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第四章 (王城 過去編)

フレッド   27−2※

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最後の宿に別れを告げ、私たちの乗った馬車は一路王都、王城を目指し進んでいった。
馬車が城下に差し掛かると、馬車はゆっくりとその歩みを緩めた。

それが合図のようにアンドリュー王とトーマ王妃の乗る馬車にたくさんの民が近づいていく。
ひと月近くも王都を離れていたのだから当然といえばそうなのだが、それにしても凄いな。

馬車に向かってたくさんの歓迎の声がかけられ、アンドリュー王もトーマ王妃も笑顔で手を振りながら全ての声に応えている。

ここまで人々に愛される国王と王妃か……。
本当に羨ましい。
兄上も決して嫌われているわけではないが、少し民との距離は離れているように思う。
元の時代に帰ったら、もう少し民と触れ合う時間を増やすように進言してみようか。

馬車は長い時間をかけ王城の門をくぐり玄関へとたどり着いた。

宰相のカーティスを始め、たくさんのものたちがアンドリュー王とトーマ王妃の帰還を祝い、並んでいる姿は実に壮観だ。

おふたりがゆっくりと馬車を降り、カーティスとの挨拶を終えたところで私たちも馬車を降りた。

シュウの目の前に立っていた若い騎士が
『お帰りなさいませ』と声をかけてきた。
私の目の前でシュウに声をかけるなどとんでもないやつがいたものだ。

私の中で沸々と湧き上がる嫉妬心を知らずにシュウはその騎士と周りにいる騎士に可愛らしい笑顔を向け挨拶を交わす。

その笑顔を目の当たりにした者たちは皆一様に顔を赤らめシュウを見つめている。

シュウにしてみれはただ挨拶をしただけなのだ。
それなのにこんな反応をされれば不思議に思うことだろう。

しかし、目の前でシュウの笑顔を目にした騎士たちにはとんでもないご褒美をもらったようなものだ。
彼奴らがおかしな考えを起こさぬよう私はすぐにシュウの腰に手を回し、ぴったりと寄り添って先程シュウに話しかけた騎士を見つめて威圧すると、さすが騎士とでもいうのか、すぐに私の威圧に気づき顔を青ざめさせていた。

「ほら、陛下とトーマ王妃が中に入っていってるぞ。私たちもそろそろ行こう」

「う、うん。そうだね」

不思議そうな表情をしたままのシュウを連れ、久しぶりの城の中へと足を踏み入れた。

途中、アンドリュー王とカーティスとの話が聞こえたが、何やらブランシェット侯爵からアンドリュー王への手紙が届いているようだ。

わざわざカーティスに預けるとは相当大切な手紙だといえる。
だとしたら、アレ・・か?
それともアレ・・か?

いずれにしてもアンドリュー王からその話を聞くのが楽しみだ。

我々の部屋[月光の間]は綺麗に整えられていて、私の心を安堵させた。
ああ、もうすっかりこの部屋が私とシュウの部屋になっているのだと改めて感じた。

サヴァンスタックのあの屋敷よりもこの部屋でシュウと過ごしている時間の方が長いのだからそれも当然か。
シュウもこの部屋にすっかり慣れているようだし、トーマ王妃のために作った岩風呂もすごく気に入っていたし元の時代へ戻ったら、サヴァンスタックの我々の部屋をこの部屋と同じ内装に変えてみるのもいいかもしれない。

「ブルーノさん、あの……部屋を綺麗にしていてくれていたメイドさんたちにお礼が言いたいんだけど」

シュウが突然ブルーノにそんなことを言い出した。
メイドたちの仕事なのだからわざわざそんなお礼を言う必要などないのだが、シュウにはそのようなことは通じない。
以前も自分のためにしてくれていたことについてお礼を言うのが普通なのだと話してくれたことがある。
おそらくトーマ王妃も同じなのだろう。
トーマ王妃もシュウも身分や地位に関係なく、何かをして貰えばすぐに礼を言うのだ。

シュウの気持ちを無下にしたくはないがかといって、シュウが直にメイドに礼をいえばメイドたちは恐縮してしまうことだろう。
どうするか……と思っていると、ブルーノが助け舟を出してくれた。

