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第五章 (王城〜帰郷編)

花村 柊   48−2

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「旦那さま。素晴らしいご伴侶さまと巡り合えまして……本当にようございました」

「ああ、ありがとう。マクベス。領地に帰ったら、すぐに婚礼の支度を始めよう。そうだな、シュウに会う婚礼衣装も仕立てさせて半年は必要か……」

「旦那さまがおられなかった間のお仕事もずいぶん溜まっておりますし、それと並行して半年でご婚礼のお支度となりますと、大変お忙しくなりますが、そのお覚悟はございますか?」

「ああ、もちろんだ。シュウとの婚礼のためだ。何がなんでもやってみせる」

「あ、でもフレッド。無理はしちゃだめ――」
「大丈夫だ。私はそんなに脆くはないぞ。それはシュウが一番よくわかっているだろう? それにシュウが私のそばにいてくれるなら百人力だ」

にっこりと嬉しそうに微笑むフレッド。
うん、そうだ。
フレッドは強い。

これまでずっと嫌悪や侮蔑の目を向けられながらも必死に戦ってきたフレッド。
そのフレッドに多くの味方ができたんだ。
みんなから多くの力を与えられて領主さまとしてこれから素晴らしい仕事をするはずだ。

ぼくはお父さんみたいにすごい知識も人から慕われるような能力もないから、そんなフレッドの役に立てるか心配だったけれど、それでもフレッドがそばにいてくれるだけで頑張れると言ってくれるなら……それならぼくにもできそうだ。

「フレッドが頑張れるなら、いつでもそばにいるよ。でも……」

「んっ? どうした?」

「ぼくにもフレッドの大切なサヴァンスタック領を守れるような仕事があれば、ぼくにも是非させてね」

「――っ!! ああ、シュウっ!」

フレッドはぼくを抱きしめながら、

「もちろんだよ。私と二人三脚で我がサヴァンスタック領を今よりももっともっと繁栄させるとしよう」

と言ってくれた。

「マクベス、私の伴侶は素晴らしいだろう?」

「はい。本当に。シュウさま、旦那さまをよろしくお願いいたします」

マクベスさんの嬉しそうな笑顔に、ぼくは

「はい。任せてください!」

と元気よく答えた。


フレッドは部屋の前で警護をしてくれている騎士さんに、エルドさんをこの部屋に呼ぶようにと声をかけ、それからすぐにエルドさんが大きな荷物と共に部屋に入ってきた。

「エルド、またせて悪かったな」

「いいえ、滅相もございません。こちらこそ、お仕立てにお時間を頂戴しましてありがとうございました。おかげさまでご伴侶さまにお似合いになる素晴らしい衣装が完成したと自負しております」

「そうか、其方がそこまでいうのなら楽しみだな。では、早速見せてもらおうか」

「えっ――?!」

持ってきた荷物からフレッドの頼んだ服を嬉しそうにとりだしたエルドさんを見て、ぼくは驚いてしまった。

「シュウ、どうした?」

「いや、これ……全部?」

「ああ、そうだが少なかったか?」

「いやいや、違うっ! 多すぎじゃない?」

「?? そんなわけないだろう? たったの10セットだぞ?」

何を言ってるんだ? とでも言いたげにキョトンとしているフレッドを見て、ぼくは開いた口が塞がらなかった。

えっ、だってここで頼むのは少しって言ってなかったっけ?
10セットって少しっていうの?

