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思いがけない縁
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<side尚孝>
「あ、あの……僕、そろそろ自分で座っても……」
「私の膝の上はお嫌ですか?」
「えっ、ちが――っ、そんなことは、ないです。ただ、唯人さんが重いんじゃないかと……」
「ふふっ。そんな心配なら無用ですよ。尚孝さんは羽のように軽いですし、何より離れていたくないんです」
「――っ!!」
キッチンで甘い甘いキスを与えられて力の抜けてしまった僕は唯人さんに抱きかかえられてしまった。
無理させてしまってすみませんと謝られてしまった挙句、心配された唯人さんにソファーに連れて行かれた。
すぐ目の前に格好いい唯人さんの顔が見えて、ドキドキが止まらないまま今に至る。
確かに僕だって離れたくないけれど、唯人さんが格好良すぎてまともに見られない。
こんなに素敵な人とよくキスできたなって自分でも驚いてしまうくらい。
「ふふっ。さっきから私の口ばかり見てますが、キスのおねだりですか?」
「やっ、ちが――っ、いや、違わない、っていうか、その……」
「ふふっ。冗談ですよ。本当に尚孝さんは可愛いですね」
「そんな――っ、揶揄わないでください」
「揶揄ってなんていませんよ。本当にそう思ってるんです」
「唯人さん……」
「尚孝さん……嫌なら、断ってください。今日、ここに泊まってもいいですか?」
「えっ……」
ここに泊まるって……。
もしかして……。
いや、まさか……。
でも、唯人さんは僕を好きだと言ってくれて……恋人になって欲しいって言われて……僕も恋人にしてくださいって返した。
ってことは、恋人を家に泊めるってことだよね。
それって……そういうことを望まれてるってこと……?
うわーっ!
うわーっ!!
どうしよう!
一気に顔が熱くなる。
「あ、あの……僕……わっ!!」
なんて言おうか悩んでいると、突然唯人さんの胸に抱きしめられた。
ふわりと漂ってくる唯人さんの匂いにドキドキする。
あっ、ちょっと待って。
唯人さんの心臓……。
「唯人さん……ドキドキ、してます」
「わかりますか? 嫌なら断ってと言いながら、断られるのが怖くて緊張してます」
「唯人さんも緊張してるんですか?」
「それはもう。初めてですから、こんなふうに誘うなんて……。恋人になってもらえただけでも幸せなのに、人間って贅沢ですよね。あなたを恋人にできたと思ったら、あなたが欲しくてたまらなくなるんですから……」
「唯人さん……」
仕事も恋愛もそつなくこなしそうなのに、僕の答えにこんなに緊張してくれるなんて……。
なんだか唯人さんが可愛く思える。
「あの、よかったら今日泊まっていってください」
「尚孝さん、いいんですか?」
「ええ。明日はお休みですし、唯人さんとのんびり過ごせたら嬉しいです」
「ベッドでのんびりになるかもしれませんけど、いいですか?」
「――っ!!!」
縋るような目で見つめられてドキドキする。
唯人さんとベッドで過ごす……。
想像するだけで顔が赤くなる。
だけど、嫌だなんて少しも思わないのは僕もそれを望んでいたからかもしれない。
「……いいです。ずっと、そばにいてください……」
「――っ!!! 尚孝さんっ!!」
「んんっ……っ!!」
膝に乗せられたまま、唯人さんの唇が重なる。
もう何度目のキスだろう。
それでもまだこの甘いキスには慣れそうにない。
<side志摩>
「尚孝さんと長い夜を過ごすために、夕食を先に食べましょうか」
「あ、はい。何かデリバリーでもとりましょう」
「尚孝さんは自炊はされないのですか?」
そういうと、尚孝さんは恥ずかしそうに顔を赤らめて、
「私……料理が苦手で……カレーくらいしか作れないんです。すみません」
