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第四章 勇者の村

19 主従

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「ここをどこだと心得る。まずは落ち着け。話にならぬぞ」
「……は、ははっ」

 ダイダロスは全身を緊張させると、今度こそさらに頭を低くして、その場に片膝をついてかしこまった。

「まずは剣を置け」
「はっ」

 低い声でなされた命令に、ダイダロスは即座に従う。身を低くしたまますすっといざり、後方の離れた場所にある丸テーブルの上に大剣をそっと置いてこちらへ戻ってきた。
 この男にとって「魔王エルケニヒの命令」は絶対のものであるようだ。それだけ敬愛しているのだろう。どのぐらいの時間を共に過ごしてきたのかは知らないが、かなり深い主従関係があるようだ。
 リョウマは思わず、ちょっとだけ魔王を見直す気になった。いや、飽くまでも「ちょっとだけ」だが。

「ダイダロスよ」
「は」
「そなたは、この者が憎いのか」
「は……それは」

 一瞬だけダイダロスが戸惑ったような目でまたこちらを見た。リョウマもまた、喉をごくりと鳴らして体を固くした。

「『恨むな』と仰せられましても、それは無理な相談では。我らの軍は長年の間、多かれ少なかれ《レンジャー》によって傷つけられて参り申した。長きにわたる争いの中で、虚しく死んでいった者も多数おりますれば──」
「そう、それよ」
「は?」
「え?」

 ダイダロスとリョウマは、図らずもほぼ同時に声を出していた。一方魔王は、テーブルに用意されていた茶にゆったりと手を出して静かにひと口、飲み下した。

「負傷者については双方、あれこれと多数を出してきたのは事実であろう。がしかし、数はちがうかもしれぬがそちらについてはある程度までは『お互い様』の範囲であろう。……で、死者は?」
「それはもう。この数百年で膨大な数に──」
「数百年。なるほど」

 魔王が意味深な顔でにやりと笑う。なんとなく「意を得たり」という顔に見えた。
 リョウマはわけがわからず、どぎまぎし始めた。

(いったい、何が言いたいんだ……?)

「では、ここ数十年では?」
「数十年、にございますか」ダイダロスは少し考える顔になった。「資料を見なくてははっきりしたことは申せませぬが。五年ほど前を最後に、ここしばらくは──」

 そこまで言いかけて、ダイダロスは突然黙りこんだ。その金色の瞳とまともに目が合う。

(……ん?)

 そこでようやく、リョウマも魔王の言わんとすることがだんだん呑み込めてきた。
 実はダイダロスの言う通りなのだ。自分が先代の《レッド》からこの役目を引き継いだのは、ほんの三年ほど前のこと。そしてこの三年間、魔王軍と何度もぶつかってはきたものの、相手の兵士を殺すところまで追い込んだことはない。もちろん、追い払う過程でいろいろな必殺技を繰り出すのだからケガぐらいはさせてしまっているとは思うけれども。
 とはいえ正直いって詳しいことまではわからない。戦闘のあと、相手の仲間たちが傷ついた兵らを連れて帰ってしまえば、その後のことはわからないのが普通だからだ。

(そうか……。死んだやつはだれも、いなかったんだな)

 なんとなく、ほっとする。
 そしてほっとしている自分を不思議な気持ちで眺めている自分がいた。
 今では自分は、この魔王城や街で出会った様々な魔族の人々のことがまったく嫌いではなくなっている。いや、むしろ少しずつ好感を抱き始めているといってもいいだろう。
 自分がこの三年戦ってきた相手は、かれらの遠い親戚だったり、恋人だったり、友達だったりするかもしれない。そんな人たちが自分の手によって負傷したり、まして死んだりしたのではないかと考えれば、どうにも気持ちが重くなることもあったのだ。
 愕然とした目でこちらを見ていたダイダロスが、鷹の爪をもつという両の拳をぎゅっと握りしめているのが見えた。

「つまり……陛下。その者は《レッド》として、我らの軍のだれをも、いまだあやめてはおらぬと。そう仰せになりたいので」
「その通りだ」

 魔王はそこで、ぐいと膝を進めた。

「どうだ、ダイダロス。ここいらで手を打つというのは。これは我らにとって僥倖ぎょうこうというものではないか? タイミングもよいとは思わぬか」
「……と、おっしゃいますと」
「見ての通り、私はこの者を我が王配にしようと決めた。この者もなんだかんだ言いながら、決してまんざらではないと思っておるし」
「ちょっ……ちょま、待てよっっ。なに勝手におめーはむがががっ」

 途端、ばふっとでかい手が口を塞いできて、リョウマは憤慨して暴れだした。
 なにが「まんざらではない」だこのバカ魔王! いい加減なことばかり言いやがって!
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