いろんな疑問が湧いてきたけれど、何から聞いていいかもわからない。

「シュウ? 何か問題があったか?」

「えーっと問題っていうか、なんて言ったらいいのか……あの、フレッドが少しって言ってたからてっきり2~3枚くらいだと思ってて、ちょっとびっくりしたっていうか……」

「ふふっ。そういうことか。シュウが驚くのもわかるが、ここから領地まではかなり日数がかかるからな。流石に毎日同じ服をシュウに着せるわけにはいかないだろう?」

「あ――っ、そっか」

「だから最低でもこれくらいは必要なんだよ」

フレッドのいうことはよくわかるけど、流石に10セットは多すぎてエルドさんもこんな短期間に大変だったろうな……。

「あの、もしよろしければご試着をされませんか? ご伴侶さまがお召しになっているところをぜひ拝見しとうございます」

「そうだな。エルドには頑張ってもらったし、シュウ……エルドに見せてやろう」

そういうとフレッドは並べられた服の中から、一番気に入っているらしい上下の服を手に取り、ぼくを連れて奥の部屋へと向かった。


自分で脱げるよと言いかけたけれど、嬉しそうなフレッドを前にそんなことを言うのも憚られて、

「フレッド、着替えさせて」

と頼んでみると、それはそれは満面の笑みで僕の服を脱がせ始めた。

うん。
こんなにフレッドが喜んでくれるならそれがいいよね。

「この服もシュウには似合っているんだがな、やっぱりシュウのものは私が選びたいと思ってしまうな」

「ぼくもフレッドが選んでくれるものを着たいから同じだね」

「そうか、シュウがそう言ってくれるならサヴァンスタックに帰ったら直ぐにでも誂えないといけないな。以前、頼んだものは歴史も変わったら一枚も残っていないだろうしな。またシュウのを仕立てる楽しみができたな」

ご機嫌な様子でぼくの服を脱がし、仕立て上がったばかりの服を羽織らせてくれた。

「わぁ、これすごく軽くて着やすいね。初めてかも、この感触」

「おお、さすがシュウ。よくわかったな。この生地はこの国でも少ししか作ることができないんだ。シュウの婚礼衣装にもこの生地を使おうと思っているから試作品代わりに一枚仕立ててみたんだよ。シュウが気に入ったならよかった。早速これを大量に注文しておこう」

「えっ、ちょ――、待って。少ししか作れないって、それってすごく高価なんじゃないの?」

「ふふっ。そんなことシュウは気にしなくていい。私はシュウに似合うものを作りたいだけだからな。それにこの生地はサヴァンスタックで作られているんだ。素材としての品質は折り紙つきだが、あまり購入するものがいないのでな。このままでは廃れてしまう技術なのだ。私がそこに注文してシュウの衣装を見た者たちが買うようになれば、その者たちも潤うし、そしてそれが領地が潤うことにもなるのだ。巡り巡って我々のためになるのだから、金は惜しんではいけないのだよ」

そ、そうなのかな……。
フレッドにそう言われればそんな気もしてきたけど。
ぼくの服なんかに一体どれくらいの金額をかけているのか、もう怖くて聞けないな……。

「ほら、エルドもシュウの着替えを待っているぞ。そろそろ見せてやろう」

「あ、そうだった。ねぇ、フレッド。似合う?」

ぼくは鏡の前でくるくると回ってみせると、フレッドは

「――っ! ああ、もう誰にも見せたくないくらい似合っているよ」

とぼくをぎゅっと抱きしめた。

「ふふっ。フレッドったら……」

そう返したけれど、鏡に映るフレッドの表情が本当にぼくを誰にも見せたくないって訴えているのがわかって、ぼくは嬉しかった。

「エルド、待たせたな」

フレッドが声をかけた瞬間、エルドさんと部屋に一緒にいたマクベスさんが一斉にこっちをみた。

「――っ!!! おおっ、なんと美しいっ!!!」

「本当になんとお美しいことでしょう。さすが旦那さま、シュウさまの美しさを引き出す御衣装をお仕立てになって……。本当に素晴らしい」

目をキラキラと輝かせながらこうも褒められると、なんだかくすぐったくなる。

「そうだろう。やはり私の選ぶ服はシュウの美しさを引き出すにぴったりだな」

フレッドまで一緒になって褒めてきて、ぼくはどんな顔をして立っていればいいのか悩んでしまうけれど、でもこんなに喜んでくれると嬉しいな。

「ねぇ、フレッド。ちょっといい?」

一応フレッドに声をかけて、そっとフレッドの手を離してエルドさんに近づいた。

「シュウっ!」

フレッドの呼び止める声をそのままにして、ぼくはエルドさんの前に立った。

「エルドさん」

「は、はい。あの……何か、おかしなところでもございましたか?」

「そうじゃなくて……あの、エルドさんもお忙しいのに、こんなに短期間でたくさんの服を仕立ててくださってありがとうございます。おかげでこんなに素敵な服を着ることができて本当に嬉しいです。ぼく、この服大好きです。大切にしますね」

こんなにも頑張ってくれたエルドさんにどうしてもお礼が言いたくて、必死に思いを告げたのだけれど、エルドさんは突然その場に膝から崩れ落ちてしまった。

「えっ? だ、大丈夫ですか? わわっ――!」

慌てて抱き起こそうと手を伸ばしながら近づいたぼくの後ろから突然、腕が伸びてきてぼくは軽々と片腕一本で持ち上げられてしまった。

「シュウっ!」

「ふ、フレッド、びっくりしたっ!」

フレッドに子どものように抱き上げられて声を上げると、フレッドは

「私の方が驚いたよ。シュウがエルドを抱き起こそうとするなんて」

と心配げな表情で後ろから包み込みようにぼくを抱きしめているけれど、別に悪いことをしようとしてたつもりはないんだけどな。

「だって、急に倒れたから心配になっただけだよ」

「シュウが手を出したとて、一緒に倒れてしまうだろう。それにほら、みてごらん」

「えっ?」

「マクベスがエルドを抱き起こしているからもう心配しないでいい」

「でも、エルドさん。やっぱりぼくの服作ってたから疲れが出たんだよ。目の前で倒れたからびっくりしちゃった」

「いや、それが理由ではないのだが……」

「えっ? 何か言った?」

「いや、なんでもない。とにかくエルド。今回の仕立て、気に入ったぞ。礼を言う」

フレッドがエルドさんにお礼を言うと、なぜかエルドさんは真っ赤な顔をして

「は、はい。此度は私の方こそ素晴らしい服を仕立てる機会を得まして光栄でございます。ありがとうございました」

と深々と頭を下げていた。

「マクベス、急がせた分も合わせて手間賃を多めに支払っておいてくれ」

「畏まりました」

そういうと、マクベスさんはエルドさんを連れて部屋を出て行った。

「ねぇ、フレッド。エルドさん……本当に大丈夫かな? やっぱり無理させちゃったから……」

「シュウ、心配しないでいいと言ったろう?」

「うん、でも……」

「やっぱりシュウにはちゃんと話をしておかないといけないな」

「んっ? どういう意味?」

急に真剣な表情になったフレッドのことが気になって聞き返してみるとフレッドはぼくを抱きかかえてソファーにそっと腰を下ろした。

「シュウ……よく聞いてくれ。シュウがトーマ王妃によく似ていることはわかっているか?」

「んっ? うん。それはもちろん。だって親子だし……」

なんで急にそんな決まりきったことを話し始めたんだろう?
フレッドの話の意図が掴めない。

「ああ、そうだな。シュウとトーマ王妃は親子だ。だからよく似ているし、シュウをみれば誰しも緊張する」

「緊張? ぼくに?」

「我々がこの世界に戻ることになったきっかけとなったあのシュウが描いた肖像画。それはこの数百年もの間、この国の誰しもが見られるあの大広間に大切に飾られてきた。王城に足を踏み入れるものならば、必ず目に焼き付けているだろう。それくらい、あのアンドリュー王とトーマ王妃はこの国にとってなくてはならない存在だ。私もアンドリュー王に似ているが、今の国民の記憶では生まれた時からここに私が存在していて見慣れた存在となっているだろう。しかし、シュウは違う」

「あっ――!」

「気づいたか? この国の者たちにとってずっと肖像画を見て思いを馳せていたトーマ王妃とそっくりな顔をしたシュウが自分に近づいてくれば腰も抜かすだろう」

「じゃあ、エルドさんが倒れそうになったのは……」

「ああ。シュウが近づいてきて緊張してしまったんだ」

そうか、そうだったんだ。
確かにあれだけすごい王妃さまとして崇められているお父さんと中身は全然違うけど、そっくりな顔をしているぼくを見たらびっくりするかもしれない。

「じゃあ……ぼくは驚かせたりしないようにあんまり人には近づかない方がいいってこと?」

でもそんなのって少し寂しい気がするんだけど……。

「ふふっ。私と一緒の時は問題ないよ。シュウが一人だけで行くのはやめた方がいいってことだ。わかるか?」

「そっか……うん。わかった。じゃあ、これからはお礼を言いたい時もフレッドと一緒に行く! それならいい?」

「ああ。もちろんだよ。シュウが理解してくれて嬉しいよ」

フレッドは嬉しそうにぼくをギュッと抱きしめた。

「あ、そうだフレッド、この服……このまま着てていいの?」

「ああ、もうシュウの服だから問題ないぞ」

「でも、サヴァンスタックに戻るときに着る服じゃないの?」

「それはそうだが……せっかくよく似合っているのにもう脱いでしまうのは惜しいな」

「そっか、そうだね。じゃあ、今日はこのままこれを着る。夜には洗ってくれるかな?」

「ああ。マクベスに頼んでおこう」

そういうとフレッドはぼくを抱きかかえたままスッと立ち上がり、エルドさんが持ってきてくれたその他の服を見だした。

「シュウ、どれか気に入ったものはあるか?」

そう言われて全体を流し見たけれど、

「どれもぼくの好きそうなものばかりだよ。さすがフレッドだね」

というと、フレッドはそうかそうかと嬉しそうに見つめていた。

トントントンと扉が叩かれ、マクベスさんが部屋へと戻ってきた。

「エルド殿を見送って参りました」

「ああ、ありがとう。マクベス、ここに並べてある服も我々の部屋に運んでくれ。我々は【月光の間】にいるからな」

「畏まりました」

マクベスさんを一人残して、フレッドはぼくを抱きかかえたまま部屋を出た。

「おお、ブライアン。こんなところにいたのか」

部屋に戻る途中でブライアンさんに会い、足を止めると

「はい。アレクさまに同行して出ておりましたので、先ほど戻りました」

といつものようににこやかな笑顔を見せてくれた。

「ブライアン、お前も話を聞いているか? サヴァンスタックからマクベスが迎えに来てくれたのだよ」

「えっ? マクベスが? アレクさまのお手紙を見てこちらに着いたのですか?」

「いや、元々私を探しに王都へ向かっていた途中だったようだ。迎えも来たし、シュウの服も完成したから、そろそろ領地へ戻ろうと思っている」

「そうでございますか……アレクさまもお寂しゅうなりますね」

「まぁ仕方がないことだ。悪いが、マクベスと我々の旅の支度を進めてくれ」

「畏まりました。アレクさまにはいつお伝えに?」

「ああ。今から話に行こうと思っているが、どうだ? 忙しそうか?」

「いえ、ちょうど少し休憩されると仰っておいででしたので、執務室にいらっしゃるかと存じます」

「そうか。ありがとう」

フレッドもきっと寂しいだろうな。
せっかくアレクお兄さまたちとも久しぶりの楽しい時間を過ごしていたんだろうに……。
でも、サヴァンスタックにはフレッドを待ってくれている人がいっぱいいるんだもんね。
その人たちをこれ以上待たせるわけにもいかないしね。

フレッドはアレクお兄さまのいる執務室へ向かう道すがら、

「シュウ。急に出立を決めて悪かった。だが、無理してでも決めないといつまでたっても居心地の良いここから抜け出せなくなりそうでな……」

と申し訳なさそうに言ってきた。

「ううん、フレッドの気持ちよくわかるから気にしないで。でもね、また王都にはいつだって来られるし、きっとサヴァンスタックだってフレッドの居心地の良い場所になると思うよ。だって、ぼくが一緒にいるんだから……。ぼくにとってフレッドのいる場所が一番居心地がいいようにフレッドもそう思ってくれてるでしょう?」

「――っ!! ああ、シュウっ!! そうだな、その通りだ。シュウがいれば何も気にすることはないのだな。よし、帰ろう。我々の故郷、サヴァンスタックに……」

ぼくたちは笑顔で見つめ合い、サヴァンスタックへ帰ることを決めた。
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