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第一章 騎士たちの邂逅
1-8 背中の傷
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夜の暗闇が荒れ野となった雪原を覆う。濁った雪雲は冬の寒さを湛えながらも、何をするでもなく夜を漂う。
北風に〈帝国〉の黒竜旗がはためいている。
夜の訪れとともに、エリクソン平原での大規模な戦闘は打ち切られた。昼間の戦闘は帝国軍の圧勝で幕を閉じた。
帝国領エリクソン平原の至る所で、うず高く積まれた死体の山が燃え、篝火のように夜の闇を照らす。それらを囲みながら、帝国軍の兵士らは奪い取った〈教会〉の十字架旗を広げ宴に興じている。人肉の焼ける臭いが、兵士らの体臭や酒の臭いと混ざり、とてつもない悪臭を放つ。
騒いでいるのは主に歩兵である。騎兵の多くは喧騒から離れた場所、元々設営されている帝国軍の野営地で暖をとり、遠くエリクソン平原を照らす人の篝火を眺めながら休息をしている。
そんな野営地の片隅の暗闇、熊髭の大男が独り酒を呷りながら、手枷をはめられ裸に剥かれた少女を犯している。冬場にも関わらず、身にまとっているのは背中の傷に巻く包帯のみで、古傷だらけの全裸を寒空の下で露わにしている。そして凍りかけた大地に裸足で仁王立ちし、女を抱く。
腰を打ちつけるたびに、首元を鷲掴みにされる少女が泣きながら喘き、男の背中の傷からは血が滲む。
背中の傷から血が流れ出るたび、怒りと苛立ち、そしてやり場を失い暴れ狂う、身を焦がすような戦いへの熱情が、オッリ・ノーサー・ニーゴルドを体を突き動かす。
衝動に突き動かされ、男は腰を打ち続ける。
*****
風に乗って舞う血飛沫が心地良かった。
歩兵を踏み潰し、刃を向ける敵兵を屠る。そして逃げ惑う女子供を奪い取る。これに勝る快楽は存在しない。
黒騎兵の砲撃に合わせて、馬賊が第六聖女親衛隊の方陣を食い破り、その中央へ斬り込む。部下たちには事前に略奪を許可していた。みな、侍従や乙女騎士隊と思しき女子供を手当たり次第に掻っ攫い、歯向かう敵を片っ端から殺し回っている。
もう夕陽は落ちかけ、あとはその残滓が地平線を僅かばかり照らすだけである。だが燃える残滓の焦燥感に駆られたかのように、極彩色の獣たちはまだ飽き足りぬと殺し回り、暴れ回る。
混乱の中、オッリも一人いい女を見つけた。目的の第六聖女ではないが、子供ながらによく育っている、うら若き乙女。
それを守ろうとした司祭の頭をウォーピックで砕く。そして馬上から少女を掴み取り、後続の部下に投げ渡す。
「それは俺の女だ! あとでお前らにも分けてやるから、ちゃんと持って帰れよ!」
笑いが風に乗り、気分が高揚する。とりあえずの暇潰しの女は確保した。あとは目的の第六聖女を捕らえるだけである。
人垣の向こう、天使の錦旗のそばに第六聖女セレンの乗る輿が見えた。輿の上の少女は、戦場の狂乱に振り落とされまいと懸命な表情でしがみついている。
その様を見て、オッリの顔からまた笑みが零れる。
馬を駆りながら弓に矢をつがえ、輿の持ち手に狙いを定める。軽く放った矢は風を切り、輿の持ち手の喉元に突き刺さった。
バランスを崩した輿が崩れ、その上から第六聖女が転げ落ちる。地面に投げ出され、血と泥に塗れ慄く少女と目が合う。その哀れに歪んだ表情を馬上から見下ろし、オッリは愉悦に体を震わせた。そしてそのまま地に伏した第六聖女を掴もうと手を伸ばし──。
──何者かに阻まれた。
横腹から何かがぶつかってきて、態勢を崩される。鎖帷子にサーコートという時代錯誤な装備の小柄な老兵が、真横から馬ごと体当たりを仕掛け、そのまま横倒しにしようと押してくる。
だが咄嗟に敵の馬の手綱を引っ掴んで上体を起こし、態勢を立て直す。「このクソ爺ぃ!」と叫びながら、勢いに任せ老兵の顔面に頭突きをかまし、相手の馬の横腹を蹴り飛ばし地面に転がす。
馬から転げ落ちたその老人を見下ろし、その顔面に唾を吐きつける。しかし、老兵は血に塗れながらも不敵な笑みを浮かべていた。
──不意に、背後に風を感じた。
何かがすぐ後ろにいる。味方ではない、確固たる殺意に満ちた馬蹄の圧力。振り向き様、ウォーピックを手に取るが、間に合わないと悟る。とにかく体を捩ってそれを躱そうとする──が、背中に衝撃が走り、血が流れ出たのがわかった。
