最弱で最強な人形使いの異世界譚

大樹寺(だいじゅうじ) ひばごん

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一八〇話

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SIDE セリカ

「ラルグス様。お忙しい中、申し訳ありませんが、急なお客様がお見えになりましのでご案内致しました」

 コンコン、コンコンと数度扉をノックしたのち、ヘンリーは大扉に向かってそう声を掛けた。

「……通せ」

 扉の向こうから許しの声が聞こえたところでヘンリーは扉を開き、どうぞとセリカへ入室を促す。
 そして、セリカが室内に入ったところで自身も後に続き、静かに扉を閉めた。

 扉が閉まる音を背後に聞きながら、セリカは父の書斎へと足を踏み入れると、途端、インクと紙の放つ独特な匂いが鼻をくすぐった。

(ここは変わらないな……)

 そして何故か、子どもの頃に無断でこの書斎へ入り、父に怒られた懐かしい記憶が蘇る。
 その当の父であるラルグスはというと、今は机に視線を落とし、忙しそうにスラスラと書面にペンを走らせている最中であった。
 そこに、久しぶりに見る仕事をする父の姿があった。
 ラルグスは、武官騎士の名家であるフューズ家の生まれながら、お世辞にも体格に恵まれている方ではなかった。
 中肉中背もいいところで、同じ血を持ち実の兄であるブルックと比べれば遥かに小柄だ。
 とはいえ、身長は170は超えているため、あくまでフューズ家の男の中では小柄な方、というだけの話しではあるが。
 身長が2メートル近く、そして体重が150キログラム近くあるブルックの方が、世間一般的には異常なのである。

「こんな時間に先触れもなく来客とは、一体何処の……っ!!」

 そこまで口にして、顏を上げたラルグスと目が合い、セリカは軽く会釈する。

「ご無沙汰しております。父上」
「客だと言うから誰かと思えば、お前だったアンジェリカ……」

 一瞬、驚いたように目を見開くラルグスではあったが、すぐに平静を取り戻すとどこか落ち着い声色でそう言った。
 そして、今まで手にしてペンをそっとペン立てへと戻す。 

「お忙しいところ申し訳ありません」

 そんな仕事の手を止めるラルグスを前に、セリカは一言詫びを口にする。

「それは別に構わん。というか、ここはお前の家なのだか、客人のまねごとのようなことはせず、普通に帰って来たらどうだ?」
「いいえ、本日はフューズ家のアンジェリカとしてではなく、一国家騎士としてフューズ家の御当主であらせられるラルグス殿に嘆願したい儀があり、参じた次第でありますれば」

 誰に似たのかと、融通の利かない自身の娘を前に、ラルグスは小さくため息を吐いた。

「なるほど。ならば国家騎士アンジェリカに問う。要件とは何用か?」

 セリカの背後に控えていたヘンリーに向かい、ラルグスは席を外すように手で示唆するが、それをセリカは首を横に振って遮った。

「いえ、ヘンリーには私から同席を求めましたので」
「お前が?」
「はい、実は……あっ、こらっ! 暴れるなっ! 今大事な話をして……あっ!」

 ようやく本題に入れると、セリカが話し始めた丁度その時。
 まるでタイミングでも計ったかのように、子ワーウルフがセリカの腕の中で激しく暴れ出し、包まれていた布からするりと抜け出すと、ピョンとセリカの腕を蹴って逃げ出してしまったのだった。
 
「それは……」

 絨毯の上にシタっと華麗な着地を決めた子ワーウルフへと視線を向け、ラルグスがそう口にする。
 当の子ワーウルフの方はというと、まるで我関せずとばかりに大きく体を伸ばし、ようやく解放されたことを喜ぶように、後ろ足で首裏をカっカっカっカっと豪快に掻き毟っていた。
 勢いで引き抜かれた毛が、ふわりと室内を漂う。

「実はその子のは、本日とある依頼の遂行中に保護した銀狼族の子でして……」

 逃げたとはいえ、子ワーウルフは興味深そうに周囲をキョロキョロと室内を見回しているだけだったので、何処かに行く素振りも、暴れる様子もなさそうなので、取り敢えず子ワーウルフはそのままに、セリカは今日の出来事をラルグスへと説明を始めた。

「……というわけで、この子の身柄の保護をフューズ家にお願い出来ないものかと思いまして」
「なるほどな……ヘンリーを同席させたのはこのためか。
 確かに、異種族の保護ともなれば、むしろ今の王城で保護するには危険だろうからな」
「はい。新貴族派が幅を利かせて跋扈している現状、最悪、この子が政争の道具にされ兼ねませんから」
「奴らのやり口としては、その子を敢えて惨殺し種族紛争を誘発させ、その責任をマリアーダ陛下に押し付け退位を迫る、といったところか」
「……そんなところでしょうね」

