上 下
36 / 259
第四章 (王城 過去編)

フレッド   11−2※

しおりを挟む
そんなことを思っていると、突然シュウが上着を脱ごうとし出した。
もしやここでパールを取り出すつもりか?
ここで真っ白なリンネルなど急に出したらせっかくの和やかな雰囲気が一気に霧散してしまうのではないだろうか?
一旦、間を置いてからのほうがまだ良いのではないか?

それに中に入り込んでいるパールを取り出すには上着は全部脱がなくてはいけない。
お2人であってもシュウの身体を見られるのは私には耐えられない。
シュウの身体を目にするのは私だけでいい!

「ダメだ、こんなところで上着を脱ぐなんて!
シュウの綺麗な鎖骨が見えてしまうだろう。
すみません、どこか部屋をお貸しいただけませんか?」

慌ててシュウの身体を自分の身体で覆い隠した。

トーマ王妃は『やっぱりアンディーと血が繋がってるだけある』と笑いながら、隣の部屋を開けてくれた。

やはりアンドリュー王も相当嫉妬深いらしい。
私も人のことは言えた義理ではないが……。

それにしてももしやここはアンドリュー王の私室か?
まさかこの部屋に入れる日が来ようとはな。

部屋に入ったが、中まで入ることは憚られて、入り口近くでシュウの上着のボタンを開けた。
パールはこんな状況になっていることなど気づきもせずに気持ちよさそうに眠っている。
それどころかシュウの胸に前足を添えている。
私の大切な胸の蕾に触れるなど本来ならば許したくもないが、私も大人げないことはしたくないし、そもそもパールは神使なのだ。
優しく取り扱わなくてはな。

シュウの胸に張り付くように眠り込んでいるパールをそっと抱き上げている間に、シュウは急いで上着の釦を閉めていた。

もう少しシュウの白肌を見ていたかったが、仕方ない。

シュウがポケットに入れていた少し大きめのハンカチを取り出し、パールの身体を包んで再び抱き抱えると、パールは寝ながらクンクンと匂いを嗅いで安心したようにまた眠りについた。

真っ白とはいえ、神使であるリンネルだ。
アンドリュー王も不当な扱いなどしたりしないだろう。そう思いたい。

シュウがパールを腕に抱いたまま、2人の前に出て行くと、アンドリュー王もトーマ王妃もまるで子どもに向けるような優しい眼差しを向け、シュウに近寄ってきた。

どういうことだ?
不当な扱いどころか、心から慈しんでいるように見える。

「この子、名前なんて言うの?」

と尋ねるトーマ王妃にシュウは『パール』だと教えると、『真っ白だしすごく似合ってる』と笑顔でパールに触れていた。

シュウと同じ世界からやってきたトーマ王妃が白色に嫌悪感を持たないのはわかるが、アンドリュー王までとは一体どういうことなのだろう?

「あ、あの……陛下。このリンネルに何か思うことはありませんか?」

やはり、シュウも違和感を感じたようだ。
アンドリュー王はこの真っ白なリンネルにどんな想いを抱いているのだろうか?
知るのは少し恐ろしい気もするが、それは聞いておくべきだろう。
ここでパールと共に過ごしたいと思っているのだから。

「そうだな、リンネルがこんなに人に懐いているのは初めて見たから驚いたな。それに白いリンネルは珍しいが、実に可愛らしい」

可愛らしい・・・・・
まさか……。
本当に?
私はあまりの衝撃にただただ立ち尽くすことしか出来なかった。

『どうした?』と問いかけてくるアンドリュー王に、なんと発して良いのかもわからないほど先程の衝撃にまだ対応仕切れないでいる。

そのことに気づいてくれたシュウが代わりに話をしてくれるようだ。
ああ、ありがとう……シュウ。

「あの、この国での美醜の感覚はどうなっているのですか?」

「美醜って……日本と変わらないと思うけど?」

今、【にほん】と変わらないと言ったか?
シュウたちがいた世界と変わらないと?

