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第五章 (王城〜帰郷編)

花村 柊   49−1

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「兄上、少しよろしいでしょうか?」

執務室の前でフレッドが声をかけると、アレクお兄さまがすぐに扉を開けてくれた。

「フレデリック、珍しいな。おお、シュウ殿も一緒か。さぁ、中に入ってくれ」

目尻を下げ優しげな表情を浮かべ、アレクお兄さまはソファーへと案内してくれた。

「シュウ殿、先日はアリーとの時間を過ごしてくれてありがとう。アリーがとても有意義で楽しかったと話していた」

「ふふっ。アレクお兄さま、『アリー』と呼ばれるようになったのですね」

「んっ? ああ、あの日、シュウ殿との時間を過ごした後からアリーがそう呼んでほしいと言ってきたのでな」

「アレクお兄さまも『アレク』と呼ばれるようになったのでしょう?」

「ああ。なるほど、シュウ殿の教えか」

「いえ、ぼくは何も。ただ、思っていることは素直に仰った方がいいですよと話しただけです」

ぼくがにっこりと笑ってそういうと、アレクお兄さまもつられたのか笑顔を見せてくれた。

「確かにその通りだ。もうずっと『アレク』と呼んでみたかったのだと言われて、それに気づいてもいなかったのでな。アリーに言われてよかったと思っている」

「兄上も姉上もお互いに気を遣い過ぎていたのでは?」

「それもあるかもしれんな」

「何にせよ、仲睦まじいようで何よりだな」

フレッドの言葉に納得したように頷くアレクお兄さまに、フレッドはニヤリと笑ってみせた。

「それはそうと、こんなところまでシュウ殿まで連れてどうしたのだ? 何か重要な話でも?」

「ああ、そうなんだ。今日、サヴァンスタックから手紙が届いた」

「そうか、早かったな」

「それと同時にマクベスが我々を迎えに城に来てくれた」

「何? それはまた……早すぎだな」

アレクお兄さまの驚いた表情に少し笑ってしまいそうになる。
でも確かに思うよね。
だって本当に早すぎだもん。ふふっ。

でもマクベスさんがこんなにも早く着けたのはマクベスさんやお屋敷の人たちがフレッドを心配してくれていたってことだもんね。
本当にありがたいことだ。

「ああ。元々行方不明の私を探しに王都へ向かっていたようだ。手紙と一緒に着いたのは偶然だ」

「そうか、なるほどな。じゃあ、そろそろ?」

「ああ。屋敷の者たちも領地の者たちも皆、私の帰りを待ってくれているようだからな。そろそろここを出発しようと思う」

「そうか、寂しくなるが仕方ないな。今度は私たちがサヴァンスタックに行くとしよう」

「そうだな。その時は大歓迎するよ」

「いつ出発する?」

「今、ブライアンとマクベスに旅支度をしてもらっているからすぐに出発できると思う。そうだな、明後日には出発しようか」

「慌ただしいな。まぁでもそれくらいしないと、いつまでもここに留めていたくなるからな」

アレクお兄さまの寂しげな表情にぼくも少し寂しくなって心が揺れてしまう。
それでもぼくはフレッドと一緒に領地に帰るって決めたんだ。

「アレクお兄さま。ここで過ごした日々はとても楽しかったです。今度はサヴァンスタックの領地をぼくに案内させてください。アリーお姉さまも是非一緒に」

「ああ、そうだな。私も楽しかった。シュウ殿がフレデリックの唯一で本当によかった。アリーも寂しがるだろうがシュウ殿に会いに行こうと言えばきっと喜ぶことだろう。シュウ殿、フレデリックをよろしく頼む」

「兄上、私は幼い子どもではありませんよ」

「ふふ。はい。フレッドのことはぼくに任せてください」

「シュウまで私を揶揄うのだな」

「ふふっ」
「ははっ」

ぼくとアレクお兄さまの笑いにつられるようにフレッドも声をあげて笑い、執務室には楽しげな笑い声がしばらく続いていた。


部屋に戻ると、部屋の中が騒ついている。

「フレッド、何かあったのかな?」

「ああ、ブライアンとマクベスが荷物を整理してくれているのだろう」

そっか。
そういえば荷物の片付けをしてもらってるんだっけ。

でもいうほど荷物ってないよね?
ここに来た時の荷物は歴史が変わってしまっているからぼくの分はなくなっているはずだし、あるとすればフレッドがここに来る時に持ってきていた荷物くらい?

