトが多く見られた冬は、豊穣の女神リダイヤが褒美をお与えになるってね。だが、ユキノトはデカいからコレの亜種かもな」
「ペパードと言ったか」
 ジャレッド団長の張り詰めた声に、ランスは口元に笑みを張り付けたままジャレッド団長に向き直った。
 私なら怖気づく凄みも、ランスは堂々としている。
「改めまして。ランス・ペパードだ」
 すっと差し出した手を、「ジャレッド・クロムウェル。ここの団長をしている」とジャレッド団長が握り返す。
「ユキノトの話だが、それが多く確認された冬は豊かな年となるのか?」
「ああ。実際に神様が、と考えているのは教会と農民くらいだろうがな。何かしらの因果関係があるのではないかと、学者が集まって研究している」
 ランスの説明に、ジャレッド団長が気難しげに考え込んだ。
「こっちでは白魔茸と言うのだが、その年の実りの記録までは残されていないはずだ。一考する必要がありそうだ。そもそも白魔茸は大雪さいがいの前兆とされるので、この国では忌避感があってな。白魔茸を研究する者は少ない」
「全く逆だな。でも、獣人っていうのは大雪とかものともしないってイメージなんだが?」
 ランスは言って、ジャレッド団長からロッドたちに視線を巡らせる。
「俺、何気に獣人って初めて会ったんだよ。別に差別しているわけじゃなくて、無知ってことで聞き流してほしいんだけどね。獣人って耳と尻尾があるのかと思ってた。あと…満月?新月?の頃に獣化するとか。獣に近いイメージだから、寒さに強く暑さに弱いって思い込み」
「耳と尻尾は子供限定だ。大昔は大人になっても耳と尻尾がなくなることはなかった。満月の夜に獣化するのも大昔の話だ。まぁ、”文献によると”と注釈が付く」
「へぇ~。じゃ、俺もどこかで獣人と会ってたかもな。見た目はデカいだけで人族と区別が付かないんだから」
「冒険者は入国せずとも街道を行き来しているはずだ。関所の兵は獣人だぞ?」
 ロッドが不思議そうに訊けば、ランスは肩を竦めながら「ああ」と頷く。
「俺は北方のリトヴィンツェ公国出身で、キャトラル王国に来たのは4年…もうすぐ5年目かな」
「リトヴィンツェ公国と言えば、1年の半分を雪に閉ざされた豪雪地帯と聞くな」
 ジャレッド団長が言えば、ランスは「あんな小国、よく知ってんなぁ」と笑う。
「俺たちより寒さに強そうだな」
 ロッドが肩を竦め、他の騎士たちも頷いている。
「まぁ、寒さには強いかな。国を離れて初めて、冬に弱い民族が多いのに驚いた。俺の可愛い奥さんも寒がり?冷え性?なんだよ。震えてるのが可愛くて、つい温めてやるんだけどな」
 からからと笑うランスに、騎士たちの妬みの視線がすごい。
「白魔茸だっけか?それがあるってことは、今年は大雪の可能性があるんだな」
「見つけたのは1本だ。冒険者ギルドに調査を依頼している。それで白魔茸が多数確認されれば大雪予報が出る」
「なるほどなぁ。ハノンではそう言うのは聞かないな。白魔茸で予想が立てられるのなら、被害が抑えらる」
 ランスは顎に手を当てて考え込み、それからジャレッド団長を見上げた。
「なぁ。その情報、ハノンで教えても構わないか?白魔茸が多く出たら大雪になるっての。こっちの知識だから貴族連中は耳を貸さないだろうが、平民は違う。俺はこっちの大雪は知らないが、メリンダから被害の大きさを聞いたことはあるんだ。バカ貴族が飢えるのは構わないが、日々苦労している下の連中が泣きを見るのは見過ごせない」
 貴族に正面切って言うセリフではないけど、ジャレッド団長は怒るどころか鷹揚に頷いた。
「ああ、構わない。イヴの恩人を助けてやってくれ」
「感謝する」
 ランスは人懐っこい笑みを浮かべ、2度目の握手を交わす。
「失礼します。ペパードの剣を持って来ました」
 ランスの剣はジャレッド団長の剣より小さいものの、他の長剣と比べたら大きい。しかも黒い。鞘も柄も黒い。
 興味を示したのはジャレッド団長で、「手にしてもいいか?」と断りを入れている。
「ああ、良ければ振ってみてくれ」
 ランスの凄いところは、自分の剣を他者が扱っても怒らないところだ。人を見て許可を出しているとは言うけど、普通は自分の武器を他者には触らせない。神経質な人になると、体の一部のように肌身離さない。
「見た目より軽いな」
剣身ブレイドは竜骨。握りグリップと鞘は竜革で出来てる」
「リトヴィンツェ公国は北方の中でも大型種の魔物が多いと聞いたことがある。特に竜種が数多く棲息すると聞くが、それが素材なのか」
「そうそう。北部に行くほど魔物は獰猛で巨大化するからな。その筆頭が竜種。トカゲみたいな見た目だが、暑さにも寒さにも強い。リトヴィンツェ公国は火山国でもあるから竜種が集まるとも言われている。で、霊峰ラウグルって活火山を棲み処にしてる竜種のが特にデカいんだよ」