 二人共、なにか思うところがあるのか揃って大きくため息を吐いた。
 話が一区切りついたところで、セリカそしてラルグスの視線が自然と子ワーウルフへと向く。
 当の子ワーウルフはというと、何がそんなに気になるのか、今は本棚の端の方に鼻を押し付け、クンクンと頻りにその匂いを嗅いでいた。

「話は分かった。ある意味ノールデン王国の危機とも言える状況だ。この子は我がフューズ家の名の下に丁重に保護することを約束しよう。
 ヘンリー、この者を客人として最大限の礼を持って持て成すように」
「はい、畏まりましたラルグス様」
「とはいえ、だ。我が家で銀狼族を持て成したことなど、過去に一度もないからな。
 正直、どう対応すればいいのか私は皆目見当もつかないのだが?」
「その辺りに関しましては、事前に神秘学研究会の学部長であらせられるセレス女史から、一通りの話しは聞き及んでおります」
「あの天才セレス嬢か……随分と手際がいいな」
「お褒めに預かり光栄に存じます」

 ラルグスとしては、気軽に娘を褒めた程度の気持ちだったのが、それに反して堅苦しく頭を下げる娘を前に、ラルグスは苦笑を浮かべるしかなかった。

「ならば、その子の世話……もとい、もてなしに関してはアンジェリカ、お前に一任するとしよう。
 ヘンリー、お前も手伝ってやれ。元々、そのつもりで立ち合わせたのだろうからな」
「心得ました」
「そうだな……ただし、一つだけ条件を付けることにしよう」
「条件、ですか?」

 突然そんなことを言い出したラルグスに、セリカは戸惑いの視線を向けた。

「そう警戒するな。
 条件は、その子が無事帰還出来るまで、アンジェリカ、お前はこの屋敷で生活しながら、その子の面倒を見る事。
 お前が連れて来た客人だ。お前が対応するのが筋というものだろ? よいな?」

 セリカとしては、子ワーウルフの世話をするにしても王城の騎士宿舎から家に通うつもりでいたのだが、ラルグスは実家で過ごしながら世話をせよという。
 ラルグスの言葉を要約するなら、暫くは実家に帰って来い、ということだった。

 セリカとしては、父の反対を押し切って騎士の道を選んだ手前、どうしても実家にやや後ろめたい気持ちがあり、その所為で最近ではあまり近寄らなくなってしまっていた。
 それを分かった上で、ラルグスはセリカの退路を断ち切って来たのだった。

「賜りました……」

 その意図を理解したセリカは、苦笑いを浮かべながら了承するしかなかった。
 これで騎士の仕事が立て込んでいたのなら断ることも出来たが、生憎と今は手が空いてしまってたので断る理由がなにも無かったのだ。
 適当に嘘を吐こうにも、ラルグスは騎士団を指揮する側に身を置く人物だった。
 セリカの勤務状況など、すぐに調べられる立場の人間なのだ。そんな立場にいる相手に、下手な嘘など通用しない。

「それに、ここでお前をむざむざと帰したとあっては、あの二人に何を言われるか分かったものではないからな。
 シルビアもセコイアも、お前が全然帰って来ない、と普段から嘆いていたるぞ?
 後で顔を見せて来なさい」
「……心得ました」

 シルビアとセコイアはセリカの母達のことである。
 両名ともにラルグスの妻であり、シルビアがセリカの実母で、セコイアが義母に当たる。
 便宜上、セコイアがラルグスの正妻であり、シルビアが側妻そばめとなっているが、ラルグス自身としては、正妻云々は関係なく二人に平等に接している。
 ちなみに、セコイアが正妻なのは、シルビアより先に出産し、その子がたまたま男の子だったからに過ぎない。
 これがもし、生まれたのが女の子で、セリカが男であっのたら、二人の立場は全くの逆になっていただろう。
 
「おっと……いけませんよ」

 父娘の会話が丁度落ち着いたころ、突然背後からそんなヘンリーの声が聞こえて来た。
 何事かとセリカが振り向けば、ヘンリーに両手で抱えられ、宙吊りにさされ不満げにウーウーと唸っている子ワーウルフの姿があった。
 
「ヘンリー、何があった?」

 そんな姿のヘンリーに、セリカが簡潔に問う。

「いえ、この子が本棚に向かい足を上げましたたので、もしやと思い咄嗟に抱え上げました。
 おそらく御不浄ではないかと」

 要は、おしっこをしようとしていたので止めた、ということらしい。
 思えば、保護をしてからほぼほぼ寝てばかりいたため、一度もそういうことはなかったな、とセリカは思い返す。

「なるほど……取り敢えず庭に連れて行こうか。
 この子に人用のトイレなど使えないだろうからな」

 それでは失礼しますと、セリカはラルグスに一度頭を下げてから、子ワーウルフを抱えたヘンリーを伴って部屋を出て行ったのだった。

「……まったく忙しない娘に育ったものだ」

 そして、またラルグス一人となった書斎で、彼は誰に言うともなく、そう呟くと、置いていたペンを再び取り書類仕事へと精を出すのだった。
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