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第四章 (王城 過去編)

花村 柊   28−1

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「おはよ。柊くんっ! 行こう!」

さっきブルーノさんに朝食を終えたばかりと聞いていたのに、もうお迎えがきた。
ふふっ。お父さんも相当楽しみにしてくれていたみたいだ。

それは嬉しいんだけど……。

「お父さん、その格好……」

「ふふっ。似合う?」

お父さんはその場でくるっと回ってみせた。
ふわりとスカートが舞い上がってちょっとドキッとしてしまうほど可愛い。

「すごくよく似合ってるけど、変装はしないんじゃなかった?」

「うん。あの後アンディーと話し合ってね、いつもの王妃姿のままだと城下が騒ぎになりそうだからやっぱり変装はしたほうがいいってことになったんだ」

確かに長い視察旅行から帰ってきたばかりだし、城下の人たちも王妃さまに飢えてるだろうから王妃姿の方がかえって危ないかもしれない。

「そうなんだ。なんか久しぶりだね、お父さんのこの格好」

青いウイッグにふんわりとした水色のワンピースドレスを着たお父さんはどこをどうみても女性にしか見えない。

「だから今日は前と同じ『アン』と『花』で行くからね」

「『アン』と『花』?」

「フレッド、お父さんとぼくの城下での名前だよ。トーマって珍しいから呼びかけたらすぐにバレちゃうでしょう?」

「なるほど。トーマ王妃の『アン』は陛下のお名前からお取りになったのですか?」

「そうだよ。柊くんは自分の名前から『花』にしたんだよね」

それを聞くとフレッドは少し拗ねたような表情でぼくを見つめた。

「フレッド、どうしたの?」

「『花』はもちろん可愛くて似合っているが……シュウにも私の名を使って欲しい」

「ふぇっ……?」

思いがけないフレッドの要望に驚いて変な声が出てしまった。
さっきの表情はぼくがフレッドの名前から偽名をつくってなかったから??
ふふっ。なんか可愛い。

「嫌か?」

「ううん。ぼくも名前を考えるときにフレッドの名前を使いたいなって思ったんだけどいいのが思いつかなくて仕方なく『花』にしたんだ」

「そうなのか? なら、『リカ』にしよう」

「『リカ』?」

「ああ。フレデリックを女性名にするとフレデリカになるんだ」

そうなんだ。知らなかった。
フレデリカ……なんか大人っぽくて可愛い名前。

「じゃあ『リカ』にしよう! ねっ、お父さん」

「うん。『リカ』すごく可愛い名前だね。よし、間違えないようにしなくちゃ!」

お父さんはぼくの手をとって、『じゃあ、行こっか』とすぐにぼくを連れて行こうとする。

「ふ、フレッド。じゃあ、行ってくるね。フレッドもお仕事頑張って!」

ぼくは慌ててフレッドに行ってきますと挨拶すると、フレッドはぼくとお父さんの前に立ちはだかって、

「シュウ、トーマ王妃。くれぐれもお気をつけくださいね」

と念を押すようにゆっくりと言われ、ぼくもお父さんも

「大丈夫。心配しないで」

というとフレッドは部屋の扉を開け、外にいたヒューバートさんに
『くれぐれも頼むぞ』と同じように念を押していた。

王城玄関から出ると、城下の人たちに見つかってしまうので裏口からこっそり3人で外に出た。
ぼくたちの後ろにぴったりとヒューバートさんがついて、いつも以上に辺りを警戒しているのはさっきフレッドに念を押されたかもしれない。
大変だな、ヒューバートさん。