そう思っていると、ブライアンとマクベスさんが大きなケースを持って現れた。

「旦那さま、シュウさま。おかえりになられましたのも気づかず申し訳ありません」

「いや、いい。どうだ、準備は順調か?」

「はい。お二人のお荷物はほとんどございませんでしたので、今は旅に必要なものを取り揃えているところでございます」

「ああ、そうだな。シュウのものはすべて肌に優しい最高級のもので揃えてくれ。シュウの肌は繊細ですぐにかぶれたり傷ついたりしてしまうからな」

「承知したしました」

「準備はどれくらいでできそうか? 明後日には出立したいのだが」

「問題ございません。今、ブライアンと手分けして準備しておりますので明後日の出立にはつつがなく」

「よし。頼むぞ」

ぼくたちが何もしなくても準備がどんどん進んでいく。
絶対に忘れちゃいけないのは、ギーゲル画伯の描いてくれた絵とパールだけだ。
そういえばパールが生まれ故郷のサヴァンスタックに戻れるのはお父さんたちの時代からだから数百年ぶりか……。
パール、覚えてるかな?

ぼくはフレッドがマクベスさんとお話をしている間に寝室に入り、パールの元へと向かった。
足音が聞こえたのか、パールがキューンと可愛い声をあげて胸に飛び込んできたのでベッドに座ってパールを膝の上に下ろした。

「ふふっ。パール! 起きてたんだね」

キューン

「ねぇ、パール。聞いて! 明後日、このお城を出てサヴァンスタックに帰ることになったんだよ」

キュンキューン

「わかる? パールが生まれ育ったところに帰れるんだよ」

キューンキューン

パールがぼくの膝の上で飛び跳ねながら喜んでいる。
ふふっ。
やっぱりパールも自分が生まれた場所に帰れるのは嬉しいよね。

「フレッドが開拓してた時にパールを見つけたんだよね。あの時からぼくがこの世界に来る運命が出来上がってたのかなぁ……」

ポツリと呟くと、パールはそうだよとでもいうようにぼくの胸に顔を擦り寄せてきた。

「ふふっ。パールがいっぱい頑張ってくれたから、素敵な世界になったんだよね。パール、大好きだよ」

パールをぎゅっと抱きしめて、ふふっと笑いながらベッドに横たわっていると、

「シュウ。こんなところで浮気か?」

とフレッドの低い声が聞こえた。
そのあまりにも真剣な声にぼくは思わずビクッとして慌てて身体を起こすとフレッドが寝室の扉の前でぼくとパールを見つめていた。

「あ、あの……そんな、浮気だなんて……フレッド、ひどいよ……」

フレッドの視線が怖くて思わず涙を浮かべると、

「ああ、シュウ。悪かった。冗談だよ」

とぼくの元に駆け寄ってきて抱きしめてくれた。
その温もりがいつものように優しくてホッとした。

「もうっ! フレッドったら怖かったよ」

「マクベスと話している間に急にシュウがいなくなったから心配したのだよ。まさかここでパールとイチャついているとは思わなかったからつい……」

「イチャつくって……パールにサヴァンスタックに帰るよって話をしてただけだよ。フレッドは心配しすぎだよ」

「私には大好きだよと愛を囁いていたように聞こえたが?」

「えっ? あ、それは……パールがぼくとフレッドのために頑張って長い間このお城にとどまって素敵な世界に変えてくれたから……嬉しくて」

「そうか……確かにそうだな。我々にとっては本当に一瞬の出来事だったが、パールは数百年もの間ここで我々が来るのを待ってくれていたのだからな。シュウが愛を囁くくらいは許してあげてもいいか」

