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名前で呼んでほしい
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「甲斐さん」
そう呼びかけると、名前で呼んでもらいたいと言われてどきっとする。
僕が名前で呼んだりなんてそんなこといいのかな? と戸惑っていると、
「これからまた仕事で偽名を使うこともあるし、下の名前は変わらないから」
と言われて納得する。
確かにそうだ。偽名を使っているときに僕が何かのタイミングで甲斐さんと呼んでしまっておかしなことになったりすることもあるかもしれない。
それは甲斐さんの仕事にも影響を与えかねないし、邪魔するわけにはいかないもんね。
ドキドキしながら「慎一さん」と呼びかけると、ものすごい笑顔を見せてくれて、それがすごく可愛いと思ってしまった。
「あの、じゃあ僕のことも名前で呼んでください」
慎一さんのことを名前で呼ぶなら僕のことも名前で呼んでもらいたくてお願いすると、びっくりした表情をされてしまった。もしかして迷惑なお願いだったかな?
慎一さんには嫌われたくなくて、苗字でも……と言いかけたけれど、
「嫌なわけないよ。嬉しいよ、伊月くん」
と言われて嬉しくなる。
尚孝くんから伊月くんと呼ばれた時も嬉しかったけれど、慎一さんから呼ばれるのはまた違う気がする。
なんか、少し距離が縮まったような気がするからかもしれない。
「それで、伊月くんのこれからのことだけど……」
そう言われて、ここで暮らすことになった理由を思い出す。
そうだ。僕は遊びでここにいるんじゃない。慎一さんの役に立つためにきたんだ。しっかりと話を聞かなきゃ!
けれど、慎一さんの話は、僕が後ひと月は無理をしてはいけないことと、その間は学校にも通わずにオンラインで講義を受けることの説明だった。
ずっとお世話になりっぱなしだったから、退院したらすぐにでも慎一さんの役に立つつもりだったのに、まだひと月も慎一さんに迷惑をかけることになってしまうのが申し訳なくて仕方がない。
しかも、僕のためにオンラインでも講義を受けられるように話をしにいってくれて……何から何までお世話になりっぱなしだ。
だけど、慎一さんは優しいから僕が何もできなくても治るまで無理しないでいいよと言ってくれる。
それがさらに申し訳なさが募るけれど、ここで無理をして余計な手間をかけさせるわけにもいかないから、ここは大人しくしておくほうがいいだろう。
「あの、じゃあ家事はしっかりしますから」
家の中だけでも慎一さんの役に立ちたいという気持ちをぶつけたけれど、今はそこまで忙しい時期じゃないから無理しなくていいよと優しい言葉を返される。
本当に慎一さんって、優しすぎるくらい優しい人だな……。
僕は慎一さんに恩返しできるまで頑張るしかないな。
「とりあえず、大事な話は終わったからお菓子食べて。このクッキーすごく美味しいって評判だよ」
「あ、はい。いただきます」
目の前に出されたクッキーに手を伸ばす。顔に近づけただけでバターの香りが漂ってきて口に入れるとほろほろと崩れた。
慎一さんが食べさせてくれるお菓子は、全部僕が知っているものとは全く違う食べ物みたいだ。
一枚で我慢しようと思ったけれど、あまりの美味しさに我慢できずに三枚も食べてしまったけれど、慎一さんはそれを笑顔で見つめてくれた。
びっくりするくらいに美味しい桃ジュースを飲み干してしまったところで、部屋を案内すると言って連れて行かれる。
そうだ。僕はまだ玄関とこの広いリビングしか知らないんだ。
玄関とリビングだけでも今まで僕が住んでいたアパートの玄関からお風呂やトイレまでを足したよりも広いからちょっと緊張してしまう。
リビングを出てすぐ隣の扉の前で、
「ここが伊月くんの部屋だよ」
といいながら、慎一さんが扉を開ける。
「えっ、わっ! すごいっ!」
明るい光が差し込む広い部屋には、勉強しやすそうな机と、たくさんの本が並んだ本棚、そして座り心地が良さそうなソファーまで置いてあって、床にはふわふわの絨毯まで敷いてある。
一度でいいからこんな部屋で勉強してみたいとみんなが夢見るような空間がそこに広がっていて、僕はすごいとしか言えなかった。
ここで講義を受けられる……本当に夢みたいだ。
「この部屋が僕の部屋だなんて信じられない」
ついついほっぺたをつねってこれが現実で起こっていることなのかを確かめてみたくなるほど素敵な部屋に僕はすっかり浮かれてしまっていた。
そう呼びかけると、名前で呼んでもらいたいと言われてどきっとする。
僕が名前で呼んだりなんてそんなこといいのかな? と戸惑っていると、
「これからまた仕事で偽名を使うこともあるし、下の名前は変わらないから」
と言われて納得する。
確かにそうだ。偽名を使っているときに僕が何かのタイミングで甲斐さんと呼んでしまっておかしなことになったりすることもあるかもしれない。
それは甲斐さんの仕事にも影響を与えかねないし、邪魔するわけにはいかないもんね。
ドキドキしながら「慎一さん」と呼びかけると、ものすごい笑顔を見せてくれて、それがすごく可愛いと思ってしまった。
「あの、じゃあ僕のことも名前で呼んでください」
慎一さんのことを名前で呼ぶなら僕のことも名前で呼んでもらいたくてお願いすると、びっくりした表情をされてしまった。もしかして迷惑なお願いだったかな?
慎一さんには嫌われたくなくて、苗字でも……と言いかけたけれど、
「嫌なわけないよ。嬉しいよ、伊月くん」
と言われて嬉しくなる。
尚孝くんから伊月くんと呼ばれた時も嬉しかったけれど、慎一さんから呼ばれるのはまた違う気がする。
なんか、少し距離が縮まったような気がするからかもしれない。
「それで、伊月くんのこれからのことだけど……」
そう言われて、ここで暮らすことになった理由を思い出す。
そうだ。僕は遊びでここにいるんじゃない。慎一さんの役に立つためにきたんだ。しっかりと話を聞かなきゃ!
けれど、慎一さんの話は、僕が後ひと月は無理をしてはいけないことと、その間は学校にも通わずにオンラインで講義を受けることの説明だった。
ずっとお世話になりっぱなしだったから、退院したらすぐにでも慎一さんの役に立つつもりだったのに、まだひと月も慎一さんに迷惑をかけることになってしまうのが申し訳なくて仕方がない。
しかも、僕のためにオンラインでも講義を受けられるように話をしにいってくれて……何から何までお世話になりっぱなしだ。
だけど、慎一さんは優しいから僕が何もできなくても治るまで無理しないでいいよと言ってくれる。
それがさらに申し訳なさが募るけれど、ここで無理をして余計な手間をかけさせるわけにもいかないから、ここは大人しくしておくほうがいいだろう。
「あの、じゃあ家事はしっかりしますから」
家の中だけでも慎一さんの役に立ちたいという気持ちをぶつけたけれど、今はそこまで忙しい時期じゃないから無理しなくていいよと優しい言葉を返される。
本当に慎一さんって、優しすぎるくらい優しい人だな……。
僕は慎一さんに恩返しできるまで頑張るしかないな。
「とりあえず、大事な話は終わったからお菓子食べて。このクッキーすごく美味しいって評判だよ」
「あ、はい。いただきます」
目の前に出されたクッキーに手を伸ばす。顔に近づけただけでバターの香りが漂ってきて口に入れるとほろほろと崩れた。
慎一さんが食べさせてくれるお菓子は、全部僕が知っているものとは全く違う食べ物みたいだ。
一枚で我慢しようと思ったけれど、あまりの美味しさに我慢できずに三枚も食べてしまったけれど、慎一さんはそれを笑顔で見つめてくれた。
びっくりするくらいに美味しい桃ジュースを飲み干してしまったところで、部屋を案内すると言って連れて行かれる。
そうだ。僕はまだ玄関とこの広いリビングしか知らないんだ。
玄関とリビングだけでも今まで僕が住んでいたアパートの玄関からお風呂やトイレまでを足したよりも広いからちょっと緊張してしまう。
リビングを出てすぐ隣の扉の前で、
「ここが伊月くんの部屋だよ」
といいながら、慎一さんが扉を開ける。
「えっ、わっ! すごいっ!」
明るい光が差し込む広い部屋には、勉強しやすそうな机と、たくさんの本が並んだ本棚、そして座り心地が良さそうなソファーまで置いてあって、床にはふわふわの絨毯まで敷いてある。
一度でいいからこんな部屋で勉強してみたいとみんなが夢見るような空間がそこに広がっていて、僕はすごいとしか言えなかった。
ここで講義を受けられる……本当に夢みたいだ。
「この部屋が僕の部屋だなんて信じられない」
ついついほっぺたをつねってこれが現実で起こっていることなのかを確かめてみたくなるほど素敵な部屋に僕はすっかり浮かれてしまっていた。
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