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第五章 (王城〜帰郷編)

フレッド   48−2

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ここに来て自分から自慢することはしなかったが、マクベスくらいには自慢してもいいだろうと思い、

「マクベス、これも見てくれ」

横髪をかき上げ耳にかけた。

「おおっ!! だ、旦那さま……それは……」

マクベスならすぐに気づいてくれるはずだと思っていたがここまで反応がいいとこちらまで嬉しくなる。

シュウの瞳の色と同じ宝石いしが私の耳についているのを見せながら、シュウの耳にも私の瞳と同じ藍玉アクアマリンが輝いているのを見せてやると、マクベスは食い入るように見ながらこの宝石を一体どこで手に入れたのかと尋ねてきた。

「これは神に頂いたのだよ。シュウは神の力によって存在しているのだからな。神がシュウを見守るために私たちに与えてくれたのだ」

マクベスはそんな私の言葉を当たり前のように受け入れ、

「神が……なんと、素晴らしい。シュウさまはこの世に舞い降りた天使なのでございますね。これほどお美しいのも納得でございます」

と何ひとつ疑うこともなくそう言ってくれたのだ。

マクベスなら私のいうことを信じてくれるはずだと思っていたが、私のいうことが真実だとキッパリ言い切ってくれたことは私の大いなる自信となった。

目を潤ませながら私がシュウという素晴らしい伴侶と出会えたことを心から喜んでくれたマクベスと出会えたことは、私にとって幸運であった。

ああ、これほどまで諸手を挙げて信じてくれる人がいるというのはなんとも嬉しいことだな

「領地に帰ったら、すぐに婚礼の支度を始めよう。そうだな、シュウに会う婚礼衣装も仕立てさせて半年は必要か……」

マクベスに相談すると、私がいなかった間の仕事も溜まっている上に、それと並行して婚礼の支度はかなり忙しいが覚悟はあるかと尋ねられたがそんなの大した問題ではない。

夢にまで見たシュウとの婚礼だぞ。

どれだけ忙しかろうがどうってことはない。
それどころかシュウとの婚礼が待っていると思えば、仕事などすぐに終えることができるだろう。

シュウは無理しないでと心配してくれたが、案ずることはない。
シュウがそばにいてくれさえすれば疲れ知らずだ。

いつでもシュウが隣にいて微笑んでくれれば……。
休憩中にはシュウから甘い口づけでももらえたら……。
そして、時折シュウの甘い蜜でも飲ませてもらえたら……。

それだけで私は眠りなどしなくてもずっと頑張り続けることができる。

シュウにそう言って安心させようとしたのだが、シュウは

「フレッドが頑張れるなら、いつでもそばにいるよ。でも……ぼくにもフレッドの大切なサヴァンスタック領を守れるような仕事があれば、ぼくにも是非させてね」

と嬉しい言葉を返してくれた。

シュウが私の領地であるサヴァンスタックを大切だと思ってくれた上に、シュウ自身も一緒に領地を守る仕事がしたいと言ってくれたのだ。
マクベスはそんなシュウの気持ちを知ってさらにシュウへの評価を高めたようだ。
ああ、本当に私の伴侶は素晴らしいな。


しばらく経って、私はエルドを部屋に呼ぶようにと部屋の前で警備をしている騎士に声をかけた。
それからすぐにエルドは大荷物を持って現れた。

マクベスとの再会を済ませたからエルドが後回しになってしまい待たせたことを詫びたが、エルドは何も気にする素振りもなく完成したシュウの衣装の出来に相当の自信があると意気揚々と衣装を見せてくれた。