ならば、この私もトーマ王妃の目には醜くは映っていないのだろうか?

「じゃ、じゃあ……アンドリュー王は格好良く見えてるんですよね? 冬馬さんだけじゃなくて、国中の人みんなが!」

「ええっ? そ、そんなこと……当たり前じゃない! ってそんなこと言わせないでよ!」

トーマ王妃の真っ赤な顔がその答えを物語っていた。
トーマ王妃から格好いいと言われたアンドリュー王の嬉しそうな表情……。
ああ、幸せそうだ。
そんな2人の横でシュウがあの綺麗な瞳からポロポロと涙を零していた。

私のために泣いてくれているのか……。
なんと優しいことだろう。
私は心がじわじわと温かくなっていくのを感じながら、上着のポケットに入れておいたハンカチを取り出し、その綺麗な雫をゆっくりと拭い取った。

「ど、どうしたの? 何か変なこと言っちゃった?」

なんと話したら良いのだろう。
私が醜く疎まれている存在なのだと。
認識しているとはいえ、自分の口から言うのはやはり辛いものがある。

私が言いあぐねていることに気づいたシュウが必死に涙を止めてゆっくりと口を開いた。

「あの、ぼくたちがいた時代のオランディアでは……髪色と瞳の色で美醜が決まってしまうんです」

「髪色と瞳の色?」

「はい。黒は神に愛されし者の象徴として、黒を持つ者は美しく、逆に白は最も醜い者の象徴として迫害されるんです。あのリンネルパールも迫害されているところをフレッドが見つけて保護したんです」

「ああ……神使であるリンネルになんということを……」

真っ白なリンネルパールに敬いと慈しみの表情を浮かべてくれたアンドリュー王。
神の使いといわれるリンネルがただ見た目の色だけで迫害されていたという事実を受け止めきれない様子だ。
そんなアンドリュー王の背中を優しく摩ってあげているトーマ王妃の慈愛に満ちた表情に心が打たれる。

「髪色も瞳の色も黒に近づくほど美しいとされていて、白に近づくほど醜いと言われているんです」

アンドリュー王はさっと私に視線を移し、私の白みがかった金色の髪と淡い水色の瞳をじっと見つめた。

「はい。フレッドは生まれた時から、人に嫌悪され愛されることなく育ってきたそうです」

「ああっ……、なんということだ……。このオランディアがたった数百年で人の美醜をそんなことで判断するような愚かなことになってしまっているとは……」

「なんでそんなことになってしまったんだろう?」

トーマ王妃のその言葉にアンドリュー王は目を見開き、息を呑んだ。

「…………もしかしたら、そんなふうにしてしまったのは私かもしれないな……」

と言葉を漏らした。

「えっ? アンドリュー王が?」

「ねぇ、どういうこと?」

「戦乱後の窮地に陥ったときにトーマがこの国に現れて、今までになかった知識の数々をこの国にもたらし救ってくれた、そればかりかその後も王妃となって私に尽くしてくれているのだ。
しかもそのトーマがこの国に存在しない黒目黒髪の美しい顔立ちをしているとわかったら国民たちがトーマを崇めるのは当然だろう?
今やトーマはこの国では神のように扱われている。
それだけのことをしてくれたと、私も国民たちのその扱いには当然だと思っているのだ。
しかし、それがフレデリックたちの時代までの数百年の間に黒目黒髪は美しい、対極にある白は醜い存在だと曲解して伝わってしまったのだとしたら……?」

そうか……。
国を復興させる礎を築いたトーマ王妃の見た目がこの国には絶対に現れることのない黒目黒髪だったから、それを神の使いだと崇めたんだ。
だから神に愛された者は濃い色を持って生まれてくる、逆を言えば神に愛されていないから色を持たないのだとそういう考えが生まれたんだ。

肖像画があんな奥まった部屋にひっそりと隠されるように置かれるようになったのも、美醜感覚が変わってしまった後世の者たちが、美しいトーマ王妃の伴侶であるアンドリュー王が見目が悪いということを公然に知られないようにする為だったのではないだろうか?

