14 / 42
僕が食べたいもの
しおりを挟む
「何か好きな食べ物とか料理とかある? 大抵のものは作れるよ」
お祝いに手料理……。そんなこと、母さんだってしてくれたことない。
誕生日だって、僕が小学生になってからは仕事だって言ってあまり家にいたこともなかった。
コンビニで売っている小さなケーキが冷蔵庫に入っていたのが唯一のお祝いだったかも。
家事をした時だけは褒めてもらえたから、自然と洗濯をしたり簡単なご飯とか作れるようになったけれど、僕が家事をできるようになればなるだけ母さんも父さんも仕事に集中するようになった。
でも大学の合格の日くらいは……って心のどこかで思っていた。
電話で合格を伝えた時、
――やっとね。よかったわ。
と喜んでもらえたと思ったのに、そのまま家族はバラバラになった。
お祝いのケーキどころか、その日から一人になってしまったんだ。
それからお祝いなんて縁遠い生活をしていたけれど、誕生日だけは砂川くんがお祝いしてくれたっけ。
僕の方が誕生日が早くて、その時はお祝いに学食のデザートをご馳走してもらった。
砂川くんの時は、砂川くんがその時ハマっていたコンビニのプリンがいいって言ってくれてそれをプレゼントしてお祝いしたな。大学生にもなって友人の誕生日に百円のプリンしか買えないなんて周りから見ればドン引きだろうけど、砂川くんは美味しいって食べてくれたんだよね。だから、今でもこうして友人――僕は砂川くんを親友だと勝手に思ってるけど――でいられるんだ。
こんな僕だから、河北さんがお祝いになんでも作ってくれると言ってくれても、なんでもの基準がわからなくて、
「あ、あの……じゃあ少しわがまま言ってもいいですか?」
と前置きをした上で話をしてみた。河北さんはわがまま大歓迎だと言ってくれたけれど、大丈夫かな?
ドキドキしながら、僕はずっと夢見てたことを話した。
大学の近くにある落ち着いた喫茶店<ミモザ>
そこは砂川くんと友人になって最初に連れて行ってもらったお店だ。
――兄さんに教えてもらったお店でね。兄さんも勤め先の社長さんから教えてもらったんだって。雰囲気がすごくよくて安心するんだ。料理もすっごく美味しくてね、僕も友達ができたら一緒に行きたいって思ってたんだ。
お店に向かうとき、そんな話をしてくれた。
その社長さんも桜城大学の卒業生で、ここは桜城大学生の憩いの店なんだそうだ。
その歴史あるお店に僕も入れることにドキドキした。
少し古びた店は地元にあるヒゲのおじいちゃんがやっている喫茶店に似ている。まるで地元に帰ってきたような安心感に包まれて、僕は一度でそこが気に入った。
砂川くんとはいつもオムライスを頼む。安くて美味しくて最高だ。
とろとろ卵のオムライスと薄い卵で巻くオムライスを選ぶことができて、砂川くんは毎回変えていたけれど、僕はいつも薄い卵のオムライス。それはまだ幼稚園児だった頃、おばあちゃんがよく作ってくれていた思い出の味。いつもその懐かしさに浸りたくて、月に一度の砂川くんとのミモザの日はいつもオムライスを選んでいた。
そんな僕にも憧れの料理があった。
それは、エビフライとメンチカツとカニクリームコロッケの豪華な三種が乗ったミックスフライ。
でも500円のオムライスと違って、このミックスフライは1200円。
日々の生活にも苦しい僕が、いくら月に一度の贅沢とはいえ、1200円は出せない。
卒業までにはいつか食べてみたいなんて憧れを抱きつつも、きっとその夢は叶わないだろうと思っていた。
でも河北さんがなんでも作ってくれるというのなら、頼んでみたい。
もしそれが難しいなら、オムライスがいい。
一度でいいから<ミモザ>に出てくるようなミックスフライを食べてみたいと言ってみたら、
「なるほど。確かにあのミックスフライは美味しいな。オッケー。じゃあ、明日はあのミックスフライを再現するよ!」
とすぐに言ってくれた。
あのミックスフライを河北さんが作ってくれる!
