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不条理な関係
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とんでもないことをしてしまった。
多少酔っていたとは言え、どうしてこんな事になってしまったのか。
渡部さんの寝顔には、無数の涙の跡が残っている。
こんなつもりじゃなかったのに。
こんな事はもうやめようって言って終わるはずだった。
どんなに好きだと言ってくれても、僕は彼女を好きにはなれなかった。
それなのにこんな事をしてしまうなんて……。
僕はまた罪悪感と嫌悪感に押し潰されそうになりながら、渡部さんの部屋を静かに後にした。
夜のしじまに身を隠すようにして、ひたすら歩いた。
足も心も何もかもが重くて、このままこの闇が跡形もなく僕を消してくれたらいいのにと思った。
午前3時過ぎ。
ようやく家に帰り着くとリビングのドアから明かりがもれていた。
杏さんは今夜は帰れそうにないって言っていたし、朝出掛けるときに部屋の照明を消し忘れたかな?
そんな事を考えながら廊下を歩き、リビングのドアを開けた。
「……遅かったな」
杏さんはソファーに座り、僕に背を向けたまま呟いた。
「あ……杏さん……」
帰れそうにないと言っていた杏さんが家にいる事に驚き、さっきまで自分のしていた事への後ろめたさで、杏さんの顔をまともに見られない。
「こんな遅くまで何してたんだ」
「……矢野さんと一緒にいました」
本当の事なんてとても言えないから咄嗟に嘘をつくと、杏さんはソファーから立ち上がってため息をついた。
「鴫野も人並みに嘘をつくんだな」
「えっ……」
どうして僕が嘘をついているとわかったんだろう?
杏さんは僕が矢野さんと飲みに行っていた事を知っているし、そこに渡部さんがいた事は知らないはずなのに。
僕にはわけがわからない。
杏さんはおもむろに振り返り、伏せ目がちに僕の方を見た。
「帰りに矢野に会った。おまえは酔った彼女を家まで送って行ったんだろう?」
「……すみません……」
それ以上、何も言えなかった。
杏さんに知られたくなくてついた嘘は、僕が杏さんに言えない事をしていたと言っているようなものだ。
「悪かったな、嘘までつかせて。おまえが彼女と付き合うのを止める権利なんて私にはないのに……」
「杏さん、僕は……!」
彼女とは付き合っていないし、好きでもない。
僕が一緒にいたいのは……。
「もういい……」
杏さんは、みっともなく言い訳しようとする僕の言葉を遮った。
「私とのこんな生活、鴫野もそろそろ限界だろう……。巻き込んで悪かった」
そう言い残して、杏さんは自分の部屋に入ってしまった。
言い訳をする余地もなかった。
僕は杏さんとの約束をやぶって杏さんに言えないような事をして、それを隠すために嘘をついた。
杏さんはそんな僕を蔑むような目で見て、ひどく悲しそうな顔をしていた。
杏さんの遊園地での無邪気な笑顔や、僕の料理を食べて瞬きをする顔、照れて真っ赤になった顔。
会社では見たことのなかった杏さんの顔を思い出すと、息をするのも苦しくなるほど胸が痛んだ。
渡部さんには平気であんなひどいことをしたくせに、杏さんに失望された事で心が痛む僕は、なんていやしい人間なのだろう。
杏さんは少なからず僕に心を開いてくれていたと思う。
だけどもう僕はきっと、偽物の婚約者としても杏さんに必要とはしてもらえない。
多少酔っていたとは言え、どうしてこんな事になってしまったのか。
渡部さんの寝顔には、無数の涙の跡が残っている。
こんなつもりじゃなかったのに。
こんな事はもうやめようって言って終わるはずだった。
どんなに好きだと言ってくれても、僕は彼女を好きにはなれなかった。
それなのにこんな事をしてしまうなんて……。
僕はまた罪悪感と嫌悪感に押し潰されそうになりながら、渡部さんの部屋を静かに後にした。
夜のしじまに身を隠すようにして、ひたすら歩いた。
足も心も何もかもが重くて、このままこの闇が跡形もなく僕を消してくれたらいいのにと思った。
午前3時過ぎ。
ようやく家に帰り着くとリビングのドアから明かりがもれていた。
杏さんは今夜は帰れそうにないって言っていたし、朝出掛けるときに部屋の照明を消し忘れたかな?
そんな事を考えながら廊下を歩き、リビングのドアを開けた。
「……遅かったな」
杏さんはソファーに座り、僕に背を向けたまま呟いた。
「あ……杏さん……」
帰れそうにないと言っていた杏さんが家にいる事に驚き、さっきまで自分のしていた事への後ろめたさで、杏さんの顔をまともに見られない。
「こんな遅くまで何してたんだ」
「……矢野さんと一緒にいました」
本当の事なんてとても言えないから咄嗟に嘘をつくと、杏さんはソファーから立ち上がってため息をついた。
「鴫野も人並みに嘘をつくんだな」
「えっ……」
どうして僕が嘘をついているとわかったんだろう?
杏さんは僕が矢野さんと飲みに行っていた事を知っているし、そこに渡部さんがいた事は知らないはずなのに。
僕にはわけがわからない。
杏さんはおもむろに振り返り、伏せ目がちに僕の方を見た。
「帰りに矢野に会った。おまえは酔った彼女を家まで送って行ったんだろう?」
「……すみません……」
それ以上、何も言えなかった。
杏さんに知られたくなくてついた嘘は、僕が杏さんに言えない事をしていたと言っているようなものだ。
「悪かったな、嘘までつかせて。おまえが彼女と付き合うのを止める権利なんて私にはないのに……」
「杏さん、僕は……!」
彼女とは付き合っていないし、好きでもない。
僕が一緒にいたいのは……。
「もういい……」
杏さんは、みっともなく言い訳しようとする僕の言葉を遮った。
「私とのこんな生活、鴫野もそろそろ限界だろう……。巻き込んで悪かった」
そう言い残して、杏さんは自分の部屋に入ってしまった。
言い訳をする余地もなかった。
僕は杏さんとの約束をやぶって杏さんに言えないような事をして、それを隠すために嘘をついた。
杏さんはそんな僕を蔑むような目で見て、ひどく悲しそうな顔をしていた。
杏さんの遊園地での無邪気な笑顔や、僕の料理を食べて瞬きをする顔、照れて真っ赤になった顔。
会社では見たことのなかった杏さんの顔を思い出すと、息をするのも苦しくなるほど胸が痛んだ。
渡部さんには平気であんなひどいことをしたくせに、杏さんに失望された事で心が痛む僕は、なんていやしい人間なのだろう。
杏さんは少なからず僕に心を開いてくれていたと思う。
だけどもう僕はきっと、偽物の婚約者としても杏さんに必要とはしてもらえない。
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