何もできない僕が甘えてもいい? 〜イケメンな彼の優しさに戸惑っています

波木真帆

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河北さんがいない夜

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「やぁ、田淵くん」

「えっ? 河北さん」

いつもはリハビリを終わったあとに来てくれるのに、今日はまだお昼前だ。どうしたんだろう?

「驚かせてごめんね。今日はちょっと夜に仕事で遠出するものだから、一緒に夕食が食べられなくて……その代わりと言ってはなんだけど、お昼を一緒に食べようと思ってきたんだ」

「あ、そうなんですか。遠出ってどこまでいくんですか? って、お仕事の話を聞いちゃダメですよね」

「いやいや、気にしないでいいよ。今日は名古屋まで行くんだ。田淵くんは名古屋、行ったことある?」

名古屋って、愛知だよね。僕はほとんど関東から出たことはないな。小学校の修学旅行は隣県だったし、中学校の時はインフルエンザで休んだし、高校は希望制だったから行かせてもらえなかったんだよね。公立高校だったから、割と行かない子も多くて特に何かを言われるわけじゃなくてよかったけど。北海道に行って楽しかったなんてクラスメイトが話しているのをみたらちょっと羨ましかったかな。

「いえ、ないです」

「そっか。じゃあ、美味しいお土産買ってくるね」

「あ、あの……」

「んっ? 何か、リクエストでもある? なんでもいいよ」

「あ、いえ、そうじゃなくて……気をつけて帰ってきてください」

「――っ、田淵くん。ああ、ちゃんと帰ってくるよ」

その笑顔にホッとする。ああ、そうだ。僕は河北さんが何か持ってきてくれるから嬉しいんじゃない。河北さんが来てくれることが嬉しくてたまらないんだ。

それからすぐにお昼ご飯が運ばれてきて、僕と河北さんの目の前に同じ料理が並ぶ。

「あ、これ。美味しくてまた食べたいなって思ってたやつです」

「そうか、楽しみだな」

夕食と昼食は割りと系統が違うから、河北さんも新鮮かもしれないな。

「ああ、美味しいな」

河北さんの笑顔を見ていると、いつも以上に美味しく感じられるのは昼食でも同じだったみたいだ。

「今日、夕食は一緒に食べられないけどリハビリの話はいつものように聞きたいから、メッセージ入れてくれたら嬉しい」

「わぁ、ぜひ送りますね!! 僕も河北さんに報告できると嬉しいです!!」

「じゃあ今日もリハビリ頑張って! 連絡待ってるよ」

河北さんに応援されて俄然やる気になった僕は、午後からのリハビリに河北さんからもらったお菓子を持って向かった。

そうしてリハビリをいつも以上に頑張った僕は、いつものお約束になった尚孝くんとのお茶の時間をテラスで過ごした。

「美味しそうな飲み物見つけたから一緒に飲みたくて持ってきたよ」

尚孝くんが保冷バッグから取り出したのは、ストロー付きの飲み物。ロイヤルミルクティと書かれていてとっても美味しそうだ。

「うちの近くに紅茶専門店ができてね。伊月くんと一緒に飲みたいなって思ったんだ」

「わぁ、美味しそう!! 今日のお菓子に合いそうだよ!!」

僕は河北さんからもらった焼き菓子を見せると、

「わ、マドレーヌだね。美味しそう!!!」

と笑顔を見せてくれた。

バターたっぷりのマドレーヌとロイヤルミルクティを味わいながら、今日も僕たちのお茶の時間は楽しく過ぎていった。

夜になって、久しぶりの一人の夕食を食べているとやっぱり寂しい。
お昼とお茶の時間が楽しかっただけに夜の一人は余計に寂しく感じられる。

実家でも、一人暮らしをしていた時も一人なんて普通だったのに、夜に河北さんと会えないだけでこんなに寂しいなんて……。退院したあと、河北さんのお家で働かせてもらうことが決まっていてよかったかも。

なんだかもう一人で夜を過ごせそうな気がしないな。

美味しい夕食だけど、寂しくてなかなか箸が進まない。でも残すのは嫌で必死に食べ進め、いつもよりもかなり時間をかけてご飯を食べ終わった。


そうだ! 今日のリハビリと尚孝くんとのお茶の時間の話を報告しておこう。

あのマドレーヌ、すっごく美味しくて尚孝くんも気に入ってくれたんだよね。あのロイヤルミルクティともピッタリですごく美味しかったな。

って、食べ物のことばっかりだ。

食いしん坊だって思われるかも……なんて思いながら、メッセージを書いて送った。

するとすぐに既読がついて、

<あのマドレーヌ、気に入ってくれて嬉しいよ。名古屋にも有名な焼き菓子があるからお土産にするね>

と返信が来た。

ああ、河北さんって本当に優しいな。
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