「ヒューバート、そんなに目を光らせなくても大丈夫だよ」

「いえ、陛下からもしっかりお守りするように申しつかっておりますので。私のことはどうぞお気になさらず」

やっぱりアンドリューさまにも念を押されたんだな……。
うん……やっぱり大変だ、ヒューバートさん。

「多分、僕たちの見えないところにも護衛がついてるだろうけど、『リカ』は気にしないでいいからね」

「まぁ、あんなことあったし仕方ないよね。じゃあ、『アン』楽しもうか」

「ふふっ。そうそう、楽しもう!」

ぼくたちは離れないように手を繋いで城下へと歩き進めていった。

「そうだ! アン、ちょっと行きたいところがあるんだ」

ぼくは大切なことを思い出して、アンの手を引いて連れていった。

「リカ、どこ行くの?」

「ふふっ。あそこだよ」

ぼくの指差した方向には屋台が並んでいたけれど、ぼくが行きたい場所はなぜか見当たらない。

「あれっ? あの屋台のおじさんがいない」

「えっ? もしかしてあの時の屋台?」

「そう、あの時のおじさんに2人でお礼を言いに行きたいなって思ったんだけど……」

あのおじさんのおかげで助かったんだよね。
フレッドたちにぼくたちが連れ去られたことを教えてくれたんだ。
フレッドとお礼にいった時お父さんのことも心配してたから元気な姿を見せてあげたかったんだけど……残念だ。

「あの屋台の者なら、あちらにお店を出しておりますよ」

「えっ? お店?」

ヒューバートさんの言葉にぼくもお父さんも驚いてしまった。

「はい。あの後、陛下とアルフレッドさまがお二人をお助けになったお礼として、あの屋台に王室御用達証をお与えになったのです。そのおかげで売り上げが増加し、お店を出すことができたようです」

「そうなんだ、アンディーとアルフレッドさんが……。あのお肉美味しかったもんね」

「うん。また半分こして食べちゃう?」

「ふふっ。いいねっ」

ぼくたちを助けてくれたおじさんにフレッドとアンドリューさまがお礼をしてくれていたなんて知らなかった。
ぼくたちには何も言わずにサラッとそんなことをしてくれるフレッドとアンドリューさまの優しさにぼくはふっと心が温かくなった気がした。
隣にいるお父さんもすごく嬉しそうな表情をしていたからきっと同じ思いをしているんだろうな……。

ぼくたちは幸せな気持ちでおじさんのお店へと向かった。


ヒューバートさんが案内してくれたおじさんのお店は城下でも比較的人通りの多く人目に付きやすい良い場所にあった。
うん。ここならお客さんも多そう。

ヒューバートさんがガラッと扉を開けると、まだ開店前らしくお客さんの姿は見えなかった。
扉が開く音が聞こえたらしく、奥からパタパタと足音が近づいてくる。

「悪いな。まだ仕込み中なんだよ……って、騎士団長っ!?」

「開店前の忙しい時間に悪いな」

「い、いいえ。とんでもないです。それよりどうかなさったんですか? 騎士団長がわざわざ俺の店に……」

「いや、お前に会いたいと仰っている方を連れてきたんだ」

「えっ? 俺に……会いたい???」

『さぁ、どうぞ』とヒューバートさんはぼくとお父さんを中に入れてくれた。

「おじさん、お久しぶりです」

「お元気そうで何より」

ぼくたちが声をかけると、おじさんは目を見開いて『えっ、あっ、あっ……』と声にならない声をあげていた。
そして、急にぼくたちの前に駆け寄ってきたかと思ったら、突然その場に土下座をして

