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一七九話
しおりを挟む「んまー! 久しぶりのお肉、マジんまー!」
隣でガフガフと肉に食らいつくミラちゃんとは対照的に、対面に座っていたイースさんがそれを見て申し訳なさそうに肩を縮めていた。
「うちの娘が、本当に……」
「いえいえ、これくらいの子は元気なのが一番ですから」
個別に食事を作るのも面倒だろうからと、俺がまとめて夕食にしようと提案し、今は俺、ミラちゃん、そしてイースさんが一つのテーブルで一緒に夕食を食べていた。
「それにしても、おにいさんは何処にお仕事に行っていたんですか?
この辺りにこんな沢山のお肉が買えるような村なんてなかったと思うんですけど……?」
食べる手を止めることなく、ミラちゃんがそう聞いて来る。
「今日行ったのは、マルトム村、サーイ村、イノック村の三つだよ。
肉とキノコ、山菜なんはマルトム村で。乳製品はサーイ村。ドライフルーツはイノック村で買って来たものだな」
「……イノック村といいますと、ここから馬車で三日くらい掛かるほど遠くだったと記憶していますが?」
「まぁ、そこは色々と方法がありまして……」
イースさんが信じられないといった顔で俺を見るものだから、適当に誤魔化すことにした。
詳しく話しても理解してもらえるとは思えないからな。
「へぇ~、銀級自由騎士ともなると、そんな凄いことも出来るんだぁ~、もぐもぐ……」
で、ミラちゃんはというと事の異常性を理解していないのか、それで簡単に納得してくれた。
今はただ単に食べる方が重要で、俺の話しなんかには興味がないだけ、という可能性もあるがな。
「それでは、明日からの夕食はどのように致しましょうか?」
そんな話をしている中、イースさんがそんなことを聞いて来た。
しばらくは晩飯なしでいいって話になっていたから、その確認だろう。
「そうですね……取り敢えず、お願いだけはしておきます」
「畏まりました」
正直、具体的なことは明日にならないと分からないところがあるが、王都から離れる様な仕事はなさそうだったからな。
今回の一件だけで金級に推薦してもらえるわけもなく、自由騎士組合からの帰り際に、ジュリエットに今後の俺の仕事についてちらっと聞いたのだが、今後も現在干されて停滞している依頼を優先的に処理してもらうことになるだろうと、そう言っていた。
ただ、今回のような王都から出るような規模の大きなものは、現在のところはないようなので、基本は王都内での活動になるみたいだな。
で、その活動内容はというと、ジュリエットの方で優先度が高いのに未消化の塩漬け依頼を集めて斡旋てくれるらしい。
俺は渡された案件をコツコツ解決していればいいという、実に簡単なお仕事だ。
ちなみに、帰って来るついでに風呂屋にも寄ってから帰って来ていた。
そんな感じて食事を終え、部屋へと戻る。
特にすることもないので、少し早いが今日はこれにて就寝。おやすみなさい、ぐぅ~。
♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢
SIDE セリカ
神秘学研究会研究棟にて、スグミと別れたセリカはその足で実家であるフューズ公爵家の屋敷へと向かっていた。
自由騎士然とした恰好をしていた所為か、貴族区へと通じる門で一度足止めをされたが、ここを通る時はいつものことなので特段気にすることでもない。
落ち着いて身分証を提示してお終いだ。
この時差し出した身分証は、自由騎士としてのものではなく、国家騎士であることを国が認めるる正式な身分証である。
それを確認した門番が、いつも顔色を変えて謝罪する様をセリカは密かな楽しみとしていた。
貴族区に入ってしまえば、そこは市民区とは別世界だ。広いわりに人通りの少ない通りを、セリカは悠々と歩く。
(ここを歩くのも久しぶりだな……)
基本的に、王都に生活拠点を置いていたセリカではあったが、普段は国家騎士、それも女王付きの近衛騎士として王城内にある騎士宿舎で生活しているのが殆どだった。
特に近衛騎士隊に配属されてからは顕著であり、同じ王都にある実家といえども、そう頻繁に帰るようなこともなくなってしまっていた。
良くて半年に一度。悪いと年末から新年に掛けて一度顔を出すかどうかだ。
(前に来たのは……確か去年の年始に顔を出して以来か)
そんなことをぼんやり考えながら歩いていると、道の先に見知った屋敷が見えて来た。