「だとすれば、フレデリックが辛い想いをしながらここまで歩んできたのは私がはっきりと伝えなかったせいだと言わずにはいられないだろう……」

心底悔やんでいると言わんばかりのアンドリュー王の苦悶の表情に心が痛む。

あの偉大なるアンドリュー王から
『申し訳なかった』と頭を下げられるなんて、
私の人生においてそんなことがあって良いものか。

「陛下、勿体無いお言葉でございます。どうか頭をお上げくださいませ」

「いや、お前がどんな茨の道を歩んで来たのかと考えたらこんな謝罪などでは許されることではない」

「いいえ、陛下。確かに辛いと思った時期もありました。ですが、そのおかげで私はシュウと出逢えたのでございます。神が不憫な私にシュウを与えてくれたのです。それだけで私は幸せだといえます」

確かに不遇の時代もあった。
いや、私のここまでの歩みはほとんどが不遇の時代だったといえよう。
何をしても外見だけで判断され、両親でさえ私の本質を見ようとはしてくれなかった。
しかし、新しい領地の開拓を任され、必死にやってきたこの10年でようやく私の本質を見てくれる者が少しずつ現れてくれた。
おかげで私自身も本質を見出すことの重要性を知った。

そう、全ては私の見目の悪い事でそれに気付かされたのだ。
今では、自分を深く成長させるために必要な時だったのかもしれないと思っている。

そんな私に神は、シュウを与えてくれた。
これ以上の幸せなど有り得ようか。
私はシュウと出逢えたことだけで一生分の幸福を掴んだのだ。

言うなれば、アンドリュー王のおかげでシュウと出逢えたといっても過言ではない。
そう考えれば感謝こそすれ、憎むことなど絶対に有り得ないのだ。

「そうか……。お前が今、幸せだと思えているのならそれは良かった」

アンドリュー王の声が心に沁みる。
私は今、この世の誰よりも幸せな人間です。

「ところで、これからどうする?」

トーマ王妃の突然の言葉に一瞬部屋の中が静まり返った。
アンドリュー王にもトーマ王妃の真意はわからぬ様子だ。

「だって、いつ元の時代に戻れるかわからないのなら、2人はその間この世界で過ごすと言うことでしょう? 僕たちにそっくりな2人をそのままの状態で居らせるわけにはいかないんじゃない?」

「それは……確かにそうだな」

「そういえば、カーティスさんだったかな、ここに案内してもらったんだけど、ぼくたちを冬馬さんたちと完全に間違えてた」

あの者は最初から私をアンドリュー王だと思い込んで話しかけてきていたしな。
シュウを見てもトーマ王妃だと疑う素振りもなかった。


「ああ、カーティスと会ったのか? 気づかれなくて良かった。あいつは良い奴だが、すぐに騒ぎを大きくするのでな……」

『ははっ』と2人で笑い合う姿を見て、私もつい顔が綻んでしまった。

トーマ王妃がブルーノとやらに相談しようと言い出した。
どうやらその者はアンドリュー王の世話役で今は王城の筆頭執事をしているようだ。
私でいうところのマクベスか。

今から呼ぶから声をかけるまで部屋にいろというアンドリュー王の指示に従って、シュウとパールと一緒にアンドリュー王の私室へと入った。

アンドリュー王の世話役ならば、私たちのことなどすぐに別人だと気づくだろうな。
いくら顔が似ているとはいえ、未来からやってきたなどという奇想天外な出来事を信じてもらえるだろうか……。

すぐにブルーノが呼ばれて、アンドリュー王が私たちのことを説明してくれている。
少し驚きの声が上がっていたものの、大した時間もかかることなく、話は終わったようだ。
トーマ王妃に『出てきて』と声をかけられ、アンドリュー王の私屋を出た。

