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第三章 魔族たちの街
11 侍医シュルレ
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いつまでもこうして寝込みを襲っているのもどうか、とようやく理性が動きはじめたあたりで、エルケニヒはふと気づいた。
どうもリョウマの体温が高い気がする。性交中というわけでもないのに顔がうっすらと赤くなっている上、呼吸と脈も速くなっているようだ。人間の健康状態については詳しくないのだが、これは経験からいって、普段の状態とは少し違うようである。
「……リョウマ。リョウマ?」
頬を撫で、今度はかるく叩いて呼びかけても、リョウマはううん、と唸るぐらいで顔をしかめ、目を開けない。
これはまずい。少しばかり調子に乗りすぎてしまったかもしれない。うっかりと、彼の許容量を超える唾液を与えてしまったのかも──
考えるのと、「ガガノフ」と宙に向かって声を掛けたのとはほぼ同時だった。そして最後の「フ」を言い終わるのとほぼ同時に、いきなり部屋の中にワニの顔をした侍従ガガノフが現れた。
もちろんこれは侍従たちの特権である。主人に呼ばれればすぐに《跳躍》の魔法を使って寝室でもどこへでも現れる。それが彼らの仕事なのだ。ガガノフはいつもどおり、きっちりと侍従服を身につけた姿である。
「お呼びにございますか、陛下」
「リョウマの体調がおかしい。シュルレを呼べ」
「は」
きりりと一礼をするとすぐにまたガガノフは姿を消し、手を三つほど叩くほどの間もおかず、次にはもう白いヘビの姿をした老人を連れてその場に立っていた。
「老人」とは言ったが、ヘビの年齢というのはあまり見分けがつかない。ほかの魔族たちのように少しずつ人間の姿と混ざっているタイプとはちがい、自然のヘビと同様に手足はなく、小柄で長い体に人間が着るような白衣をうまくまとっている。
頭にはちょこんと角帽を乗せ、片目にはモノクル。いかにも「学者然」としているが、実際高名な医学者でもあるという人物だ。名をシュルレという。魔王城で、ただひとり魔王のために存在している侍医である。
《いかがなさいましたか、陛下》
ヘビ老人がこちらへ一礼をすると、すぐに脳内に穏やかな声が響いた。
普段の彼はせいぜい、実際のヘビが出すシュウシュウいう音を立てるぐらいで、基本的には無言であり、人間の言葉を使わない。口の形状が、あまり人間のコミュニケーションに向かないらしい。ゆえに、非常に静かな生き物だ。
とはいえそれではコミュニケーションがとりにくいため、他人とはおもにこうして《念話》つまりテレパシーで話をする。
「シュルレ。すでに聞き及んでいるかもしれぬが、こちらは《BLレッド》のリョウマだ」
《おお、左様で。ではこちらがあの噂の》
それがどういう噂であるのかは気になるところだが、今はそれをとやかく問いただしている場合ではない。
「先ほどから妙に体温が高い。どうやら体調を崩したようだ。診てやってくれぬか」
《承知つかまつりました》
シュルレはきろりと金色の瞳を輝かせ、一瞬だけ、赤くて長く、先が二股になった舌をちろっと出した。
《お傍に寄らせていただいても構いませぬか》
「無論だ」
シュルレはしゅるしゅると体を左右にくねらせながら、水が地を這うようにして寝台に近づいてきた。
まずはじっとリョウマの様子を観察し、白い鱗に覆われたつややかな自分の額をリョウマの額に当ててみたり、胸の音を聞いてみたり、手首に自分の尾を巻き付けてなにやらあれこれと調べる様子である。
《人間がよく罹る、いわゆる『風邪』にございましょうな。免疫がやや落ちておる様子。このところ、心身ともにストレスを受けておられたのでは》
「ああ……うん。『まったくない』と言えば嘘になろうな」
《左様で》
答えてからシュルレはエルケニヒに人払いを頼み、ガガノフたちが退室したところで改めてこう訊いた。
《陛下。たいへんご無礼ながら、この者にあなた様の体液をお与えなさりましたかの》
「……うん。少しだが」
《まことに『少し』で?》
「…………」
思わず口を閉ざした。
ヘビ老人は気のせいか、ちょっとニコニコ笑っているように見える。
《陛下。お返事をお聞きしたく存じまするが》
「……すまぬ。つい……やや、多めに与えてしまったやもしれぬ」
《なるほど、納得にございまする》
ヘビ老人がうっすらと目を細めた。
(まったく──)
この老人の目から事実を隠しおおせたことはほとんどない。いや、別に隠そうとは思いもしないが。
(はあ……)
とはいえやや閉口し、つい頭を抱えてしまうエルケニヒである。
今度からは気をつけねば。あまり調子に乗って、リョウマに負担をかけ過ぎぬよう、細心の注意を払って慎重にコトを進めねば──。
