テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第三章

3-11 信じる事と疑う事

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「はい、いらっしゃい」
 
 またこの言葉で僕の世界が始まる。もう何度目だろうか? ダウターはいつもニコニコと笑っている。
 ダウターが狂うことなく生きて行けるよう、何度も何度も挑戦した。しかしそのたびにリーダーが同じ未来に繋がるような修正をする。
 何度も同じ結果を繰り返しているが、ダウターの心が折れるたびにリーダーは決まってつらそうな顔をする。僕の目が節穴ではないのだとしたら、リーダーはダウターを本気で救いたがっているようにしか見えない。
(彼は正解を知っているのだろうか?)
 だとすればどうしてこんな回りくどい事をする? どうすればいいのかわかっているなら、自分でさっさとやってしまえばいい。わざわざ僕に何度も何度も繰り返させる意味がわからないのだ。
「きっと学ぶことも多いだろう。顔合わせも兼ねて、ダウターと共にピースメイカーに会ってくるといい」
 また同じ流れだ。しかしここで下手に抵抗すると、ダウターが怒って結局ピースメイカーの所に連れていかれる。確か6回目で体験した。黙っておとなしく従うほかない。
 そして結局そのまま同じ流れで僕たちはケイハ先生がいる転生世界に到着する。何も変わっていない。この後僕がどうやってあの先生を殺そうが、何らかの方法でダウターはその正体を知り、彼の心の芯はぽっきりと折れる。
(だが……) 
 かといって殺さなくても彼の心は捻じ曲がる。ダウターがケイハ先生に気づいた後、彼女を見逃すルートも何度か試した。しかしダウターは自分の恩師だけを見逃したことと、自分の恩師が悪意無く恵まれない境遇の子供を産み続けている事実に段々と蝕まれていくのだ。
「殺してもダメ、殺さなくてもダメか……」
 誰にいうでもなく呟く。
(ろくな結果にならないような気もするが、低い可能性にも賭けてみるしかないか)

「なんやオール、元気ないなあ。どないしたんや?」
 聞き込みから帰ってきたダウターに声をかけられる。ここからの流れも同じだ。彼は善き転生者を殺す必要を熱弁し、僕はそれを知らなかった振りをして大げさに反応する。
 転生者のいる町に着き、教会を訪ね、転生者の姿を見て慌ててコネクターを連れてくる。コネクターはダウターの事を僕に頼んで裁判所へ帰っていき、僕たちは宿を取ってダウターが語りだす。何も変わっていない。このままじゃまた同じ結末だ。
「だから……すまんがオール。お前が代わりに先生を殺してくれへんか?」

 僕は覚悟を決めた。

「……ダメだよダウター。自分でやるんだ」
 僕の返答が意外だったのか、それとも僕が急にため口になったことに驚いたのか、彼は今まで見たことがない表情で僕を見つめていた。
「急にどうしたんや……? 俺には先生が殺せるとは思えん、だからこうやって頼んでるんやんけ」
「ダメだよ。僕じゃダメなんだ。僕じゃダウターもあの先生も救えない」
「……何をわかったような口きいとんねん。お前に俺と先生の事がわかってたまるかい!」
「僕には全能がある。予知に関するスキルなんていくらでもあるさ。僕があの先生を殺しても見逃しても、それはダウターの傷になり、それは貴方自身を曲げて壊してしまう。だからこれはダウター自身でやらなきゃダメなんだ」
 未来の事は伏せ、自分の能力のおかげということにしておく。今ここで話をややこしくしても仕方がない。
「俺の罪名は知ってるはずやろ!」
 彼が勢いよく机を叩き、それは粉々に砕け散る。
「先生が俺になんと言おうと、俺はそれを疑ってまうんや! 自分の恩人を無理やり疑わされるこの気持ちがお前にわかるか!? 心の底から信じたい相手を、心の底で疑ってる俺の気持ちが! 腹を割って話したい相手と、腹の探り合いをしてしまう俺の気持ちが! お前にはわかるんか!?」
 ダウターの悲痛な表情な叫びが宿に響く。

