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第四章 勇者の村
21 覚悟
しおりを挟む「先に申しておこう。先ほどリョウマが言ったように、この話を進めるにあたってあちらが私の首を所望すると言うならば、私に否やはない」
「えっ」
「なっ、なんと……!」
リョウマがあまりのことに絶句し、呆然とする。その一方で、ダイダロスは鬣を逆立てて大声をあげていた。
「左様なことっ……とんでもなきことにございますっ! どうか撤回を。その者の前で仰せになってはならぬことにございますればっ」
「少なくともこの件で、リョウマになにかを隠すつもりはない」
「まお──」
「なりませぬッ! 陛下は我が国の要にございまする。われら四天王の中には、虎視眈々とその権力を狙っている者もおりますれば。陛下ご不在ということになれば、国は荒れることになりましょう。国家の屋台骨に、修復不能のヒビが入ることになるやも──」
「大げさな」
魔王はふはっと笑い飛ばした。
「私はそなたらの判断力と統率力を買っておる。特にそなた、ダイダロスには大いに期待しているというのに」
「自分に陛下ほどの力など到底ございませぬ。今は臣下である者らが互いの権力を奪い合おうと噛みあい、殺し合いになる危険性すらありまする」
「そこまでか?」
「はい」
「……そうか。それは困ったな」
「ってか、オイ! 話を聞けっつーの、お前ら!」
ふむ、とまた魔王が顎をさすったところで、リョウマはやっと口を挟めた。
「ん?」
「大体、話が飛びすぎだっつーのよ。誰がおめーの首が欲しいっつった?」
「それは今、そなた自身が」
「俺が言ってんじゃねえっ。村のじーちゃんばーちゃんなら言いそうだっつっただけだ。俺はんなもん、欲しくねえわ!」
「そうなのか?」
ひょこっと首をかしげている。本気でわからないらしい。リョウマはかあっと頭に血が上ってきたのを自覚した。
「たりめーだろ! 大体、お前の首なんかとっちまったら、《保護区》の村の人らにどちゃくそ恨まれるに決まってんじゃねーか。んなアホなこと、誰が望むっつーのよ」
そうなのだ。あの時、魔王を囲んで「まおうさま、まおうさま」と言っていた子どもたちの顔が脳裏に浮かぶ。大人の村人たちだって、この魔王に心から感謝し、尊敬している様子だったのは記憶に新しいところだ。かれらに受け入れてもらうことが重要なのに、自分たちからかれらの反感を買うような真似をしてなんの得があるだろうか。
それに、ダイダロスの言も一理ある。この魔王の国を素晴らしい統率力と人望でもって長年運営してきたのはこの魔王だ。四天王も相当な力と求心力を持っているはずだが、そのかれらを抑えてまとめてきたというのは並大抵の手腕ではない。しかも、それを内乱もなしに何百年も続けてきている。これは無視できないファクターだ。
この男の首を所望などしたら、のちの和平に大きな傷が残る。リョウマもこの点では、ダイダロスの意見に賛成だった。
リョウマがなんとかかんとかそう説明するのを聞いて、魔王は微笑み、ダイダロスは全身から放散しかかっていた殺気をふたたびおさめた。
「そうか。そなたがそう判断するのであれば、なによりだ」
「左様にございますな」
「ではリョウマ。あらためてそなたに頼みがあるのだが」
「ん? なんだよ」
と、魔王はリョウマの体から手を放し、ソファから立ち上がった。そうして、リョウマの目の前に片膝をついた。ダイダロスが慌てた様子になる。
「へっ、陛下!」
「そなたはこれから、魔王国とそなたら人間の村との橋渡し役になってくれぬか」
「えっ?」
突然言われたことに、リョウマは目を白黒させた。ダイダロスも呆然と、人間の青年の前にひざまずいている自分の主君を見つめている。
「そなたがこちらの国へ来て、そなたの目で見て、感じ理解したことをもって、そなたの村人に事実を話し、かれらが今後のことについて思案するのを助けてやってほしい。そうして、我が国とそなたの村との和平に向けて大いに働いてほしいのだ」
「え? え? いや、ちょっと待てよ──」
そんな大役、自分に務まるわけがない。目でそう訴えたが、魔王は微笑んで首を横に振るのみだった。
「そなたならできる。若いとは申せ、そちらの村でのそなたの人気は大したものであるようだ。そなたは表裏もなく、嘘もつけぬ。そなたの村の皆は、そうしたそなたの性格を熟知しているようだしな。『魔王の手先になった』などとは、まず疑われることはあるまい」
「い、いや。それはそうなんだけど」
確かに、村人たちや《レンジャー》の仲間から「バカ」だの「単純」だのと言われたことは数知れない。
「今、すでに《保護区》の少年トキがそちらの村に入り、ある程度の情報を村人に与えているであろう。そなたが見聞きしてきたことによってその情報は補強され、さらに信用に足るものと見做されることなろう。その情報をもって、長老たちが今後のことをよくよく考え、合議してくれればよい。……結論として、やはり私の首を所望することになるとしても、私は拒否することはない。それもついでに伝えてくれればよいのだ」
「だからっ、それは!」
思わずがばっと立ち上がってしまった。だが魔王は、静かな目線ひとつでリョウマの次の言葉を遮った。
「リョウマ。『上に立つ者』の存在意義とは、そういうことだ。いざとなれば自分の命を使ってすべての恨みつらみをおさめる。逆に言えば、そういう覚悟もなしに大勢の民の上に立とうなどと思ってはならぬ。……と、そういう風にも言えるわけだがな」
魔王の視線は絶句したリョウマの上から動かない。だがこの言葉は背後のダイダロスにも向けられたものだろう。つまりこれは、リョウマとともにダイダロスにも聞かせているということなのだ。
ダイダロスは厳しくなった相貌のまま、じっと魔王の背中を見つめている。
(……いやだ)
なぜかはわからない。
わからないが、今、リョウマの頭のなかで駆け巡っている言葉は、ただこれだけだった。
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