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第三章 魔族たちの街
9 涙
しおりを挟む「……うっ。うううっ……」
うるせえよ、と言いたかったのに、声がみっともなく歪んでしまいそうになってリョウマは唇をぎゅっと噛みしめた。
フードをぐっと下げてうつむく。そのとたん、ぱたぱたっと足元に涙の雫が散らばった。
魔王が息を飲んだらしいのが、背後の気配だけでわかった。それから、少し戸惑うような気配。
やがて、先ほど屋台のところでされたように、そっと大きな腕が背後から回されてきた。
「少し、場所を変えよう。来るがいい」
嗚咽をこらえるのに必死で、リョウマはただうなずくしかなかった。
魔王が施設の職員らしい人になにか目配せをしたらしく、壁の隅にある目立たない扉がすっと開いて、リョウマは魔王とともにその壁の中へといざなわれた。
一般の閲覧者には解放されていない空間らしく、中には職員らしいタヌキ顔をした人やウサギ顔をした人がいて、魔王にうやうやしく一礼をし、とある部屋へと案内してくれた。ということは、変装はしていても、職員たちは一応、こいつが魔王であることは認識しているということなのだろう。
フードをぎゅっと両手で下ろしたまま、リョウマはしばらく息を殺して泣いていた。魔王は黙ってリョウマを部屋のソファに座らせると、ひょいと指を動かした。すると、部屋の脇にあったポットらしいものから勝手に茶が注がれて、カップがそのまま宙をすすす、と飛び、テーブルの上、リョウマの目の前に置かれた。
魔王はリョウマのすぐ隣に腰を下ろしていたが、茶を勧めてくるのでもなく、しばらくはただリョウマの背中に腕を回して抱き寄せていた。
「……どうやら、傷つけてしまったようだな。そんなつもりはなかったのだが」
「わかって、る」
しゃくりあげながらも、なんとか答えた。
もちろんわかっているのだ。魔王は単に、地球の歴史の記録をリョウマに見せようとしてくれただけだということは。ちゃんとわかっている。
それでもまだ、目からこぼれ落ちる雫が止まってくれるわけではなかった。悔しくて恥ずかしいのに、どうしても止まらない。こいつにこんな顔を見せるつもりはなかったのに。
「なにが問題だったのだろう。教えてもらえないか」
そう訊ねる魔王の声はとても静かだ。少し、ほんの少しだけだが申し訳なさそうな色を含んでいる。
そして優しい。腹が立つほど。
「……っけえ、だろっ」
「なに?」
「ずっけえ、って、言ってんだよっ。なんで、お前らばっかり……お、俺らの村、あ、あんなに──」
言い募るごとにまた涙があふれて喉がつまった。言いたいことの半分も言えない。自分が情けなくて腹が立つ。
魔王は黙ってこちらを見ているようだったが──フードで隠れてリョウマからはほとんどのものが見えなかった──ひとつ、吐息をついたのがわかった。
「そなたらの村と、ここの文化程度の差のことか? ……すまぬが、それはもう歴史上、やむを得ぬ話でな」
「やむを、えぬって……? なにが」
「もともと、《瘴気》が地球上にあふれ出したとき。古い時代の知識や情報を蓄積していた地域が、真っ先に汚染されていった。人間たちは命を守るために逃げ出していき、やがて環境に適応した我らの祖先がこの地に戻ってきて、生活圏を置き、街を作り直した。……となれば昔の文明や、蓄積されていた情報を手に入れるのは必然的にわれら、ということになったわけだ。これはやむを得ぬ仕儀であろう」
「よ、……よくわかんねえっ」
「うん。わからぬならば、それでもよい」
「ううっ……」
震わせている肩に、そっと手が置かれる。そのまま、赤子をあやすようにして背中をとんとん叩かれた。そうすると、さらにぶわっと新たな涙がこぼれ落ちた。
「あんな……っ。あんな、みんな、苦労して──食いもんも、あんまなくてっ。便利なもんも、着るもんだって、ぼろぼろのままずっと着てて」
「うん」
「俺らっ、そんな中でも《レンジャー》だからって、すんげえよくしてもらってて」
「うん。そうであろうな」
「なのにっ。なんで俺らばっか、あんな……っ。ううっ、うううう~~っ」
こらえきれない呻き声がとうとう歯の間から漏れでてしまう。すると、大きな両腕がしっかりと自分を抱きしめてきたのを感じた。
フードの上から頭をぽすぽすされているのがわかる。それから、ちゅっと軽くキスされたのがわかった。
情けない。恥ずかしい。
でも、どうしても声と涙が止まらなかった。
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