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噂の……
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最後のリハビリの日。河北さんは約束通りいつもよりもずっと早く来てくれた。
もう不自由なく歩くことはできるけれど、河北さんは念のためだといって僕を車椅子に乗せてリハビリルームまで連れて行ってくれた。いつもの看護師さんも優しいけれど、河北さんはそれ以上に気遣ってくれて何も心配するところもなかった。
リハビリルームに入るとすぐに尚孝くんが駆け寄ってきてくれる。これはいつものことだけど、これももう終わりだと思うと少し寂しくなる。
退院してからもしばらくはリハビリに通うけれど、尚孝くんの実習も今日で終わりだから、次に来た時にはもう会えないから。そう思うと泣きそうになってしまうけれど、
「伊月くん! 今日でリハビリも一旦終了だよ! 本当によく頑張ったね!!」
と笑顔で尚孝くんが言ってくれるから、その気持ちに水を差したくない。僕は精一杯の笑顔を見せてお礼をいった。
そして、いつものようにすぐにリハビリに入ろうとする尚孝くんに、河北さんを紹介した。
尚孝くんは河北さんを見るなりすぐに笑顔になって、
「わぁ、この人が噂の……」
と言い始めて慌ててそれを遮った。
河北さんは少し気になっているようだったけど、なんとか誤魔化せたみたいでよかった。
僕がリハビリを始めると、河北さんは少し離れた場所で山野辺先生とお話をしているみたい。
そもそもこの病院は河北さんの知り合いに勧められたところだって話していたし、初めてのリハビリの時にも山野辺先生と話をしているからいろいろ僕のことを聞いているのかもしれない。
何を話されているのか、ちょっと気になっちゃうな。
「伊月くん、集中だよー」
「あ、ごめん」
「いやいや、授業参観みたいで気になっちゃうよね。気持ちわかるよ。でも噂の河北さん、すっごく優しそうでイケメンだね」
「うん。実際にすごく優しいよ。でもさっき尚孝くんが噂のとか言うからびっくりしちゃったよ」
「ははっ。ごめんごめん。でも毎日伊月くんから話を聞いてたから」
サラッと尚孝くんから言われて驚いてしまう。
「えっ? 僕、毎日話してた?」
「うん。毎日。もしかして自覚なかった?」
「いや、話してた、かも……」
考えてみれば、入院生活で話をする相手といえば、尚孝くんと山野辺先生。それに主治医の先生と看護師さん。病院関係者を外せば河北さんしかいない。だから、必然的に河北さんの話ばかりになっても不思議はないよね?
「僕、いつも伊月くんから河北さんの話聞くの楽しかったんだ。明日からそれがなくなると思うと寂しいね」
「尚孝くん……」
「あ、でも伊月くんが元気になって退院するのはすごく嬉しいんだよ。僕たち医療従事者は患者さんが笑顔で退院していく姿を見るのが嬉しいんだ。むしろ、その姿が見たくて頑張っているようなものだよ」
尚孝くんの目が少し潤んでいるのが見える。
嬉しいけど別れは悲しい。そういってくれているようで、僕も涙が出そうになる。
それを必死に抑えてなんとかリハビリを終えた。
「伊月くん、今日のお茶の時間は……」
「あ、河北さんが美味しいお菓子を持ってきてくれたから食べよう」
「わぁ、よかった。僕も伊月くんが気に入っていたロイヤルミルクティ持ってきたんだ」
僕は尚孝くんとテラスに向かう時に、河北さんに視線を向けると、笑顔で見送ってくれた。
尚孝くんとの最後の時間を楽しめるなんてほんと嬉しいな。
「明日は十時退院だった?」
「うん。今日のうちに片付けておかないとね」
「そっか」
「尚孝くんは、いつから学校?」
「うちは十月から。それまでに実習のまとめレポート仕上げないといけないんだ」
「わぁ、それは大変だね」
「うん。でも伊月くんが元気になってくれたからレポート書くの楽しいよ」
尚孝くんのレポートに僕が載る。なんだかそれがすごく嬉しく感じた。
河北さんと部屋に戻り、リハビリの感想を聞くと、すごく頑張ったねと手放しで褒めてくれた。
でも無理は禁物だって注意されちゃったけど。
尚孝くんにも無理しないように言われちゃったし……僕って無理しそうに見えるのかな。
「尚孝くんに河北さんの家にご厄介になることになったって話したんです。そうしたら河北さんが一緒なら安心だねって言ってもらえました」
安心してもらえるかなって思ったけれど、
「田淵くん、もしかしてこれまでも俺の話を谷垣さんにしてた?」
と尋ねられて一気に顔が赤くなるのがわかる。どうやら誤魔化せてたと思ったのは勘違いだったみたいだ。
知らないところで勝手に話題にされてたら嫌な気持ちがするだろうとおもったけれど河北さんは優しい言葉をかけてくれてホッとした。それどころか、明日は家で退院のお祝いをしようといってくれて涙が出そうになる。