「貴方さま方のおかげで、俺は……俺は……。ありがとうございます」

涙を流しながら、床に頭を擦り付けお礼を言い出した。

「ちょっ……おじさん、そんなっ! 顔を上げてくださいっ!」

ぼくとお父さんが慌てておじさんに手を差し伸べて立たせようとすると、さっと横からヒューバートさんの手が伸び、おじさんをその場に立たせてくれた。

「お二人が驚いていらっしゃるだろう。ちゃんと立つんだ」

ヒューバートさんがおじさんの耳元で何やら話をすると、ようやくおじさんは落ち着いた様子でぼくたちの方を向いてくれた。

「あの、急に来て驚かせてしまってごめんなさい。やっと2人でお礼を言いにくることができました。その節はありがとうございました」

「あの時の約束を守りにきたんですよ」

にこやかな笑顔のお父さんに続いてぼくも笑顔でそういうと、
おじさんもお父さんも『約束??』と驚いた表情をしていた。

「ふふっ。今度2人でまたおじさんのステーキ串を食べに来るって約束したじゃないですか」

「あ、ああっ。そういえば確かに」

おじさんはあの時、フレッドと会いにいった時のこと思い出してくれたみたいだ。

「あっ、でもそういえばまだ開店前でしたよね。また後で寄りましょうか」

「うん。そうだね」

「いえ、すぐにできます! ぜひ、食べていってください」

「どうする? 良いのかな?」

お父さんに尋ねると、こういう時は受けたほうがいいんだって教えてくれたから、おじさんの厚意に甘えてお願いすることにした。

「そこの席にどうぞ」

おじさんは案内するとすぐに厨房の方へと走っていった。
ぼくたちに気を遣ってくれたのか案内された席はすごく広かった。
広々として良いんだけど、なんとなくお父さんと遠くて話しにくい。
そうだっ!

「ヒューバートさんも一緒に座ってください」

「えっ? いえ、それは……」

「ヒューバート。リカがこう言ってるし、一緒に座って」

お父さんがそういうとヒューバートさんは申し訳なさそうにお父さんの向かいに座った。
ヒューバートさんは少し居心地が悪そうにしていたけれど、ぼくはお父さんと隣同士に座れて話しやすくなった。
ごめんね、ヒューバートさん。
でも、こうやってヒューバートさんと一緒に席に着くことがないから、ぼくはなんとなくワクワクしている。

「ヒューバートさんはいつもこういうお店で食事をされているんですか?」

と尋ねると、

「はい。若い騎士たちを連れて城下で食事を取ることが多いですね」

と教えてくれた。

「以前は勤務時間は詰め所で食事をとる決まりだったのですが、騎士が店で食べた方が犯罪の抑止力になるとトーマ王妃が仰って勤務時間も外での食事を解禁してくださったんです。そのおかげで城下の治安はぐんと良くなりました」

「そっか。さすが、トーマさまだね」

そう誉めるとお父さんは『ちょっとやめてよ。恥ずかしいよ』と照れていた。

でも、確かに制服姿の騎士さんたちがお店で食事してたら喧嘩とかトラブルとかもなさそうだよね。
ぼくがバイトしていたコンビニにもたまにお巡りさんが制服で買い物に来てたりしてたけど、あれが結構防犯に良いんだよね。
お父さんはそれ知ってたから騎士さんたちに外で食事をさせるようになったのかもしれないな。

そんな話をしていると、おじさんがジュージューと音をたて香ばしそうな匂いを辺りに漂わせながら熱々の鉄板を両手に持って運んできた。


大きなお肉の焼けた香ばしい匂いがあまりも美味しそうで『くぅー』とお腹がなってしまった。恥ずかしい……。

「えへっ、お腹鳴っちゃった。このお肉、すっごく美味しそう」

「食べやすいように小さく切っておきましたから」

「わぁっ、ありがとうございますっ!」

おじさんの優しい配慮に感謝しながら、目の前に置かれた美味しそうなお肉を前に、
『いただきまーす』とお父さんと声を合わせて挨拶をして早速食べてみた。

「おいしっ!!」

「本当、美味しいね。ほら、ヒューバートも食べて!」

「よろしいのですか?」

「せっかくだから一緒に食べようよ」

「それでは失礼して……、ああっ、柔らかくて美味しいですね」

朝食を食べてきたのに、ここのお肉は蕩けるように柔らかくて美味しくて3人でたっぷりと食べてしまった。
あっという間に運んできてもらったステーキを食べ尽くし、お腹いっぱいになった。

「おじさん、本当に美味しかったです。ご馳走さまでした」

「貴方さま方は貴族のお嬢さまなのに良い食べっぷりで気持ち良いですね」

おじさんはぼくたちの前にある空になった鉄板を見て嬉しそうに笑った。
そっか。ぼくたち……というかお父さんの正体は知らないんだ。
ぼくのことは多分フレッドと一緒に行ったときに貴族かなんかだとはバレてそうだけど……。
お父さんがまさか王妃さまだとは思っていないだろうな。
今は、どこからどう見ても女の子の姿だし。

どうするんだろうとお父さんをみると、お父さんはヒューバートさんに何か目配せをしているようだった。
そして、徐に青色のウイッグを取ってみせた時、隣にいたヒューバートさんがおじさんに声をかけた。

