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第四章 (王城 過去編)
花村 柊 12−1
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この時代に来て今日で1週間。
3日目に仕立て屋さんが服を持ってきてくれてから、ようやく部屋の外にも出られるようになった。
それまでに冬馬さんにメイクの仕方をみっちり教えて貰ったおかげで、長い金色のウィッグをつけて女性用の服を着るとどこからどう見ても女性に見える。
冬馬さんと並んでいても似ているとは言われなくなったから、やっぱりブルーノさんの提案は合っていたのだと思う。
でも、フレッドは服装も変わらないのに、赤いウィッグをつけているだけでアンドリュー王に似ているとは言われなくなった。
むーーっ。
ぼくはメイクもして服だって変えてるのに……。
なんとなくズルいと思ってしまう。
「シュウ、それじゃあ行ってくるよ」
「うん。気をつけて」
少し見慣れてきた赤い髪のフレッドは、いつもよりなんだかワイルドな感じで格好いいけれど、やっぱりぼくはいつもの金色のフレッドの方が好きだなぁ。
フレッドが1人でどこへ行ったのかというと、
赤いウィッグと新しい服が出来上がった時にアンドリュー王に
『ここにいる間、私の仕事の補佐をしてくれないか』と声を掛けてもらったんだ。
アンドリュー王はきっと、フレッドが暇を持て余すと心配をしてくれたんだろう。
フレッドは最初はぼく1人で置いていくのを気にしていたけれど、初めてアンドリュー王の補佐をして帰ってきた日、興奮した様子で帰ってきてたっけ。
歴史が変わるような口出しはできないけれど、より良い範囲でアンドリュー王の助けになれればいい、フレッドは嬉しそうにそう言っていた。
ぼくを残していくことだけが心配なんだ、そう言ってくれたけれど、ぼくは子どもじゃないし、ぼくにだって何か手伝えることはないかなって模索中。
とりあえずは今度冬馬さんと町へ行って、この時代がどんな世界なのか見てみたいなぁなんて思ってるけど、フレッドにはまだ内緒にしている。
また護衛をたくさんつけられて大変なことになりそうだし……。
そんなこんなで今日もフレッドがアンドリュー王の元へ出かけた後、ぼくは部屋でパールと遊んでいた。
トントントントン
部屋の扉がノックされ、ブルーノさんの声が聞こえた。
「シュウさま、少し宜しいでしょうか?」
「はい。どうぞ」
扉を開けようと近づくと、バンッと勢いよく扉が開いた。
「わぁっ」
「柊くん、ちょっと散歩でもしない?」
あまりの勢いに驚いて声を上げると、そこにはちょっと焦ったような表情を見せるブルーノさんと笑顔いっぱいの冬馬さんの姿があった。
「トーマさま。あまりにも急なお誘いに驚いていらっしゃいますよ。まずは中でお話をされてはいかがですか?」
「ああ、そうだね。ちょっと入っていいかな?」
「あ、はい。ど、どうぞ」
部屋の中央に置かれた座り心地の良いソファーに案内し冬馬さんが腰を下ろしたのを確認して、ぼくも腰を下ろした。
すぐにブルーノさんが紅茶を運んできてくれて、ふわりと花の香りが鼻腔をくすぐる。
「「いただきます」」
その声に冬馬さんと顔を見合わせ、ふと笑みが溢れる。
「ああ、美味しい。執事には紅茶が上手く淹れられないとなれないのかな?」
「シュウさまのいらっしゃる時代の執事も美味しい紅茶が淹れられるのですか?」
「はい。おかげで砂糖なしでも飲めるようになったんです。いつも欲しいなって思う時にさりげなく出してくれて……癒されてます」
「そうですか。それなら、ようございました。きっと、その執事も喜んでおりますよ」
にこりと笑顔を見せ、『それでは少し席を外しますね。トーマさま、シュウさま。どうぞごゆっくり御寛ぎくださいませ』といって、部屋を出ていった。
パタンと扉が閉まると、冬馬さんは紅茶のカップを静かに机に置き、こちらを向いた。
「柊くん、アンディーが彼を連れてっちゃったから毎日暇してるんじゃない?」
「いいえ、そんなことないです。パールも居ますし、ブルーノさんにお城の中を見学させて貰って楽しいですよ。冬馬さんこそ、毎日お忙しそうで大変ですね」
