20 / 42
これが全て
しおりを挟む
開かれた扉からふわっと慎一さんの匂いがする。と同時に、ここが俺の部屋だと説明された。
当然のように中に入れてくれるけれど、慎一さんのこんなプライベートな空間に僕が入っていいのかと戸惑ってしまう。
「あの、慎一さんの部屋に僕が入ってもいいんですか?」
本当は入ってみたいけど、僕なんかが入っていい場所じゃない。
そう思ったけれど、
「もちろん。そうしないと寝室に入れないし」
と笑顔で返される。
さっきも二人の寝室って言ってたけど、どういうこと?
混乱したままで部屋の中に連れて行かれると、そのまま奥の扉まで進んでいく。
「こっちが寝室だよ」
パチっと電気をつけながら案内された部屋は、手前の部屋よりももっと慎一さんの匂いで溢れている。
広い部屋に驚きつつも、その中でもさらに大きなベッドに驚きが隠せない。僕が持っていた薄い敷布団の何枚分だろう?
あまりにも広い部屋と広いベッドに驚いていると、
「二人で寝ても十分寝られるから」
と言われてしまってびっくりする。
「えっ? あの、ここで僕も寝るんですか?」
でも僕の部屋も用意されてたよね? と思ったけど、
「あそこにはベッドはなかっただろう?」
と言われて思い出す。確かに机と本棚とソファーでベッドはなかったけど。僕ならソファーでも寝られるし、床に布団を敷いたっていい。
そう言おうとする前に、あの部屋はトイレが少し遠いから夜中に行きたくなったら危ないと言われてしまう。
まだ慣れない家だし、それはそうかもしれないと思って納得はしたけれど、やっぱり目の前にある大きなベッドが気になって仕方がない。
こんな広いベッドに慎一さんが、今までずっとひとりで寝ていた?
そんなこと……あるはずないよね。
ってことは、このベッドで慎一さんが他の人と寝ていたのかも……。それを想像するだけで胸が痛くなる。
このモヤモヤを抱えたまま、今日からこのベッドで寝られる? そんなの無理だ。
でも、聞いてしまって慎一さんの口から、このベッドに寝ていた人の話を聞くのは辛い。どうしようかと思ったけれど、聞かずにはいられなかった。
「あの、ちょっといいですか?」
ドキドキしながら問いかけると、
「どうかした? 何か気になることでもある?」
といつもの慎一さんの優しい笑顔に包まれる。
「あ、あの……この、広いベッド、なんですけど……」
震えながら尋ねたけれど、広いから一緒に安心して寝られると返される。
それはそうだろうけど、そうじゃなくて……。
もう緊張で声だけじゃなく身体まで震えそうになりながら
「慎一さん……その、ずっと一人で寝てるんですか? もしかしたら他の人とか……」
というと、慎一さんからさっと笑顔が消えた。言葉に詰まったまま、何も言わずに僕を見つめている。
それだけで全てがわかった気がした。
やっぱりこのベッドで僕は寝られない。慎一さんが誰かと眠ったベッドで慎一さんと一緒に寝る気にはなれなかった。
慎一さんの匂いでいっぱいのこの部屋の匂いをその人も嗅いでたのかと思うだけで辛くなってきて、急いでその場から立ち去ろうとしたら、突然
「ちょっと、待って!」
という焦った声が聞こえて、腕が掴まれた。
一瞬何が起こっているのかわからず、慎一さんの顔を見てその場に立ち尽くすしかできずにいたけれど、
「伊月くん、勘違いしないで欲しいんだ。俺……このベッドに誰かと寝たことは一度もないよ」
慎一さんからそんな言葉が出てきて、驚きしかなかった。
「この部屋どころか、自分の家に人を入れたことは一度もない。俺は自分の空間に他人を入れるのが落ち着かないんだ」
続けてそんなことを言われて混乱してしまう。
自分の空間に他人を入れるのが落ち着かないなら僕だって……。
もしかして、無理させてたんだろうか? それならさらに申し訳ない。
慎一さんの優しさに甘えずに早々に出て行ったほうがいいのかもしれない。
そんな思いがよぎった。
けれど、慎一さんは、僕のことを真剣な表情で見つめたと思ったら、
「伊月くんは、他人だと思ってないから」
と言ってくれた。
僕を他人だと思ってない? これって、どういう意味?
まだ混乱したままの僕の手を引いて、慎一さんはちゃんと話すと言って僕をベッドに座らせた。
今までに座ったことのない、心地良い座り心地に声が出そうになるのを必死に抑えた。
慎一さんは少し緊張しているように見えた。ふぅと深呼吸をして僕の目をまっすぐ見つめた。
「初めて、病院で伊月くんに会った時、可愛い子だなって思った。それからずっと好意を持ってたんだ」
可愛い? 好意を持ってた? それって誰のこと?
あまりに驚きに、
「えっ?」
と言葉が漏れる以外に言葉が出てこない。けれど、慎一さんは真剣な眼差しで僕を見つめたまま言葉を続けた。
「でも、最初は早く事件を解決して、まず君を安心させたいっていう気持ちが大きくて……そのために必死になってた。そして、事件が解決したところでそこから伊月くんの気持ちを俺に向けてもらおうって考えだしたんだ。だって、その時に気持ちをぶつけても、10歳も年上で、出会ってそんなに時間も経ってない、そんな男からの好意なんて伊月くんを驚かせるどころか、怖がらせるかもしれないだろう?」
僕が慎一さんを怖がる? 年上だから? まだ出会ってすぐだから? そんなこと絶対にありえない!
必死に否定するけれど、慎一さんは首を横に振りながらさらに僕への思いを語ってくれた。
「伊月くんは優しいから俺の気持ちを無下にはしないと思ったけど、それじゃ嫌だったんだ。一緒に暮らす事は了承してくれたから、退院するまでの二ヶ月で俺が一緒にいることに慣れてもらったらいいなって思ってた。この家で一緒に暮らすと決まって伊月くんの部屋を整えている時、部屋にベッドを入れようか、ものすごく悩んだ。でも、欲が出た。せっかく一緒の家にいるのに、別々で寝るなんて耐えられないって思ったんだ」
慎一さんの真摯な思いがこの上なく伝わってくる。
「トイレがどうとか、いろいろ理由はつけたけど、もちろんその理由もあるけど、本当のところは伊月くんと離れたくなかっただけなんだ。でも誓って、このベッドに誰も寝かせたことはない。本当なんだ、信じてほしい」
大人な慎一さんが、一生懸命僕に気持ちを伝えてくれるのが嬉しくてたまらない。
こんなにまで思いを打ち明けられて、信じないなんてあるはずがない。
一生懸命思いを伝えてくれて俯いた慎一さんの手が少し震えているのが見える。
これが全てだ。
僕は慎一さんの震える手に自分の手をそっと重ねた。
当然のように中に入れてくれるけれど、慎一さんのこんなプライベートな空間に僕が入っていいのかと戸惑ってしまう。
「あの、慎一さんの部屋に僕が入ってもいいんですか?」
本当は入ってみたいけど、僕なんかが入っていい場所じゃない。
そう思ったけれど、
「もちろん。そうしないと寝室に入れないし」
と笑顔で返される。
さっきも二人の寝室って言ってたけど、どういうこと?
混乱したままで部屋の中に連れて行かれると、そのまま奥の扉まで進んでいく。
「こっちが寝室だよ」
パチっと電気をつけながら案内された部屋は、手前の部屋よりももっと慎一さんの匂いで溢れている。
広い部屋に驚きつつも、その中でもさらに大きなベッドに驚きが隠せない。僕が持っていた薄い敷布団の何枚分だろう?
あまりにも広い部屋と広いベッドに驚いていると、
「二人で寝ても十分寝られるから」
と言われてしまってびっくりする。
「えっ? あの、ここで僕も寝るんですか?」
でも僕の部屋も用意されてたよね? と思ったけど、
「あそこにはベッドはなかっただろう?」
と言われて思い出す。確かに机と本棚とソファーでベッドはなかったけど。僕ならソファーでも寝られるし、床に布団を敷いたっていい。
そう言おうとする前に、あの部屋はトイレが少し遠いから夜中に行きたくなったら危ないと言われてしまう。
まだ慣れない家だし、それはそうかもしれないと思って納得はしたけれど、やっぱり目の前にある大きなベッドが気になって仕方がない。
こんな広いベッドに慎一さんが、今までずっとひとりで寝ていた?
