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これが全て
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開かれた扉からふわっと慎一さんの匂いがする。と同時に、ここが俺の部屋だと説明された。
当然のように中に入れてくれるけれど、慎一さんのこんなプライベートな空間に僕が入っていいのかと戸惑ってしまう。
「あの、慎一さんの部屋に僕が入ってもいいんですか?」
本当は入ってみたいけど、僕なんかが入っていい場所じゃない。
そう思ったけれど、
「もちろん。そうしないと寝室に入れないし」
と笑顔で返される。
さっきも二人の寝室って言ってたけど、どういうこと?
混乱したままで部屋の中に連れて行かれると、そのまま奥の扉まで進んでいく。
「こっちが寝室だよ」
パチっと電気をつけながら案内された部屋は、手前の部屋よりももっと慎一さんの匂いで溢れている。
広い部屋に驚きつつも、その中でもさらに大きなベッドに驚きが隠せない。僕が持っていた薄い敷布団の何枚分だろう?
あまりにも広い部屋と広いベッドに驚いていると、
「二人で寝ても十分寝られるから」
と言われてしまってびっくりする。
「えっ? あの、ここで僕も寝るんですか?」
でも僕の部屋も用意されてたよね? と思ったけど、
「あそこにはベッドはなかっただろう?」
と言われて思い出す。確かに机と本棚とソファーでベッドはなかったけど。僕ならソファーでも寝られるし、床に布団を敷いたっていい。
そう言おうとする前に、あの部屋はトイレが少し遠いから夜中に行きたくなったら危ないと言われてしまう。
まだ慣れない家だし、それはそうかもしれないと思って納得はしたけれど、やっぱり目の前にある大きなベッドが気になって仕方がない。
こんな広いベッドに慎一さんが、今までずっとひとりで寝ていた?
そんなこと……あるはずないよね。
ってことは、このベッドで慎一さんが他の人と寝ていたのかも……。それを想像するだけで胸が痛くなる。
このモヤモヤを抱えたまま、今日からこのベッドで寝られる? そんなの無理だ。
でも、聞いてしまって慎一さんの口から、このベッドに寝ていた人の話を聞くのは辛い。どうしようかと思ったけれど、聞かずにはいられなかった。
「あの、ちょっといいですか?」
ドキドキしながら問いかけると、
「どうかした? 何か気になることでもある?」
といつもの慎一さんの優しい笑顔に包まれる。
「あ、あの……この、広いベッド、なんですけど……」
震えながら尋ねたけれど、広いから一緒に安心して寝られると返される。
それはそうだろうけど、そうじゃなくて……。
もう緊張で声だけじゃなく身体まで震えそうになりながら
「慎一さん……その、ずっと一人で寝てるんですか? もしかしたら他の人とか……」
というと、慎一さんからさっと笑顔が消えた。言葉に詰まったまま、何も言わずに僕を見つめている。
それだけで全てがわかった気がした。
やっぱりこのベッドで僕は寝られない。慎一さんが誰かと眠ったベッドで慎一さんと一緒に寝る気にはなれなかった。
慎一さんの匂いでいっぱいのこの部屋の匂いをその人も嗅いでたのかと思うだけで辛くなってきて、急いでその場から立ち去ろうとしたら、突然
「ちょっと、待って!」
という焦った声が聞こえて、腕が掴まれた。
一瞬何が起こっているのかわからず、慎一さんの顔を見てその場に立ち尽くすしかできずにいたけれど、
「伊月くん、勘違いしないで欲しいんだ。俺……このベッドに誰かと寝たことは一度もないよ」
慎一さんからそんな言葉が出てきて、驚きしかなかった。
「この部屋どころか、自分の家に人を入れたことは一度もない。俺は自分の空間に他人を入れるのが落ち着かないんだ」
続けてそんなことを言われて混乱してしまう。
自分の空間に他人を入れるのが落ち着かないなら僕だって……。
もしかして、無理させてたんだろうか? それならさらに申し訳ない。
慎一さんの優しさに甘えずに早々に出て行ったほうがいいのかもしれない。
そんな思いがよぎった。
けれど、慎一さんは、僕のことを真剣な表情で見つめたと思ったら、
「伊月くんは、他人だと思ってないから」
と言ってくれた。
僕を他人だと思ってない? これって、どういう意味?