「場所を変えよう」
 ダウターは僕の提案に素直に頷く。もう一度あの教会の近くまで戻り、夜空の下で僕たちは再び向き合った。
「僕にはダウターの気持ちはわからない。僕はただの全能であって全知じゃないし、僕が使っている全能の能力ですらほとんどが自動的に撃たれるもので、その詳細は撃ってみるまでわからないんだ。こんな僕にダウターが何千年も抱き続けていた気持ちがわかるはずがない」
「…………」
「それじゃダウターはあのケイハ先生の気持ちがどれだけわかってるんだ?」
「何を……」
「話に聞いた限りじゃ、あの先生がダウターをかばわずに領主の所へ連れて行った理由は明白だ。それは貴方も気付いているはず」
「……あんなガキが大金手に入れりゃそれだけで噂になる。大勢にも見られてたし、俺の居場所もばれてる」
「そう。あの先生がダウターをかばえば、孤児院自体が危うくなっていただろう。しかも相手は上流の人間、孤児院が燃やされようが孤児が殺されようが、やりたい放題だ」
「そんなことはわかっとるんや! 問題は俺がそれを信じ切れへんことやねん!」
 ダウターが近くの樹を苛立ち紛れに思い切り殴りつける。哀れにもその樹は先ほどのテーブルの様に粉々になって砕け散った。
「『先生はもしかしたら俺の持ってきた金を全部返してなかったんちゃうか? 俺に裁きを受けさせて自分はいくらかちょろまかしとったんちゃうか? 俺の事が元々邪魔やったんちゃうか?』 俺の中には先生を疑って問いかけ続けるもう一人の俺がずっとおる。俺はそいつに違うと叫ぶが、俺が大きな声で叫べば叫ぶほど、もう一人の俺の問いかけもでかくなる……」
 ダウターはうなだれて地面に座り込んでしまった。そんな彼に僕は更に厳しい言葉をかける」
「自分のことばっかりだな」
「……なんやて?」
「俺の気持ちがー俺の気持ちがーって。自分の事を理解してもらうのに必死で相手の事を全く考えていないじゃないか」
「あんま調子に乗るなよお前」
 ダウターは立ち上がり、両手にカラフルに光るルービックキューブを召喚する。
「魔法効果無効、物理攻撃無効、マジックミラー、オートリフレクション、アンチフィールド、アンチマジック」
 瞬時に彼の切り札を無効化するための魔法をうつ。僕が何度自分の身体でそれを受けてきたと思っている? おかげで対策はばっちりだ。
「……それも全能の力か?」
 あまりにも的確に自分の攻撃を無効化されたことに疑問を持ったダウターが尋ねてくる。
「経験と試行錯誤の成果だよ」
 僕はそういっておどけてみせた。ダウターの顔から険が取れてゆく。

「なあダウター。人を疑うっていうのはそんなに悪いことなのか」
「なんや急に」
「100%相手の事を信じている人なんているのかな。みんな大なり小なり、頭のどこかで相手の事をやっぱり信じきれない自分に気づいてて、それでも相手を信じながら生きてるんじゃないのかな」
「…………」
「少しでも疑ったら、もう相手を信じちゃいけないのか? 川で溺れている子供を見て、最初はその川の激しい流れにビビっていても、結局助けるって行動に移せるならば、それでいいんじゃないのか?」
「疑う事と信じる事は別々にあるわけじゃないと思うよ。天秤やシーソーみたいなもので、誰しも自分の心の中でそれをぐらぐら揺らしながら、なんとか相手を信じてるんだ」
「ねえダウター。ケイハ先生の気持ちを考えてみなよ。孤児院や他の兄弟を守るために、ダウターをかばってやれなかったケイハ先生の気持ちを。ダウターがずっと苦しんでるのと同じように、先生もずっと苦しんでるんじゃないの? だから能力が『諦めない』なんじゃないの? あの人が転生してまで孤児を救っているのは、ダウターへの罪滅ぼしなんじゃないの?」
「…………」
「ダウター!」
「……それ以上言うな」
 ダウターは地面にバタンと倒れこみ、四肢を放り出して大きく伸びをする。
「あーあ、始原の四聖様が形無しやな!」
 彼は吹っ切れたように大声を出し、そしていつものように笑い出した。
「オールの言う通りや。なんでこないに長い事生きてきてそんなこともわからんかったんやろなあ」
 憑き物が落ちたように清々しい顔で空に浮かぶ星を見つめている。僕もなんとなく隣に寝転び、同じように満天の星空に目をやった。しばらくの間、二人とも無言で同じ時間を過ごす。

「オール。ありがとう。先に宿に戻っといてくれ」
 彼は立ち上がり、そして教会の方に向かって歩いていく。
「ああ、待ってるよ」
 僕は寝ころんだまま答える。ダウターは僕に背を向けたまま、軽く手を振った。

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