それが嬉しくてたまらなかった。
「じゃあ、明日は10時に退院だからそれより少し前に来るからね。よかったらこのボストンバッグを使って。入れられるものだけ入れておいてくれたらいいよ。決して無理はしないようにね」
今日の夕食を食べ終えると、河北さんはそう言って部屋を出て行った。
河北さんが持ってきてくれたボストンバッグからは河北さんの優しい匂いがする。この中に僕のものを入れたら、河北さんの匂いがつくんじゃないかと思ったらなんだか嬉しくなってきて、僕は次々に荷物をそのバッグに詰め込んだ。
明日は、とうとう退院。ここでの生活も終わりか。
最初は広すぎて落ち着かないと思ったけれど、結局退院の日までここでお世話になって、ある意味自分の家より落ち着く気がした。
だって、あのアパートは隣の声もすごく聞こえていたし、隙間風も多かったし、なんとなく落ち着かなかったから。
でもここは二ヶ月間、リハビリ以外はここでずっと過ごしてきたから愛着が湧くんだろうな。河北さんとも楽しい時間を過ごせたし。いい思い出ばっかりだ。
僕はこの二ヶ月間のことを思い出しながら眠りについた。
そうして退院の日。早々と目覚た僕は、ワクワクとした感情を抑えられないまま朝食を済ませ、河北さんが来るのを待った。
お祝いに手料理……。そんなこと、母さんだってしてくれたことない。
誕生日だって、僕が小学生になってからは仕事だって言ってあまり家にいたこともなかった。
コンビニで売っている小さなケーキが冷蔵庫に入っていたのが唯一のお祝いだったかも。
家事をした時だけは褒めてもらえたから、自然と洗濯をしたり簡単なご飯とか作れるようになったけれど、僕が家事をできるようになればなるだけ母さんも父さんも仕事に集中するようになった。
でも大学の合格の日くらいは……って心のどこかで思っていた。
電話で合格を伝えた時、
――やっとね。よかったわ。
と喜んでもらえたと思ったのに、そのまま家族はバラバラになった。
お祝いのケーキどころか、その日から一人になってしまったんだ。
それからお祝いなんて縁遠い生活をしていたけれど、誕生日だけは砂川くんがお祝いしてくれたっけ。
僕の方が誕生日が早くて、その時はお祝いに学食のデザートをご馳走してもらった。
砂川くんの時は、砂川くんがその時ハマっていたコンビニのプリンがいいって言ってくれてそれをプレゼントしてお祝いしたな。大学生にもなって友人の誕生日に百円のプリンしか買えないなんて周りから見ればドン引きだろうけど、砂川くんは美味しいって食べてくれたんだよね。だから、今でもこうして友人――僕は砂川くんを親友だと勝手に思ってるけど――でいられるんだ。
こんな僕だから、河北さんがお祝いになんでも作ってくれると言ってくれても、なんでもの基準がわからなくて、
「あ、あの……じゃあ少しわがまま言ってもいいですか?」
と前置きをした上で話をしてみた。河北さんはわがまま大歓迎だと言ってくれたけれど、大丈夫かな?
ドキドキしながら、僕はずっと夢見てたことを話した。
大学の近くにある落ち着いた喫茶店<ミモザ>
そこは砂川くんと友人になって最初に連れて行ってもらったお店だ。
――兄さんに教えてもらったお店でね。兄さんも勤め先の社長さんから教えてもらったんだって。雰囲気がすごくよくて安心するんだ。料理もすっごく美味しくてね、僕も友達ができたら一緒に行きたいって思ってたんだ。
お店に向かうとき、そんな話をしてくれた。
その社長さんも桜城大学の卒業生で、ここは桜城大学生の憩いの店なんだそうだ。
その歴史あるお店に僕も入れることにドキドキした。
少し古びた店は地元にあるヒゲのおじいちゃんがやっている喫茶店に似ている。まるで地元に帰ってきたような安心感に包まれて、僕は一度でそこが気に入った。
砂川くんとはいつもオムライスを頼む。安くて美味しくて最高だ。
とろとろ卵のオムライスと薄い卵で巻くオムライスを選ぶことができて、砂川くんは毎回変えていたけれど、僕はいつも薄い卵のオムライス。それはまだ幼稚園児だった頃、おばあちゃんがよく作ってくれていた思い出の味。いつもその懐かしさに浸りたくて、月に一度の砂川くんとのミモザの日はいつもオムライスを選んでいた。
そんな僕にも憧れの料理があった。
それは、エビフライとメンチカツとカニクリームコロッケの豪華な三種が乗ったミックスフライ。
でも500円のオムライスと違って、このミックスフライは1200円。
日々の生活にも苦しい僕が、いくら月に一度の贅沢とはいえ、1200円は出せない。
卒業までにはいつか食べてみたいなんて憧れを抱きつつも、きっとその夢は叶わないだろうと思っていた。
でも河北さんがなんでも作ってくれるというのなら、頼んでみたい。
もしそれが難しいなら、オムライスがいい。
一度でいいから<ミモザ>に出てくるようなミックスフライを食べてみたいと言ってみたら、
「なるほど。確かにあのミックスフライは美味しいな。オッケー。じゃあ、明日はあのミックスフライを再現するよ!」
とすぐに言ってくれた。
あのミックスフライを河北さんが作ってくれる!
それが嬉しくてたまらなかった。
「じゃあ、明日は10時に退院だからそれより少し前に来るからね。よかったらこのボストンバッグを使って。入れられるものだけ入れておいてくれたらいいよ。決して無理はしないようにね」
今日の夕食を食べ終えると、河北さんはそう言って部屋を出て行った。
河北さんが持ってきてくれたボストンバッグからは河北さんの優しい匂いがする。この中に僕のものを入れたら、河北さんの匂いがつくんじゃないかと思ったらなんだか嬉しくなってきて、僕は次々に荷物をそのバッグに詰め込んだ。
明日は、とうとう退院。ここでの生活も終わりか。
最初は広すぎて落ち着かないと思ったけれど、結局退院の日までここでお世話になって、ある意味自分の家より落ち着く気がした。
だって、あのアパートは隣の声もすごく聞こえていたし、隙間風も多かったし、なんとなく落ち着かなかったから。
でもここは二ヶ月間、リハビリ以外はここでずっと過ごしてきたから愛着が湧くんだろうな。河北さんとも楽しい時間を過ごせたし。いい思い出ばっかりだ。
僕はこの二ヶ月間のことを思い出しながら眠りについた。
そうして退院の日。早々と目覚た僕は、ワクワクとした感情を抑えられないまま朝食を済ませ、河北さんが来るのを待った。
593
お気に入りに追加
711
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。


【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる