上 下
31 / 277

父からの手紙

しおりを挟む
<side直純>

「――っ」

僕が昇さんに抱きついた途端、昇さんの身体がピクッと震えた。

「あっ、ごめんなさい。つい嬉しくて」

「い、いや。寝起きだから汗臭いかなって、心配になって……」

「そんなこと……っ、昇さんはいつもいい匂いです」

「えっ、あっ、ありがとう」

僕の言葉に少し照れる昇さんを可愛いと思っていると、

「そろそろ起きて朝ごはん食べようか」

と声をかけられる。
途端に

「きゅるる」

とお腹の音が鳴る。
ご飯と聞いただけでお腹が減るなんて恥ずかしい。

「ふふっ。直純くんの身体は正直でいいね」

「うぅっ。恥ずかしいですっ」

「気にすることないよ。俺もお腹減ってるし。じゃあ、部屋で着替えておいで。俺も着替えるよ」

「はい」

枕を持って戻ろうとすると、

「ここに置いておいていいよ。今夜も一緒に寝るだろ?」

と言われて嬉しくなる。

僕はそのまま昇さんの枕の隣に綺麗に並べてベッドから出た。

枕が一緒に並んでいるだけですごく近くにいる感じがするなんて……発見だな。

今日は磯山先生が用意してくれた朝食を食べて、学校に行く昇さんを見送って、しばらくすると磯山先生も仕事に向かった。

「今日、午前中は講義がないからのんびりだよ」

「わぁ、そうなんですね」

「直純くんは何する?」

「僕、あの本の続きが読みたくて……」

「ああ、いいね! 何かわからないことがあったら声かけて」

「はい。じゃあ、リビングでやってもいいですか?」

「もちろんだよ」

そう言われたのが嬉しくて部屋から本や辞書など必要なものを持ってリビングに向かっていると、さっき仕事に行ったばかりの磯山先生が玄関から入ってくるのが見えた。

「直純くん、リビングに行くところだったのか?」

「あっ、お帰りなさい。はい。あっちで絢斗さんに教えてもらって本を読もうかと思っていて……あの、何か忘れ物ですか?」

「いや、違うんだ。直純くんにこれを届けにきたんだよ」

そう言って手渡されたのは少しシワになった茶色の封筒。
前面に<PAR AVION>と書かれた封筒には確かに僕の名前が書いてある。

「これ……」

少しクセのある字に見覚えがあって、封筒を裏に向けるとそこには父さんの名前があった。

「あっ――! これ、とう、さん……っ」

「ああ、君のお父さんからの手紙だよ。向こうから少し時間がかかったみたいだ。直純くんもお父さんのこと、気になっていただろう?」

磯山先生の言葉に僕は頷いた。

ここにきて、父さんのことはなんとなく聞いちゃだめなのかと思っていたけれど、中東に向かった父さんが気になって仕方がなかったんだ。

「ゆっくり読むといい。荷物は私が運んでおこう」

そういうと、磯山先生は僕の持っていた荷物を受け取り、リビングへと向かった。

僕はその茶色の封筒だけを持って、自分の部屋に戻った。

考えてみたら父さんから手紙をもらうなんて初めてだ。
何か書かれているのかドキドキする。
僕は震える手で鋏を握り、封を開けた。

封筒からほんのり香ってくる匂いは、異国そのものといった香りでそれだけで父さんが本当に海外にいるんだと実感させられた。

便箋五枚も入っているその手紙を開くと、<直純へ>と書かれた手紙のあちらこちらに涙の跡が見える。

「父さん……っ」

日本から遠く離れた国での慣れない生活。
辛いことも多いに違いない。

けれど、

<元気で過ごしているか? 父さんは慣れない生活ながらも、充実した日々を過ごしている。心配しないでくれ>

思ったよりも元気そうな書き出しにホッとする。

<私は、ここにきて自分のこれまでの人生と向き合っていく中で、今までずっと家族のため、子どものためと無我夢中で仕事をし、同僚の残業さえも引き受けて、少しでも給料を稼いでいたことが間違いだったと気づいた>

<人一倍頑張って金を稼ぐことが、自分に課せられた使命だと思い込んでいたんだ。だが、それと引き換えに私は大切にすべきものを見誤っていた。それが、直純のことだ。ここにきて、家族の話を尋ねられた時に、私は直純のことを年齢しかわかっていないことに愕然としたんだ>

<好きな食べ物、得意な教科、得意なスポーツ、いやそれどころか、直純のクラスも、仲良くしている友人の名前さえも知らない。それに気づいた時に、私は今まで何のために生きてきたんだろうと思ったんだ。直純が生まれた時に、一生幸せにすると誓ったはずなのに、私はあまりにも直純に無関心すぎた。自分が一番頑張って家族を養っているんだという、ただの自己満足に過ぎなかったんだとわかったんだ>

<こうして直純と離れて過ごして、ようやくそんなことに気づくなんて、父親失格だってわかったよ。それに、私は美代が躾と称して直純に厳しいことを課していた事も薄々気づいていながら放置していた。そのせいで直純が傷つけられていたことも見てみぬふりをしたんだ。その方が家族が平穏でいられると思い込んでいた。けれど、その平穏が直純の犠牲の上に成り立っていたって今更ながら理解したんだ>

<本当に申し訳ない。どれだけ謝っても許される事じゃない。決して許してもらおうとも思わない。けれど、どうしても謝らずにはいられないんだ。直純だけに辛い目に遭わせてしまったことを本当に申し訳なく思っている>

父さん……っ。

そんな言葉が綴られた手紙を握りしめ、僕は涙が止まらなくなってしまっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

瞳の代償 〜片目を失ったらイケメンたちと同居生活が始まりました〜

Kei
BL
昨年の春から上京して都内の大学に通い一人暮らしを始めた大学2年生の黒崎水樹(男です)。無事試験が終わり夏休みに突入したばかりの頃、水樹は同じ大学に通う親友の斎藤大貴にバンドの地下ライブに誘われる。熱狂的なライブは無事に終了したかに思えたが、…… 「え!?そんな物までファンサで投げるの!?」 この物語は何処にでもいる(いや、アイドル並みの可愛さの)男子大学生が流れに流されいつのまにかイケメンの男性たちと同居生活を送る話です。 流血表現がありますが苦手な人はご遠慮ください。また、男性同士の恋愛シーンも含まれます。こちらも苦手な方は今すぐにホームボタンを押して逃げてください。 もし、もしかしたらR18が入る、可能性がないこともないかもしれません。 誤字脱字の指摘ありがとうございます

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

異世界に召喚されて失明したけど幸せです。

るて
BL
僕はシノ。 なんでか異世界に召喚されたみたいです! でも、声は聴こえるのに目の前が真っ暗なんだろう あ、失明したらしいっす うん。まー、別にいーや。 なんかチヤホヤしてもらえて嬉しい! あと、めっちゃ耳が良くなってたよ( ˘꒳˘) 目が見えなくても僕は戦えます(`✧ω✧´)

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

処理中です...