メイドたちにブルーノからシュウの感謝の気持ちを伝えてくれるらしい。
それならシュウの気持ちも傷つけることはない。

さすがブルーノだ。
ブルーノに礼の意味で視線を送るとブルーノはにこやかに笑って長旅の疲れを癒すためにと風呂の準備をしてくれた。

久々の湯船か。
シュウと出会うまではそんなに湯船に浸かることはなかったが、シュウと出会ってからは一緒に入りたいがためにいつも湯船を入れていた。

この部屋の風呂はトーマ王妃のために作られたこともあって本当ならシュウ1人で入れるのだが、風呂には一緒に入るものだとシュウに刷り込んだのもあって今では一緒に入るものだと思ってくれているのは嬉しいことだ。

しばらくの間、ソファーでシュウと話をしながら待っているとブルーノが風呂の準備が整ったと寝室から戻ってきた。
ほんのりと香るあの匂いはもしや……ブルーノが?

そうか。
それなら楽しませてもらうとするか。

私はシュウを抱きかかえ意気揚々と久しぶりのバスルームへと向かった。

浴室中に充満しているあの香りにひとりほくそ笑みながら、まずはお互いに髪と身体を洗い合うことにした。

シュウの視線が何度も湯船の方を向いている。
きっと入りたくてたまらないのだろう。
この湯船をやたら気に入っているシュウがひと月も浸かれていないのだから無理もないか。

ささっと洗い終えるとすぐにシュウ抱きかかえ湯船に足を踏み入れた。
足に感じるこのとろりとした感触。
やはりブルーノがアレ・・を入れておいてくれたか。

シュウのことをいつも案じているブルーノにしては珍しいと思ったが、おそらくアンドリュー王も同じ状況なのだろう。
だからこちらにも入れておいてくれたのかもしれない。
心の中でアンドリュー王とブルーノにお礼を言いながら、そのまま腰を下ろした。


『あぁーーっ』
シュウがいつも湯に浸かると必ず言うこの台詞。
シャワーでは聞くことのできない特別な言葉だ。

気持ち良いと無意識に出るのだという。
あちらの世界はみんなそうなのだろうか?

シュウの可愛らしい言葉を微笑ましく思いながらも、私より湯船の方が気持ち良いと言われるのはなんとなく面白くない。
湯船相手に嫉妬するのも大人げないがこんなふうに素直に言えるのもシュウ相手だからだ。
シュウは私がどんなに子どもっぽい嫉妬をしたとしても私のことを呆れるどころか、嬉しいとさえ言ってくれる。
そんなシュウに愛情は増すばかりだ。

シュウが嬉しそうに抱きしめてくれたから私もシュウを抱きしめ返すと、シュウの身体がゾクゾクと震えた。
どうやら愚息がシュウの蕾に当たっていたらしい。
その感触が気に入ったらしく、シュウが珍しく自ら腰を動かして愚息に擦り付けてくる。

ふふっ。この湯の効果が出てきたようだな。
やはりブランシェット侯爵から贈られてきた入浴剤は効きがいい。
以前にお仕置きと称してこの湯に入れたことがあるが、あの時のシュウはぐずぐずに蕩けてしまっていたからもう記憶から抜け去っているのかもしれないな。

必死に愚息に蕾を擦り付けるシュウに

「シュウ、これが欲しいのか?」

と尋ねるが、悲しそうに『でも……ダメだよね?』と言ってくる。
それでもシュウの腰の動きは止まってはいないが。

もはやシュウの頭とは違うところで無意識に身体が動いているのだろう。

トーマ王妃たちの部屋に行かなければと必死に我慢する様子を見せながらも、腰の動きは激しくなり愚息を手放そうとはしない。
私も腰を動かし、激しく擦り付けてやると『あっ……んっ』と甘い声が漏れてきた。

もう我慢の限界だろうな。
シュウを向かい合わせに座らせ先ほどまで愚息を擦り付けていたシュウの尻の蕾を指で刺激を与えてやると、指はちゅぽんとなんの抵抗もなく挿入はいっていった。

昨夜はここに触れなかったというのにこんなに柔らかいのはこの湯のせいか、それともシュウが自ら?

