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第三章 魔族たちの街

12 その手

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「う……うう~ん」

 頭が重い。体が熱い。
 いったい自分はどうしたんだ。
 魔都の博物館でみっともなくもあいつに涙なんか見せてしまって、自己嫌悪に陥っていたことは覚えている。だが、そのあとどうなったのかがどうしても思い出せない。
 どうやら自分の寝室の──というか、あの魔王の野郎に押し付けられた「自室」にすぎないが──ベッドに寝かされているようだ。

(けど……なんだ? これ)

 先ほどから、さりさりさり、という不思議な音とともに奇妙な感触がしている。乾いたつややかな何かが、自分の体の表面を静かになぞっているのがわかるのだ。
 かなり長い時間、発熱していたようだったが、今は少し楽になってきた。体はまだ重いが、頭を動かしたり寝返りをうつことはできるようになっている。
 熱にうなされている間、時おり冷たい布のようなものが額や首筋をぬぐってくれているのを感じた。とても心地がよくて、その時だけはすっと気分がよくなったのを覚えている。
 優しい手つきは、遠い昔に自分の世話をしてくれた人を思い起こさせた。

(母さん……)

 父も母も、リョウマがごく幼いうちに世を去った。村人たちはみんな全体が家族のようなものだったし、自分と同じような境遇の子供は多かったから、そんなに寂しい思いはせずに済んだけれども。仲間の《レンジャー》たちも、みな似たような境遇だったし、励まし合いながら育ってきたこともあって、互いの絆は強かった。
 だからリョウマもほとんど、「寂しい、親に会いたい」と思うことはなかったと思う。だが、それでも時々、特別に優しかったかれらの思い出が胸を締め付けることはあった。

 さりさりさり。
 またあの乾いた音がする。
 この音はいったいなんだ。そして、肌に当たるこの不思議な感触は──

 うっすら目を開けてみると、頬のすぐ脇を見慣れない鱗に覆われた白い棒状のものがするすると移動しているところだった。

(なんだ……? これ)

 まだよく動かない脳をなんとか稼働させて考える。自分はこれとよく似たものを知っている。だが、これほど巨大なものは見たことがない。手も足もなくてにょろにょろと動きまわるこの生き物が、どうも自分は子どものころから苦手だった。だからあんまり、森で遊ぶのは好きではなかったものだ。
 あれは大体、森の薄暗い下草の陰などによくいて、虫やカエルなどを捕食して生きていて……名前は──

 ──ヘビ。

「ヘ……ビいっ? わ、うおわあああああっ!! ひぎゃっ」

 思わず身の回りにあったものを何もかも投げ飛ばし、自分自身も飛び上がった。その拍子にベッドから落ち、したたかに頭を打つ。
 ゴン、という音とともに頭頂部に激痛が走った。

「あいっ、てててえっ! くっそぉ! んだよこれぇっ」
「目を覚ますなり騒々しいな、そなたは」

 聞きなれた低音ボイスが聞こえる。なんとなく「すんっ」として聞こえるのは気のせいか。自分のそばにいたらしい、巨大な白ヘビはするんとベッドの下に滑りおりると、素早くエルケニヒの背後へ移動したらしい。
 と、脳内で穏やかな老人の声がした。

 《だいぶ持ち直されたご様子。あとはしっかりと栄養を摂り、体をお休めになればよろしゅうございましょう》
「そうか。手数を掛けたな、シュルレ」
 《いえいえ。どうか左様なことは》

 巨大な白ヘビは──このヘビ、どこぞの博士かなにかのような奇妙なコスプレをしているのだが──恭しく魔王に向かって頭を垂れた。

 《五日分ほど、薬を処方しておきましょう。……それと、陛下》

 そこから、ぷつんと「接続」が切れたのがわかった。どうやら白ヘビの老人が、魔王にだけ何かを囁いたらしい。
 魔王が一瞬だけ、カッと目を見開いたが、ごほん、と奇妙な咳ばらいをしてリョウマから目をそらした。

「……善処する」
 《ほほほ。お願いいたし申しましたぞ。それではどうぞお大事に》

 言うやいなや、白ヘビはシュンッと姿を消した。リョウマは床に寝そべったままぽかんとして、今まで老人がいた場所を凝視してしまった。

「《跳躍》の魔法だ。驚くには当たらぬ」

 なぜか知らないが、なんとなく赤面しているように見える魔王が、居心地の悪そうな顔で説明し、リョウマをひょいと抱き上げてベッドへ戻した。
 そのまま額に手を置いて、熱を確かめている様子だ。

(……あれ)

 この手を知っている。
 熱で朦朧としていた間、たぶん夜中の間もずっと、体を拭いたり夜着を着替えさせたりしてくれた手ではないだろうか。

(いや、バカ言うな。そんなわけ──)

 そんなわけない、と反駁してくる自分の理性の声は聞こえているのに、どうも「そりゃそうだよな」と納得できない自分がいるのがはっきりわかった。
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