熱いものが背中を濡らし、痛みが不快さを増していく。オッリは歯を食いしばって体を起こし、駆け抜けた風の先を見た。
一人の若い騎士が第六聖女を守るように立っていた。兜の錣から血濡れた金色の髪をなびかせ、泥塗れで傷ついた鉄の甲冑をまとい、血の滴る古めかしい直剣を手に眼前に立ち塞がる。
どこまでも真っ直ぐな、澄んだ青い瞳がオッリの視線と交錯する。
若い──恐らく二十歳前後か、息子のヤンネと同じような年代だろう。そしてどこか、どこかで見たことのあるような──。
オッリは吼えた。何か熱いものが体の芯から燃えあがる。何が言いたかったのかはわからないが、とにかく獲物に向かって獣のように咆哮していた。
吼えながら馬に拍車を入れようとしたとき、どこからか現れた馬賊の兵士らに両脇を抱えられる。意に反して獲物から遠ざかっていく。吼え終わったときにはもう敵の方陣を抜けており、天使の錦旗と月盾の軍旗は遥か遠くの夕闇に溶けていた。
夕陽が暗闇に落ち、やがて地平線の残滓も消える。そして夜が訪れた。
*****
真新しい背中の傷口から、目まぐるしく揺れ動く感情が溢れ出し、そして体中の古傷が夜の闇に哭いた。
闇夜に向かって咆哮したあと、急激に体の熱が冷めていくのをオッリは感じた。だが、それらの熱の根源は未だ燻っている。そしてそれは、背中の傷を舐めるようにオッリの心中を煽る。
今は第六聖女を逃した口惜しさよりも、傷を負ったという事実の方が重かった。
吹き荒ぶ北風が背中の傷口に沁みる。胸元に抱く、先の戦場で捕らえた少女は気を失っていた。子供ながらに肉づきの良い、いかにも上流階級の子女といった感触だった。
軽く酒を煽り、気を失った少女を背中に担いで歩き出す。
怒りと苛立ち、そして身を焦がす戦いへの熱情は、女を抱いても収まらなかった──まだ戦い足りない。もっと戦っていたい。背中に傷をつけたあの月盾の騎士と、もう一度刃を交えたい。
互いの全身全霊を注いだ、無慈悲なまでに純粋な命の奪い合い。血を流す背中の傷が久しく忘れていた戦士としての本能を呼び覚まし、オッリの体を熱くする──獲物が増えた──月盾の騎士を屠ったうえで、第六聖女を捕らえ凌辱すると心に誓う。
オッリは女を担ぎ、帝国軍第三軍団騎兵隊の宿営地に向かった。
途中、馬賊の兵士らが略奪した女子供を囲い談笑していた。
北風に〈帝国〉の黒竜旗がはためいている。
夜の訪れとともに、エリクソン平原での大規模な戦闘は打ち切られた。昼間の戦闘は帝国軍の圧勝で幕を閉じた。
帝国領エリクソン平原の至る所で、うず高く積まれた死体の山が燃え、篝火のように夜の闇を照らす。それらを囲みながら、帝国軍の兵士らは奪い取った〈教会〉の十字架旗を広げ宴に興じている。人肉の焼ける臭いが、兵士らの体臭や酒の臭いと混ざり、とてつもない悪臭を放つ。
騒いでいるのは主に歩兵である。騎兵の多くは喧騒から離れた場所、元々設営されている帝国軍の野営地で暖をとり、遠くエリクソン平原を照らす人の篝火を眺めながら休息をしている。
そんな野営地の片隅の暗闇、熊髭の大男が独り酒を呷りながら、手枷をはめられ裸に剥かれた少女を犯している。冬場にも関わらず、身にまとっているのは背中の傷に巻く包帯のみで、古傷だらけの全裸を寒空の下で露わにしている。そして凍りかけた大地に裸足で仁王立ちし、女を抱く。
腰を打ちつけるたびに、首元を鷲掴みにされる少女が泣きながら喘き、男の背中の傷からは血が滲む。
背中の傷から血が流れ出るたび、怒りと苛立ち、そしてやり場を失い暴れ狂う、身を焦がすような戦いへの熱情が、オッリ・ノーサー・ニーゴルドを体を突き動かす。
衝動に突き動かされ、男は腰を打ち続ける。
*****
風に乗って舞う血飛沫が心地良かった。
歩兵を踏み潰し、刃を向ける敵兵を屠る。そして逃げ惑う女子供を奪い取る。これに勝る快楽は存在しない。
黒騎兵の砲撃に合わせて、馬賊が第六聖女親衛隊の方陣を食い破り、その中央へ斬り込む。部下たちには事前に略奪を許可していた。みな、侍従や乙女騎士隊と思しき女子供を手当たり次第に掻っ攫い、歯向かう敵を片っ端から殺し回っている。
もう夕陽は落ちかけ、あとはその残滓が地平線を僅かばかり照らすだけである。だが燃える残滓の焦燥感に駆られたかのように、極彩色の獣たちはまだ飽き足りぬと殺し回り、暴れ回る。