外に出ると、アンドリュー王、トーマ王妃、そしてブルーノが並んでこちらを見ていた。
私たちの姿を目に捉えた瞬間、ブルーノは『おおっ』と声を上げ腰をぬかさんばかりに驚いていたが、すぐに冷静な顔を取り戻したどころか、笑顔を向けてくれた。

「フレデリックさまとシュウさまでございますね。お初にお目にかかります、この王城で執事をしておりますブルーノと申します。本当にアンドリューさまとトーマさまに似ていらっしゃる」

ほっと安心できるようなその眼差しで、先ほどまでの心配していた気持ちは一瞬にして晴れていくのがわかった。
お2人以外に信用できる人に出逢えた、それだけで今までの憂いが消えていく気がした。


「シュウさまはお美しいお方ですから、いっそのこと長い鬘を着けて女性に扮したら良いのではないですか?」

ただでさえ美しいシュウが綺麗なドレスを身につけ、メイクをして長い鬘をつける……。
この世のものとは思えないほどの美女になれば、かえって目立つのではないか? と不安になるが、そんなシュウを見たくないといえば嘘になる。
シュウの気持ちはどうだろうか?

「えっ? ぼく、女装するんですか?」

シュウはおそらく町に出かけた時のような鬘をつけるだけのような変装を考えていたに違いない。
急に女性にと言われても抵抗はあるだろうな……見てみたいではあるのだが。

「トーマさまの存在はすでに国民に広く浸透しております。そこにトーマさまそっくりの殿方がいらっしゃってはなにかと面倒なことになります。女性であれば間違えられることも少なくなりましょうからそちらの方が宜しいかと存じます」

ブルーノのいうことは正しい。
確かにそうだ。
似たような顔をしていても、性別が違うだけで違うように見えるものだ。
シュウはブルーノの話を聞いて納得したようだ。

「問題はこちらのフレデリックさまですね。髪の色がほんの少し違うだけでアンドリューさまに瓜二つ。うーん、女装するには背が高すぎますし、どう致しましょう……」

私にはシュウのように女性に扮することは無理だ。
精々鬘をつけるか、はたまた顎髭があればそれをつけてみるのもいいかもしれない。
それで多少なりとも似ていないように見えれば良いのだが何か良い案でもあるだろうか。

「とりあえず悩んでいる間に柊くんの変装を試してみてもいいかな?」

「えっ? でもウィッグは?」

「前にこっそり視察に行こうとしてウィッグ用意してたことがあったんだけど、結局使わなかったんだ。それで試しに変装してみよう!」

トーマ王妃の押しの強さに引っ張られるようにシュウはトーマ王妃の私室へと入っていった。

私が2人の入った部屋をじっと見ていると、アンドリュー王が声を掛けてくれた。

「そう心配せずとも良い。トーマは面倒見が良いから悪いようにはしないだろう」

「はい。ありがとうございます」

「それにしてもトーマさまとシュウさまは本当にそっくりでございますね。他人の空似にしても驚くほどでございます」

「確かにな。だが、あの2人は血縁ではないようだ。お互い知らなかったようだしな。顔を見合って驚いていたからな。なぁ、フレデリック」

「はい。肖像画でお2人の姿を拝見した時も、大変驚いておりました」

あの時のシュウの驚きの表情は、今でも思い出せるほどだ。

「お前たちが見たという肖像画はまだ誰に描いてもらうかを決めているところだ。これぞという絵師にまだ出会えておらぬでな。
だが、其方そなたの伴侶が素晴らしいといってくれていたから、近い将来完成を見られるのだろう。出来上がりが楽しみだ」

そうか、あれはまだ出来ていないのか。
あれにぶつかりそうになって、こちらへきてしまったのだから、あれに触れればもしかしたら元の時代に戻れるかもしれないと漠然と考えていた。

