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覚悟を決めよう

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<直純、お前と最後に会ったあの日、誘拐という犯罪を犯し、何食わぬ顔で家族として過ごしてきた美代を非難した。そして、私だけは美代と違って直純を愛していたと思っていた。けれどこの15年……美代の厳しい躾を止めることもせず、直純のことを知ろうともせず、見せかけだけの家族を続けてきた私は、お前を愛しているなどという権利などなかったんだ>

<今の私には自分が父親だと名乗ることも憚られる。それくらい、私は家族を顧みていなかったし、自分がしていたことが全て己のエゴだと理解している。大切な存在であるはずのお前を放り出して本当に申し訳ない。私も美代も、お前にとって良い両親ではなかった。だからこそ、お前には幸せになってほしい。あんな辛い目に遭っていたのに、私に優しい笑顔を向けてくれたこと、そして、お前が最後に言ってくれた言葉を一生忘れない>

――父さんっ! 僕……ちゃんと待ってるから! どれだけ経ったってずっと待ってるから!!

そう叫んだ僕に、父さんは

――ああ、絶対に迎えにくるから! 待っててくれ!

と言ってくれたんだ。

<けれど、私はあの時の約束を守れそうにない。最後まで良い父親になれなくて本当に申し訳ない。でも、私の存在自体が直純を傷つけることだと理解した。私がいる限り、お前はあの辛かった日々を忘れることはないだろう。私はこれからの人生を直純には笑顔でいてほしい。そのためには直純のそばに私は居てはいけない。それがここにきて私が出した結論なんだ。どうか、私たちを忘れてくれ。そして、新しく幸せな人生を歩んでほしい。直純、生まれてきてくれてありがとう。お前の幸せを遠い空の下でずっと願っている>

涙で文字が歪むたびに袖口で拭き取り、なんとか最後まで読み切ったけれど、涙は止まることはなかった。

<side磯山卓>

「絢斗」

「あれ? どうしたの?」

「直純くんに父親から郵便が来た。それで渡しに来たんだよ。今、部屋でそれを読んでいると思う」

そう告げると、絢斗は不安げな表情を見せた。

「手紙ってどういう内容なの?」

「詳しいことはわからないが、直純くんの父親と一緒にいる櫻葉会長の秘書によると、あちらの生活で何か思うところがあったようだ。毎日のように息子に悪いことをしたと懺悔しているようだから、酷いことはいってこないとは思うが……まだなんとも言えないな」

「そうなんだ……。でも、私は直純くんをずっと一人にしておきたくない」

「絢斗……」

「だって、そうでしょ? 初めての父親からの手紙、良いことでも悪いことでもきっと泣いちゃうよ。私は直純くんを一人で泣かせていたくない。卓さんもそう思わない?」

「ああ……そうだな。その通りだ。あれから、少し時間が経っているし、様子を見に行ってみよう」

「うん!」

絢斗の言葉に背中を押されるように、私たちは直純くんの部屋に向かった。

一応扉をノックしたが返答はない。

「直純くん、入るよ」

そう声をかけながら、ゆっくりと扉を開くとそこには床に座り込んで、手紙を握り締め涙を流している直純くんの姿があった。

「直純くんっ!!」

絢斗はその姿を見るや否や、部屋の中に飛び込んで直純くんを抱きしめた。

「どうしたの? 大丈夫?」

「うっ……ぐすっ、うぅ……っ」

絢斗がハンカチで涙を拭いながら声をかけるけれど、今は到底話せるような状況にはなさそうだ。

「絢斗、とりあえずソファーに座らせよう」

私が抱きかかえてやるのは、なんとなく昇に悪い気がして、二人で支えながら立ち上がらせた。
そして、直純くんを挟むように私たちもソファーに腰を下ろした。

絢斗の肩に頭を委ねて泣き続ける直純くん。
その手に握りしめられた父親からの手紙。

そんなに辛いことが書かれていたのか……。

その内容によっては櫻葉会長にも報告しなければな。

「直純くん、手紙……読ませてもらってもいいかな?」

できるだけ怯えさせないように声をかけると、直純くんは泣きながらもそっと私に手紙を渡してくれた。

シワだらけで涙の跡がたくさんついたその手紙は、きっと直純くんだけの涙の跡でなかったのだろう。

あの父親の思いが詰まったその手紙を、私はただ静かに読み耽った。
彼がどんな思いでこの手紙を書いたのか……それを読み取りながら。

――どうか、私たちのことは忘れてくれ。

この言葉に逃げたと思う者もいるかもしれない。
だが、彼はきっと直純くんの幸せのために自ら身を引いたのだ。

直純くんがこれから先、笑顔でいられるように願いを込めて。

それなら、私も覚悟を決めようか。

私はその手紙を折りたたみ、絢斗の肩で泣き続ける直純くんに声をかけた。

「直純くん、私たちの子どもにならないか」と。
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