「ああ、僕にも一応王妃としての仕事もあるからね。でも、今日は久しぶりにお休みがもらえたから、柊くんと散歩しながらじっくり話もしたくてブルーノに頼んだの」
「ぼくも冬馬さんに聞きたいことがたくさんあります! 誘ってもらえるなんて嬉しい!!」
「良かった! なら、ちょっと出よっか。たまには部屋から出ないとね!」
『ふふっ』と笑顔でパチッとウインクをする冬馬さんが、ぼくと違って男の格好なのにものすごく可愛らしく見えた。
「トーマさま、シュウさま。お2人でどちらへ?」
部屋を出てすぐにブルーノさんに声を掛けられた。
「中庭の東屋に行くから、お茶の支度をお願いね」
「はい。畏まりました」
ブルーノさんの返事を聞いて、冬馬さんはぼくの手を取り廊下をゆっくり歩き出した。
突き当たりの扉を開け、目の前に現れたのは緑いっぱいの中庭。
「わぁ、綺麗!」
「でしょ。ずっと部屋の中にいたんだから、少しくらい外の空気を吸わないとね」
花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、たくさんの蝶が甘い蜜を求めて集まっている。
ふと奥に目をやると大きな噴水が設置されている。
「わぁ、豪華な噴水だな」
噴水からは綺麗な水が飛沫をあげ霧のように煌めいている。
あの噴水のおかげで心なしか涼しげに感じられる。
「あの噴水は地下水を汲み上げているから何かあった時、国民に飲料水として提供できるんだよ」
噴水なんて庭を綺麗に見せるためのただの装飾だと思ってた。
ここの噴水は庭を綺麗に見せながら、涼も与え、そして飲み水としても使える。
すごい! きちんと考えられてるんだ!
王族ってただ豪華な生活をしているわけではないんだな。
石畳のアプローチを進んでいった先には、三角屋根の可愛らしい東屋があった。
屋根の下には座り心地の良さそうなソファーとテーブルが置かれている。
「さぁ、おいで」
冬馬さんに手を引かれ、ソファーに腰を下ろした。
すぐにブルーノさんが紅茶と焼き菓子を出してくれて驚いた。
いや、絶対傍にいたでしょ?
全然気づかなかったけど……。
いつの時代も執事さんって恐ろしいくらいタイミング良いよね……。
ブルーノさんはお茶の支度をすると、サッと離れていった。
多分近くには居るんだろうけど、話は聞こえないようにしてくれてるんだろうな。
「ねぇ、柊くん17歳だったよね。向こうではどこの高校行ってたの?」
「あっ、ぼく高校行ってなくて……コンビニとビルの清掃してたんです」
「えっ? そうだったんだ……。ごめん、変なこと聞いて……」
申し訳なさそうな表情で謝る冬馬さんに、かえって申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
「いえ、気にしないでください。本当は高校行けるはずだったんです。でも、急に1人になっちゃって働くしかなかったんですよ」
『えへへ』と笑いながら、何でもないことのように話した。
けれど、冬馬さんは真剣な顔でじっとぼくを見つめた。
「ねぇ、詳しい話聞いてもいいかな?」
「えっ……、いい、ですけど……面白い話じゃないですよ?」
『それでも良いから全部聞きたいんだ』
そう言われて、
ぼくは中学卒業の日に母親に捨てられたこと、
1人で生活するために働き口を探して、
やっとのことでコンビニに雇ってもらえたこと、
でも給料が少なくてそれだけではやっていけなくて
ビルの清掃も掛け持ちで働いていたこと、
コンビニでレジのお金がなくなって仕事をクビになってしまったこと、
気づいたらフレッドのお屋敷のベンチに来てしまっていたことなどをつらつらと語ると、冬馬さんは泣いたり怒ったりしながら真剣に聞いてくれた。
「何それ! 酷すぎる! 子どもを置き去りにしていく母親なんてとんでもないよ!」
「……うん、そうですよね」
そうだ、それが普通の感覚なんだ。
ぼくだったらどんなに生活がきつかったとしても子どもを置き去りになんて出来ない。
「あっ、ごめん。柊くんの親なのに悪口言っちゃって……」
「ううん、良いんです。だって、それが本当のことだもん。逆に怒ってくれて嬉しいくらい」
まるで自分のことのように怒ってくれる冬馬さんの優しさに触れて本当に嬉しいんだ。
「大体そのコンビニも現金払いだから時給半額なんて! それって完璧法律違反だよ!