「陛下。出来上がった暁には是非私たちにも拝見させてください」

「ああ、そうだな。楽しみにしておくと良い」

そう言って柔かに笑うアンドリュー王の笑顔が眩しかった。
生まれた時からずっと嫌悪に満ちた中で生きていて、愛されなかった私はいつしか笑顔を忘れてしまっていた。
笑顔を向けると、気持ち悪いと言われるのではないか、もっと嫌われるのではないかとビクビクして過ごしてきたのだ。

シュウと出逢い、笑顔を向けても嫌がられないと知ってから笑顔を見せるのが楽しくなってきたものの、やはりシュウ以外の人の前で笑顔を見せるのにはやはり抵抗を感じてしまう。

屈託のない笑顔を見せられるアンドリュー王のように私も誰にでも笑顔を見せられるようになりたい、そう心の底から思えた。

「アンドリューさま。フレデリックさまはアイーダさまのお孫さまということにするのはいかがでしょう?」

「アイーダの孫というと……アルフレッドか?」

「確かお年頃も近いですし、お顔もアンドリューさまに少し似ておりました。大戦後、トーマさまが来られてからここ数年お見かけしておりませんので、他の者は分からぬと思います」

「ふむ。確かあいつは赤い髪色だったか?
よし、それでいこう。すぐに赤い鬘を用意させる」

あっという間に私はアンドリュー王の再従兄弟はとこということで落ち着いたらしい。
それにしても赤い髪か……。

身長とこの瞳の色のせいで、どんな変装をしたとしてもすぐに私だと分かってしまうと思って、今まで変装らしい変装などしたことがなかった。
特に領主となってからは、どんなに蔑まれても内面を見てもらおうと考えていたからな。

赤い鬘をつけた私を見て、シュウはどう思うだろう?
いつもの金色が良いと言ってくれたら私は飛び上がるほど嬉しいのだが……。

「アルフレッドならば、愛称はフレッドだから其方そなたの伴侶がフレッドと呼んでいても問題はなかろう?」

確かにシュウにフレッド以外の名前で呼び掛けられるなど我慢できないからな。

「はい。ありがとうございます!」

そんな会話をしていると、突然トーマ王妃の『準備できたよ』という声が聞こえた。

もう準備が……?
驚いて振り向くと、そこには女神と見紛うほど美しいシュウの姿があった。

―――なっ、金色の髪?!


ずっと嫌悪してきたはずなのに目が離せない。
ずっと捨てたいと思っていたのに見ていたい。
あまりの美しさに言葉も忘れて見惚れてしまう。

その金髪の美しい女神が脇目も振らずに私の元へ近づいてくる。
その歩き姿にも目を奪われてしまうほどだ。

少し恥じらい、漆黒の瞳をうるうるさせながら
女神が私の腕に縋り付く。

「……服買って欲しいな……」

金色の髪色と漆黒の瞳とが混じり合うとここまで美しくなるのか?

『う゛ぅっ、……くそ、なんだこれ……可愛すぎだろ……』

こんなの我慢できるわけがない!

「……フレッド?」

「シュウがあまりにも美し過ぎてどうにかなってしまいそうだ! 私と同じ髪色になってくれるだなんて私は夢でもみているんじゃないだろうか? ああ、幸せだ……私は」

シュウを横抱きに抱えると、目の前にぷるぷるとした唇が近づいた。
紅を付けたんだろうか、いつもより赤くぽてっとしてあどけない感じがする。
私は吸い寄せられるように口付けをした。
蕩けるような甘さは紅のせいではないだろう。

「陛下……わたくしの大切な伴侶のために服を作らせていただけませんか?」

シュウの願いを叶えてあげたくとも、今は何も持たぬ身。
ここにいる間に恩返しでもなんでもしよう。
どうかシュウの為に服を作らせてもらえないだろうか……。

「私の資産は、言うなればお前のものも同然。好きなだけ買ってやるといい。爺、仕立て屋ジョシュアをすぐに呼んでやれ」

見返りを求めることもなく、『好きなだけ買ってやるといい』そう言ってくれたアンドリュー王の気持ちが嬉しくて、涙が滲んできた。

それからすぐに仕立て屋がやってきて、シュウの採寸をしてもらうこととなった。

長い鬘をつけているのに男性用の服ではおかしいだろうということで仕立て屋が来ている間、トーマ王妃の持っている女性用の服を借りることとなったが、この短い時間でさえもシュウが私が選んだ服以外のものを身につけているのが嫌だと思ってしまう。
ただただ自分の狭量さに腹が立つ。

それなのにアンドリュー王はこんな私の服も一緒に仕立ててくれたのだ。
得体の知れない私たちにもこんなにも優しくしてくれているお2人には私の狭量な思いなどは口が裂けても言えることではない。

『仕立てた服は出来るだけ早く頼む』
そう仕立て屋に頼むと2日後にはここに持ってきてくれるそうだ。
いつ戻れるともわからぬ身だが、おそらく何か使命を持ってこの時代に呼ばれたのだとしたら、そう簡単には戻れないだろう。
仕立てた服もこれからきっと役に立つはずだ。

私たちの宿泊場所は【月光の間】
【王と王妃の間】に次ぐ広さがあり、天井画や豪華な装飾に彩られた【王と王妃の間】とは対照的に、一見地味ながらも緻密な細工が至る所に施され、この王城にある部屋の中でも一番職人の技が光る【月光】の名に相応しい落ち着いた印象を与えてくれる部屋だ。

この部屋は元々【王と王妃の間】のように豪華絢爛な部屋だったのだそうだ。
この世界にやってきたトーマ王妃の好みに合うように内装も全て変えさせたらしい。
なるほど、通りでこの世界の豪華さとは趣向が違うと思った。

まだ私がこの城を居住の地としていた頃、実はこの部屋に足を踏み入れたことがある。
初めてここに入った瞬間に途轍もない癒しを与えられた気がしたのだ。
それからはこの部屋は私にとって特別な場所だった。
皆の視線や態度、時には言葉で心が傷ついた時には、必ずこの部屋に入り誰にも気づかれずにこっそりと癒しをもらっていたのだ。
まさかこの部屋がトーマ王妃のために作られたものだったとは……。
私はその時から、シュウたちのいた世界に癒されていたのだ。

その部屋でシュウと2人で過ごせる日が来ようとは……本当に人生は何が起こるかわからない。


私が寝室に入ると、入れ替わるようにブルーノが出てきた。
どうやら寝室の準備が終わったらしい。
ここには確か豪華な風呂があったが、トーマ王妃のために作らせたのならこの時代に出来ているはずだ。
私はシュウとその風呂に入るべく、誘いを入れた。

「今日はとんでもない体験をして疲れただろう。
風呂に入ってゆっくり休むとするか」

「フレッドはここにお風呂があるの知ってた? ここのお風呂スゴイよ! 冬馬さん用に作ったから深くもないみたい! これなら1人で入れるからさっと入ってフレッドと代われるね」

てっきりいつものように一緒に入ろうと言われると思っていた。
断られるわけなんかないと思い込んでた。
その自信はどこから来ていたんだろう。
シュウはやはり深いから仕方なく入っていただけだったのだろうか。
私にとって、シュウとのバスタイムは何にも変えられないかけがえのない時間であったのに……。
それでも、嬉しそうに目を輝かせるシュウには何も言えなかった。

「……ああ、そうだな。ゆっくり温まっておいで」

思っていた以上にショックを受け、こう言って送り出すことしかできなかった。

シュウがバスルームへと入っていく。
扉がパタンと音を立ててしまった瞬間、
なんだろう……私とシュウの間に隔たりを感じてしまった。
あの扉は簡単に開きそうで、でもこちらからは開けることの出来ない鉄の扉のようだ。

