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第三章 魔族たちの街

10 寝所にて

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 リョウマが散々に泣いて、すっかり疲れたころを見計らって、エルケニヒはそっと彼の頭に手をかざし、《誘眠》の魔法をかけた。ソファの上で足をかかえてうずくまるようになっていたリョウマの体がぐらりと傾いたかと思うと、そのままこてんとエルケニヒの腕の中に落ちてきた。
 彼が深い眠りに沈み込んでいるのを確認してから、エルケニヒは彼のフードを少し持ち上げ、彼の額に静かに唇を落とした。
 そのまま彼の体を彼のマントにくるみこみ、横抱きに抱き上げると、職員にひと言いって、エルケニヒは《跳躍》の魔法を使った。

 一瞬にして周囲の景色が変化して、そこは魔王城の寝室に変わっていた。
 彼のために準備させた寝室である。自分の寝室からほど近い場所ではあったが、一応別にはしておいたのだ。もちろん、彼を必要以上に怖がらせないために。
 エルケニヒは眠りこんだままの彼のマントと上着を脱がせ、そっとベッドに寝かせてから靴も脱がせた。

(……まさか、こんな反応をするとはな)

 上掛けを掛けてやりながら、じっと彼の寝顔を見つめる。
 鼻先や目元がまだ赤く染まっている。その表情は驚くほど幼く見えた。
 先ほどもそうだ。いつも仲間のど真ん中に立ち、リーダーシップをとって胸を張り、《BLレッド》として大見えを切っている彼が、ほとんど身も世もなく泣いていた。まるでほんの小さな少年のように。
 彼のあの表情を思い起こすだけで、胸の奥底に針を刺されたような気分になった。こんな気持ちになるのは非常に久しぶりだ。その前に感じたのはおそらく、数百年単位で昔の話である。

(それほど悔しかったのか)

 さもありなん。
 かれらの村がどんなに貧しく、厳しい生活を強いられているかは自分もよく知っていた。
 だがまさか、彼をこんなふうに傷つけるためにあそこへ連れていったわけではなかった。単純に、純粋に、彼にも地球の本当の歴史と、自分たち魔族の存在の本来の姿を知ってほしいと望んだからだ。そこに嘘はないし、いっさいの悪だくみもない。
 彼にこれを見せた結果として、今後考えていきたいことは色々とあるけれども。それは「たくらみ」と言うよりは「計画」に近いことだし、彼ら生き残りの人間たちにとっても決して悪い話ではない。……と、少なくとも自分はそう考えている。もちろん、細かいことは彼らとの話し合いが必須だとは言え。

 つらつらと考えながら、エルケニヒは眠り込んでいるリョウマの黒髪をそっと撫でつづけていた。
 と、ふと思いついてその頬にまた口づけを落とした。

(あれだけの接触では、まだなかなか慣れないだろうからな)

 あの程度の口づけそのほかでは、まだまだ自分の魔力に慣れたとは言えない。唾液を少しばかり摂取した程度では、それ以降の行為に耐えられるはずがないからだ。
 自分はもちろん、この行為をあの程度でとどめるつもりはない。あの時、自分がどれほどの自制心をもって彼の体に手を出すことを我慢したかを彼が知るはずもないが、いずれは覚悟してもらわねばならないと思う。
 もちろん、無理強いをする気はないが。
 しかしいくら自分が無理強いをしたくないと考えていても、この体液を与えられれば普通の人間は狂いはじめる。理性を失い、「もっと、もっと」と求めずにはいられなくなる。先日はっきりとわかったことだが、《勇者パワー》に護られている彼にしてすらそうなのだ。だから毎日少しずつでも、自分の体液を摂取してもらわねばならない。
 ……最終的には唾液などという生易しいものではなく、もっと他のものも摂取してもらわねばならないのだから。
 その時のリョウマがどんな顔をし、どんな痴態を晒してくれるのかを想像するだけで、すっかり凍り付いた魔王としての心臓すら楽しげに跳ねはじめるのだ。

 エルケニヒは眠るリョウマの目尻にまだ光っている涙のつぶを少しだけ吸い取ると、彼の顔に優しいキスの雨を降らせた。
 まぶたに、頬に、顎に、耳朶じだに。
 それからうなじに、首筋に。そして鎖骨に──

「んん……う」

 リョウマが少しだけ眉をひそめてもぞり、と動く。
 魔王は赤い瞳を少しだけ細めると、薄く笑って彼への口づけを続行させた。
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