特に門番が立っているわけでもない門を潜り、セリカは敷地内へ足を踏み入れる。
無駄に長い玄関までの道を歩き、大扉の前で一度足を止める。
実家なのだから、そのまま入っても何も問題はないのだが、暫く帰っていないと何か妙な後ろめたさが生まれるのだ。
暫し逡巡したのち、セリかの手はドアノブではなくドアノッカーを力強く叩いていた。
結局、そのまま入らず使用人を呼ぶことにしたのだ。
(さて、どう説明したものかな)
そう悩みながら、セリカは胸に抱いた毛玉をくるんだ布の上から優しくを撫でる。
実は、少し前に子ワーウルフは目を覚まし、今は所在なさげにセリカの腕の中出でもぞもぞと身じろぎを繰り返していた。
抱かれているのが落ち着かないのかもしれない。
とはいえ、自由にしてやるわけにもいかないため、今は逃げないように布でくるんだ上から、両腕でガッチリとホールドしていた。
少し可哀想だとは思ったが、それがお互いの為であると信じ、今はただ辛抱してもらう他ない。
そうして少しすると、セリカは屋敷内から誰かが近づいて来る気配を感じた。
(この足音は……ヘンリーだな)
ガチャリと扉が開き、見知った顔が露わになった。
「どちら様で……っ!! これはアンジェリカお嬢様ではありませんか! お久しゅうございます」
そう言って、恭しく頭を下げたのは白髪に黒の燕尾服に身を包んだ老輩だった。
この男性は、セリカが幼い頃から家に仕えてくれている、古い使用人の一人である。
以前はセリカの祖父である先代の当主ランザドルク・フューズに仕えていたが、今は家督を引き継いだ父である、ラルグス・フューズの執事としてその辣腕を振るっていた。
「ヘンリーも息災そうでなによりだ」
「丈夫なだけが取り柄ですので。して? 先触れも無しにご帰宅とは、何か急用でごいましょうか?」
「ああ、実は父上に頼みたい事があってな……」
「そうでしたか」
「父上はご在宅であろうか?」
「はい。只今書斎にてお仕事を進めております」
「そうか。多少作法には反するが、こちらも至急の用事故、急ぎ取り次いでもらえるだろうか?」
「でしたら、直接伺うのがよろしいかと。どうぞ」
そう言って、ヘンリーがセリカが通り易いようにと、扉を大きく広げる。
「すまんな」
「いえいえこの程度」
そして、セリカが扉を潜った時に……
「おかえりなさいませ、アンジェリカお嬢様」
と、ヘンリーはタイミングよく腰を折る。
「……ああ、ただいま」
そんなヘンリーに少し面喰いつつも、セリカは帰宅の言葉を口にした。
「それにしてもこんな急なご帰宅とは……一体、御当主様にどのようなご用事が?」
勝手知ったる我が家なのだから、別に案内などいらないとセリカは言ったのだが、それでもセリカの前を譲らなかったヘンリーが書斎への道すがらそんなことを聞いて来た。
「ふむ、そうだな……」
「これは失礼。余計な事をお聞きしました」
セリカが一瞬言い淀んだのをどう捉えたのか、ヘンリーは空かさず謝罪の言葉を口にした。
フューズ家は、昔から軍部に身を置く家系であった。
それはセリカとて同じであり、であればそう易々と口に出来ぬ話もあるだろうと、ヘンリーなりに気を使ってのことだったが……大いな勘違いである。
「いや、そんな込み入った理由ではないよ。ただ、少し事情が複雑でな……何と説明するのがいいのか迷っていただけだ」
「左様でごさいます。ならば質問を変えて、話の内容とはアンジェリカお嬢様が先ほどから胸に抱いているそれがご関係しているのでしょうか?」
そう言われ、先ほどから頻りにもぞもぞしている布の塊へとセリカは視線を落とした。
「ああ、その通りだ。
そうだ。可能なら、父上との相談の席にヘンリーも同席して、知恵を貸してくれないだろうか?
もし、私の要望が通れば、ヘンリーも無関係ということはなくなるからな」
「私にも関係すること、でございますか?」
「というか、使用人全員に関係すること、になるだろうな」
「ふむ。分かりました。この老骨がどれほどお役に立てるか分かりませんが、それがお嬢様のお望みでだとあれば同席させて頂きます」
「ありがとう。助かるよ」
「いえいえ、この程度なんということもございませんよ」
そう話しているうちに、二人はフューズ家の現当主であるラルグスの書斎へと辿り着いたのだった。
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