 竜は国によって神とされたり、魔物とされたりする大型種だ。
 空を飛ぶものや、地面に潜るもの、海の中にいる種もいると聞いたことがある。見た目はトカゲやヘビに似ているというから、爬虫類が苦手は人は卒倒ものかもしれない。
「俺たちには想像できないな。討伐も苦労しそうだ」
 ロッドが目玉を回す。
「俺としてはこっちの魔物のほうが苦手だよ。こっちは保有する魔力が弱くても俊敏で有毒種の魔物が多いだろ?しかも鬱蒼とした森に擬態できるような毛色が多いから、慣れるまで苦労した」
「苦手という割には、街道を単騎で来ただろ?」
「いやいや。あそこはBランカー向けだから。街道を行き来する魔物の種類を見極めて、勝てそうなら討伐する。Bランカーの経験値アップ場。街道ってだけで分かるだろ?魔物を発見しやすく、戦いやすい。いざとなったら逃げやすくもある。俺はハノンに着いた頃にはAだったからさ、街道での経験値アップはしてないんだけどね」
「なるほど。だから獣人を見たことがないと言ったのか」
 ロッドが納得の表情で頷く。
 ハノンのBランク冒険者の中では、クロムウェル領へと続く街道は有名だ。一般人は通らなくても、冒険者だけは経験値アップを目的に足を向ける。
 話を聞くと、関所までは行くらしい。そこで衛兵と魔物情報を交換し、入国することなくゴールドスタイン領へ戻って来る。
 なので、もしランスがBランカーなら獣人衛兵と会えていたはずだ。
「こっち側には討伐には来ないのか?」と、鞘から抜いた黒い剣身をしげしげ見ながらジャレッド団長が訊く。
「俺は討伐より調査依頼が多いんだ。討伐にも行くけどさ、どっちにしても常に”帰らずの森”の中だよ。行っても中立地帯かな。間違っても街道には出ない」
「調査とは?」
「主に魔物。レベル3…って言っても、魔物のレベルなんてギルドが目安として設定したにすぎない数字だから騎士には分かんないよな。ギルドではレベル1から4に魔物を分類してて、1がBランカーが無難に討伐できる小型種。俊敏で、人を襲うことはマズない。こいつらは農作物や家畜被害を齎すんだけど、毒を有することもあるから注意が必要。2が小から中型で致死性の猛毒を有するやつや、獰猛なタイプ。人を襲うし、人を喰う。3が大型種全般。大型種は毒があるやつは少ないけど、凶悪さしかない。んで、4が竜種、または災害クラスの魔物になる。レベル4はさらに細分化されて、特に討伐困難とされるのがネームド。つまり、頂点なんだが、ネームドは突然変異型だから、種としてはレベル2や3ってやつもいる」
「なるほどな。レベル分けされると分かりやすい。聞く限り、竜種が多い北方には行きたくない」
 ロッドのしみじみとした感想に、ジャレッド団長以外が頷く。
「で、調査はAランカー以上が任されるんだよ。新種ならラベリングに必要な生態調査。必要なら討伐も。ちなみに、討伐依頼は魔物と人」
「人?」
「戦争屋。だから中立地帯」
 なんでもないことのように、ランスはからからと笑う。
「Aランカーでソロだろ?しかも戦争屋も相手にするのか」と、ロッドが空を仰ぐ。
「ランスはSに近いAなんです」
 Sランクは実績が全て。でも、実績を積むには相応の経験が必要で、それを得るには何年もかかる。
 噂では、最年少のSランク冒険者は34才らしい。しかも、他国の王弟と聞いたことがある。
 Aランクに上がることができるのは20才以上だけど、依頼の成功率も加味されるので容易じゃない。実際、ハノンではランス1人だ。
 そんなランスは、20代でSランクの仲間入りするのでは…と囁かれている。というか、賭けの対象になっている。
「それじゃあ、Sは目と鼻の先かぁ。すげぇ」
「いやいや。Sに上がるのは当分ないかな。40までにランクアップできたら万々歳」
「え?そんなに?ランス、Sに近いAランカーとして有名なのに?」
「それって独身だったらの話。今は美人な奥さんもらったし、子供もできたし。遠方の仕事は全て断ってる。ハノンを中心に活動してるから、依頼の難易度も低めのばっかだから。成功して当たり前。なんの実績にもならないよ」
 からからと笑うランスに、「はへぇ~」と声が出てしまう。
 Aランク冒険者の収入もかなりのものだけど、Sランクに上がれば裕福な侯爵や公爵クラスの収入が得られると聞いたことがある。平民からすれば一生涯遊んで暮らしてもお釣りがくるくらいの大金だ。
 それを目指して頑張る冒険者にしてみれば、ランスの考えは理解できないかもしれない。
 でも、私はランスの考えは嫌いじゃない。
「ランスって顔も心意気もイケメンだね」
 率直な感想に、ジャレッド団長が苛立ったようにランスを睨みつけていた。
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