混乱の中、オッリも一人いい女を見つけた。目的の第六聖女ではないが、子供ながらによく育っている、うら若き乙女。
それを守ろうとした司祭の頭をウォーピックで砕く。そして馬上から少女を掴み取り、後続の部下に投げ渡す。
「それは俺の女だ! あとでお前らにも分けてやるから、ちゃんと持って帰れよ!」
笑いが風に乗り、気分が高揚する。とりあえずの暇潰しの女は確保した。あとは目的の第六聖女を捕らえるだけである。
人垣の向こう、天使の錦旗のそばに第六聖女セレンの乗る輿が見えた。輿の上の少女は、戦場の狂乱に振り落とされまいと懸命な表情でしがみついている。
その様を見て、オッリの顔からまた笑みが零れる。
馬を駆りながら弓に矢をつがえ、輿の持ち手に狙いを定める。軽く放った矢は風を切り、輿の持ち手の喉元に突き刺さった。
バランスを崩した輿が崩れ、その上から第六聖女が転げ落ちる。地面に投げ出され、血と泥に塗れ慄く少女と目が合う。その哀れに歪んだ表情を馬上から見下ろし、オッリは愉悦に体を震わせた。そしてそのまま地に伏した第六聖女を掴もうと手を伸ばし──。
──何者かに阻まれた。
横腹から何かがぶつかってきて、態勢を崩される。鎖帷子にサーコートという時代錯誤な装備の小柄な老兵が、真横から馬ごと体当たりを仕掛け、そのまま横倒しにしようと押してくる。
だが咄嗟に敵の馬の手綱を引っ掴んで上体を起こし、態勢を立て直す。「このクソ爺ぃ!」と叫びながら、勢いに任せ老兵の顔面に頭突きをかまし、相手の馬の横腹を蹴り飛ばし地面に転がす。
馬から転げ落ちたその老人を見下ろし、その顔面に唾を吐きつける。しかし、老兵は血に塗れながらも不敵な笑みを浮かべていた。
──不意に、背後に風を感じた。
何かがすぐ後ろにいる。味方ではない、確固たる殺意に満ちた馬蹄の圧力。振り向き様、ウォーピックを手に取るが、間に合わないと悟る。とにかく体を捩ってそれを躱そうとする──が、背中に衝撃が走り、血が流れ出たのがわかった。
熱いものが背中を濡らし、痛みが不快さを増していく。オッリは歯を食いしばって体を起こし、駆け抜けた風の先を見た。
一人の若い騎士が第六聖女を守るように立っていた。兜の錣から血濡れた金色の髪をなびかせ、泥塗れで傷ついた鉄の甲冑をまとい、血の滴る古めかしい直剣を手に眼前に立ち塞がる。
どこまでも真っ直ぐな、澄んだ青い瞳がオッリの視線と交錯する。
若い──恐らく二十歳前後か、息子のヤンネと同じような年代だろう。そしてどこか、どこかで見たことのあるような──。
オッリは吼えた。何か熱いものが体の芯から燃えあがる。何が言いたかったのかはわからないが、とにかく獲物に向かって獣のように咆哮していた。
吼えながら馬に拍車を入れようとしたとき、どこからか現れた馬賊の兵士らに両脇を抱えられる。意に反して獲物から遠ざかっていく。吼え終わったときにはもう敵の方陣を抜けており、天使の錦旗と月盾の軍旗は遥か遠くの夕闇に溶けていた。
夕陽が暗闇に落ち、やがて地平線の残滓も消える。そして夜が訪れた。
*****
真新しい背中の傷口から、目まぐるしく揺れ動く感情が溢れ出し、そして体中の古傷が夜の闇に哭いた。
闇夜に向かって咆哮したあと、急激に体の熱が冷めていくのをオッリは感じた。だが、それらの熱の根源は未だ燻っている。そしてそれは、背中の傷を舐めるようにオッリの心中を煽る。
今は第六聖女を逃した口惜しさよりも、傷を負ったという事実の方が重かった。
吹き荒ぶ北風が背中の傷口に沁みる。胸元に抱く、先の戦場で捕らえた少女は気を失っていた。子供ながらに肉づきの良い、いかにも上流階級の子女といった感触だった。
軽く酒を煽り、気を失った少女を背中に担いで歩き出す。
怒りと苛立ち、そして身を焦がす戦いへの熱情は、女を抱いても収まらなかった──まだ戦い足りない。もっと戦っていたい。背中に傷をつけたあの月盾の騎士と、もう一度刃を交えたい。
互いの全身全霊を注いだ、無慈悲なまでに純粋な命の奪い合い。血を流す背中の傷が久しく忘れていた戦士としての本能を呼び覚まし、オッリの体を熱くする──獲物が増えた──月盾の騎士を屠ったうえで、第六聖女を捕らえ凌辱すると心に誓う。
オッリは女を担ぎ、帝国軍第三軍団騎兵隊の宿営地に向かった。
途中、馬賊の兵士らが略奪した女子供を囲い談笑していた。
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