「サヴァンスタックに帰るときは、パールにとっても長旅だからパールのための寝床もちゃんと運んでもらってね」

「ああ。もちろんわかっているよ。シュウ……記憶の中のサヴァンスタックとは違うかもしれないが、それでも私についてきてくれるか?」

フレッドの真剣な瞳にぼくは真剣に答えた。

「もちろんだよ! 言ったでしょ? ぼくがいるところはフレッドにとっても居心地のいい場所になるって。今よりももっともっと素敵な場所になれるように一緒に頑張ろう!」

「シュウ……ありがとう! シュウがいてくれたら心強いな」


それからあっという間に荷造りは完成し、とうとう出立の日を迎えた。
ぼくとフレッドは別れの挨拶のために[王と王妃の間]へ向かった。

「兄上、大変世話になった。今度領地に来たときは大歓迎でもてなすからぜひ姉上と遊びに来てくれ」

「ああ、フレデリック。楽しみにしているよ。道中、くれぐれも気をつけるように」

この部屋では敬語も何もなく、本当にただの兄弟として話をするフレッドとアレクお兄さま。
そんな二人から少し離れてぼくとアリーお姉さまもお別れの挨拶をしていた。

「『アレク』に『アリー』と呼んでいただけるようになったのよ、シュウくんのおかげだわ」

「ふふっ。よかったですね。アリーお姉さま、すごく幸せそうです」

「ええ。本当に幸せなの。呼び名を変えただけでこんなにも気持ちが近づくなんて思わなかったわ」

そう言いながら、アリーお姉さまはぼくの耳元に口を寄せて、

「シュウくんとのお茶会の後に、『アレクさま、愛してる』って想いを伝えたら久しぶりに朝まで抱いてくれたの。何度も何度も『アリー、愛してるよ』って言ってくれて……本当に久しぶりにアレクの愛情を肌で感じられたわ。シュウくんのおかげよ」

と教えてくれた。

ふぇー、朝まで……。
そんなこと聞いちゃったらアレクお兄さまの顔見られなくなりそう。

フレッドも時々ぼくが煽ってくるって言って明け方までしちゃうけど……確かに愛されてる感じはすごくするから、アリーお姉さまの気持ちはよくわかるかも。

疲れ果てていっつもフレッドにお世話されちゃうんだけどね。
きっとアリーお姉さまもアレクお兄さまにお世話されてるんだろうな……。多分。


「シュウ、姉上との挨拶は済んだか?」

「あ、うん。大丈夫。アリーお姉さま、ぜひ領地に遊びにきてくださいね」

ぼくが最後にそういうと、アリーお姉さまは嬉しそうにアレクお兄さまに寄り添って、

「ええ。ぜひアレクと一緒に行かせてもらうわ」

と笑顔を見せてくれた。

ああ、本当にアレクお兄さまとアリーお姉さまの仲が深まってよかったけれど、さっきの話を聞いたばかりだからちょっと顔が赤くなっちゃうな。

「シュウ、どうした?」

「ううん、なんでもない」

「そうか? なら、そろそろ出発しようか」

フレッドの声に4人揃って部屋を出ると、マクベスさんとブライアンさんが部屋の前で待っていた。

「マクベス、二人をくれぐれも頼むぞ」

「はい。アレクサンダーさま。どうぞお任せください」

マクベスさんの自信満々な言葉にアレクお兄さまは満足そうに頷き、玄関へと歩き始めた。

ぼくは、ぼくたちの後ろを歩くブライアンさんに

「ブライアンさん、本当にお世話になりました。ブライアンさんの紅茶、とっても美味しかったです」

とお礼をいうと、

「私の方こそ、シュウさまとフレデリックさまのお世話が出来ましたこと大変嬉しく思っております。また紅茶をお飲み頂ける日まで元気に過ごして参ります」

と優しい笑顔で言ってくれた。

「ブライアン、本当に達者で暮らしてくれよ。私も久々にお前の紅茶が飲めて嬉しかったのだからな」

「フレデリックさま……。はい、ありがとうございます」

ブライアンさんの肩をポンと叩きながらフレッドが笑いかけると、ブライアンさんは目に涙を溜め、それでも必死に堪えようとしているのを見てぼくはつられて泣きそうになってしまった。