大学入学が決まった日から僕は一人になったから、お祝いなんてもうとっくに忘れていたのに。
河北さんって本当に優しすぎる。
もう不自由なく歩くことはできるけれど、河北さんは念のためだといって僕を車椅子に乗せてリハビリルームまで連れて行ってくれた。いつもの看護師さんも優しいけれど、河北さんはそれ以上に気遣ってくれて何も心配するところもなかった。
リハビリルームに入るとすぐに尚孝くんが駆け寄ってきてくれる。これはいつものことだけど、これももう終わりだと思うと少し寂しくなる。
退院してからもしばらくはリハビリに通うけれど、尚孝くんの実習も今日で終わりだから、次に来た時にはもう会えないから。そう思うと泣きそうになってしまうけれど、
「伊月くん! 今日でリハビリも一旦終了だよ! 本当によく頑張ったね!!」
と笑顔で尚孝くんが言ってくれるから、その気持ちに水を差したくない。僕は精一杯の笑顔を見せてお礼をいった。
そして、いつものようにすぐにリハビリに入ろうとする尚孝くんに、河北さんを紹介した。
尚孝くんは河北さんを見るなりすぐに笑顔になって、
「わぁ、この人が噂の……」
と言い始めて慌ててそれを遮った。
河北さんは少し気になっているようだったけど、なんとか誤魔化せたみたいでよかった。
僕がリハビリを始めると、河北さんは少し離れた場所で山野辺先生とお話をしているみたい。
そもそもこの病院は河北さんの知り合いに勧められたところだって話していたし、初めてのリハビリの時にも山野辺先生と話をしているからいろいろ僕のことを聞いているのかもしれない。
何を話されているのか、ちょっと気になっちゃうな。
「伊月くん、集中だよー」
「あ、ごめん」
「いやいや、授業参観みたいで気になっちゃうよね。気持ちわかるよ。でも噂の河北さん、すっごく優しそうでイケメンだね」
「うん。実際にすごく優しいよ。でもさっき尚孝くんが噂のとか言うからびっくりしちゃったよ」
「ははっ。ごめんごめん。でも毎日伊月くんから話を聞いてたから」
サラッと尚孝くんから言われて驚いてしまう。
「えっ? 僕、毎日話してた?」
「うん。毎日。もしかして自覚なかった?」
「いや、話してた、かも……」
考えてみれば、入院生活で話をする相手といえば、尚孝くんと山野辺先生。それに主治医の先生と看護師さん。病院関係者を外せば河北さんしかいない。だから、必然的に河北さんの話ばかりになっても不思議はないよね?
「僕、いつも伊月くんから河北さんの話聞くの楽しかったんだ。明日からそれがなくなると思うと寂しいね」
「尚孝くん……」
「あ、でも伊月くんが元気になって退院するのはすごく嬉しいんだよ。僕たち医療従事者は患者さんが笑顔で退院していく姿を見るのが嬉しいんだ。むしろ、その姿が見たくて頑張っているようなものだよ」
尚孝くんの目が少し潤んでいるのが見える。
嬉しいけど別れは悲しい。そういってくれているようで、僕も涙が出そうになる。
それを必死に抑えてなんとかリハビリを終えた。
「伊月くん、今日のお茶の時間は……」
「あ、河北さんが美味しいお菓子を持ってきてくれたから食べよう」
「わぁ、よかった。僕も伊月くんが気に入っていたロイヤルミルクティ持ってきたんだ」
僕は尚孝くんとテラスに向かう時に、河北さんに視線を向けると、笑顔で見送ってくれた。
尚孝くんとの最後の時間を楽しめるなんてほんと嬉しいな。
「明日は十時退院だった?」
「うん。今日のうちに片付けておかないとね」
「そっか」
「尚孝くんは、いつから学校?」
「うちは十月から。それまでに実習のまとめレポート仕上げないといけないんだ」
「わぁ、それは大変だね」
「うん。でも伊月くんが元気になってくれたからレポート書くの楽しいよ」
尚孝くんのレポートに僕が載る。なんだかそれがすごく嬉しく感じた。
河北さんと部屋に戻り、リハビリの感想を聞くと、すごく頑張ったねと手放しで褒めてくれた。
でも無理は禁物だって注意されちゃったけど。
尚孝くんにも無理しないように言われちゃったし……僕って無理しそうに見えるのかな。
「尚孝くんに河北さんの家にご厄介になることになったって話したんです。そうしたら河北さんが一緒なら安心だねって言ってもらえました」
安心してもらえるかなって思ったけれど、
「田淵くん、もしかしてこれまでも俺の話を谷垣さんにしてた?」
と尋ねられて一気に顔が赤くなるのがわかる。どうやら誤魔化せてたと思ったのは勘違いだったみたいだ。
知らないところで勝手に話題にされてたら嫌な気持ちがするだろうとおもったけれど河北さんは優しい言葉をかけてくれてホッとした。それどころか、明日は家で退院のお祝いをしようといってくれて涙が出そうになる。
大学入学が決まった日から僕は一人になったから、お祝いなんてもうとっくに忘れていたのに。
河北さんって本当に優しすぎる。
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