と教えてくれた。
「そうなんですね。気にすることはないですよ。私は料理が得意なので、一緒にいたらピッタリですね」
「あの……幻滅してませんか?」
「ふふっ。そんなことで幻滅なんてしませんよ。それに私の作ったものを食べてもらえるなんて幸せでしかないです」
「唯人さん……」
「それに、尚孝さんはお掃除が得意なんでしょう? 今日だって突然伺ったのにこんなに綺麗なんですから」
「ええ、昔から掃除は好きなんです」
少し得意げな尚孝さんが可愛い。
「私は業者に頼んでもらうこともしばしばなので、尚孝さんが掃除をしてくださったら助かります。お互いに苦手なことを補えるって幸せじゃないですか?」
「あの、それって……一緒に住むってことですか?」
「ふふっ。ええ、そう思っていますよ。もう離れて過ごすのは耐えられそうにありませんから。尚孝さんがここを離れたくないと仰るなら、私がここに移ってきてもいいですか?」
「えっ……あの、突然すぎて……」
「ふふっ。そうですね、少し性急すぎましたね。でも一緒に住むという気持ちは変わりませんから、心の中に留めておいてください」
「は、はい」
ああ、もう本当になんて可愛いんだろうな。
早く一緒の空間で暮らせるようにならないと心配で仕方がない。
だが、こうなってみると尚孝さんの仕事場が会長のご自宅なのは安心だな。
大勢の患者やスタッフと出会う機会のある病院で仕事をさせるのは危ないからな。
本当にこんなに無防備でよくここまで無事にいられたものだ。
「尚孝さん、冷蔵庫を拝見してもいいですか?」
「は、はい。食材は割と揃っていると思うんですが……」
そう言いつつも不安そうな表情を見せる尚孝さんに大丈夫と声をかけ、冷蔵庫と冷凍庫を見てみると、本当に肉も魚も、それに野菜まで充実している。
しかも結構良いものばかりだ。
自炊はしないと言っていたのに正直驚いてしまった。
「これは近くのスーパーでお買いになったんですか?」
「いいえ。会長のご自宅で頂いたものなんです。贈り物がたくさん届くそうなんですが食べきれないからと仰って……でも、せっかくのいいものを私が使うなんて勿体無くて……」
「ああ、そうだったんですね。じゃあ、今日はこれを使って料理をしましょう」
大奥さまが調味料も一式持たせてくださっていたおかげで今日は家にあるものだけで料理が作れそうだ。
最高級の小麦粉から味噌、醤油に至るまで本当にありがたい。
お米まで用意されていたから、今日はすき焼きにすることにして炊飯の準備をし、野菜を切ってあとは調理するだけになった時、
「あの、唯人さん。着信が来ていますよ」
とテーブルに置いていたスマホを持ってきてくれた。
見れば登録にない番号だが、もしかしたらあの連絡かと思い、尚孝さんから受け取って電話をとった。
ーもしもし。志摩でございます。
ー突然のお電話で失礼致します。私、ふれあいパークにウサギを貸し出しております、ウサギハウスオーナーの浅香と申します。
物腰の柔らかい声に安心する。
しかもこんなに早く連絡をいただけるなんて思っても見なかった。
ー本日当パークにお越しいただき、譲渡の件でスタッフにお話されたと伺いましたが、お間違えございませんか?
ーはい。あの『グリ』というウサギをぜひお譲りいただきたく思っております。
ー実はあの子たちはあのふれあいパークで、多くの人に小動物と慣れ親しんでいただきたいという気持ちで貸し出しておりますので譲渡については考えてはいなかったのですが、何か特別なご事情でもおありでしょうか?
ー何かそのようにお感じになりましたか?
ーはい。失礼ですが、名刺を拝見しまして、あの貴船コンツェルンの会長秘書という肩書きに驚きました。そのようなお方があのウサギに固執される理由を伺いたいのです。もし、よければご事情を伺ってもよろしいでしょうか?