それに何の証拠もないのにクビにしたり、給料払わなかったりそれこそれっきとした犯罪だからね。きっと遅かれ早かれそこのオーナーは捕まってたと思うよ」
「犯罪……そうだったんだ。知らなかった……」
オーナーのこと、ぼくみたいな子どもを雇ってくれた良い人だと思ってた。
たしかに時給半分はきつかったけど、現金がすぐに欲しかったし、だから仕方ないと思ってた。
さすがに話もろくに聞いてくれずにクビにされたのは辛かったけど……。
「ぼくは何にも知らないことばかりだ。冬馬さんのように頭も良くないし……このままフレッドの傍にいて手助けなんてできるのかな?」
「違うよ。柊くんは勉強の機会を奪われてたんだもん。法律に詳しくないのも当然だよ。頭が良くないんじゃない、知識が足りないだけ。知識は今からでも充分埋められるよ。大丈夫! だから、彼の傍に居ない方がいいなんて考えたらダメだよ!」
優しく諭すように話してくれる冬馬さんがとても心強く感じられた。
嬉しくて、涙が出そうになるのを必死に堪えながら
『うん、うん』と何度も頷いていると、
『良い子、良い子』と頭を撫でてくれた。
フレッド以外の人に初めて頭を撫でて貰ったけれど、なんだかとても落ち着く気がした。
「ねぇ、今からちょっと町に出てみない?」
「ええっ? 今から?」
冬馬さんの驚きの提案にビックリしてぼくの涙も引っ込んでしまった。
「柊くん、ずっと引きこもってたし気分転換も必要だよ! ほら、この時代がどんな感じなのか知りたくない?
実際に見て、体験するのも知識が増えるんだよ。
善は急げって言うし! ねっ、行こう!」
やっぱり冬馬さんってグイグイ来るなぁ……。
でも、正直見てみたい!
ぼくたちがいた時代から数百年も昔だなんて、日本で考えたら江戸時代とかだよね。
すごく興味はあるけれど……
「で、でも……冬馬さんが外に出たら目立つんじゃ……」
「僕も女装するよ! それなら、大丈夫でしょ!
よし、決まり!」
そう言うが早いか、ソファーから立ち上がり東屋を出るとブルーノさんが現れた。
「おや、もうお散歩は終わりでございますか?」
「今度は部屋でゆっくり話すことにしたんだ」
そう話すと、冬馬さんはウキウキしながらぼくの手を引っ張って部屋へと戻っていった。
寝室に入り、クローゼットからゴソゴソと取り出したのは、ぼくのと色違いの青いウィッグ。
長さはぼくの方が若干長めかな。
冬馬さんはそれを綺麗につけると手際良くメイクをして、裾が長めの可愛いワンピースを身につけた。
「どう? 女の子に見える?」
鏡の前でクルッと回ってみせる。
「はい。バッチリです!」
うん、冬馬さんはやっぱり可愛い。
「柊くんはこっちの服着て! そのままだと王族って丸わかりだからさ」
そう言って手渡された服は冬馬さんの着ているワンピースによく似た可愛らしいワンピースだった。
おお、そうか……これが平民服ってやつなのか。
たしかに動きやすそう。
「ほらほら、急いで!」
急かされながらバタバタとワンピースに着替えると、冬馬さんはご満悦の様子でニコニコと笑っていた。
「うん、お揃いコーデって感じで良いね!」
鏡に映ったぼくたちは髪の色こそ違うけれど、姉妹というには十分なほど似ていた。
まぁ、冬馬さんには見えないからバレなくて良いかな……。
すっかり準備も出来上がったけれど、このまま部屋の外に出ればすぐにブルーノさんたちに見つかってしまうんじゃ?
「でも、どうやってここから町に行くんですか?」
「ふふっ。それは任せて! ついてきて!」
ぼくの心配をよそに、冬馬さんはアンドリュー王の寝室へと入っていく。
そして、その奥にある扉を開け、夫婦の寝室へと足を進めた。
うわぁ、ここが夫婦の寝室か……。
そう思ったらなんだかドキドキしてしまう。
あんまり見ないようにしようっと。
「ここに来てどうするんですか?」
「ふふっ。ここにはすごいのがあるんだよ!」
そういうと、床に這いつくばって
『確かこの辺に……』と手のひらで何かを探し始めた。
「ついこの前、床にボタン落としちゃった時偶然みつけたんだ」
あっ、もしかしてフレッドのお屋敷にあったみたいな……?
と思った瞬間、床の一部がパカっと開き階段が現れた。
「ここ通ったら、誰にも会わずに城下にいけるんだよ。ほんの少しの時間行って遊んで、アンディーや彼に気づかれる前に戻ってくれば誰にもバレないよ」
やっぱり!! すごい! 隠し通路だ!
『さぁ、行こう!』と差し出された手をぼくはドキドキしながらも取ってしまった。
フレッド、ごめんなさい!
でも冬馬さんも一緒だから心配いらないからね。
そう心の中で呟いた。
中に入り階段の中央で、冬馬さんは横の棚からランプを取り出した。
冬馬さんはゴソゴソとポケットからマッチを取り出すと慣れた手つきで火をつけ、ランプに灯りを灯した。
「マッチ手慣れてますね。ぼくはまだ慣れなくて……」
ここの灯りはまだほとんどがランプだ。
フレッドのお屋敷には電気が付いていたし、前の生活でもマッチを使うことはなかったから力加減が難しくてすぐに折ってしまう。
「ああ、もう3年もいるからね。僕も最初の頃はポキポキ折っちゃって、いつもアンディーにやって貰ってたよ」
そうか、冬馬さんにもそんな時があったんだ。
ぼくと同じだ、そう思うだけで少し安心した。
明るいランプを手に入り口の扉を閉め、目の前に続く通路を歩き始めた。
「この前この通路見つけた時、どこに続いてるのかまでちゃんと確認しておいたから心配しないで大丈夫だよ」
ここはフレッドの地下室と違ってただの通路だけのようだ。
コツコツと靴の音が響く細い通路を2人でただひたすら歩き続けると、上へと上がる階段が現れた。
これが出口?
「そこの天井を押し上げるんだ」
階段を登り、冬馬さんに言われた通り2人で力を合わせて天井を上に押し上げると、そこは小さな教会の礼拝堂の地下室に繋がっていた。
2人でお祈りを捧げてから教会を出ると、この前お城に来るときに馬車で通った街並みが現れた。
3日目に仕立て屋さんが服を持ってきてくれてから、ようやく部屋の外にも出られるようになった。
それまでに冬馬さんにメイクの仕方をみっちり教えて貰ったおかげで、長い金色のウィッグをつけて女性用の服を着るとどこからどう見ても女性に見える。
冬馬さんと並んでいても似ているとは言われなくなったから、やっぱりブルーノさんの提案は合っていたのだと思う。
でも、フレッドは服装も変わらないのに、赤いウィッグをつけているだけでアンドリュー王に似ているとは言われなくなった。
むーーっ。
ぼくはメイクもして服だって変えてるのに……。
なんとなくズルいと思ってしまう。
「シュウ、それじゃあ行ってくるよ」
「うん。気をつけて」
少し見慣れてきた赤い髪のフレッドは、いつもよりなんだかワイルドな感じで格好いいけれど、やっぱりぼくはいつもの金色のフレッドの方が好きだなぁ。
フレッドが1人でどこへ行ったのかというと、
赤いウィッグと新しい服が出来上がった時にアンドリュー王に
『ここにいる間、私の仕事の補佐をしてくれないか』と声を掛けてもらったんだ。
アンドリュー王はきっと、フレッドが暇を持て余すと心配をしてくれたんだろう。
フレッドは最初はぼく1人で置いていくのを気にしていたけれど、初めてアンドリュー王の補佐をして帰ってきた日、興奮した様子で帰ってきてたっけ。
歴史が変わるような口出しはできないけれど、より良い範囲でアンドリュー王の助けになれればいい、フレッドは嬉しそうにそう言っていた。
ぼくを残していくことだけが心配なんだ、そう言ってくれたけれど、ぼくは子どもじゃないし、ぼくにだって何か手伝えることはないかなって模索中。
とりあえずは今度冬馬さんと町へ行って、この時代がどんな世界なのか見てみたいなぁなんて思ってるけど、フレッドにはまだ内緒にしている。
また護衛をたくさんつけられて大変なことになりそうだし……。
そんなこんなで今日もフレッドがアンドリュー王の元へ出かけた後、ぼくは部屋でパールと遊んでいた。
トントントントン
