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今日だけは栗に思いを馳せて

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「うちは金貸しだけじゃなくて、商売にも手を広げ始めているんだ」
「財務状況の悪い商会を買収したりしてですね。しかしまずまずと言っていいのかパッとしないと言うべきなのか」
「いかんせん金貸しがバックでは弱いんだな」
「なるほど、それでお父様を抱きこんで貴族の信用を得ようとしたと」
「そういうことだ、シンディ嬢」

 これはわかります。
 だからそこに私の価値があると見出しているのですね?

「信用という面では、同じ貴族でも金で爵位を買い取ったのでは効果が薄いんですよ。先代子爵の血を引いているシンディ嬢でなければ」
「ノーブルスクールでシンディ嬢の成績がよければ、マリガン子爵家だけでなくその婚約者筋のブラック家の評価も上がるって寸法よ。また人脈を広げてくれればありがたいな」
「ブラック家の商売がうまくいけば雇用の創出にも繋がるんだ。領民も豊かになる」
「はい、よくわかりました。頑張ります」

 私がノーブルスクールで、いい意味で目立つほどよろしいということですね?
 努力がそのまま成果になるのなら、張り切り甲斐もあるではありませんか。

「なるべく早く落ち着いた環境と家庭教師を手配するからな」
「はい、よろしくお願いいたします」
「父さん、その前に子爵領政の様子を見に行かないと」
「おお、そうだった。うっかりしてた」

 バタバタと物事が動き始めました。
 一昨日までの延々と屋敷の掃除をしていた私がウソのようです。

「でも今日はここまでだ。シンディ嬢、甘味処でも行きませんか?」
「はい、お供いたします」
「おうおう、親睦を深めてこい」

 プロキオンさんに手を引かれて外へ。
 にこと笑いかけてくれる。

「シンディ嬢が婚約者なんて夢みたいです」
「そ、そうですか?」
「そりゃそうですよ。貴族の御令嬢ですからね。生きる世界が違うと思っていました」

 やや俯くプロキオンさん。

「……金貸しなんて、どこへ行っても蛇蝎のごとく嫌われるものです。しかしシンディ嬢はいつも丁寧に応対してくれました」

 お客様にお茶をお出しするのは、侍女ではなくて私の役目でした。
 プロキオンさんがおいでくださると、いつも微笑みかけてくれていたのは覚えています。

「可愛いお嬢さんだとお邪魔するたび思っていたんですよ」
「ありがとうございます」
「ボク達には足りないものが多過ぎる」
「ええ」

 年齢も経験も知識も技術も。
 プロキオンさんが私の目をしかと見ます。

「あなたとともに成長していけることを嬉しく思います」
「私もです」

 ああ、ドキドキします。
 これが甘酸っぱい思いというものなのでしょうか?

「ところでマロン亭がその名の通り栗の新作スイーツを最近提供しているんですよ。御存知でしたか?」
「あっ、知りませんでした」

 最近はずっと家事手伝いばかりでしたから。
 甘酸っぱい思いはどこへやら。
 頭の中が甘々の新作スイーツで占められてしまいました。

「ハハッ、急ぎましょうか」
「はい!」

 握る手に力が込められ、にっこり微笑み合います。
 今日だけは栗に思いを馳せて。
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