何もできない僕が甘えてもいい? 〜イケメンな彼の優しさに戸惑っています

波木真帆

文字の大きさ
上 下
13 / 42

噂の……

しおりを挟む
最後のリハビリの日。河北さんは約束通りいつもよりもずっと早く来てくれた。
もう不自由なく歩くことはできるけれど、河北さんは念のためだといって僕を車椅子に乗せてリハビリルームまで連れて行ってくれた。いつもの看護師さんも優しいけれど、河北さんはそれ以上に気遣ってくれて何も心配するところもなかった。

リハビリルームに入るとすぐに尚孝くんが駆け寄ってきてくれる。これはいつものことだけど、これももう終わりだと思うと少し寂しくなる。

退院してからもしばらくはリハビリに通うけれど、尚孝くんの実習も今日で終わりだから、次に来た時にはもう会えないから。そう思うと泣きそうになってしまうけれど、

「伊月くん! 今日でリハビリも一旦終了だよ! 本当によく頑張ったね!!」

と笑顔で尚孝くんが言ってくれるから、その気持ちに水を差したくない。僕は精一杯の笑顔を見せてお礼をいった。
そして、いつものようにすぐにリハビリに入ろうとする尚孝くんに、河北さんを紹介した。

尚孝くんは河北さんを見るなりすぐに笑顔になって、

「わぁ、この人が噂の……」

と言い始めて慌ててそれを遮った。

河北さんは少し気になっているようだったけど、なんとか誤魔化せたみたいでよかった。

僕がリハビリを始めると、河北さんは少し離れた場所で山野辺先生とお話をしているみたい。
そもそもこの病院は河北さんの知り合いに勧められたところだって話していたし、初めてのリハビリの時にも山野辺先生と話をしているからいろいろ僕のことを聞いているのかもしれない。

何を話されているのか、ちょっと気になっちゃうな。

「伊月くん、集中だよー」

「あ、ごめん」

「いやいや、授業参観みたいで気になっちゃうよね。気持ちわかるよ。でも噂の河北さん、すっごく優しそうでイケメンだね」

「うん。実際にすごく優しいよ。でもさっき尚孝くんが噂のとか言うからびっくりしちゃったよ」

「ははっ。ごめんごめん。でも毎日伊月くんから話を聞いてたから」

サラッと尚孝くんから言われて驚いてしまう。

「えっ? 僕、毎日話してた?」

「うん。毎日。もしかして自覚なかった?」

「いや、話してた、かも……」

考えてみれば、入院生活で話をする相手といえば、尚孝くんと山野辺先生。それに主治医の先生と看護師さん。病院関係者を外せば河北さんしかいない。だから、必然的に河北さんの話ばかりになっても不思議はないよね?

「僕、いつも伊月くんから河北さんの話聞くの楽しかったんだ。明日からそれがなくなると思うと寂しいね」

「尚孝くん……」

「あ、でも伊月くんが元気になって退院するのはすごく嬉しいんだよ。僕たち医療従事者は患者さんが笑顔で退院していく姿を見るのが嬉しいんだ。むしろ、その姿が見たくて頑張っているようなものだよ」

尚孝くんの目が少し潤んでいるのが見える。
嬉しいけど別れは悲しい。そういってくれているようで、僕も涙が出そうになる。
それを必死に抑えてなんとかリハビリを終えた。

「伊月くん、今日のお茶の時間は……」

「あ、河北さんが美味しいお菓子を持ってきてくれたから食べよう」

「わぁ、よかった。僕も伊月くんが気に入っていたロイヤルミルクティ持ってきたんだ」

僕は尚孝くんとテラスに向かう時に、河北さんに視線を向けると、笑顔で見送ってくれた。

尚孝くんとの最後の時間を楽しめるなんてほんと嬉しいな。

「明日は十時退院だった?」

「うん。今日のうちに片付けておかないとね」

「そっか」

「尚孝くんは、いつから学校?」

「うちは十月から。それまでに実習のまとめレポート仕上げないといけないんだ」

「わぁ、それは大変だね」

「うん。でも伊月くんが元気になってくれたからレポート書くの楽しいよ」

尚孝くんのレポートに僕が載る。なんだかそれがすごく嬉しく感じた。

河北さんと部屋に戻り、リハビリの感想を聞くと、すごく頑張ったねと手放しで褒めてくれた。
でも無理は禁物だって注意されちゃったけど。

尚孝くんにも無理しないように言われちゃったし……僕って無理しそうに見えるのかな。

「尚孝くんに河北さんの家にご厄介になることになったって話したんです。そうしたら河北さんが一緒なら安心だねって言ってもらえました」

安心してもらえるかなって思ったけれど、

「田淵くん、もしかしてこれまでも俺の話を谷垣さんにしてた?」

と尋ねられて一気に顔が赤くなるのがわかる。どうやら誤魔化せてたと思ったのは勘違いだったみたいだ。

知らないところで勝手に話題にされてたら嫌な気持ちがするだろうとおもったけれど河北さんは優しい言葉をかけてくれてホッとした。それどころか、明日は家で退院のお祝いをしようといってくれて涙が出そうになる。

大学入学が決まった日から僕は一人になったから、お祝いなんてもうとっくに忘れていたのに。
河北さんって本当に優しすぎる。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...