部屋の扉がノックされ、ブルーノさんの声が聞こえた。
「シュウさま、少し宜しいでしょうか?」
「はい。どうぞ」
扉を開けようと近づくと、バンッと勢いよく扉が開いた。
「わぁっ」
「柊くん、ちょっと散歩でもしない?」
あまりの勢いに驚いて声を上げると、そこにはちょっと焦ったような表情を見せるブルーノさんと笑顔いっぱいの冬馬さんの姿があった。
「トーマさま。あまりにも急なお誘いに驚いていらっしゃいますよ。まずは中でお話をされてはいかがですか?」
「ああ、そうだね。ちょっと入っていいかな?」
「あ、はい。ど、どうぞ」
部屋の中央に置かれた座り心地の良いソファーに案内し冬馬さんが腰を下ろしたのを確認して、ぼくも腰を下ろした。
すぐにブルーノさんが紅茶を運んできてくれて、ふわりと花の香りが鼻腔をくすぐる。
「「いただきます」」
その声に冬馬さんと顔を見合わせ、ふと笑みが溢れる。
「ああ、美味しい。執事には紅茶が上手く淹れられないとなれないのかな?」
「シュウさまのいらっしゃる時代の執事も美味しい紅茶が淹れられるのですか?」
「はい。おかげで砂糖なしでも飲めるようになったんです。いつも欲しいなって思う時にさりげなく出してくれて……癒されてます」
「そうですか。それなら、ようございました。きっと、その執事も喜んでおりますよ」
にこりと笑顔を見せ、『それでは少し席を外しますね。トーマさま、シュウさま。どうぞごゆっくり御寛ぎくださいませ』といって、部屋を出ていった。
パタンと扉が閉まると、冬馬さんは紅茶のカップを静かに机に置き、こちらを向いた。
「柊くん、アンディーが彼を連れてっちゃったから毎日暇してるんじゃない?」
「いいえ、そんなことないです。パールも居ますし、ブルーノさんにお城の中を見学させて貰って楽しいですよ。冬馬さんこそ、毎日お忙しそうで大変ですね」
「ああ、僕にも一応王妃としての仕事もあるからね。でも、今日は久しぶりにお休みがもらえたから、柊くんと散歩しながらじっくり話もしたくてブルーノに頼んだの」
「ぼくも冬馬さんに聞きたいことがたくさんあります! 誘ってもらえるなんて嬉しい!!」
「良かった! なら、ちょっと出よっか。たまには部屋から出ないとね!」
『ふふっ』と笑顔でパチッとウインクをする冬馬さんが、ぼくと違って男の格好なのにものすごく可愛らしく見えた。
「トーマさま、シュウさま。お2人でどちらへ?」
部屋を出てすぐにブルーノさんに声を掛けられた。
「中庭の東屋に行くから、お茶の支度をお願いね」
「はい。畏まりました」
ブルーノさんの返事を聞いて、冬馬さんはぼくの手を取り廊下をゆっくり歩き出した。
突き当たりの扉を開け、目の前に現れたのは緑いっぱいの中庭。
「わぁ、綺麗!」
「でしょ。ずっと部屋の中にいたんだから、少しくらい外の空気を吸わないとね」
花壇には色とりどりの花が咲き乱れ、たくさんの蝶が甘い蜜を求めて集まっている。
ふと奥に目をやると大きな噴水が設置されている。
「わぁ、豪華な噴水だな」
噴水からは綺麗な水が飛沫をあげ霧のように煌めいている。
あの噴水のおかげで心なしか涼しげに感じられる。
「あの噴水は地下水を汲み上げているから何かあった時、国民に飲料水として提供できるんだよ」
噴水なんて庭を綺麗に見せるためのただの装飾だと思ってた。
ここの噴水は庭を綺麗に見せながら、涼も与え、そして飲み水としても使える。
すごい! きちんと考えられてるんだ!
王族ってただ豪華な生活をしているわけではないんだな。
石畳のアプローチを進んでいった先には、三角屋根の可愛らしい東屋があった。
屋根の下には座り心地の良さそうなソファーとテーブルが置かれている。
「さぁ、おいで」
冬馬さんに手を引かれ、ソファーに腰を下ろした。
すぐにブルーノさんが紅茶と焼き菓子を出してくれて驚いた。
いや、絶対傍にいたでしょ?