「この方はオランディア王国のトーマ王妃であらせられます」

「――っ! ええっ??? と、トーマ……おうひ……??」

おじさんは目を白黒させて信じられないと言った様子でお父さんをじっと見つめていた。

「はい。おじさん、隠していてごめんなさい。あの時はお忍びで城下に遊びに行っていたので、優しくしてもらったのに本当のことを話せなくて……」

「じゃ、じゃあ……本当に王妃さま?? だから、陛下が俺にあんなすごいご褒美を???」

「いいえ。僕たちを助けてくれたからだけが理由ではないですよ。きっと、他の人を助けていたとしても陛下はご褒美をくださったと思います。これからも困っている人がいたら助けてあげてくださいね」

お父さんがにっこりと笑うと、おじさんは顔を真っ赤にしながらコクコクと頭を縦に振っていた。

「美味しい食事をありがとう。ヒューバート、払っておいて」

「はっ」

「いえ、そんなお代は結構です」

おじさんは慌ててそう言ったけれど、

「いけません。ちゃんと食事のお代を受け取ってもらわなければ、もうここに来れなくなってしまいます」

とお父さんが言うと、おじさんは『また来ていただけるんですか?』と驚いていた。

「こんな美味しいお肉、今度は陛下と一緒に食べに来ますね。こっそりお忍びで」

お父さんはおじさんの近くで小声でそう囁いたけれど

「トーマ王妃、お忍びは行けませんよ」

「ええっ、ヒューバート聞こえてた?」

「はい。もちろんです。こちらに来るときは私がお供いたしますので」

「はーい」

『ふふっ』
『ハハッ』

残念そうなお父さんを見て、おじさんもぼくもそして、ヒューバートさんも楽しそうに笑っていた。

ヒューバートさんはお父さんが変装していたことはくれぐれも内緒にするようにと口止めをして、ぼくたちはおじさんの店を出た。

お父さんの頭には青いウィッグが付けられている。
ドレスの色とよく似合ってて本当にかわいい。

ぼくたちは今日の目的地、レイモンドさんのお店を目指してまた歩き始めた。
少し離れたところに趣きのある古民家が現れた。
あれがレイモンドさんのお店『シュムック宝石』だ。

「アン、あれがレイモンドさんのお店だよ」

「うわぁっ、雰囲気あるなぁ」

「でしょう。あの入り口にある表札っぽいのがすごく綺麗なんだよ」

お父さんの手を引いて少し小走り気味にお店に連れて行った。

「本当、綺麗!!」

宝石のかけらを埋め込んで作ったらしいお店の表札は太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。

「店には今日お二方がいらっしゃることは伝えておりますので、さぁ中に入りましょう」

ヒューバートさんが少し古い扉をギイっと開け、ぼくたちを中に入れてくれた。

「ごめんください」

ぼくがそう声をかけると、

「あっ、私が先に店のものに声をかけてきます」

ヒューバートさんは慌てて中へと入って行った。

『ふふっ』
ぼくたちは顔を見合わせて、ほの暗い部屋を進んでいった。
フレッドときた時と同じように中には原石を削って作られた作品がそこかしこに置かれていた。

「すごいね、このお店」

「アンにあげたあの氷翡翠アイスジェダイトもここで見つけたんだよ」

「これ?」

お父さんは首にかけていたネックレスをドレスの中から引き出した。
仄暗い部屋の中のほんの少しの灯りに反応しているのか、ネックレスはほんのり輝きを見せていた。

「そう、綺麗だね……やっぱり」

お父さんの胸元で光るネックレスに魅入っていると、

「トーマ王妃、シュウさま」

と呼ぶ声が聞こえた。

この部屋にはぼくたちしかいないし、レイモンドさんにはアンドリューさまからすでに話が伝わっているから名前を出しても問題はないんだ。

ぼくたちが振り返ると、レイモンドさんはハッと息を呑んでぼくたちを見つめていた。

「レイモンド? どうしたの?」

お父さんが問いかけると、我に返ったレイモンドさんが慌てて言葉を発した。

「あっ、失礼いたしました。王妃さまがあまりにもお美しかったもので……言葉が出ませんでした」

「ふふっ。レイモンドはお世辞が上手なんだから。それよりも話はどこまで伝わっているの?」

「はい。陛下より王妃さまがお持ちの宝石でピアスと指輪を作るようにと言付かっております」

「そう、なら話は早いね。柊ちゃん、おいで」

お父さんはぼくの手をとり、レイモンドさんの傍まで連れて行ってくれた。

「レイモンドさん、お久しぶりです」

「これはこれはサンチェス公爵夫人。お久しぶりでございます。ピアスの具合はいかがでしょうか?」

「ありがとう。おかげさまで綺麗に輝いているよ」

そう言ってぼくは金色の長い髪を耳にかけキラキラと輝くピアスを見せると、レイモンドさんだけではなくヒューバートさんまで

「――っ!」

と顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。

「どうしたの?」

ぼくは訳がわからなくてそう尋ねたけれど、誰も答えてくれない。
ただ隣にいたお父さんだけが、『大丈夫だよ、気にしないで』と言ってぼくの髪をそっと
元に戻してくれた。

もしかして、耳にかけて見せるだなんてはしたないことだったのかな……。
きっとぼくの知らない貴族のルールなんてものがあったのかもしれない。
ちゃんと勉強しとかないとな。

「ほら、レイモンド。ヒューバートもしっかりして」

お父さんが声をかけるとようやく『はい』と声が聞こえた。

「そ、それでは王妃さま。お持ちの宝石を見せていただいても宜しゅうございますか?」

レイモンドさんはベルベット素材の宝石トレイを取り出し、それをお父さんの目の前にあるテーブルに静かに置いた。

お父さんはドレスのポケットから小さな巾着袋を取り出し、宝石トレイにゆっくりと乗せた。

コト、コト、コトと3つの石を順番に乗せていくと、レイモンドさんの表情がどんどん固まっていく。

「こ、これは……まさか……」

レイモンドさんは手を震わせながら、宝石トレイに乗せられた石をゆっくりとトレイごと目の高さまで持ち上げ食い入るようにじっくりと見つめていた。

あの時と同じだ。
ぼくはフレッドときた時のことを思い出していた。

さすがレイモンドさん、石を一目見ただけでこれがどんなにすごい石なのかわかったんだ。

「王妃さま……これはもしや、『神の泉』で授けられた石でございますか?」

「そうだよ。よくわかったね」

黒金剛石ブラックダイヤモンド藍玉アクアマリンはサンチェス公爵さまご夫妻がお持ちいただいたのと同じ純度を保っておりますし、それに何より……この金剛石ダイヤモンドはこのオランディアではもちろん世界中を探してもここまでの大きさのものを見つけることは不可能なのです。しかも、一切の不純物も傷も見当たらずここまで透明度が高いものは今までに一度も発見されたことはございません」

「そんなにすごい石だったんだ……」

レイモンドさんの説明にぼくはびっくりしてしまった。

「こんな素晴らしい石をこの目で見られるとは……なんという僥倖。
今死んでも悔いはありません」

『はぁーーっ』と感嘆の声をあげながら石を見つめるレイモンドさんは本当にそのまま石と共に心中でもしちゃいそうだ。

お父さんは慌てて

「レイモンド、この宝石の加工を頼めるのはレイモンドしかいないんだよ」

というと、レイモンドさんは嬉しそうに

「有難き幸せに存じます」

と涙を流しながら笑顔でお父さんにお礼を言っていた。

その後、レイモンドさんと向かい合わせに席につき、石をどうするのかという打ち合わせが始まった。

「黒金剛石と藍玉は柊ちゃんとアルフレッドさんに作ったように同じピアスに加工してもらうとして、この金剛石は4つの指輪にしてもらいたいんだ」

「4つ、でございますか?」

てっきりアンドリューさまとお父さんのふたつの指輪を作るんだと思っていたのだろう。
レイモンドさんは石とお父さんを何度も見返しては驚いていたけれど、お父さんはレイモンドさんにゆっくりと説明を始めた。

「『神の泉』で起こったことを詳しく話すわけにはいかないけれど、僕と陛下、そしてアルフレッドさんと柊くんは同じ神の祝福を授かったもの同士、同じものを身につけるようにとこの金剛石を授かったんだ。これは僕たち4人が神に認められた証だから、いつでも僕たちが神の祝福を感じていられるよう指輪にしたいんだ」

