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人族イーアス編

Chapter 138 星喰い

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(八〇〇秒切ったよー)

 ザ・ナート様の声が頭に響いた。早く先に進みたいけど、目の前のものがそれを許してくれない……。

 黒い煙の魔物──遭遇したら即死アウトの死神の象徴。
 かつて、僕は一度地下迷宮でかろうじて、身を潜めて難を逃れたことがある。

 この黒い煙の魔物は二十年前から数件の目撃事例が今よりは圧倒的に少ないものの目撃されたという事例があるそうだ。油断したら一瞬でやられてしまう……。あんなに強いロレウさんがやられてしまうなんて……。

 大きさはだいたい二メートルぐらい。黒いという特徴しかなく煙の中が見えなくて外見上からはこれ以上の分析ができない……。あの鋭く一瞬で伸びてくる「棘」をかわして、素早く接近するか……でも煙の中が分からない以上迂闊に近づくのは危険だ……。

『シュッ』──充分に距離を取っているが、それでもかなり速い……。

 横に軽くステップして、遠距離系スキル【紅炎プロミネンス】で三日月状の炎を飛ばすが、体からニョキッと別の黒い手のようなものが生え、その先が黒い傘へと変わり赤い三日月の炎を遮った。

 黒い棘が二本に増えて僕に襲い掛かる。一本は避けてもう一本は小盾で受け止める。

『ドンッ』──小盾の想力砲を一発撃ってみたが、これもまた黒い傘で遮られる。

 手ごわい……。こんな所で、もたもたなんてしていられないのに……。

 ──よく観察するんだ。
 黒い煙で本体が見えなくてもどこかに攻略のヒントがあるはずだ……。

 ──黒い煙?
 僕は一つの可能性を思いつき、それを行動に移すことにした。

 黒い煙は三本の黒い棘を伸ばしてくる。今回は最小限に躱すに留め攻撃に集中する。

「【暁星シリウス】」── 黒い煙の周囲の地面から蒼い光が天空へと衝き上がる

 やっぱり……。黒い煙が、蒼い光に曝され煙が引きずられて上方へと霧散していく。

 六本の脚、六つの目──それ以外は鹿のそれに見えるが随分と立派な角を持っている。

「【錐釘スパイク】」四本の黒い棘が頭の角から発射され、これは大きく跳んで四本とも射程の横幅より逃れる。

「【瞬傑アルデラミン】」イーアスは黒い棘を避けながら体の周りに水色の光の膜で包みこむとイーアスの速度が数倍に跳ね上がる。

 その間にもう一度、黒い棘が五本伸びてくるが、反応速度も上がったイーアスは易々と躱しながら六眼の魔物に突撃する。

『バリバリッ』──六眼の魔物は接近してきたイーアスに名の無い角から放電するスキルで、イーアスを弾き飛ばす。

 あっぶな……。【瞬傑アルデラミン】で身体を覆って無かったらダメージが大きかった……。

 やっぱり手ごわい……黒い傘と黒い棘、接近されないように雷の放電……。おまけに徐々にまた体に黒い煙が戻りつつある。

『ズズッ』──嘘……。高い花園の塀の陰からもう二体黒い煙の魔物が現れた……。

 一体でも苦戦してるのに……。

 時間も無い……今なら【瞬傑アルデラミン】で速度に任せて、横から振り切ることも可能かもしれない。でもその先にもっといたら……? じりじりと建物の隅っこまで後退して距離を取る。

 突然、床が割れ三体の黒い煙の魔物が下から吹き上がった光や炎、水の渦に呑み込まれその黒い衣が剥がれ落ちる。

 直後に黒い煙の剥がれた三体の六眼の鹿の首に銀色の光が迸り、少し間を置いてズルッと首が転げ落ちると途端に完全に消滅した。

「イーアスお待たせー」

 僕が黒い魔物を倒してすぐに床にぽっかり空いた三つの穴からマカロニ、シュンテイ、チャイチャイ、ミズナが飛び上がってこの空中庭園に着地した。

 素早く僕はヴァンやロレウの事も含めて現状を説明する。

「この花園、飛び越すのも道なりに行っても危ないならこうしたらいいさー」

 マカロニ君はそう言うと身体をくるくると回転しながら新しく手に入れた「斬属性」の【糸】でスキルを発動する。

「【糸鋸ワイヤーソー】」──マカロニ君のスキルで高く伸びた花緑の塀を直径十メートルの幅で奥の方まで剪定し、迷路となっていた花園に直線で奥に行くことができる近道を作ってしまった。

「じゃあ、行こうか?」
「ちょっと待ったー」

 城の外側のへりを見るといつの間にか誰かの両手が縁にしがみ付いていて、その後ろからポーンとヴァンとロレウが飛び上がって、近くに着地する。

 良かった。ロレウが無事だった……。でもどうやって下から上がってきたの?

「今、どうやって上がってきたのか気になったな? よし教えてやろう、実はロレウに丸薬を飲ませて回復させた後、城の壁の傍で分身体を肩車上に縦に積み重ねて、その分身体達に俺らをどんどん担ぎ上げ、揚程方式リフトアップで上がって来たんだ、発想の束縛解放ってヤツだ」

 ヴァンはそう言いながらその手がかりヒントを与えたマカロニ君に片目をつぶる。

(今、五〇〇秒切ったよー)

 ザ・ナート様の声が皆の頭に響いた。僕たちは誰が合図するでもなく、互いに視線を合わせて、無言で行動に移し始めた。

 この先の異神の元へ……。

 ☆

「主よ、どうなさるのでしょう? あのことをこの子らにお話しなさるのでしょうか?」

 衛星アリア──神の箱庭で天使アラネルが自分達の女神アリアに質問をする。

「いんや……しないよ。だって相手が違う次元からやってきた存在で『星喰い』をしようとしてるなんて言えないもん」

 この宇宙で超越的な存在である神に対し、それぞれの惑星から別の知的生命体のところに自力で渡れる存在となったものを神達は『星人ほしびと』と呼び、星人たちもその力で神を認識、意思疎通できるものまで少なからず存在する。現在この惑星メラの種族はその特殊事情により移住してきてもらったが、そのすべての種族は『惑星ほしに縛られるもの』と呼ばれている。
 彼ら彼女らが相手をしているのは、この次元ではなく別の次元から介入してきている『神』に匹敵する存在。

 目的はあの名の知らぬ地球の女神からの情報にあった通り、衛星クレアに寄生し、依り代にし受肉後に惑星メラを『星喰い』しようとしているとのことで、この惑星の所属する恒星系が喰われてしまうと後にできるのは黒い虚穴……。

 それが起きてしまうと、自分や天使達もこの衛星から別の惑星に撤退せざるを得なくなるし、他の知的生命体のいる星もこの異神に狙われているとのことだった。

「頼むー、七人とも頑張ってー、ヤツを目覚めさせる前に倒してくれー……、私のお家メラが廃墟どころか解体なんて、冗談じゃない!」

 女神アリアは両手を合わせて自分が神なのを忘れて祈り始めた。
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