聖女に選ばれなかったら、裏のある王子と婚約することになりました。嫌なんですけど。

七辻ゆゆ

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外面殿下にさようなら?

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「エミュシカ!」
「まあ、ダーヴァリッド殿下、お目にかかれて光栄でございます。失礼ですが、私、お約束を忘れておりましたでしょうか?」
「い、いや、急な訪問で申し訳ない。だが、君が叔父上と婚約したと、いや、私と婚約しているはずだ、そんなわけはないだろう?」

 その話を聞いて、急ぎ駆けつけてきたらしい。
 私はちょっと笑いそうになった。やっぱり聖女と呼ぶには私は意地が悪いのだろう。

 でも、私のことなど歯牙にもかけなかった殿下が、このさまなのだ。少しくらい「ざまぁ」と思っても許されたい。

「陛下にお伺いしたところ、あくまで候補であったとのことでした。私の教育が落ち着くまで、待っていてくださったのでしょう? ありがとうございます」
「そ……れは、そうだ、が……」

 心からの嫌味を込めて微笑むと、殿下の顔色が悪くなっていった。
 そう、思い返してみれば私達は婚約などしていなかった。たとえ家と王家との契約でも、準成人である私本人のサインが必要なはずだ。

 殿下はひとまず陛下に従うように見せて、そうやって時間稼ぎをしていたのだ。

「し、しかし、候補とはいえ、勝手にそのような」
「陛下の許可は頂けました」
「……」

 殿下の顔色がいよいよひどい。
 それもそうか。陛下はもう殿下への期待をやめた、と伝えたも同じだ。少なくとも陛下は、無理やり婚約者を押し付けて王太子の体裁を整えることはやめたのだ。
 ふらり、殿下の体が傾く。

「大丈夫ですか?」
「……ああ」

 なんとか踏みとどまっているという様子で、自分を立て直そうとしている。私は少し微笑んだ。
 簡単に折れられるよりは、まあ、良いです。
 いや、さすがにこれ以上いじめる気もないんだけど。だってもう、関係のない人だ。嫌なこと言われたから嫌なことを言い返してやった。終わり。

「シュナさんと殿下はお似合いだと思ったのです。私は身を引きます。その、よいご縁も頂けましたので」

 と、言うのはちょっと気恥ずかしかった。
 大司教様は私が好きだというわけではなく、これしかないから結婚してくれたんだろうな。私も、大司教様を恋愛的な意味で好きかというと微妙なんだけど……嫌いではもちろんない。好き……というのは、どうも落ち着かない。だってずっとおじいちゃんだったのだ。

「シュナは……結婚すると」
「え?」
「身分に見合った相手と、結婚すると……」
「あ、諦めたんだ」

 私が思わず言うと、殿下が表情を引きつらせた。
 いやでも現実的だと思うよ。シュナさんは私を傷つけたわけではないから、罪とするには難しいところだ。でもあんな場で計略がバレて、社交界に堂々残り続けるのは難しいだろう。
 なんなら、殿下の足さえ引っ張る。それを嫌がったのかもね。

「すみません、つい。ですがどのみち私では不相応だったでしょう。少し爵位が下がっても、マナーのきちんとしたご令嬢を探すのが良いですよ」
「き、君でなければならないんだ」
「まあ、なぜですか?」
「爵位の低い令嬢では侮られる。私の治世を安定させるためには……」
「気弱になってらっしゃるのね。大丈夫、シュナさんを妻にすると意気込んだ気持ちを思い出してくださいませ。周囲の不安など自分の能力で吹き飛ばせる、そう信じたのでしょう?」
「だがっ……! シュナはもう」
「殿下、熱意さえあればどうにかなると信じたのでしょう? 私、殿下のそういうところは悪くないと思いますよ」

 少なくとも口だけの人ではなかった。
 シュナさんのために、彼女を妻にするために色々と努力したのだろう。私に対する態度を見る限り、あんまりよろしくない努力もありそうだけれども。

「がんばってください。そもそもですが、私と大司教様の婚約はすでに成立しています。こちらに来ても時間の無駄ですよ」
「どうとでもなる! 君とて聖女などより……」
「私は聖女になります。あ、リューン様もすぐにご結婚なさるそうですから、大丈夫ですよ。よいご縁を頂いたこと、殿下に感謝しておりました」

 やはり、高位令嬢を片付ける殿下の作戦の一環で、リューン様にも婚約者候補ができたらしい。二人はとても馬が合うと喜んでいたので、殿下の気持ちはともかく、これは良いことをしたと思いますよ、うん。

「さて、申し訳ないのですが、私も時間がないのです。これからマーカーナ山に向かいますから。……あ、そうだ」

 とても普通なら会えないような人が、こうして会いに来てくれたのだ。
 絶好の機会だった。危ない危ない、こういう縁を大事にしていかないとな。

「殿下も協力してくれませんか? もしかすると、この失態を取り戻せるかもしれませんよ」
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