そんな想像を張り巡らせ愚息が滾っていくのを感じながらシュウの中の指を動かすと湯の中に関わらずグチュリグチュリと甘い水音が耳に入ってくる。
この音が湯の音ではないのはすぐにわかった。
シュウの果実は最大限に勃ち上がり先端が湯から飛び出している。

シュウがこんなにまで感じていてくれることに感動さえしながら、指の動きを早めていくと

「ああ……っ、も、っと……おく……ほしっ……」

と甘く強請ってくるではないか。

私の長い指であっても届かない奥に欲しいということは、私の愚息を欲しているということだ。
シュウの淫らな姿に愚息もすでに天を向いて大きく昂っている。

シュウの蕾から指を引き抜き大きく猛った愚息を擦り付けて
『これが欲しいんだろう』と焦らしてやるとシュウは嬉しそうに頷いていた。

シュウを少し持ち上げ、蕾に愚息をあてがって力を込めると、愚息が吸い込まれるように蕾に挿入っていった。

「こ、これは……くっ……持って、いかれそう、だ……」

シュウの中は狭いのにトロトロに蕩けていて愚息が包み込まれていく。
気合を入れなければまずいな。

途轍もない気持ちよさに我慢していると、シュウが私の胸元に倒れ込んできた。
その瞬間、シュウの奥深くに愚息が嵌まり込んでしまった。

グチュッと淫らな音を立ててシュウの最奥に嵌まり込んだ愚息の先端に何かがすっぽり嵌まり込んでいるのが感覚でわかる。
これは……もしかしたらこれはシュウの官能の場所?
初めてだ、こんな感覚。
ああ……なんて気持ちいいんだ。

シュウも初めての感覚に怯えながらも相当気持ちがいいんだろう。
ビクン、ビクンと痙攣を繰り返しながら私に抱きついている。

「ああっ……やっ、こわい……」

「――くっ! 大丈夫だ、私に捕まっていろ」

シュウが言葉を発するだけで蕾が愚息を締めつけ、蜜を吸い込まれそうになる。
私はシュウを抱きしめたまま立ち上がり、激しく腰を打ちつけた。

パンッパンッパンッパンッ

動かすたびにシュウの官能の場所にまで嵌まり込んだ愚息が何度もその場所に吸い込まれていく。
中で少しずつ溢れ出した蜜がシュウの蕾から出る愛液と混ざり合ってグチュグチュといやらしい音を響かせる。

もう限界だな……そう思った瞬間、

「……あっ、ああっ……イッちゃうっ!」

シュウの果実から甘い蜜が弾け飛んだ。
勢いよく噴き出したシュウの蜜は腹だけでなく、シュウの胸元にまで飛んでしまっている。
ああ、シュウの蜜が胸の尖りに付いてなんて美味しそうなんだ。

「ああ……シュウの蜜の香は最高だな」

私は幸せな香りに包まれながら、シュウの最奥に蜜を吐き出した。
その蜜はシュウの官能の場所にも届いただろう。
唯一でもなかなか難しいというその場所に入り込めた愚息を今回ばかりは褒めながら私はゆっくりシュウの中から愚息を引き抜いた。

いくらかはシュウの官能の場所に吸い込まれたはずだが、それを引いても有り余るほどシュウの蕾から滴り落ちてくる。
私はどれだけ出したんだ……と思っていると、シュウはその滴った蜜を見ながら

「ああ……もったいない……」

と漏らした。

そんなに私の蜜を飲みたかったのだと思うと愛おしさが溢れ、私は嬉しさのあまりシュウを抱きしめながら、愛の言葉を囁くとシュウもまた私に愛の言葉を返してくれた。

すっかり力が抜けてしまったシュウを抱きかかえ、胸元まで飛び散ったシュウの蜜や蕾から滴り落ちる蜜を綺麗に清め、自分の身体はささっと湯で洗い流しシュウを着替えさせた。

ベッドのサイドテーブルに用意されていたレモン水をシュウに飲ませると、『ふう』と可愛らしい声をあげふわりとした笑顔を見せてくれた。

シュウの表情はどこか気だるくで誰が見ても交わりの後だと気づくだろう。
そんな艶かしいシュウの姿など城内の者たちはもちろん、トーマ王妃やアンドリュー王であっても見せるわけにはいかない。

トーマ王妃たちの元へはもう少し時間を空けて行った方がいいだろう。
シュウの姿を見せたくないという理由はもちろんだが、おそらくトーマ王妃も同じ状況だろうからな。
きっと今頃、お二人も寝室で甘やかな会話をしていることだろう。

「ねぇ、お父さんの言ってた大事な話ってなんだと思う?」

シュウは昨夜聞いてからずっと気になっていたようだ。
私がなんと答えるかを期待した瞳で見つめるシュウには悪いが、今私の方から何かを伝えるわけにはいかない。
しかし、トーマ王妃とアンドリュー王があのように言う以上、我々の話であることに間違いはなく、そしてそれは悪い話ではないだろう。
それだけは断言できる。

シュウにそんな私の思いを伝えると、安堵したように見えたのはきっと私にそう言ってほしいと望んでいたのかもしれない。
シュウも多分トーマ王妃の話がどのようなものであるかうすうす気づいているのだろう。
私はそう納得しながら、シュウとのふたりっきりの穏やかな時間を楽しんだ。

あれからしばらく経ち、我々が部屋に入ってから数時間が経った。
そろそろアンドリュー王とトーマ王妃も落ち着いた時間を過ごしているだろうと思い、ブルーノに声をかけた。

「ブルーノ、そろそろ陛下とトーマ王妃に御目通りしたいのだが」

「ただいまお部屋で寛がれていらっしゃいますので、ご案内いたします」

やはり計算通りだな。
シュウから滲み出ていた事後の香りも気だるげな表情も落ち着いたしちょうどよかった。

それでも何かあってはいけないと私はシュウの腰に手を回し、ピッタリと寄り添いながらブルーノの後に続いて
【王と王妃の間】へ向かった。

扉を開けるとすぐにトーマ王妃がシュウの元に駆け寄ってきた。
トーマ王妃からほんのり香るあの入浴剤の香りにほんの少し顔がにやけそうになったが、グッと表情を引き締めながら中へと進んだ。

トーマ王妃はシュウのことしか目に入っていない様子でずっと話しかけながら、シュウを自分の隣の席に座らせた。
ここはアンドリュー王の席だと思うのだが、アンドリュー王が何も言わないのだから仕方がない。
私は残っているアンドリュー王の隣の席におずおずと腰を下ろした。

我々の目の前のテーブルにブルーノが手慣れた様子で紅茶の入ったカップと香ばしい匂いを放っている焼き菓子が綺麗に並べられた皿を置いて部屋を出ていった。

トーマ王妃はその皿に置かれた焼き菓子を一枚手に取り、シュウに向かって
『あーん』と差し出した。

えっ? と思う暇もなく、シュウは言われるがままに口を開けトーマ王妃に食べさせてもらっていた。

あまりにも自然な流れに驚いている間にシュウは満面の笑みでお菓子の感想を述べている。
あの『美味しいっ!』という笑顔は私だけに見せてほしいのに……。
そんな思いでシュウを見つめていると、アンドリュー王が私の肩をポンと叩いて慰めてくれた。
やはり父子の情には勝てないのかもしれないな。

シュウとトーマ王妃が笑顔で見合っているのを羨ましく思っていると、アンドリュー王が

「ウォッホン。そろそろ話を始めてもいいか?」

と2人の世界に入っているシュウとトーマ王妃に声をかけ、トーマ王妃は我々の視線に気がついたようだ。
『しまった』という表情をしているトーマ王妃の隣で、シュウは突然私とアンドリュー王の前に焼き菓子の皿を移動させ

「ごめんなさい。アンドリューさまもフレッドもこれどうぞ」

と笑顔で勧めてくれた。

私たちがシュウとトーマ王妃の中の良さに嫉妬しているとは夢にも思っていないのだろう。
そんなシュウが愛しいと思いつつ、自分に呆れてしまった。

シュウは本当に純粋なのだ。
心配などする必要がないというのに私はどこまで狭量なのだろうと自分自身に呆れてしまった。
アンドリュー王も同じ気持ちなのだろう。

シュウは私たちのが呆れた理由がよくわかっていないようだが、トーマ王妃はそんなシュウを優しく受け止め思いっきりシュウを抱きしめた。

私は『あーん』までは許した。
そして、自分の狭量さも少し戒めようとした。
しかし、抱きつくのは別だ。

トーマ王妃が抱きついているのをみて、
私は思わず『トーマ王妃っ!』と叫んでしまったが、
アンドリュー王に咎められなかったので、アンドリュー王も同じ気持ちだったのだと思いたい。

『私から其方たちに一つ提案があるのだ』という言葉から始まったアンドリュー王の話は
これから先のオランディアの未来が変わる可能性を試してみないかという提案だった。

私もシュウもよく意味が理解できずにアンドリュー王に説明を求めると、意外な答えを教えてくれた。

アンドリュー王は『神の泉』で神と対話をして思いついたらしい。
白色を忌むべき存在として伝わらなければいいのでは……と。

この時代と我々のいた数百年後のオランディアの美醜感覚が違うことを知った時から、アンドリュー王はそれが自分のせいだと後悔していた。
私が人々から嫌悪され蔑まれていた話をするたびにその後悔の念は強まっていたことだろう。

そういえば、以前問われたことがあった。

――もし、未来が其方にとって居心地の良い世界になっていたとしても、シュウだけに変わらぬ愛を捧げてくれるか?

あの時はただシュウへの愛の深さを問われているだけだと思っていたが、今思えばその時からずっと未来の美醜感覚を是正する方法を考えてくれていたのではないだろうか。

しかし、どうやって是正するというのだろう?

すると、意外な答えが返ってきた。

シュウがお二人の肖像画を描くときにリンネルパールを一緒に描いてほしいと。

トーマ王妃が白いリンネルを大切に可愛がっていたと伝われば白色が忌むべき存在にはならないだろうというアンドリュー王の考えは確かに一理ある。

未来のオランディア国民の中で私より嫌悪され蔑まれている者はいないが、私に近い色を持ち同じように嫌悪され苦しんでいる者がいる。
その者たちが少しでも住みやすい世の中になる可能性があるならそれは試してみる価値はあるだろう。

私は神の恵みでシュウを与えていただいた。
だから未来が変わらずとも変わっていようとも問題はないが、今現在未来の世で苦しんでいる者たちにとっては希望の光となるに違いない。

私はアンドリュー王の考えに迷うことなく賛成した。

しかし、シュウを見ると少し困惑したような表情で考え込んでいる。
そして、おずおずとアンドリュー王に話しかけた。

「あの……もし、これで未来の美醜感覚が今の時代と同じになってしまったら……その」

シュウは悩みながら話し出した言葉を、私をみて言い淀んだまま話を続けるのをやめてしまった。

続きを促したものの、シュウは諦めたように『なんでもない』と言いかけたところを、
トーマ王妃がそれを遮り、『シュウを借りる』と言って自分の部屋へと連れて行ってしまった。

パタンと扉が閉まってからも私は茫然とその場に立ち尽くしていた。

「フレデリック。気持ちを落ち着けてそこに座れ」

「……はい」

ストンと腰を下ろしてからも私はさっきのシュウの表情を思い返していた。

シュウは嬉しそうではなかった。
未来がより良く変わるかもしれないというのに……。
シュウにとっては美醜感覚などどうでも良かったのか?

そんな悪い考えばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡っていく。
シュウの気持ちが知りたい……。

「フレデリック。少しいいか?」

アンドリュー王の囁くようなその言葉に私はパッと視線を向けた。

「其方は先ほどのシュウのことで良くないことばかり考えているのかもしれないが、私にはシュウの気持ちが理解できる。
いや、わかっていたからこそ、もっと誤解を与えないように話すべきだった。其方にもシュウにも申し訳なかった」

「えっ……シュウの気持ちが理解できるとは……どういうことでしょうか?」

「其方は我と同じ王族だ。未来が変わったとしてもそこは変わらぬ」

「は、はい」

「王族には成人が近づけば婚約者があてがわれるものだろう?」

「はい。兄上にも成人して間も無く婚約者候補が何人か……」

そう、兄上アレクはずっと唯一と結婚したいと言って成人から数年は結婚を渋っていたが、父上があんなことになりすぐに候補の中から伴侶を決めた。

「其方には話はなかったか?」

もちろん私にもいくつか話はあったが、後継争いを避けるために王位継承権を放棄した後はだいぶ減った。
しかし、公爵となってからも話がなくなったわけではなかった。

「一応私にもいくつか話はございましたが、この容姿ですから話は纏まることはございませんでした。
あっ……もしや……」

「そうだ。もし未来が今の世と同じならば、其方には成人になった頃には婚約者が存在するはずだ。
其方とシュウが出会うのはそれよりもずっと後。ならば、シュウと出会ったときには其方には奥方どころか子が居るかも知れぬ……シュウはそのことに気付いたのだろう」

シュウは戻った未来に私の家族がいるかもしれないとそれを危惧したのか……。
それほどまでに私のことを思っていてくれているのだな。

それなのに私は……シュウが未来を変えることに消極的だったのを悪いふうにばかり考えて……私はなんて大馬鹿者だろう。

申し訳なさすぎてシュウに合わせる顔がない。
項垂れて動かない私に

「フレデリック。其方が悪いことは何もない。全て私の言葉が足りなかったのだ」

とアンドリュー王が慰めてくれたが、シュウが今どんな思いをしているのだろうと思うと心が震えた。

シュウ……浅はかな私を許してくれ……。

どうすることもできないままその場に座り続けていると、ようやくトーマ王妃の部屋の扉がカチャリと開いた。


「シュウ……大丈夫か?」

シュウの顔を見ると目が赤い。
涙の跡も見えるし、おそらく未来のことを思い泣いたのだろう。
シュウが涙を流しているのを想像するだけで心が痛かった。

それなのに『もう大丈夫』と笑顔を見せるシュウがいじらしいと思った。
こんな思いをさせてしまったことを申し訳なくて、シュウを思いっきり抱きしめた。
シュウは私の膝の上で私に寄り添いながら、

「アンドリューさま。ぼく……未来が良い方向に変わるのは嬉しいんです。それができるなら、未来で苦しんでいる人たちのためにもぜひやってみたほうがいいと思います。ただ……フレッドが……もし、未来が変わっていて、戻った先にフレッドのた、大切な奥さんやお子さんがいたら……って思ったら、怖くなって……自分のことばかりわがまま言ってごめんなさい。でも……ぼく……」

必死にアンドリュー王に問いかけるシュウの気持ちが嬉しくてぎゅっと抱きしめた。

そんなシュウにアンドリュー王は『配慮が足りず申し訳ない』と頭を下げた。
シュウが慌てて『顔を上げてください』と頼むと、アンドリュー王は私とシュウに大切なことを教えてくれたのだ。

「私は未来のオランディアに向けて予言めいたものを残そうと思っているのだ。それできっと、フレデリックのことは問題なくなるはずだ」

そう自信満々に語るアンドリュー王には何か秘策がありそうだ。
予言めいたもの……。
それがきっと我々の未来にある心配事を失くしてくれるのだろう。

「シュウ、心配することはない。
フレデリックはこれから先の世がどのような世界に変わっていたとしても、生涯シュウだけを愛すると誓った。
フレデリック、そうだったな?」

――もし、未来が其方にとって居心地の良い世界になっていたとしても、シュウだけに変わらぬ愛を捧げてくれるか?

そう尋ねられたときに確かにそう返した。
そして、その気持ちは今でも一ミリたりとて変わってはいない。

私はその嘘偽りのない思いをアンドリュー王と、そしてシュウにも伝えた。
シュウは私の思いを信じてくれるだろうか?

「うん。フレッド……ぼくもフレッドだけだ。フレッドを生涯愛し続けるよ」

シュウはキラキラと輝く大粒の涙を流しながら、嬉しそうに私にそう言ってくれた。

ああ、シュウ。
どんな世の中になっていたとしても私をここまで愛してくれるのはシュウだけだ。
私の愛は永遠にシュウだけのものだ。

「フレデリックにシュウ以外と結婚する意思がないと確認した上で私は未来のオランディアを正すことを決めたのだ。
フレデリックがもし住みよくなった未来のオランディアで女性との交わりを期待しているのであればやめようと思ってな。
まぁ、それは私の杞憂だったようだ。フレデリックは一瞬の迷いもみせなんだからな」

