聖女に選ばれなかったら、裏のある王子と婚約することになりました。嫌なんですけど。

七辻ゆゆ

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 つやつやの顔を見ていると、やはり納得はできないが理解はした。そうだというのならしかたがない。今はつやつやになって良かった。
 疲れ切った大司教様は10も20も年を取って見えるほどくたびれていたのだ。そしてそれ幸いと、どんどんおじいちゃんに変装していったのだろう。

 実際にはわりと若い。
 おかげで私の胸には8歳の頃に刻んだ星が輝いてしまっていた。

「なななななにを言い出すんだね、君は、まったく……!」
「ダーヴァリッド殿下との婚約はどうなると思いますか?」
「うむ? そうだな、簡単に婚約を解消とはならないと思う。もはやダーヴァリッドに見合う年頃の高位令嬢が君しかいない。そしてシュナ嬢もあのような醜態をさらしてしまった」
「そうですよね」
「王家としては君を手放さないだろう。それに君も」
「大司教様は独身ですよね?」
「…………待ちなさい」
「大司教様と聖女なら、問題なく結婚できるのでは?」

 大司教も聖女も結婚できないわけではない。
 ただ、どちらも教会から離れられない上、伴侶だからといって無関係の人間を教会にいれるわけにはいかない。
 実情、教会関係者以外との結婚が難しいのだ。教会に入ることは世を捨てたと取られることも多いので、シスターが結婚する時も教会を出るのが普通である。

「いや、エミュシカ、君は聖女にはならない。聖女はリューン嬢だ」
「なぜ? 彼女は聖女になりたいと思っていないでしょう」

 肩書は同じ聖女候補であるけれど、私が聖女になることはほぼ確定していた。リューン様は教会に入ることはなかったし、念の為、私の予備としての扱いだったはずだ。
 そもそも聖女など貴族女性の目指すものではない。平民と触れ合い、平民を助ける仕事なのだ。

「それでもだ」
「……」
「君に、ダーヴァリッドの婚約者という立場を与えてしまったことは謝罪する。だが……」
「選択の余地があったのですね?」
「……」

 ダーヴァリッド殿下も言っていた。聖女でありたいと願うなら、婚約者になることはなかった、と。
 大司教様が黙ったので、それが間違いなかったことを知った。

「どうして……私が聖女では問題がありましたか?」
「そんなことはない。決して」
「ではなぜ」

 大司教様は難しい顔で黙り込んだ。
 馬車はがたがたと二人を揺らしながら進み、私を焦らせる。到着してしまったら、家のものが馬車を迎えてしまう。ふたりきりの会話は今だけだ。

「……噴火の兆候がある」
「え……?」
「マーカーナ山だ」
「……」

 こくりと、自分が喉を鳴らした音が聞こえた。
 マーカーナ山はこの国の隣にある火山だ。海を挟んで島にあるので、噴火による直接の影響は少ない。

 けれど歴史書を見れば、その噴火が何度も国を滅ぼしかけたことがわかる。舞い上がった灰が日光を遮り、農地に積もるのだ。主産物の不作が数年にわたって続いてしまう。

「そん、な……」

 大災害だ。民衆は聖女にすがるだろう。そして聖女が神の地に身を捧げたという記録が残っている。
 私が聖女になれば、数年後に死ぬことになるかもしれないということだ。

 覚悟はあった。
 けれど、そんなに早く死ぬつもりはなかった。ううん、具体的な想像をしていなかったのかもしれない。

「……でもそれじゃ、リューン様が」
「リューン嬢は君より二歳若い。教会にもなじんでいないから、正式な就任を引き伸ばせる。聖女が空位のうちに災害があったなら、聖女は歓迎されるはずだ」
「ああ、それは、そう……だけど」

 ふるりと勝手に体が震えた。

「だから君をダーヴァリッドの婚約者とすることに同意した。状況はよくないが、聖女として災害に向かわせるよりは君が……幸せになれると考えた」
「幸せ……」

 大司教様は私のことを考えてくれたのだろう。
 実際、死ぬよりひどいことは、そうそうあるものではない。だけれど。

 こうして私は大司教様を見て、離れたくないと思っている。だって誰もいない。家族だって家族じゃない。親切にしてくれていても、他人事のような距離があった。そして殿下は敵だった。
 ずっと教会に戻りたいと思っていた。
 それでも、いずれは幸せになれるものだろうか?

 どうだろう。少なくとも、今の私はそれは嫌だと思っている。
 そのくらいなら、教会のみんなと一緒に頑張りたい。命を失うことがあっても。……今だけの甘い考えなんだろうか?

「……でも大司教様、ダーヴァリッド殿下はあなたの言葉を聞きました」
「ああ。彼は優秀だと聞いていたが、詰めの甘さが見える。僕が大司教であることは知っているだろうに、君との繋がりは察せなかったのだろうな」
「それはそうです。王弟である大司教様が、直接面倒を見ているなんて思わないですよ」
「そうか? 上のものが関わったほうが話が早いだろう」
「そうですけど」

 私はつい笑ってしまった。
 そういう人だ。威厳があるのにやたらと勤勉で、私の足の裏を揉んでくるようなおじいちゃんだった。

「殿下があなたの話を聞いたのは、あなたに信用があるからですよ」
「ふむ。まあ、よからぬことはしていない」
「あなたが嘘を言うはずがないと信じたんです」
「そうであれば嬉しいことだ」
「私もまた、そういう人になりたいのです」

 殿下は裏表のある、私からすれば傲慢な性格をしていた。実際に能力があり、シュナさんを妻とすることもありえなくはなかったのだろう。
 そんな彼が、大司教様の言うことを信じた。

「やるべきことをやり、信用を積んでいけば、民も私を信用してくれるはずです」
「エミュシカ……それは、理想だが……」
「それでも駄目ならその時は、一緒に逃げてください」

 私は馬車の座席から降り、大司教様の手を取った。神様にするみたいに見上げて願う。大司教様は目を丸くして私を見る。

 それがどれだけ続いただろうか。馬車の床は座席より揺れるけれど、教会育ちの私の足腰を舐めてはいけない。がたがた、ごとごと、大司教様は私を見ている。

 私のことを考えている。
 だから目を離したりしない。眼鏡と髭を頭の中で描き足さなくても、大司教様との思い出が蘇った。

 大司教様がため息をつく。
 まだ。まだだ。私は急いで言う。

「私、がんばって大司教様を口説きますから」
「……それは結構」
「よかったです」

 もう詐欺師になったって構わないのに、大司教様は苦笑した。

「不要だという意味の結構だ。君の熱意はわかった。こうと言い出したら見かけのわりに猪突猛進で、邪魔をすると危険なのが君だ」
「ええ」
「だから選択肢など与えなかったというのに」
「はい……」

 私は視線を落としそうになった。やっぱりだめなのだろうか。
 けれど大司教様は呆れたように私の手を引っ張った。眼鏡ごしでなくても変わらない優しい瞳が私を見る。

「……うん、そうだな。とりあえずやってみよう。君を育てたくらいだ。私も、いくらか猪突猛進なはずだからな」
「もちろん!」

 私は大喜びで、彼の手を胸にぎゅっと抱きしめた。それから恥ずかしくなった。おじいちゃんのままでいてくれたら、全然よかったのに。残念ながら今の大司教様は若すぎて、それがちょっと問題だった。
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