テンセイミナゴロシ

アリストキクニ

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第三章

3-12 先生

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 ダウターは教会の扉の前まで来ると、しばらくの逡巡の後に何度かノックをした。建物の中で誰かが動く気配を感じ、緊張に表情を固くする。
「すみません。今日はもう店じまいなので、また明日来てくださいますか?」
 中から声が聞こえた。随分と懐かしい、しかし決して忘れる事のなかった先生の声。
「い、いや。客やないんです。ケイハ先生……ですよね」
 久しぶりに先生の名前を呼ぶ。もう二度と呼ぶことはないだろうと思っていた先生の名前。そして扉の向こうにその本人がいるのだ。
「…………」
 しかし相手からの返事はない。足音などがしないことから先生が扉の前にまだいることは間違いないが、あまりの事に驚いているのだろうか、それとも単に警戒しているだけなのだろうか。
「俺です。ヨドヤです。先生に育ててもらった。ヨドヤです」
 ダウターが本名を名乗った途端、扉が勢いよく開かれた。写真でしか見たことがなかった若い頃のヨドヤ先生が、今目の前に生きて存在している。それだけでダウターの胸はいっぱいになってしまった。
「ヨドヤ君……? ほんまにヨドヤ君なんか……?」
 先生からの問いかけに首を縦に振る。
「ヨドヤです……。お久しぶりです、先生。お元気そうで何よりです」
「ほんまや……ほんまにヨドヤ君や」
 ケイハ先生は口に手を当てて、信じられないといった様子で目に涙をいっぱに溜めている。
「随分立派になったんやねえ。背もこんなに高くなって……。さあさあ中に入り」
 促されて教会の中へ入る。聖堂であったのであろう広間にはたくさんの子供がつぎはぎだらけの薄い布を身体に巻き付け、所狭しと綺麗に並んで寝ていた。
 教会だったころの家具や絨毯などは全く見受けられず、壁や窓に掘られた装飾に昔の面影が多少残っているくらいであった。
 二人は子供を器用によけながら、広間の奥にある部屋に入る。そこは炊事場のようで、たくさんの調理器具や食器が整理されて置いてあった。先生はどこからか小さなテーブルと椅子を二つ持ってきて中央に置く。
「さあ座って。何にもない上にみすぼらしくて申し訳ないけど、ゆっくりしていって」
 先生は昔と変わらない優しさでもてないしてくれる。確かに周りをぐるっと見てみると、家具や柱のあちらこちらに傷やシミなどがたくさんついているが、これだけの子供がいるなら当然だ。自分の孤児院時代を追体験しているようでダウターには逆にそれが嬉しかった。
 先生はカップ入れたお茶を机に置き、自身も椅子に腰かける。
「それじゃヨドヤ君もアタシみたいに転生ってのをやったんかな?」
 興味津々といった顔で聞いてくる。自分の思い出の中のヨドヤ先生はもう随分と年が言っていたので、物腰も口調も随分落ち着いていたものだが、『先生の若い頃はこんな感じだったのか』と懐かしさと新鮮さが入り混じった不思議な感覚だ。
「そう……ですね。転生をして、それでちょっと事情があって色んな世界を飛び回ってます」
 さすがに『転生者を見つけ次第殺して回っている』とは言い出せない。
「なるほど。それじゃこの世界に転生してきたわけじゃないんやね」
「はい。ちょっとやることがあって、仲間と一緒にぼちぼちやってます」
「ヨドヤ君は昔から人を集めたりするのが得意だったもんね……」
「ハハ、ろくな奴らじゃないんですけどね、今も昔も」
 そしてしばらくの間他愛もない話をお互いにとめどなく交わし続ける。あの頃からもう遥かな年月が流れてしまっていたため、距離感を探りながらの話であったが、ダウターにとってこの時間はかけがえのないものであった。
 自分も転生者であったこと、さらにその上に天聖者というものがいること。今は天聖者と戦っている事、仲間たちの事……
 話が尽きる事はなかったが、自分ばかりずっと喋り続けていることに気づき言葉を止める。
「すいません。なんか俺ばっかり喋ってしもて」
「いいんよ。興味深い事ばかりやわ。ヨドヤ君はアタシよりも遥かに広い世界を見てきたんやね」
「先生……」
 二人の間に沈黙が流れる。しかし気まずいと感じるようなことはなかった。
(先生はいつも俺たちが自分で話し出すのを待っててくれたな……)
 俺や兄弟達がイタズラしたり悪さをしたときに、先生は俺たちが自分で話すまでずっと静かに待っててくれた。まあその後は鬼の様に怒るんやけど、それでもジッと待っててくれた。

「何か目的があってきたんやろ? ヨドヤ君がそうして難しい顔してるときはいつもそうやったもんなあ。先生に遠慮はいらん。なんでも話してみ」
 煮え切らない態度に先生が背中を押してくれる。
「先生……俺は……、俺は……先生を殺しに来たんです」
 ダウターは意を決してここに来た目的を話す。この後にどんな未来が待っていようとも、決して後悔することのないよう先生の目を見つめながら。
「そうなん? それじゃ殺し」
 驚くほどあっけらかんと先生は答え、目を閉じた。
「先生!? 俺は先生を殺しに来たんですよ!?」
 随分悩んで絞り出した独白をあまりにもあっさりと返され、ダウターの方がうろたえてしまう。
「さっき聞いたって」
 逃げるでもなく喚くでもなく先生はただそれが当然であるように目を閉じているだけだ。
「……なんでですか? なんで先生はそんな簡単にあきらめることができるんです? 今ここにおる子供たちはどうするんですか? なぜ生きようとしないんです!?」
 寝ている子供たちを起こさないよう小声で、しかし本心をぶつける。
「諦めてるわけやないよ。信じてるだけや」
 先生の信じるという言葉にダウターの心がズキリと痛む。
「どうして……? なんでそんな簡単に俺を信じられるんですか!? 俺は先生を殺すって言ってるんですよ?」
「ヨドヤ君はアタシの子供や。それ以外に理由がいるか?」
 ダウターが一番聞きたかった言葉。そして一番聞きたくなかった言葉。
「なら……! ならどうしてあの時! 俺を……、俺を捨てたんですか!!!」
 つい出してしまった疑いに思わず手で口を隠す。
「いや……違うんです今のは。俺はちょっと……今、人を信じられなくて……」
(こんなこというつもりじゃなかった! やっぱり俺のこの呪いは俺を無茶苦茶にしよるんや!)
 一度口にしてしまった言葉はもう取り返すことはできない。一度蒔かれた不信の種は一生相手の心に根を張り、ゆっくりと育って行ってしまうのだ。
「ヨドヤ……」
「ほんまに違うんです……俺先生に捨てられたとか思ってなくて、今のは本心じゃないんです」
 なんとか取り繕うとするが言葉がうまく出てこない。巧みな弁舌で相手を追い詰めていくいつものダウターの姿はそこにはなかった。
「ヨドヤ、よく聞きなさい。アタシはあの時間違いなくアンタを捨てた」
「…………え?」
 信じられない言葉が聞こえた。耳から脳へとその言葉は間違いなく伝わっていったが、脳はその意味を理解することを拒絶する。
「先生……? 今なんて……?」
「アタシは自分で選択してヨドヤを捨てたんや」
 再度繰り返されたその言葉に、ついにその意味を脳が理解してしまう。まさか先生はそんなことを言わないだろうと思っていたのに……信じていたのに……! やっぱり俺は嫌われてたんや……! 俺は捨てられたんや!!

(殺そ)
 今殺してしまえばいい。今殺さないともっと聞きたくない何かを言われるかもしれん。俺の先生は俺の中にしかおらんかったんや……。目の前にいるこいつはきっと偽物や。
 椅子に座ったまま頭上にルービックキューブをいくつも召喚する。それはいつもより赤く、黒く光り、とても禍々しいものであった。
「アタシはあの時にヨドヤと孤児院にいる他の子どもたちを比べてヨドヤを捨てた。もう一回同じ状況になったらまたヨドヤを捨てる。それは間違いない」
「もう喋るな……、お前は先生なんかじゃない! 偽物だ!」
 ルービックキューブの数が増え、カチャカチャと音を立てて組み変わり始める。

「死ね」

 それらは先生に向かって解き放たれた。
 

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