私は何も考えられないまま、寝室に置いてあるソファーにひとり腰をかけ、あの扉が開くのを待った。

シュウはお風呂が大好きだ。
どんなに疲れていても必ず入らないと布団に入ることがない。
故郷では毎日風呂に入る余裕がなかったが、それでも湯や水で身体を拭いていたらしい。

私の記憶通りならこのお風呂はシュウ好みだろう。
きっと長風呂になるだろう。

シュウと入れたらあの岩風呂にゆったりと身体を沈ませて温めあいたいなんて思っていたのにそれは夢と消えてしまったのだ。

はぁーーーっ。


私が大きな溜め息をついた瞬間、突然あの鉄の扉がバタンと大きな音を立てて開いた。

何事かと見てみれば、そこには髪や身体からまだポタポタと雫が垂れたまま、乱暴に夜着を羽織っただけのシュウが立っていた。

とりあえずきちんと拭かなければ風邪を引いてしまう。
急いで脱衣所の棚に置いてあるはずのタオルを取りに行こうとすると、突然シュウに腕を掴まれた。

『いいから、話を聞いて……』というシュウのただならぬ様子に立ち止まるしかなかった。

風呂場で何が? 誰か不審者でも?
それとも何か怖い目にでもあったのだろうか?

シュウに何があったのか、話を聞きたくて口を開くのを待っていると急にシュウから抱きついてくれた。

シュウから抱きついてくれるだなんて、何があったのだろう?

「ごめんなさい……もう、嫌なんだ……ぼく」

「えっ?」

「嫌なんだよ……うぅ、うっ……」

シュウは『もう嫌だ』と告げると急に泣き出した。

そうか……。
そんなに嫌だったのか。
だから、ひとりで風呂に入りたいなどと言い出したのか。
風呂場でひとりでゆっくり考えて、冷静になったんだな。
それなら、私はシュウの願いを叶えてあげなければな。

「……シュウ、気がつかなくて悪かった……。陛下にお願いしてもう一部屋用意してもらおう」

シュウの柔らかな髪に触れ、せめて笑顔でこの部屋から離れよう……そう思って、必死に顔を取り繕ったが、感情が込み上げてきてうまく笑顔をつくれない。

シュウにこれ以上こんな顔を見せてはいけない。
急いで部屋から出て行こう。
髪を撫でるのをやめ、手を離すと
突然シュウが叫んだ。

「フレッド! どこにも行かないでよ! ぼく、嫌なんだ……フレッドと離れるの。1人でお風呂に入ってやっと分かったんだ。フレッドと一緒じゃなきゃ、ぼく嫌なんだよ!」

ああ、そういうことだったのか……。
なんという勘違いをしていたんだ、私は。

あまりの嬉しさにシュウの唇に喰らい付くように口付けを送った。

紅のついていないいつものシュウの唇の感触に興奮して、隙間のないほどに強く重ね合わせる。
柔らかで甘いシュウの唇を丹念に味わってから
『ちゅっ』と大きな音を立てて離した。

シュウを横抱きに抱えて、脱衣所へ行き大きなタオルを一枚手に取るとまた寝室へと戻って行った。
そして、ゆっくりとシュウをベッドに座らせ、髪を綺麗に乾かした。
タオルで丁寧に乾かしてやると、シュウの髪が艶々と輝いていた。

「シュウから……『嫌なんだ』って言われて肝が冷えたよ。驚かせないでくれ……シュウに嫌われたら私は生きていけないと言っただろう?」

私と一緒にいるのが嫌になったのかと思った。
勘違いで良かった。

「フレッド……ぼく、フレッドにずっと守られてたんだってさっきやっと気づいたんだ。フレッドがずっと守ってくれてたから、この世界で頑張ろうって思えたんだよ。この時代に来たのも1人じゃなくて良かった……。フレッドと一緒でほんと良かった」