全然気づかなかったけど……。
いつの時代も執事さんって恐ろしいくらいタイミング良いよね……。
ブルーノさんはお茶の支度をすると、サッと離れていった。
多分近くには居るんだろうけど、話は聞こえないようにしてくれてるんだろうな。
「ねぇ、柊くん17歳だったよね。向こうではどこの高校行ってたの?」
「あっ、ぼく高校行ってなくて……コンビニとビルの清掃してたんです」
「えっ? そうだったんだ……。ごめん、変なこと聞いて……」
申し訳なさそうな表情で謝る冬馬さんに、かえって申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
「いえ、気にしないでください。本当は高校行けるはずだったんです。でも、急に1人になっちゃって働くしかなかったんですよ」
『えへへ』と笑いながら、何でもないことのように話した。
けれど、冬馬さんは真剣な顔でじっとぼくを見つめた。
「ねぇ、詳しい話聞いてもいいかな?」
「えっ……、いい、ですけど……面白い話じゃないですよ?」
『それでも良いから全部聞きたいんだ』
そう言われて、
ぼくは中学卒業の日に母親に捨てられたこと、
1人で生活するために働き口を探して、
やっとのことでコンビニに雇ってもらえたこと、
でも給料が少なくてそれだけではやっていけなくて
ビルの清掃も掛け持ちで働いていたこと、
コンビニでレジのお金がなくなって仕事をクビになってしまったこと、
気づいたらフレッドのお屋敷のベンチに来てしまっていたことなどをつらつらと語ると、冬馬さんは泣いたり怒ったりしながら真剣に聞いてくれた。
「何それ! 酷すぎる! 子どもを置き去りにしていく母親なんてとんでもないよ!」
「……うん、そうですよね」
そうだ、それが普通の感覚なんだ。
ぼくだったらどんなに生活がきつかったとしても子どもを置き去りになんて出来ない。
「あっ、ごめん。柊くんの親なのに悪口言っちゃって……」
「ううん、良いんです。だって、それが本当のことだもん。逆に怒ってくれて嬉しいくらい」
まるで自分のことのように怒ってくれる冬馬さんの優しさに触れて本当に嬉しいんだ。
「大体そのコンビニも現金払いだから時給半額なんて! それって完璧法律違反だよ!
それに何の証拠もないのにクビにしたり、給料払わなかったりそれこそれっきとした犯罪だからね。きっと遅かれ早かれそこのオーナーは捕まってたと思うよ」
「犯罪……そうだったんだ。知らなかった……」
オーナーのこと、ぼくみたいな子どもを雇ってくれた良い人だと思ってた。
たしかに時給半分はきつかったけど、現金がすぐに欲しかったし、だから仕方ないと思ってた。
さすがに話もろくに聞いてくれずにクビにされたのは辛かったけど……。
「ぼくは何にも知らないことばかりだ。冬馬さんのように頭も良くないし……このままフレッドの傍にいて手助けなんてできるのかな?」
「違うよ。柊くんは勉強の機会を奪われてたんだもん。法律に詳しくないのも当然だよ。頭が良くないんじゃない、知識が足りないだけ。知識は今からでも充分埋められるよ。大丈夫! だから、彼の傍に居ない方がいいなんて考えたらダメだよ!」
優しく諭すように話してくれる冬馬さんがとても心強く感じられた。
嬉しくて、涙が出そうになるのを必死に堪えながら
『うん、うん』と何度も頷いていると、
『良い子、良い子』と頭を撫でてくれた。
フレッド以外の人に初めて頭を撫でて貰ったけれど、なんだかとても落ち着く気がした。
「ねぇ、今からちょっと町に出てみない?」
「ええっ? 今から?」
冬馬さんの驚きの提案にビックリしてぼくの涙も引っ込んでしまった。
「柊くん、ずっと引きこもってたし気分転換も必要だよ! ほら、この時代がどんな感じなのか知りたくない?
実際に見て、体験するのも知識が増えるんだよ。
善は急げって言うし! ねっ、行こう!」
やっぱり冬馬さんってグイグイ来るなぁ……。
でも、正直見てみたい!
ぼくたちがいた時代から数百年も昔だなんて、日本で考えたら江戸時代とかだよね。
すごく興味はあるけれど……
「で、でも……冬馬さんが外に出たら目立つんじゃ……」
「僕も女装するよ! それなら、大丈夫でしょ!