本人が聞いたら間違いなく「勝手に変な決心してんじゃねえ!」と激怒するにちがいない決意を勝手に固めつつ、エルケニヒはヘビ老人の治療を見守った。
どうもリョウマの体温が高い気がする。性交中というわけでもないのに顔がうっすらと赤くなっている上、呼吸と脈も速くなっているようだ。人間の健康状態については詳しくないのだが、これは経験からいって、普段の状態とは少し違うようである。
「……リョウマ。リョウマ?」
頬を撫で、今度はかるく叩いて呼びかけても、リョウマはううん、と唸るぐらいで顔をしかめ、目を開けない。
これはまずい。少しばかり調子に乗りすぎてしまったかもしれない。うっかりと、彼の許容量を超える唾液を与えてしまったのかも──
考えるのと、「ガガノフ」と宙に向かって声を掛けたのとはほぼ同時だった。そして最後の「フ」を言い終わるのとほぼ同時に、いきなり部屋の中にワニの顔をした侍従ガガノフが現れた。
もちろんこれは侍従たちの特権である。主人に呼ばれればすぐに《跳躍》の魔法を使って寝室でもどこへでも現れる。それが彼らの仕事なのだ。ガガノフはいつもどおり、きっちりと侍従服を身につけた姿である。
「お呼びにございますか、陛下」
「リョウマの体調がおかしい。シュルレを呼べ」
「は」
きりりと一礼をするとすぐにまたガガノフは姿を消し、手を三つほど叩くほどの間もおかず、次にはもう白いヘビの姿をした老人を連れてその場に立っていた。
「老人」とは言ったが、ヘビの年齢というのはあまり見分けがつかない。ほかの魔族たちのように少しずつ人間の姿と混ざっているタイプとはちがい、自然のヘビと同様に手足はなく、小柄で長い体に人間が着るような白衣をうまくまとっている。
頭にはちょこんと角帽を乗せ、片目にはモノクル。いかにも「学者然」としているが、実際高名な医学者でもあるという人物だ。名をシュルレという。魔王城で、ただひとり魔王のために存在している侍医である。
《いかがなさいましたか、陛下》
ヘビ老人がこちらへ一礼をすると、すぐに脳内に穏やかな声が響いた。
普段の彼はせいぜい、実際のヘビが出すシュウシュウいう音を立てるぐらいで、基本的には無言であり、人間の言葉を使わない。口の形状が、あまり人間のコミュニケーションに向かないらしい。ゆえに、非常に静かな生き物だ。
とはいえそれではコミュニケーションがとりにくいため、他人とはおもにこうして《念話》つまりテレパシーで話をする。
「シュルレ。すでに聞き及んでいるかもしれぬが、こちらは《BLレッド》のリョウマだ」
《おお、左様で。ではこちらがあの噂の》
それがどういう噂であるのかは気になるところだが、今はそれをとやかく問いただしている場合ではない。
「先ほどから妙に体温が高い。どうやら体調を崩したようだ。診てやってくれぬか」
《承知つかまつりました》
シュルレはきろりと金色の瞳を輝かせ、一瞬だけ、赤くて長く、先が二股になった舌をちろっと出した。
《お傍に寄らせていただいても構いませぬか》
「無論だ」
シュルレはしゅるしゅると体を左右にくねらせながら、水が地を這うようにして寝台に近づいてきた。
まずはじっとリョウマの様子を観察し、白い鱗に覆われたつややかな自分の額をリョウマの額に当ててみたり、胸の音を聞いてみたり、手首に自分の尾を巻き付けてなにやらあれこれと調べる様子である。
《人間がよく罹る、いわゆる『風邪』にございましょうな。免疫がやや落ちておる様子。このところ、心身ともにストレスを受けておられたのでは》
「ああ……うん。『まったくない』と言えば嘘になろうな」
《左様で》
答えてからシュルレはエルケニヒに人払いを頼み、ガガノフたちが退室したところで改めてこう訊いた。
《陛下。たいへんご無礼ながら、この者にあなた様の体液をお与えなさりましたかの》
「……うん。少しだが」
《まことに『少し』で?》
「…………」
思わず口を閉ざした。
ヘビ老人は気のせいか、ちょっとニコニコ笑っているように見える。
《陛下。お返事をお聞きしたく存じまするが》
「……すまぬ。つい……やや、多めに与えてしまったやもしれぬ」
《なるほど、納得にございまする》
ヘビ老人がうっすらと目を細めた。
(まったく──)
この老人の目から事実を隠しおおせたことはほとんどない。いや、別に隠そうとは思いもしないが。
(はあ……)
とはいえやや閉口し、つい頭を抱えてしまうエルケニヒである。
今度からは気をつけねば。あまり調子に乗って、リョウマに負担をかけ過ぎぬよう、細心の注意を払って慎重にコトを進めねば──。
本人が聞いたら間違いなく「勝手に変な決心してんじゃねえ!」と激怒するにちがいない決意を勝手に固めつつ、エルケニヒはヘビ老人の治療を見守った。
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