ーはい。隠すことではございませんので、正直にお話させていただきますが、実はあのウサギをとても気に入っている子がいるのです。
ーええ、その子のことでしたらスタッフから伺っております。確か車椅子に乗っていたとか……。
ーはい。彼は事故に遭い、今は必死にリハビリを続けている真っ最中なのですが、歩けるようになるかはこれからの頑張り次第というところでしょうか。
そう言って、私はひかるくんの生い立ちから今に至るまでの話を包み隠さず伝えた。
その間、浅香さんは黙って私の話を聞いてくれていた。
ーあのグリというウサギの存在はひかるくんに良い影響を与えてくれると思うのです。ですから、彼にグリをお譲り頂くことを前向きにご検討いただけないでしょうか?
ーなるほど。そういうことですか。それなら、検討の必要はありませんね。
ーえっ……。
思いがけない返答に一瞬言葉に詰まってしまった、
けれど、電話口からは嬉しそうな言葉が漏れていた。
ーふふっ。すぐにお譲り致しますよ。ひかるさんなら、グリを可愛がって育ててくれるでしょう。
ー――っ!!! 本当ですか!!! ありがとうございます!!!
ひかるさんの喜ぶ顔が見られる。
そう思うだけで私は嬉しくてたまらなかった。
ー近々、直接会ってお話させていただきたいのですが、ご都合はいかがでしょうか?
ーはい。私はいつでも都合をつけられますので、浅香さんのご希望のお時間にいたしましょう。
ーそれは助かります。では明日の10時にイリゼホテル銀座にお越しいただけますか? その時にグリもお譲り致しますよ。
ーえっ、ホテルにウサギを連れて行ってもよろしいのですか?
ーはい。私の部屋に連れて行きますので大丈夫ですよ。
ーえっ……私の部屋……?
ちょっと待てよ。
イリゼホテル……浅香って、まさか……?
ーあ、あの失礼を承知でお伺いしますが、もしかして浅香さんはあのイリゼホテル&リゾートの……
ーふふっ。ご挨拶が遅れましたね。私、イリゼホテル&リゾートのオーナーも務めさせていただいております、浅香敬介と申します。以後お見知り置きください。
ー申し訳ございません。全く気づきもせず失礼致しました。
ああ、私としたことが……なんという失態。
ーいいえ。お気になさらないでください。今回の件と私のことは全く別物ですから。それよりも明日お会いできるのを楽しみにしております。
ーはい。ありがとうございます。あの、明日はひかるさんの専属PTの方も一緒に同行したいのですがよろしいですか?
ーええ。構いませんよ。それではお待ちしていますね。
電話を切ってしばらくは放心状態だった。
まさかあのウサギのオーナーがイリゼホテルの浅香さんだったなんて……!
会長に話しても驚くだろうな。
「尚孝さん、すみません。明日は一緒にイリゼホテルまで行っていただけますか?」
ひかるさんのためにウサギを受け取りに行くためとはいえ、休日に恋人になったばかりの尚孝さんを一人にしておくことが忍びなくて、つい同行させたいと浅香さんに話してしまったが、独断で決めてしまったことに怒ってはいないかと今更ながらに心配になってしまった。
けれど、尚孝さんはニコリと笑って、
「はい。もちろんです。私もグリと会えるのが楽しみですし、浅香さんからもお話を伺えるのは楽しみですよ。それに……」
「それに?」
「唯人さんと銀座でデートなんて楽しみでしかないです」
「――っ!!! 尚孝さんっ!!」
嬉しそうな笑顔を向けられ、尚孝さんの口からデートなんて言ってもらえることが嬉しくてたまらない。
「唯人さん……これは、デートですよね?」
「ええ、そうですね。楽しい時間を過ごしましょう」
「はい」
ああ、本当に可愛すぎる
最初はあんなに緊張していたのに、気を許してくれるとこうも懐に入ってきてくれるのか……。