まだ混乱したままの僕の手を引いて、慎一さんはちゃんと話すと言って僕をベッドに座らせた。
今までに座ったことのない、心地良い座り心地に声が出そうになるのを必死に抑えた。
慎一さんは少し緊張しているように見えた。ふぅと深呼吸をして僕の目をまっすぐ見つめた。
「初めて、病院で伊月くんに会った時、可愛い子だなって思った。それからずっと好意を持ってたんだ」
可愛い? 好意を持ってた? それって誰のこと?
あまりに驚きに、
「えっ?」
と言葉が漏れる以外に言葉が出てこない。けれど、慎一さんは真剣な眼差しで僕を見つめたまま言葉を続けた。
「でも、最初は早く事件を解決して、まず君を安心させたいっていう気持ちが大きくて……そのために必死になってた。そして、事件が解決したところでそこから伊月くんの気持ちを俺に向けてもらおうって考えだしたんだ。だって、その時に気持ちをぶつけても、10歳も年上で、出会ってそんなに時間も経ってない、そんな男からの好意なんて伊月くんを驚かせるどころか、怖がらせるかもしれないだろう?」
僕が慎一さんを怖がる? 年上だから? まだ出会ってすぐだから? そんなこと絶対にありえない!
必死に否定するけれど、慎一さんは首を横に振りながらさらに僕への思いを語ってくれた。
「伊月くんは優しいから俺の気持ちを無下にはしないと思ったけど、それじゃ嫌だったんだ。一緒に暮らす事は了承してくれたから、退院するまでの二ヶ月で俺が一緒にいることに慣れてもらったらいいなって思ってた。この家で一緒に暮らすと決まって伊月くんの部屋を整えている時、部屋にベッドを入れようか、ものすごく悩んだ。でも、欲が出た。せっかく一緒の家にいるのに、別々で寝るなんて耐えられないって思ったんだ」
慎一さんの真摯な思いがこの上なく伝わってくる。
「トイレがどうとか、いろいろ理由はつけたけど、もちろんその理由もあるけど、本当のところは伊月くんと離れたくなかっただけなんだ。でも誓って、このベッドに誰も寝かせたことはない。本当なんだ、信じてほしい」
大人な慎一さんが、一生懸命僕に気持ちを伝えてくれるのが嬉しくてたまらない。
こんなにまで思いを打ち明けられて、信じないなんてあるはずがない。
一生懸命思いを伝えてくれて俯いた慎一さんの手が少し震えているのが見える。
これが全てだ。
僕は慎一さんの震える手に自分の手をそっと重ねた。
当然のように中に入れてくれるけれど、慎一さんのこんなプライベートな空間に僕が入っていいのかと戸惑ってしまう。
「あの、慎一さんの部屋に僕が入ってもいいんですか?」
本当は入ってみたいけど、僕なんかが入っていい場所じゃない。
そう思ったけれど、
「もちろん。そうしないと寝室に入れないし」
と笑顔で返される。
さっきも二人の寝室って言ってたけど、どういうこと?
混乱したままで部屋の中に連れて行かれると、そのまま奥の扉まで進んでいく。
「こっちが寝室だよ」
パチっと電気をつけながら案内された部屋は、手前の部屋よりももっと慎一さんの匂いで溢れている。
広い部屋に驚きつつも、その中でもさらに大きなベッドに驚きが隠せない。僕が持っていた薄い敷布団の何枚分だろう?
あまりにも広い部屋と広いベッドに驚いていると、
「二人で寝ても十分寝られるから」
と言われてしまってびっくりする。
「えっ? あの、ここで僕も寝るんですか?」
でも僕の部屋も用意されてたよね? と思ったけど、
「あそこにはベッドはなかっただろう?」
と言われて思い出す。確かに机と本棚とソファーでベッドはなかったけど。僕ならソファーでも寝られるし、床に布団を敷いたっていい。
そう言おうとする前に、あの部屋はトイレが少し遠いから夜中に行きたくなったら危ないと言われてしまう。
まだ慣れない家だし、それはそうかもしれないと思って納得はしたけれど、やっぱり目の前にある大きなベッドが気になって仕方がない。
こんな広いベッドに慎一さんが、今までずっとひとりで寝ていた?