エルドは笑顔を浮かべながら持ってきた荷物を開け、衣装ケースから一枚一枚丁寧に取り出していく。
するとシュウが突然驚いたように大声を出した。

「シュウ、どうした?」

「いや、これ……全部?」

目を丸くしてエルドの服を指差すシュウに少なかったか? と問うと、多すぎではないかと言われてしまった。

いやいや、たったの10セットだぞ?
アンドリュー王のいた時代でシュウのために服を仕立てたときはこの服の5倍は頼んだはずだからかなり少ない。

驚くことではないと思うのだが、シュウは口をポカンと開いたまま私を見つめている。

「シュウ? 何か問題があったか?」

気になって尋ねると、シュウはどうやら私が少し仕立てたと話していたから2~3枚くらいだと思っていたようだ。

ふふっ。可愛らしいな。

だが、2~3枚などあってないようなものだ。
それこそ一日で着尽くしてしまうかもしれない。

ここ王都から領地まではかなり日数がかかるのだ。
私の愛しいシュウに毎日同じ服をシュウに着せるわけにはいかない。

そういうとシュウはようやく納得してくれた。

シュウは服でもなんでも私はシュウのために金を使おうとすると難色を示すが、服の数十着や数百着など私にとってはそれこそ微々たるものだ。
気にすることなど何もないのだが……。
まぁそういうところも含めてシュウが可愛くてたまらないのだ。


「ご試着をされませんか? ご伴侶さまがお召しになっているところを拝見しとうございます」

エルドがそんな提案をしてきた。
いつもならシュウの美しい姿など自分一人で見たいと思うところだが、エルドには短期間で頑張ってもらったという礼の意味も込めて見せてやることにした。

アンドリュー王がこの場にいれば、私も寛大になったなと褒めてくれるかもしれないな。
私のこのありのままの姿で楽に生きられる世界になり、堂々とシュウと一緒にいられるという心の余裕が私に寛大さを与えてくれたのかもしれない。

そんなことを思いながら、エルドの服の中から一番気に入っている服を選び、シュウと共に奥の部屋に入った。
流石に目の前で着替えなどさせられないからな。

部屋に入るとシュウの方から着替えさせてと頼んできた。

ああ、まさかシュウからこんな嬉しいことを言ってくれるとは。
最高のご褒美だな。

着ているものをゆっくりと脱がせながら、この服も似合っているがやはりアレクが誂えたものより自分が選んだものをきてほしいなというと、

「ぼくもフレッドが選んでくれるものを着たいから同じだね」

と笑顔で言ってくれた。

本当に嬉しいことばかり言ってくれる。
サヴァンスタックに帰ったら、たくさんの衣装を誂えないといけないな。
どんなデザインにするか今からゆっくり考えておくとするか。

新しい服を羽織らせると、

「わぁ、これすごく軽くて着やすいね。初めてかも、この感触」

とすぐにこの生地に気づいてくれた。

これはサヴァンスタック領にある小さな紡績工場で作っている生地なのだが、軽い着心地で身体に纏わり付かず上質な素材なのだ。
ただ全てが手作業になり生地を作るのにかなりの手間暇がかかるのでドレスを一枚仕立てるとなるとその手間賃を入れてかなりの金額になる。
貴族ならそこまではないが、平民にはおいそれと買える代物ではない。

だが、素晴らしい技術も買う人がいなければ廃れてしまう。
なくすには本当に惜しい技術なのだ。
しかし、シュウが着て街を歩けば、どれだけ高価であっても同じものを着たいと言い出すものは増えるだろう。
それで経済が潤うのだ。

それが巡り巡って領地を潤うことになり、そして我々のためになる。
上に立つものは役に立つことに金を惜しんではいけないのだ。

そういうと、シュウは黙ってはいたが納得してくれているようだった。


「ほら、エルドもシュウの着替えを待っているぞ。そろそろ見せてやろう」

声をかけると、シュウは似合う? と言いながら、鏡の前でくるくると回ってみせた。

ああ、なんでこういう可愛い仕草を無意識にできるのだろうな?
本当にマクベスの言っていた通り、シュウは天使なのかもしれないな。

このまま私だけで独り占めしておきたいくらいの可愛さだが、仕方がない。

部屋を出てエルドとマクベスの前に出ると、二人は目をキラキラと輝かせながら

「――っ!!! おおっ、なんと美しいっ!!!」
「本当になんとお美しいことでしょう。さすが旦那さま、シュウさまの美しさを引き出す御衣装をお仕立てになって……。本当に素晴らしい」


と褒め称えていた。

まぁ私が選んだのだから当然といえば当然なのだが。
シュウの美しさを少しでも引き立てられる服ができてよかった。

この上ないシュウの美しさに大満足していると突然シュウが

「ねぇ、フレッド。ちょっといい?」

と言って繋いでいる私の手を離した。
突然のことに驚いている間にシュウはさっとエルドの元へ近づいた。

しまった!
と思った時には、シュウはエルドに笑顔で声をかけ、

「エルドさんもお忙しいのに、こんなに短期間でたくさんの服を仕立ててくださってありがとうございます。おかげでこんなに素敵な服を着ることができて本当に嬉しいです。ぼく、この服大好きです。大切にしますね」

とお礼の言葉を告げた。

エルドはシュウの笑顔を目の当たりにしてその場に崩れ落ちた。
それどころか、先ほどシュウを見て昇天してしまったマクベスも、シュウの笑顔の威力に言葉を失っている。

ああ、やってしまったな……。

慌ててエルドを抱き起こそうとするシュウの身体を後ろから捕まえて、腕に抱きかかえた。

びっくりするシュウをよそに

「私の方が驚いたよ。シュウがエルドを抱き起こそうとするなんて」

というと、シュウはいきなり倒れたから心配しただけだと言い返してきた。

いやいや、そもそもシュウにエルドを抱き起こすほどの力がないだろう。
というよりも、シュウに他の男、いや女性でも変わらないが……に触れさせることなどさせるわけがないだろう。

さっき、自分が少し心に余裕ができて寛大だと言ったが、この件に関しては全くもって違う問題だ。
マクベスに目で合図を送り、エルドを起こさせるのをシュウにみせた。

「マクベスがエルドを抱き起こしているからもう心配しないでいい」

「でも、エルドさん。やっぱりぼくの服作ってたから疲れが出たんだよ。目の前で倒れたからびっくりしちゃった」

いや、エルドはそれで崩れ落ちたのではなく、シュウの美しい笑顔を目の前で見てしまったからなのだが……。
いい加減シュウにはきちんと自分がどれほど周りから美しい存在として見られているかをはっきり伝える必要があるな。

とりあえずエルドには今回の仕立ての礼を言い、マクベスにエルドに多めの手間賃を払うように告げて、二人を部屋から出させた。

シュウはエルドが帰ってからもずっとエルドのことを心配しているようだった。
まぁ、目の前で突然倒れれば優しいシュウのことだ。
心配するに決まっている。

これから先同じようなことが起こらないためにもしっかりと話をしておくとするか。
さて、なんと言って話をしようか……。

そう考えながら、私はシュウを抱き抱えソファーに腰をおろした。
真剣な表情で見つめないながら、

「シュウ……よく聞いてくれ」

と声をかけた。

なぜエルドが倒れたか、それはシュウがこの上なく美しいからだ。
しかも、極上の笑顔を見せたから、エルドは魂が抜けるほどの衝撃を受けてしまったのだ。

そう話して、シュウが理解してくれたら何の問題もない。

だが、シュウは自分がどれほど美しく目を惹く存在なのかを理解していない。
トーマ王妃の時代に行った時も、あれほどそっくりなくせにシュウはトーマ王妃のことは美しいと言いながら、自分のことには無頓着で危ないことばかりしてしまう。

何度ならず者たちに襲われ、傷つけられてきたかいい加減その理由を考え理解してほしい。
そう言ってもきっと、いや、絶対に根本まで理解はしないだろう。

だから、私は違う方向から話を持っていくことにしたのだ。

シュウがトーマ王妃に似ているということは理解しているのだからそこから気づかせればいい。
それが私の考えだった。

「我々がこの世界に戻ることになったきっかけとなったあのシュウが描いた肖像画。それはこの数百年もの間、この国の誰しもが見られるあの大広間に大切に飾られてきた。王城に足を踏み入れるものならば、必ず目に焼き付けているだろう。それくらい、あのアンドリュー王とトーマ王妃はこの国にとってなくてはならない存在だ。私もアンドリュー王に似ているが、今の国民の記憶では生まれた時からここに私が存在していて見慣れた存在となっているだろう。しかし、シュウは違う。この国の者たちにとってずっと肖像画を見て思いを馳せていたトーマ王妃とそっくりな顔をしたシュウが自分に近づいてくれば腰も抜かすだろう」

そう言ってやると、シュウは

「あーーっ!!」

と大声をあげ、私の意図に気づいてくれたのだ。

エルドが倒れてしまったのも、トーマ王妃によく似たシュウが近づいてきたからだというと、思った以上に納得してくれた。

それほどまでにシュウの中でトーマ王妃のことは美しく尊敬に値する人だという思いでいっぱいなのだろう。

「じゃあ……ぼくは驚かせたりしないようにあんまり人には近づかない方がいいってこと?」

悲しげな表情でポツリと呟くシュウに、

「ふふっ。私と一緒の時は問題ないよ。シュウが一人だけで行くのはやめた方がいいってことだ。わかるか?」

というと、これからはどんな時も一人では行かず、私と行くと約束してくれた。
素直なシュウのことだ。
きっとこの約束は守ってくれることだろう。

私は安堵のため息を漏らしながら、シュウを強く抱きしめた。


しばらくして、シュウを抱きかかえたまま立ち上がり、エルドが並べてくれていた服を見ながらどれか気に入ったものがあるかと尋ねると、

「どれもぼくの好きそうなものばかりだよ。さすがフレッドだね」

と笑顔で言ってくれた。
ああ、やはりシュウだ。
私が喜ぶことを言ってくれる。

シュウの優しさに幸せな気持ちになりながら、抱きしめ合っているとマクベスが戻ってきた。

ここに置いてあるシュウの服を部屋に運ぶようにと頼み、私はシュウと共に応接室を出て部屋へと向かった。
部屋に戻る途中ブライアンに出会い、サヴァンスタックからマクベスが私たちを迎えにきてくれたことを話すと、目を丸くして驚いていた。

それもそうだろう。
我々が城に来てからマクベスが来るには早すぎる。
驚くのも当然だ。

私を探しに向かっていた途中だったと説明し、マクベスがきたからシュウを連れて領地へ戻ろうと思っていると話すと、ブライアンは寂しげな表情を見せた。

「悪いが、マクベスと我々の旅の支度を進めてくれ」

と頼み、アレクに今から話をしにいくというと、ちょうど休憩中で執務室にいると教えてくれた。

シュウを連れ、執務室へ向かいながら、

「シュウ。急に出立を決めて悪かった。だが、無理してでも決めないといつまでたっても居心地の良いここから抜け出せなくなりそうでな……」

と謝ると、シュウは

「ううん、フレッドの気持ちよくわかるから気にしないで。でもね、また王都にはいつだって来られるし、きっとサヴァンスタックだってフレッドの居心地の良い場所になると思うよ。だって、ぼくが一緒にいるんだから……。ぼくにとってフレッドのいる場所が一番居心地がいいようにフレッドもそう思ってくれてるでしょう?」

と言ってくれた。

ああ、シュウは何て嬉しいことを言ってくれるのだろう。
そうだ。
その通りだ。
シュウがいれば、そこが私にとって一番居心地の良い場所になるのだ。

もう何も恐れる必要はない。
私たちの故郷、サヴァンスタックに帰るのだ。

屋敷の者、領民たち。
皆……待っていてくれ。
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