尚孝さんこそ、私のウサギみたいだな。
「あ、あの……僕、そろそろ自分で座っても……」
「私の膝の上はお嫌ですか?」
「えっ、ちが――っ、そんなことは、ないです。ただ、唯人さんが重いんじゃないかと……」
「ふふっ。そんな心配なら無用ですよ。尚孝さんは羽のように軽いですし、何より離れていたくないんです」
「――っ!!」
キッチンで甘い甘いキスを与えられて力の抜けてしまった僕は唯人さんに抱きかかえられてしまった。
無理させてしまってすみませんと謝られてしまった挙句、心配された唯人さんにソファーに連れて行かれた。
すぐ目の前に格好いい唯人さんの顔が見えて、ドキドキが止まらないまま今に至る。
確かに僕だって離れたくないけれど、唯人さんが格好良すぎてまともに見られない。
こんなに素敵な人とよくキスできたなって自分でも驚いてしまうくらい。
「ふふっ。さっきから私の口ばかり見てますが、キスのおねだりですか?」
「やっ、ちが――っ、いや、違わない、っていうか、その……」
「ふふっ。冗談ですよ。本当に尚孝さんは可愛いですね」
「そんな――っ、揶揄わないでください」
「揶揄ってなんていませんよ。本当にそう思ってるんです」
「唯人さん……」
「尚孝さん……嫌なら、断ってください。今日、ここに泊まってもいいですか?」
「えっ……」
ここに泊まるって……。
もしかして……。
いや、まさか……。
でも、唯人さんは僕を好きだと言ってくれて……恋人になって欲しいって言われて……僕も恋人にしてくださいって返した。
ってことは、恋人を家に泊めるってことだよね。
それって……そういうことを望まれてるってこと……?
うわーっ!
うわーっ!!
どうしよう!
一気に顔が熱くなる。
「あ、あの……僕……わっ!!」
なんて言おうか悩んでいると、突然唯人さんの胸に抱きしめられた。
ふわりと漂ってくる唯人さんの匂いにドキドキする。
あっ、ちょっと待って。
唯人さんの心臓……。
「唯人さん……ドキドキ、してます」
「わかりますか? 嫌なら断ってと言いながら、断られるのが怖くて緊張してます」
「唯人さんも緊張してるんですか?」
「それはもう。初めてですから、こんなふうに誘うなんて……。恋人になってもらえただけでも幸せなのに、人間って贅沢ですよね。あなたを恋人にできたと思ったら、あなたが欲しくてたまらなくなるんですから……」
「唯人さん……」
仕事も恋愛もそつなくこなしそうなのに、僕の答えにこんなに緊張してくれるなんて……。
なんだか唯人さんが可愛く思える。
「あの、よかったら今日泊まっていってください」
「尚孝さん、いいんですか?」
「ええ。明日はお休みですし、唯人さんとのんびり過ごせたら嬉しいです」
「ベッドでのんびりになるかもしれませんけど、いいですか?」
「――っ!!!」
縋るような目で見つめられてドキドキする。
唯人さんとベッドで過ごす……。
想像するだけで顔が赤くなる。
だけど、嫌だなんて少しも思わないのは僕もそれを望んでいたからかもしれない。
「……いいです。ずっと、そばにいてください……」
「――っ!!! 尚孝さんっ!!」
「んんっ……っ!!」
膝に乗せられたまま、唯人さんの唇が重なる。
もう何度目のキスだろう。
それでもまだこの甘いキスには慣れそうにない。
<side志摩>
「尚孝さんと長い夜を過ごすために、夕食を先に食べましょうか」
「あ、はい。何かデリバリーでもとりましょう」
「尚孝さんは自炊はされないのですか?」
そういうと、尚孝さんは恥ずかしそうに顔を赤らめて、
「私……料理が苦手で……カレーくらいしか作れないんです。すみません」
と教えてくれた。