よし、決まり!」
そう言うが早いか、ソファーから立ち上がり東屋を出るとブルーノさんが現れた。
「おや、もうお散歩は終わりでございますか?」
「今度は部屋でゆっくり話すことにしたんだ」
そう話すと、冬馬さんはウキウキしながらぼくの手を引っ張って部屋へと戻っていった。
寝室に入り、クローゼットからゴソゴソと取り出したのは、ぼくのと色違いの青いウィッグ。
長さはぼくの方が若干長めかな。
冬馬さんはそれを綺麗につけると手際良くメイクをして、裾が長めの可愛いワンピースを身につけた。
「どう? 女の子に見える?」
鏡の前でクルッと回ってみせる。
「はい。バッチリです!」
うん、冬馬さんはやっぱり可愛い。
「柊くんはこっちの服着て! そのままだと王族って丸わかりだからさ」
そう言って手渡された服は冬馬さんの着ているワンピースによく似た可愛らしいワンピースだった。
おお、そうか……これが平民服ってやつなのか。
たしかに動きやすそう。
「ほらほら、急いで!」
急かされながらバタバタとワンピースに着替えると、冬馬さんはご満悦の様子でニコニコと笑っていた。
「うん、お揃いコーデって感じで良いね!」
鏡に映ったぼくたちは髪の色こそ違うけれど、姉妹というには十分なほど似ていた。
まぁ、冬馬さんには見えないからバレなくて良いかな……。
すっかり準備も出来上がったけれど、このまま部屋の外に出ればすぐにブルーノさんたちに見つかってしまうんじゃ?
「でも、どうやってここから町に行くんですか?」
「ふふっ。それは任せて! ついてきて!」
ぼくの心配をよそに、冬馬さんはアンドリュー王の寝室へと入っていく。
そして、その奥にある扉を開け、夫婦の寝室へと足を進めた。
うわぁ、ここが夫婦の寝室か……。
そう思ったらなんだかドキドキしてしまう。
あんまり見ないようにしようっと。
「ここに来てどうするんですか?」
「ふふっ。ここにはすごいのがあるんだよ!」
そういうと、床に這いつくばって
『確かこの辺に……』と手のひらで何かを探し始めた。
「ついこの前、床にボタン落としちゃった時偶然みつけたんだ」
あっ、もしかしてフレッドのお屋敷にあったみたいな……?
と思った瞬間、床の一部がパカっと開き階段が現れた。
「ここ通ったら、誰にも会わずに城下にいけるんだよ。ほんの少しの時間行って遊んで、アンディーや彼に気づかれる前に戻ってくれば誰にもバレないよ」
やっぱり!! すごい! 隠し通路だ!
『さぁ、行こう!』と差し出された手をぼくはドキドキしながらも取ってしまった。
フレッド、ごめんなさい!
でも冬馬さんも一緒だから心配いらないからね。
そう心の中で呟いた。
中に入り階段の中央で、冬馬さんは横の棚からランプを取り出した。
冬馬さんはゴソゴソとポケットからマッチを取り出すと慣れた手つきで火をつけ、ランプに灯りを灯した。
「マッチ手慣れてますね。ぼくはまだ慣れなくて……」
ここの灯りはまだほとんどがランプだ。
フレッドのお屋敷には電気が付いていたし、前の生活でもマッチを使うことはなかったから力加減が難しくてすぐに折ってしまう。
「ああ、もう3年もいるからね。僕も最初の頃はポキポキ折っちゃって、いつもアンディーにやって貰ってたよ」
そうか、冬馬さんにもそんな時があったんだ。
ぼくと同じだ、そう思うだけで少し安心した。
明るいランプを手に入り口の扉を閉め、目の前に続く通路を歩き始めた。
「この前この通路見つけた時、どこに続いてるのかまでちゃんと確認しておいたから心配しないで大丈夫だよ」
ここはフレッドの地下室と違ってただの通路だけのようだ。
コツコツと靴の音が響く細い通路を2人でただひたすら歩き続けると、上へと上がる階段が現れた。
これが出口?
「そこの天井を押し上げるんだ」
階段を登り、冬馬さんに言われた通り2人で力を合わせて天井を上に押し上げると、そこは小さな教会の礼拝堂の地下室に繋がっていた。
2人でお祈りを捧げてから教会を出ると、この前お城に来るときに馬車で通った街並みが現れた。
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最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
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目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
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