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第四章 勇者の村
20 驚愕
しおりを挟む「ちょっ……ちょま、待てよっっ。なに勝手におめーはむがががっ」
途端、ばふっとでかい手が口を塞いできて、リョウマは憤慨して暴れだした。
なにが「まんざらではない」だこのバカ魔王! いい加減なことばかり言いやがって!
だが魔王はリョウマを体ごと自分の膝の上に抱き上げ、片手で軽々とリョウマの両腕を戒めてしまってから、何事もなかったかのように話をつづけた。
「重要なのはここだ。この者自身は、今のところわが軍のだれをも殺めておらぬ。多少の傷は与えたであろうが、それはこちらの《治癒》魔法ですべて完全に癒しておるはず。傷を負った兵には十分な見舞金も支給してきた。そうであろう?」
「……はい」
ダイダロスの声は、まだ明らかに「しぶしぶ」といった感じだ。
「それはこの者のみならず、現在《レンジャー》となっている若者のうちのみなが、同じことだ。いまだだれも、魔族軍のだれかを死に至らしめておらぬ。これは非常に稀有なことであろう。そしてよい機会だとは言えぬか」
「し、しかし」
ダイダロスはまだ戸惑う様子で口を開いた。
「われらと人間どもとは、そもそも寿命からして違いまする。人間は我らよりもはるかに短命。人間の数十年は、いかにも昔のことにございましょうが、長命な者の多いわれらにとってはそうではなく──」
「うむ。みなまで申すな。それは私とて理解している」
魔王が、リョウマの口を塞いでいた方の手をさっとあげた。それでようやく、リョウマも「ぶはあ」と息を吐きだす。
「きゅっ、急になに言い出してんだよっ、あんた! 確かに俺は、今んとこそっちの誰も殺したりしてねえみてえだけど。……そ、それは一応、よかったけどっ。でも、こっちの《レンジャー》だって村人だって、昔っから魔族軍にめちゃめちゃ殺されたりしてきてるっつの。みんな、その恨みを忘れたりしてねえぞ。ずーっと恨みに思って今も子どもらに話をしてるじーちゃんばーちゃんがいるんだぞ。それをいまさらっ……」
「その今さらを、今やらずしてどうするというのだ」
「……っ」
至近距離から赤い瞳にぎゅっと睨まれて、リョウマは思わず言葉をなくした。
「先ほども言ったが、今は非常に『いいタイミング』だ。たとえどうにかこうにかだとしても、互いにとって、過去の恨みをいったん脇へ置きやすい時期とでも言うべきだろうか。そなたがまだ、誰の命も手に掛けていない今こそが、最もよいタイミングだというのは事実だと思うぞ」
「う……そ、それはそうかもしんないけどっ……」
そんなもの、一体どうすると言うのだろう。村人の中には、魔族に対して恨み骨髄の者がけっこうな数で存在している。こう言っている魔王自身なんて特にそうだ。エルケニヒは誰よりも、かれらの恨みの対象ではないか。
「どうするつもりなんだよ。もし、村のみんなが『魔王や四天王の首を差し出せ』とか言ったら? ふつーに言いそうじゃねえかよ」
「なんだと!」
憤慨したのは魔王本人ではなく、将軍ダイダロスの方だった。獅子の目がまた爛々と燃え上がっている。剣こそ背後に置いたままだが、拳を握りしめてこちらを睨みつけている。
が、魔王は「落ち着け」とばかりに彼に向って手をあげた。
「そうした細かいことも、時間を掛けて話し合い、そのうえで解決していくしかなかろう。これまでがこれまでだったのだ。戦争と言うのはそういうもの。親しい者を殺された者の恨みは決して消えぬものだ。だが、このタイミングでそれができぬ以上、《保護区》への移殖の件をどうするかも考えられぬであろう」
「そっちの話もだよ。俺、あっちの村長さんには拒否されたんだぞ? それも無理ねえって思ったし……」
「そうよな」
ふむ、と魔王は自分の顎をそっと撫でた。物思いに耽るときのこの男の癖らしい。
「先に申しておこう。先ほどリョウマが言ったように、この話を進めるにあたってあちらが私の首を所望すると言うならば、私に否やはない」
「えっ」
「なっ、なんと……!」
リョウマがあまりのことに絶句し、呆然とする。その一方で、ダイダロスは鬣を逆立てて大声をあげていた。
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