「そうなんですね。気にすることはないですよ。私は料理が得意なので、一緒にいたらピッタリですね」
「あの……幻滅してませんか?」
「ふふっ。そんなことで幻滅なんてしませんよ。それに私の作ったものを食べてもらえるなんて幸せでしかないです」
「唯人さん……」
「それに、尚孝さんはお掃除が得意なんでしょう? 今日だって突然伺ったのにこんなに綺麗なんですから」
「ええ、昔から掃除は好きなんです」
少し得意げな尚孝さんが可愛い。
「私は業者に頼んでもらうこともしばしばなので、尚孝さんが掃除をしてくださったら助かります。お互いに苦手なことを補えるって幸せじゃないですか?」
「あの、それって……一緒に住むってことですか?」
「ふふっ。ええ、そう思っていますよ。もう離れて過ごすのは耐えられそうにありませんから。尚孝さんがここを離れたくないと仰るなら、私がここに移ってきてもいいですか?」
「えっ……あの、突然すぎて……」
「ふふっ。そうですね、少し性急すぎましたね。でも一緒に住むという気持ちは変わりませんから、心の中に留めておいてください」
「は、はい」
ああ、もう本当になんて可愛いんだろうな。
早く一緒の空間で暮らせるようにならないと心配で仕方がない。
だが、こうなってみると尚孝さんの仕事場が会長のご自宅なのは安心だな。
大勢の患者やスタッフと出会う機会のある病院で仕事をさせるのは危ないからな。
本当にこんなに無防備でよくここまで無事にいられたものだ。
「尚孝さん、冷蔵庫を拝見してもいいですか?」
「は、はい。食材は割と揃っていると思うんですが……」
そう言いつつも不安そうな表情を見せる尚孝さんに大丈夫と声をかけ、冷蔵庫と冷凍庫を見てみると、本当に肉も魚も、それに野菜まで充実している。
しかも結構良いものばかりだ。
自炊はしないと言っていたのに正直驚いてしまった。
「これは近くのスーパーでお買いになったんですか?」
「いいえ。会長のご自宅で頂いたものなんです。贈り物がたくさん届くそうなんですが食べきれないからと仰って……でも、せっかくのいいものを私が使うなんて勿体無くて……」
「ああ、そうだったんですね。じゃあ、今日はこれを使って料理をしましょう」
大奥さまが調味料も一式持たせてくださっていたおかげで今日は家にあるものだけで料理が作れそうだ。
最高級の小麦粉から味噌、醤油に至るまで本当にありがたい。
お米まで用意されていたから、今日はすき焼きにすることにして炊飯の準備をし、野菜を切ってあとは調理するだけになった時、
「あの、唯人さん。着信が来ていますよ」
とテーブルに置いていたスマホを持ってきてくれた。
見れば登録にない番号だが、もしかしたらあの連絡かと思い、尚孝さんから受け取って電話をとった。
ーもしもし。志摩でございます。
ー突然のお電話で失礼致します。私、ふれあいパークにウサギを貸し出しております、ウサギハウスオーナーの浅香と申します。
物腰の柔らかい声に安心する。
しかもこんなに早く連絡をいただけるなんて思っても見なかった。
ー本日当パークにお越しいただき、譲渡の件でスタッフにお話されたと伺いましたが、お間違えございませんか?
ーはい。あの『グリ』というウサギをぜひお譲りいただきたく思っております。
ー実はあの子たちはあのふれあいパークで、多くの人に小動物と慣れ親しんでいただきたいという気持ちで貸し出しておりますので譲渡については考えてはいなかったのですが、何か特別なご事情でもおありでしょうか?
ー何かそのようにお感じになりましたか?
ーはい。失礼ですが、名刺を拝見しまして、あの貴船コンツェルンの会長秘書という肩書きに驚きました。そのようなお方があのウサギに固執される理由を伺いたいのです。もし、よければご事情を伺ってもよろしいでしょうか?