愛を確かめ合い、抱き合う我々の隣でアンドリュー王がとんでもないことを口にした。
私が女性との交わりを期待するなどあるわけがない。
もう私はシュウ以外で機能することはないのだから。
誰の裸を見てもそんな気すら起きないだろう。
それはおそらくアンドリュー王も同じだ。
それをわかっていながらアンドリュー王のそのとんでもない言葉に驚くことしかできなかった。

焦る私を横目にアンドリュー王から直々に『心配せずとも良い』と言われたシュウは本当に安堵し嬉しそうに笑っていた。

これで何も危惧することなく肖像画を描くことができるだろう。
すぐにでも描き出しかねないシュウに
『あまり根を詰めないように身体を労わりながら』と声をかけてくれたアンドリュー王には感謝を伝えたい。

「そういえば、指輪の話も進めないとね」

トーマ王妃のその言葉にアンドリュー王はいち早く反応した。
トーマ王妃との揃いのピアスと指輪を楽しみにしているのはアンドリュー王だから当然か。

王都に帰ったらすぐにでもと言っていたが、今日のカーティスの様子を見る限りすぐに動くのは難しいだろう。
案の定時間が取れそうにないと言うアンドリュー王に、トーマ王妃が突然とんでもないことを言い放った。

「ふふっ。大丈夫。僕と柊くんとで行ってくるよ!」

シュウと2人で???
そんなこと許可できるわけがない。
なんと言ってもあんな事件があったのだぞ。

アンドリュー王もそれを理解しているから、すぐに止めようとしたが今度は変装もしない、護衛も連れていくと言われれば許可せざるを得ない。
現にシュウはもう行く気になっているのが目を見ればわかる。

アンドリュー王はなんと答えるだろう。
しっかりダメだと反対してください!

と心の中で念じていると、

「だが……なぁ、フレデリック。其方はどう思う?」

突然私に話を振られてしまった。

あまりにも急だったが、否定的な意見を言うことができた。
なんとかこれで諦めてくれないか……そう思ったが……

「えーっ、アンディーは僕と早くお揃いのピアスも指輪もつけたくないの?」

そう言われれば、もう後はトーマ王妃の手の中だ。

「ぐっ――! そ、それは……」

「ねぇ、僕……早くアンディーの瞳のピアスつけたいよ。だめ??」

「うぅ……っ! はぁーっ。いいだろう。だが、くれぐれも気をつけるように! いいな、トーマ」

最後にそう強気に命令してももう無理だ。

まぁ、あんなふうに上目遣いで手を握られ、可愛くねだられたら反対するなんて無理だな……。
あれがシュウなら……ああ、無理だ、無理だ。
一瞬で許してしまうな、私も。

許可してもらえて嬉しそうにアンドリュー王に抱きつき、頬に口づけをするトーマ王妃の姿にシュウの姿が重なった。
やっぱり父子だな。よく似ている。
そして、私もアンドリュー王もそれに弱い……。
シュウに勝てることは一生ないだろうな。


シュウは明日朝食が終わったら行こうとトーマ王妃と約束をして、私たちは部屋へと帰った。

その場で飛び跳ねてしまいそうなほど浮かれているシュウを前に、私は心配でたまらなかった。
いくら護衛がついてくると言ってもシュウとトーマ王妃が並んでいて声をかけないなんてことがあるだろうか?
変な輩に誘われたり、攫われたりしたら……?

シュウがあまりにも美しすぎるから城下に行かせることに心配が尽きないのだ。

シュウにそう訴えると、

「フレッド……大丈夫だよ。お父さんから離れないようにするし、終わったらすぐに帰ってくるから」

と約束してくれた。
それでも心配なことに変わりはないが、トーマ王妃との外出もこれからそうそうできないだろうし、2人の思い出を増やすためには必要なことだろう。

「絶対にトーマ王妃と護衛から離れるな。シュウ、約束だぞ」

ともう一度約束させて、許可することにした。

しかし、頭の中では明日の政務はなんとしてでも急いで終わらせて、アンドリュー王と共にシュウたちを迎えに行こうか……そんなことを計画していたなんてシュウは全く気付いていないだろう。
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