聖女に選ばれなかったら、裏のある王子と婚約することになりました。嫌なんですけど。

七辻ゆゆ

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あなたこそあなた

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「まだマナーが拙く、ご無礼ながらルカルロ殿下、エミュシカと申します。さきほどはありがとうございました」
「……ああ。その、今回は災難だったな」
「おかげでとても助かりました」
「……そうか」

 ルカルロ殿下は安堵した様子で、小さく息を吐き、ぎこちない笑顔を浮かべた。不慣れな若者のような顔だ。なんというか。
 ……なんだろうなあ。

「ただ、ダーヴァリッド殿下があのご様子なので、どう帰れば良いのか困っています」
「確かに……そうだな。では送ろう」
「はい。よろしくお願いします」

 普通に考えて王弟殿下に送っていただくのは図々しいことこの上ない。私はむずむずする口を噛みながら、ルカルロ殿下にエスコートされ、彼の馬車に向かった。途中でルカルロ殿下は周囲に声をかけ、私を送っていくことを伝えてくれた。

 そして手を引かれて馬車に乗る。
 結婚前の貴族女性が男性と二人きりになるなどありえないけれど、私としては別に婚約解消で問題ない。もうすでに、そのあとどうしようという考えに至っていた。だから。

 私は馬車に乗り、座るなり、ルカルロ殿下を睨んだ。

「いったい何歳なんですか……大司教様」
「んっむ」

 ルカルロ殿下こと、私を育ててくれた大司教様は妙な声をあげた。ちょうど馬車が動き出したので、舌でも噛んだかと思ったけれど、それは無事なようだ。

「なにを驚いてるんですか。なんで気づかないと思うんですか、もうっ」
「む、いや、気づかれるだろうとは思ったが、できれば気づかないでいてほしいと思った。願望に身を任せたかった……」
「それで、おいくつなんです」
「……32だ」
「若っ」

 よくそれでおじいちゃんヅラしていたものだ。最近では一緒に歩く時も、あまり早くならないよう気をつけていたというのに。
 髭と眼鏡で騙されていた自分にもちょっと呆れてしまう。

「そんなことはない。君の父上くらいの年齢だ」
「お父様は……確かもう十ほど上ですよ」
「そうだったか。……いや、だが、君の父上でもおかしくない年齢だ。髭だって似合っていただろう」
「似合ってましたけど、つまり変装じゃないですか。長年私を騙していたんですね?」
「騙したわけでは……」

 大司教様はもごもごと言葉を濁したあとで、ため息をついて頭を下げた。

「あるな。騙した。すまなかった」
「それで?」
「君は8歳とはいえ女性であったので、若い男との接触は避けるべきだろう。しかし聖女候補をシスターに任せきりというわけにはいかない。シスターにしたいわけではないのだから」
「それでおじいちゃんのふりで指導してくださったと……待ってください、私と会った頃って22……?」
「まあ、そのくらいだ」
「無理がありますよ!」

 最初から大司教様の印象は優しいおじいちゃんだ。30代でもどうかと思うけど、20代なんてぴちぴちすぎる。さすがにそんなぴちぴちだった印象はない。

「問題ない。8歳からすれば成人男性などすべておじさんだ」
「そんな馬鹿な」
「そうなのだ。君を教会に受け入れた儀式、あの時が初対面だったが、私は変装していなかったぞ」
「覚えが……え、あれ?」

 何か引っかかって、私は眉を寄せた。
 なんか、覚えがあるような気もする。8歳の頃のことだから、それほど鮮明に覚えていない。ただ衝撃的なことが続いたので印象は強いのだ。

「おうちに帰りたい、って思ってたら、すごく、死にそうな人がいて……」
「死にそうな」
「顔色が死んでて、フラフラしてるし、それでも私に優しくて」

 そう「困ったことがあったら私に言いなさい。必ず君を助ける」と言ってくれたのだ。私はそれで、こんな死にそうな人がこんなことを言ってくれたのだからと、8歳なりに申し訳なくなった。
 逆に自分がこの人を守らなければと思った。
 それからどうしたのだっけ。記憶が曖昧だ。会わなかったが、会っていた、そういう状況?

「ああ、それが僕だろうな。その頃は本当にひどい状態だった。僕は陛下とは年が離れているだろう。それがゆえに、ダーヴァリッドではなく僕を次に推す声もあったのだ。僕は王位に興味などなかったから大司教という立場になったのだが、それはそれでもとより聖職者である者たちは面白くなかったようで、ごたついた上、先代の聖女が調子を崩した頃だ」
「大司教様」
「うん?」
「結婚してください」
「ンッブ!?」

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