ーはい。隠すことではございませんので、正直にお話させていただきますが、実はあのウサギをとても気に入っている子がいるのです。
ーええ、その子のことでしたらスタッフから伺っております。確か車椅子に乗っていたとか……。
ーはい。彼は事故に遭い、今は必死にリハビリを続けている真っ最中なのですが、歩けるようになるかはこれからの頑張り次第というところでしょうか。
そう言って、私はひかるくんの生い立ちから今に至るまでの話を包み隠さず伝えた。
その間、浅香さんは黙って私の話を聞いてくれていた。
ーあのグリというウサギの存在はひかるくんに良い影響を与えてくれると思うのです。ですから、彼にグリをお譲り頂くことを前向きにご検討いただけないでしょうか?
ーなるほど。そういうことですか。それなら、検討の必要はありませんね。
ーえっ……。
思いがけない返答に一瞬言葉に詰まってしまった、
けれど、電話口からは嬉しそうな言葉が漏れていた。
ーふふっ。すぐにお譲り致しますよ。ひかるさんなら、グリを可愛がって育ててくれるでしょう。
ー――っ!!! 本当ですか!!! ありがとうございます!!!
ひかるさんの喜ぶ顔が見られる。
そう思うだけで私は嬉しくてたまらなかった。
ー近々、直接会ってお話させていただきたいのですが、ご都合はいかがでしょうか?
ーはい。私はいつでも都合をつけられますので、浅香さんのご希望のお時間にいたしましょう。
ーそれは助かります。では明日の10時にイリゼホテル銀座にお越しいただけますか? その時にグリもお譲り致しますよ。
ーえっ、ホテルにウサギを連れて行ってもよろしいのですか?
ーはい。私の部屋に連れて行きますので大丈夫ですよ。
ーえっ……私の部屋……?
ちょっと待てよ。
イリゼホテル……浅香って、まさか……?
ーあ、あの失礼を承知でお伺いしますが、もしかして浅香さんはあのイリゼホテル&リゾートの……
ーふふっ。ご挨拶が遅れましたね。私、イリゼホテル&リゾートのオーナーも務めさせていただいております、浅香敬介と申します。以後お見知り置きください。
ー申し訳ございません。全く気づきもせず失礼致しました。
ああ、私としたことが……なんという失態。
ーいいえ。お気になさらないでください。今回の件と私のことは全く別物ですから。それよりも明日お会いできるのを楽しみにしております。
ーはい。ありがとうございます。あの、明日はひかるさんの専属PTの方も一緒に同行したいのですがよろしいですか?
ーええ。構いませんよ。それではお待ちしていますね。
電話を切ってしばらくは放心状態だった。
まさかあのウサギのオーナーがイリゼホテルの浅香さんだったなんて……!
会長に話しても驚くだろうな。
「尚孝さん、すみません。明日は一緒にイリゼホテルまで行っていただけますか?」
ひかるさんのためにウサギを受け取りに行くためとはいえ、休日に恋人になったばかりの尚孝さんを一人にしておくことが忍びなくて、つい同行させたいと浅香さんに話してしまったが、独断で決めてしまったことに怒ってはいないかと今更ながらに心配になってしまった。
けれど、尚孝さんはニコリと笑って、
「はい。もちろんです。私もグリと会えるのが楽しみですし、浅香さんからもお話を伺えるのは楽しみですよ。それに……」
「それに?」
「唯人さんと銀座でデートなんて楽しみでしかないです」
「――っ!!! 尚孝さんっ!!」
嬉しそうな笑顔を向けられ、尚孝さんの口からデートなんて言ってもらえることが嬉しくてたまらない。
「唯人さん……これは、デートですよね?」
「ええ、そうですね。楽しい時間を過ごしましょう」
「はい」
ああ、本当に可愛すぎる
最初はあんなに緊張していたのに、気を許してくれるとこうも懐に入ってきてくれるのか……。
尚孝さんこそ、私のウサギみたいだな。
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