「神が皆さまをお認めになられたということですね。その証を指輪に……。
ああ……そんな素晴らしいものを私にお任せいただけるとは……ありがとうございます、ありがとうございます。
私の全身全霊を込めてお作りいたします」

レイモンドさんは宝石トレイの上で輝く金剛石に向かって何度も手を擦り合わせ、うっすら涙を浮かべながら何度もお礼を言っていた。

「レイモンド、よろしく頼むよ。それで指輪のデザインなんだけど……」

そう言って、お父さんは前にぼくが描いたデザイン画をレイモンドさんに見せた。

「指輪はこのデザインにして欲しいんだけどできるかな?」

「拝見致します。――あっ! これは……」

レイモンドさんはデザイン画をみるなり、すぐに目を丸くしてじっくりと見入っていた。

「何か気になることがあったら言って」

「いえ、王妃さま。このデザイン画はどちらのデザイナーに描かせたものでしょうか?」

「デザイナー……というか、柊くんが描いてくれたものだけど」

「えっ?? こ、これをサンチェス公爵夫人が??? なんと……」

レイモンドさんは口をあんぐりと開けて、驚いた顔でぼくを見た。

「こんなのがいいなって適当に描いたやつだから、気になるところがあったらレイモンドさんの好きなように変えてもらっていいですよ」

あの時こんなのがいいねーってお父さんと楽しみながら描いた落書きみたいなものだから、気にしなで変えてもらっていんだけど……やっぱり本職の人に見せるようなレベルのものじゃなかったよね……。
今更ながら恥ずかしい……。

「そんな変えるなんてとんでもないことでございます!! こんな美しいデザイン画初めて拝見しました。
これをこの金剛石で作れたら、私の人生最大の傑作になることでしょう……。
ああ、私はなんという幸せを手にしたのだ……。
ああ、神よ。本当にありがとうございます、ありがとうございます」

レイモンドさんはもうずっとお礼を繰り返していて、ぼくもお父さんも若干引いてしまうほどだった。
けれどそれほどまでに喜んでもらえるのなら、頼んだ甲斐もあるというものだ。

「あ、あの、じゃあレイモンド。このデザインで指輪を作ってもらえる?」

「は、はい。取り乱してしまいまして申し訳ございません。指輪はこちらのデザインでしかとお作りいたします。
こちらの細いデザインのものが王妃さまとサンチェス公爵夫人のもので宜しゅうございますか?」

「ああ、そうだね、こっちの太いデザインは陛下とアルフレッドさんに」

「畏まりました。中央の石の大きさですが、王妃さま方の指輪は若干大きく致しますか?」

「そうだね。できる?」

「はい。この美しい金剛石を4つに分けるのは申し訳ない気が致しますが、できるだけ余すところなく使わせていただきます」

「よろしく頼むね」

指輪のサイズは指のサイズに合わせて勝手に縮まるらしいから問題はないらしい。
レイモンドさんが縮まる仕組みを教えてくれたけれど、いまいちぼくにはよくわからなかった。
つけたら最後、死ぬまで外すことはできないらしい(息を引き取ったら自然と指から離れる仕組みなんだとか)からちょっと怖い気はするけれど、まぁ、外すことはないだろうしいいかなって思ってる。
指輪のサイズとか測ったりしないで良い分、こういうところ楽でいいよね、異世界は。

「指輪の方は制作に少々お時間をいただきますので、今日は先にピアスの方を作成いたします」

「そうだね。陛下もピアスを楽しみにしていたからね」

「そうでしょうとも。王妃さまのお耳に今までなかったことが不思議なくらいですから」

お父さんは照れながら耳たぶにゆっくりと触れていたけれど、ここにぼくと同じ色のピアスが付けられるのかと思うと、少し感慨深いものがある。
アンドリューさまはお父さんと結婚してからすぐにでもピアスをつけさせたかったって言ってたもんね。
お父さんが注射のトラウマで怖くてつけることができなかったんだけど、これで克服できるかな。
ぼくが先にピアスをつけてお父さんを安心させることができて本当によかった。
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