「ああ、そうだな。シュウ1人がこの時代に来てしまっていたら、私はあの時代で1人どうなっていたことか……。これも神のお導きだろうか……」

逆にシュウを残して私だけがこの時代に来てしまっていたら……シュウは、この美しいシュウはすぐに誰かに奪われていたかもしれない。
どんな時代や場所であっても一緒に居られればそれだけで安心できる。

「ふふっ。そうだね。ねぇ、そうだ!」

「なんだ?」

「明日からは毎日一緒にお風呂に入ろうね!」

耳元で誘うようにそんなことを言ってくる。
シュウの無自覚な誘いには本当に困ったものだ。
シュウの全てが欲しくて、男同士の行為のやり方も知らないシュウには早いだろうと我慢しているというのに、シュウは私の心を弄ぶかのように甘やかな誘いをかけてくる。

「はぁーっ。我慢だ……我慢だぞ……」

ここで襲いかかるのはダメだ!
シュウのあまりにも細すぎる腰をみていると、私のモノを受け入れるのは容易ではない。
シュウがきちんと理解してからでなければな……。
それにしても、どうやって教えたら良いのだろう……。


「フレッドは何かを我慢しているの?」

シュウの小さく可愛らしい尻に私のモノを全部埋め込んでシュウの全てが欲しいのだ!
なんてことは言えるはずがない。

「えっ? いや、なんでもないよ。
さ、さぁ、今日は疲れただろうからゆっくり寝よう。
私もさっと汗を流してくるから」

慌てて話を変えると急いでバスルームへと向かった。

『シュウからの一緒にお風呂に入ろう』の誘いに、
少し兆していた私の愚息は、シュウの小さな尻に私のモノを埋め込みたいという淫らな妄想にガチガチにいきり立ってしまっていた。

とりあえずこれをなんとかせねば。

目を瞑り瞼に浮かぶシュウの痴態を思い出しながら、一心不乱に滾り切った自分のモノを必死に扱いた。

……やぁ……っ、フレ……ッド、おっきぃ……そこぉ……もっとぉ、はぁ……ん、んっ……イクぅ……

妄想の中の淫らなシュウがイクと同時に私のモノからもドクドクと大量に白濁が噴き出した。

『来て早々、風呂場を穢して申し訳ありません』
心の中でアンドリュー王にお詫びして、冷水で身体を冷やしてから、寝室へと戻った。

ベッドの上には、私の欲など何も知らない天使の如き美しいシュウがあどけない笑顔を見せスヤスヤと眠っていた。

つるつるとして柔らかなシュウの頬を撫でると、先ほどの私の蜜の匂いに反応したのか、赤い舌をちょこんと出し、手の平をペロペロと舐め始めた。

――――っ!

声が出そうになるのを手で必死に押さえた。

なんてことをするんだ……。
これで無意識なんだから、本当にタチが悪い。

「おやすみ、シュウ。いい夢を……」

私はそっと指を離すと、まだ小さな唇からちょこんと出ている舌をペロっと舐め唇を重ね合わせた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:589pt お気に入り:4,191

【本編完結】敵国の王子は俺に惚れたらしい

BL / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:3,055

異世界で性奴隷として生きてイクことになりました♂

BL / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:823

婚約破棄された令嬢は、実は隣国のお姫様でした。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:23,005pt お気に入り:3,202

空から来ましたが、僕は天使ではありません!

BL / 完結 24h.ポイント:2,108pt お気に入り:143

幸せな結末

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,004pt お気に入り:4

イケメンスパダリ医師は天涯孤独な彼を放っておけない

BL / 連載中 24h.ポイント:248pt お気に入り:1,653

お前らなんか好きになるわけないだろう

BL / 連載中 24h.ポイント:269pt お気に入り:143

サキュバスくんが執着御曹司に溺愛されるまで

BL / 連載中 24h.ポイント:895pt お気に入り:18

チーム・サレ妻

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,286pt お気に入り:57

処理中です...