そんなこと……あるはずないよね。
ってことは、このベッドで慎一さんが他の人と寝ていたのかも……。それを想像するだけで胸が痛くなる。
このモヤモヤを抱えたまま、今日からこのベッドで寝られる? そんなの無理だ。
でも、聞いてしまって慎一さんの口から、このベッドに寝ていた人の話を聞くのは辛い。どうしようかと思ったけれど、聞かずにはいられなかった。
「あの、ちょっといいですか?」
ドキドキしながら問いかけると、
「どうかした? 何か気になることでもある?」
といつもの慎一さんの優しい笑顔に包まれる。
「あ、あの……この、広いベッド、なんですけど……」
震えながら尋ねたけれど、広いから一緒に安心して寝られると返される。
それはそうだろうけど、そうじゃなくて……。
もう緊張で声だけじゃなく身体まで震えそうになりながら
「慎一さん……その、ずっと一人で寝てるんですか? もしかしたら他の人とか……」
というと、慎一さんからさっと笑顔が消えた。言葉に詰まったまま、何も言わずに僕を見つめている。
それだけで全てがわかった気がした。
やっぱりこのベッドで僕は寝られない。慎一さんが誰かと眠ったベッドで慎一さんと一緒に寝る気にはなれなかった。
慎一さんの匂いでいっぱいのこの部屋の匂いをその人も嗅いでたのかと思うだけで辛くなってきて、急いでその場から立ち去ろうとしたら、突然
「ちょっと、待って!」
という焦った声が聞こえて、腕が掴まれた。
一瞬何が起こっているのかわからず、慎一さんの顔を見てその場に立ち尽くすしかできずにいたけれど、
「伊月くん、勘違いしないで欲しいんだ。俺……このベッドに誰かと寝たことは一度もないよ」
慎一さんからそんな言葉が出てきて、驚きしかなかった。
「この部屋どころか、自分の家に人を入れたことは一度もない。俺は自分の空間に他人を入れるのが落ち着かないんだ」
続けてそんなことを言われて混乱してしまう。
自分の空間に他人を入れるのが落ち着かないなら僕だって……。
もしかして、無理させてたんだろうか? それならさらに申し訳ない。
慎一さんの優しさに甘えずに早々に出て行ったほうがいいのかもしれない。
そんな思いがよぎった。
けれど、慎一さんは、僕のことを真剣な表情で見つめたと思ったら、
「伊月くんは、他人だと思ってないから」
と言ってくれた。
僕を他人だと思ってない? これって、どういう意味?
まだ混乱したままの僕の手を引いて、慎一さんはちゃんと話すと言って僕をベッドに座らせた。
今までに座ったことのない、心地良い座り心地に声が出そうになるのを必死に抑えた。
慎一さんは少し緊張しているように見えた。ふぅと深呼吸をして僕の目をまっすぐ見つめた。
「初めて、病院で伊月くんに会った時、可愛い子だなって思った。それからずっと好意を持ってたんだ」
可愛い? 好意を持ってた? それって誰のこと?
あまりに驚きに、
「えっ?」
と言葉が漏れる以外に言葉が出てこない。けれど、慎一さんは真剣な眼差しで僕を見つめたまま言葉を続けた。
「でも、最初は早く事件を解決して、まず君を安心させたいっていう気持ちが大きくて……そのために必死になってた。そして、事件が解決したところでそこから伊月くんの気持ちを俺に向けてもらおうって考えだしたんだ。だって、その時に気持ちをぶつけても、10歳も年上で、出会ってそんなに時間も経ってない、そんな男からの好意なんて伊月くんを驚かせるどころか、怖がらせるかもしれないだろう?」
僕が慎一さんを怖がる? 年上だから? まだ出会ってすぐだから? そんなこと絶対にありえない!
必死に否定するけれど、慎一さんは首を横に振りながらさらに僕への思いを語ってくれた。
「伊月くんは優しいから俺の気持ちを無下にはしないと思ったけど、それじゃ嫌だったんだ。一緒に暮らす事は了承してくれたから、退院するまでの二ヶ月で俺が一緒にいることに慣れてもらったらいいなって思ってた。この家で一緒に暮らすと決まって伊月くんの部屋を整えている時、部屋にベッドを入れようか、ものすごく悩んだ。でも、欲が出た。せっかく一緒の家にいるのに、別々で寝るなんて耐えられないって思ったんだ」
慎一さんの真摯な思いがこの上なく伝わってくる。
「トイレがどうとか、いろいろ理由はつけたけど、もちろんその理由もあるけど、本当のところは伊月くんと離れたくなかっただけなんだ。でも誓って、このベッドに誰も寝かせたことはない。本当なんだ、信じてほしい」
大人な慎一さんが、一生懸命僕に気持ちを伝えてくれるのが嬉しくてたまらない。
こんなにまで思いを打ち明けられて、信じないなんてあるはずがない。
一生懸命思いを伝えてくれて俯いた慎一さんの手が少し震えているのが見える。
これが全てだ。
僕は慎一さんの震える手に自分の手をそっと重ねた。
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