ぼくたちはアレクお兄さまとアリーお姉さまを始め、王城の人たちみんなに見送られながら、マクベスさんの乗ってきたサヴァンスタック公爵家の紋章の入った大きな馬車にフレッドに抱きかかえられて乗り込んだ。
馬車の中にはすでにパールが載せられている。

ぼくたちの乗った馬車以外にも、荷物とそのほかのための馬車が2台。
騎士さんたちが10名騎乗しながら警護のためにサヴァンスタックまでついてきてくれるらしい。

フレッドがアンドリューさまの生まれ変わりで、ぼくがトーマ王妃お父さんの子どもだと知っているアレクお兄さまの計らいでここまで大所帯になってしまった。
そもそもフレッドが王都にくる途中で一度行方不明になってるわけだし、心配されてもしょうがないとフレッドも言っていた。
こんなにも大勢の人たちについてきてもらうのは申し訳ない気もするけれど、仕方ないよね。


「レオン、フレデリックとシュウ殿を頼むぞ」

馬車の外でレオンさんがアレクお兄さまと話をしているのが見える。

そうそう、てっきり騎士団長としてサヴァンスタック領まで警護のためについてきてくれるだけなのかと思っていたレオンさんは王国騎士団をやめ、ぼくたちと一緒にサヴァンスタックのお屋敷で暮らすことになったらしい。
一体いつの間にそんな話になっていたのかもわからないけれど、フレッドはもちろん、アレクお兄さまも認めているのだからぼくがとやかくいうことではないよね。

でも、本当にびっくりだ。

ずっと騎士団長でいるのだと思っていたから。
でも、レオンさんがサヴァンスタックにきてくれるならサヴァンスタックは今よりももっと安心で安全な治安の良い街になりそう。

「はっ。お任せください。陛下、私の願いを聞き届けて下さって本当にありがとうございました」

「ははっ。お前に騎士団を抜けられるのはかなりの痛手だが、シュウ殿をお守りするためとあれば反対などできるはずもない。頑張ってお守りするのだぞ」

「はっ。私の命に変えてもシュウさまをお守りいたします」

えっ……もしかして、レオンさんはぼくのために?
ぼくのために騎士団長をやめてついてきてくれるの?

そんな……いいのかな……。

「シュウ?」

「レオンさん、もしかしてぼくのためについてきてくれるの?」

「そうか、シュウには話していなかったな。レオンには私がシュウの専属護衛に頼んだ」

「えっ? フレッドが? どうして?」

ぼくは驚きが隠せなかった。
だって、レオンさんがぼくのことを好きだというルイくんの記憶を持ってて、フレッドはそれをてっきり嫌がってると思ってたから。

「レオンはルイの頃からずっとシュウを守るために頑張ってきたのだよ。我々が唯一だと知った今は、ただ純粋にシュウを守ろうと思ってくれている。サヴァンスタックに帰れば、今までのようにずっと一緒にはいられない時間もあるだろう。その時、レオンのようにシュウを心から守りたいと思ってくれている者にシュウを頼みたいと思ったんだ」

「フレッド……」

「それに、レオンはあの時代の記憶を持っている。同じ時を過ごしたもの同士、一緒に過ごすのは気楽じゃないか? シュウも私以外にヒューバートやトーマ王妃の話ができる相手がいるというのは楽しいだろう?」

「うん、確かに! そっか。レオンさんとそんな話もできるんだ……。うん、楽しいね」

「レオンのことを私は絶対に裏切らないと約束したんだ。それくらいレオンのことは信用しているからシュウは心配しなくていいよ」

そう話すフレッドの笑顔が本当に安心している顔だったから、ぼくはホッとしたんだ。
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