そんなこと……あるはずないよね。
ってことは、このベッドで慎一さんが他の人と寝ていたのかも……。それを想像するだけで胸が痛くなる。
このモヤモヤを抱えたまま、今日からこのベッドで寝られる? そんなの無理だ。
でも、聞いてしまって慎一さんの口から、このベッドに寝ていた人の話を聞くのは辛い。どうしようかと思ったけれど、聞かずにはいられなかった。
「あの、ちょっといいですか?」
ドキドキしながら問いかけると、
「どうかした? 何か気になることでもある?」
といつもの慎一さんの優しい笑顔に包まれる。
「あ、あの……この、広いベッド、なんですけど……」
震えながら尋ねたけれど、広いから一緒に安心して寝られると返される。
それはそうだろうけど、そうじゃなくて……。
もう緊張で声だけじゃなく身体まで震えそうになりながら
「慎一さん……その、ずっと一人で寝てるんですか? もしかしたら他の人とか……」
というと、慎一さんからさっと笑顔が消えた。言葉に詰まったまま、何も言わずに僕を見つめている。
それだけで全てがわかった気がした。
やっぱりこのベッドで僕は寝られない。慎一さんが誰かと眠ったベッドで慎一さんと一緒に寝る気にはなれなかった。
慎一さんの匂いでいっぱいのこの部屋の匂いをその人も嗅いでたのかと思うだけで辛くなってきて、急いでその場から立ち去ろうとしたら、突然
「ちょっと、待って!」
という焦った声が聞こえて、腕が掴まれた。
一瞬何が起こっているのかわからず、慎一さんの顔を見てその場に立ち尽くすしかできずにいたけれど、
「伊月くん、勘違いしないで欲しいんだ。俺……このベッドに誰かと寝たことは一度もないよ」
慎一さんからそんな言葉が出てきて、驚きしかなかった。
「この部屋どころか、自分の家に人を入れたことは一度もない。俺は自分の空間に他人を入れるのが落ち着かないんだ」
続けてそんなことを言われて混乱してしまう。
自分の空間に他人を入れるのが落ち着かないなら僕だって……。
もしかして、無理させてたんだろうか? それならさらに申し訳ない。
慎一さんの優しさに甘えずに早々に出て行ったほうがいいのかもしれない。
そんな思いがよぎった。
けれど、慎一さんは、僕のことを真剣な表情で見つめたと思ったら、
「伊月くんは、他人だと思ってないから」
と言ってくれた。
僕を他人だと思ってない? これって、どういう意味?
まだ混乱したままの僕の手を引いて、慎一さんはちゃんと話すと言って僕をベッドに座らせた。
今までに座ったことのない、心地良い座り心地に声が出そうになるのを必死に抑えた。
慎一さんは少し緊張しているように見えた。ふぅと深呼吸をして僕の目をまっすぐ見つめた。
「初めて、病院で伊月くんに会った時、可愛い子だなって思った。それからずっと好意を持ってたんだ」
可愛い? 好意を持ってた? それって誰のこと?
あまりに驚きに、
「えっ?」
と言葉が漏れる以外に言葉が出てこない。けれど、慎一さんは真剣な眼差しで僕を見つめたまま言葉を続けた。
「でも、最初は早く事件を解決して、まず君を安心させたいっていう気持ちが大きくて……そのために必死になってた。そして、事件が解決したところでそこから伊月くんの気持ちを俺に向けてもらおうって考えだしたんだ。だって、その時に気持ちをぶつけても、10歳も年上で、出会ってそんなに時間も経ってない、そんな男からの好意なんて伊月くんを驚かせるどころか、怖がらせるかもしれないだろう?」
僕が慎一さんを怖がる? 年上だから? まだ出会ってすぐだから? そんなこと絶対にありえない!
必死に否定するけれど、慎一さんは首を横に振りながらさらに僕への思いを語ってくれた。
「伊月くんは優しいから俺の気持ちを無下にはしないと思ったけど、それじゃ嫌だったんだ。一緒に暮らす事は了承してくれたから、退院するまでの二ヶ月で俺が一緒にいることに慣れてもらったらいいなって思ってた。この家で一緒に暮らすと決まって伊月くんの部屋を整えている時、部屋にベッドを入れようか、ものすごく悩んだ。でも、欲が出た。せっかく一緒の家にいるのに、別々で寝るなんて耐えられないって思ったんだ」
慎一さんの真摯な思いがこの上なく伝わってくる。
「トイレがどうとか、いろいろ理由はつけたけど、もちろんその理由もあるけど、本当のところは伊月くんと離れたくなかっただけなんだ。でも誓って、このベッドに誰も寝かせたことはない。本当なんだ、信じてほしい」
大人な慎一さんが、一生懸命僕に気持ちを伝えてくれるのが嬉しくてたまらない。
こんなにまで思いを打ち明けられて、信じないなんてあるはずがない。
一生懸命思いを伝えてくれて俯いた慎一さんの手が少し震えているのが見える。
これが全てだ。
僕は慎一さんの震える手に自分の手をそっと重ねた。
591
お気に入りに追加
711
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。


【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる