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北欧大戦 イマジンゴッドウォー
第2連隊の任務
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ジャイロの言葉でミロスは確信した。
どうやら、アリシアの提案が任務として受理されたようだ。
「何?早くないか?」
「それが司令に取り繋いだところ、その場にいたカエスト閣下が口添えをしてくれまして司令も二つ返事で了承しました」
「おいおい……どうなってる。地震の前触れか?」
ミロスの言葉の意味は分からないがどうやら、カエストのお陰でアリシアの予想以上の速さで協力を仰げたようだ。
これはあとでお礼の伝文でも送らないとならないかもしれない。
「それとこれもカエスト閣下の口添えなのですが、お二人のやり取りを聞いていたようで「アリシア中尉には全て打ち明けて良い」だそうです」
「はぁ!?マジか!」
ミロスは驚きのあまりジャイロに聞き返すが、ジャイロは「マジです」と返答した。
ミロスは何故かこちらをしばらく見つめる。
まるで品定めされた物のようにアリシアは沈黙しミロスも見つめる。
ミロスは品定めを終えたように「はぁ……」と息を吐いた。
「あなたは随分とカエストに買われているようですね」
「閣下をご存知なのですか?」
「立場は少し変わったが今でも戦友だよ。だからこそ、よく知っている。あの男が特定の誰かの肩を持つような事はしない。そんな男に肩を持たれるんだ。あなたはよほど目にかけられていますよ」
「おだて過ぎですよ。わたしはそんな大層な人間ではありません。ただの罪人です」
ミロスはある事を思い出していた。
サレムの騎士が再び、基地を襲撃した時、ミロスも戦場にいた。
絶望的な戦いだった。
敵の物量と戦術の前に為す術なく壊滅は必死だった。
だが、たった1機の機体によりその戦局が変わった事は今でも衝撃だった。
カエストが雇ったPMCの傭兵だと聴いたが、その戦闘力を間近で見て言い知れぬ敗北感を感じたのは新兵だった頃以来だった。
どんなタフガイが機体を乗り回していると思ったが、戦闘が終わってカエストから聴いたのはまだ、20歳にも成っていない少女がやった事だと聞いて驚いた。
彼女は非常に謙虚で自惚れる事を全く知らないような人間だとカエストはミロスに教え、万が一の為に彼女の連絡先を渡されたがこんな形で使う事になるとは思わなかった。
「噂通りの性格と言う事か」
「ふぇ?何か言いました?」
「いや、何でもありません。それより我々の任務の話でしたな。わたしが知る限りを伝えましょう」
ミロスは自分達が行っている作戦についいての説明を始めた。
概要をまとめると以下の通りだった。
ルシファー事変からアフリカ圏の治安が回復した頃にある情報が舞い込んだ。
旧スーダンとニジェールの東側、北中央アフリカとナイジェリア東側にかけて国土を持つバビと言うテロ支援国家が新兵器開発をしていると言う情報だった。
バビは砂漠のケイ素や貴金属を資本とする国家である。
バビは統合政府への加入を拒み、現政権を維持する為にテロリスト達を自軍の兵力として加える国家だった。
その国家がどうやらカイロ武装局から強奪されたルシファーシリーズを手に入れ、量産化しようとしていると言う情報が入った。
だが、ルシファー事変直後では設計者オラシオ氏の死により失われたロストテクノロジーの解明などに費やされる時間や資金などを逆算するとすぐに脅威にならないと判断されそのまま放置された。
だが、先日のサレムの騎士襲撃直後に改めて調べてみるとバビに対して大量の資金が流れており、その莫大な資金がロストテクノロジーの解析速度を上げ、ルシファー量産の一歩手前まで漕ぎつけていたのだ。
これを重く見たアフリカ軍の諜報部はその原因を突き止めようと調査したところバビに対してある企業から大量の資金が流れていた事が判明した。
その企業とは極東のPMC大手である天空寺コンツェルンだった。
天空寺コンツェルンはバビから輸出される大量の超電導物質ニオブを大量に発注していたのだ。
だが、バビと取引する事自体は決して可笑しくはない。
バビのケイ素市場は世界の20%を占めており、統合政府にすら輸出されているのだ。
ここで何が問題かと言えば、天空寺コンツェルンに関しては別にバビから取り寄せる必要がない事だ。
極東のケイ素や貴金属の採掘先にはゴビ砂漠と言う立派な近場採掘場があるのだ。
普通に考えれば、輸送費がかからないゴビ砂漠からニオブを仕入れた方が良いはずなのだ。
だが、バビと天空寺コンツェルンの取引を見るとゴビ砂漠のニオブ相場より若干低価で取引されており、輸送費を込みしても安いのだ。
これはバビの通常取引よりも明らかに安いのだ。
そして、天空寺コンツェルンは現在も大量のニオブを購入しバビには兵器開発の資金が流れているのだ。
取引としては可笑しくはないが明らかに怪しい取引だ。
しかも、バビはこの取引で貯蔵していた1年分の採掘量のニオブを取引している。
どう考えても一企業が使うニオブの量を大幅超えているとしか言いようがない。
諜報部の見解では、天空寺コンツェルンはニオブ取引を隠れ蓑にバビに資金援助をしているのではないか?と言う可能性だ。
調べみると天空寺コンツェルンが保有するブレイバーと言うAPには大量のニオブが使われている事からニオブの取引自体は可笑しくはないが、そうだとしてもこの取引量には限度があった。
予備パーツや補修用の資材と言い訳したとしてもブレイバーを量産でもしないとこの量は可笑しい。
法律上、企業や政府が兵器を生産する際はカイロ武装局に申請を出さねばならないのだが、その申請すらない。
天空寺コンツェルンは明らかにグレーな企業と言うのは誰でも分かる。
だが、主だった証拠が無い限り逮捕も出来ず、天空寺コンツェルンはニオブを取引しているだけで無罪と判断される可能性すらある。
現在、CIAが調査しているが調査が終わる前にバビが新兵器を完成させる方が速い可能性があった。
そこで第2連隊に与えられた任務はバビから輸出されるニオブを強奪する事だった。
どうやら、バビと天空寺コンツェルンとの取引を見ると前払いと後払いがあり、後払いはニオブが天空寺コンツェルンに届いた時に発生する。
そこで輸送中のニオブを強奪する事でバビへの資金流入を抑えようと言うのが第2連隊に与えられた任務なのだ。
だから、ミロスが妨害作戦と言っていたのをアリシアは納得した。
たしかにバビへの妨害と言えば、妨害と言える作戦ではある。
そこで妨害の一環としてバビに付き従わないテロリスト達にニオブの情報を流し襲わせて輸送を妨害していたのだ。
だが、その事を天空寺コンツェルンも不審に思ったのだろう。
天空寺コンツェルンと関係が深かったセイクリッド ベルを使って真相究明に走ったのだ。
セイクリッド ベルと天空寺のCEOは同じ正義を行う者として仲間意識があり、互いに協力を惜しまない関係だった。
本来なら軍の一組織が企業と著しく癒着する間柄を築くのは御法度だが、そこは独立部隊の権限を言い訳にしてきたのだろう。
そして、セイクリッド ベルは第2連隊に行き着いたのだが、第2連隊の間ではセイクリッド ベルが天空寺コンツェルンの悪事に加担して不義を行なっているにも関わらず互いに証人しあい自分達を正義と偽る態度に悪辣さを感じ敵意を持った者達が隊の中に現れた。
加えて、敵かもしれないセイクリッド ベルにこちらの任務は話す訳には行かず、セイクリッド ベルはこちらに敵意があると判断しあの戦闘が起きてしまった。
そう言った経緯があったようだ。
「なるほど、そのような事情が……その、すいません」
アリシアは頭を下げる。
興味があったのも事実だったがどこかで疑っていたような心もあったのだ。
それが申し訳なく想い、謝罪した。
「いや、良い。事情が分からないなら誤解されるのも無理はない。むしろ、ありがとう」
アリシアは首を傾げた。
(今の話でお礼を言われるような事はしていないはずだけど……)
とアリシアは思った。
「あなたは優しいのだな。疑いのある我々の事を知ろうとして話を聴こうとした。その上で答えたくないなら答えなくても良いと我々を気遣いもした。我々の事を知ろうとしてくれただけで我々のやっている事が不義ではないと誇れる。その事は感謝している」
彼は深々と頭を下げた。
そこでシンもある事を思った。
彼等のしている事は傍から見れば、民主的に認められている正義への反逆だ。
彼等の行いは世界平和を守る上で必要な事なのだが、味方をする者は少なく孤立に近い状況に置かれ迫害され、謂れの無い罪を着せられる。
その気持ちはシンには痛いほど分かる。
自分がそうだったからだ。
だから、そんな自分達に敵意を向けず、歩み寄ってくれたアリシアの心意気は有難いモノだ。
知れば、愛する。
そう言う言葉を何処かで聞いた気がする。
昔、ある昆虫学者が幼少期に炊いた米に群がる蟻が鬱陶しくて嫌いだったそうだ。
だが、大人になり昆虫学者になって蟻の生態を調べてみると蟻は献身的に群れの為に働き互いが互いに己の役割に準じて和合して群れを支えている姿に感銘を受け、いつしか蟻を愛したらしい。
知れば、愛するとはそう言う事だ。
だが、人の多くは固執や偏見で知ろうともしない行動をする事が多い。
時に自身の貪欲からなる利己心が他人を知る事を面倒に思い、手間に思う心が知ろうとする心すら失わせる。
それは無関心とも愛が無いとも言う。
互いに愛さないから争いを生むのだ。
自身の能力と自分達の証もしていない正義に固執したセイクリッド ベルのように……。
愛が無い者達にはそもそも、証など出来るはずもない。
だから、そう言った手合いは「平和を守る為に俺は戦う」「正義は必ず勝つ」「人類の希望の為に!」など口先だけの正義を語る事をシンは知っている。
そんな手合いは証と称して武力や奇跡を示したがるが、それは他人を脅迫して抑圧した結果に過ぎず、手間を惜しむ心が招く行いだ。
そんな正義は悪辣極まりない。
そう言った自惚れた正義やそれに加担する人間にいくら伝えても伝わらず、やるせない気持ちが残り証もしない悪辣な正義の甚だしい行いに不快感を覚える事をシンはよく知っている。
だから、シンにとって第2連隊の心情は他人事ではなかった。
「わたしは何もしていません。あなた達を疑った訳ではありませんが、自分の為に聴こうとしたのも事実です。感謝される事はしていません。どうか、頭を上げて下さい」
そう言われミロスが頭を上げると右に首を傾けて気味のアリシアの微笑ましくこちらを見つめていた。
その顔立ちからは慈しみの心を感じる。
彼女は彼等の事を愛そうとしてくれたのは彼等にも分かった。
彼女に愛が無かったら、自分の意見を欲深く語り「なんでこんな事をしたのか教えて」と強気で聴いただろう。
だが、彼女は自分の意見を押し殺して「お答えしたくないなら無理には聞きません。」と言った。
もし、自分の意見に欲深い人間なら自分の知りたいと言う貪欲を叶えようとしただろう。
「知ろう」する事と「知りたい」事は似ているが違う。
知ろうとする者は相手の事を考える利他心から来るが知りたいとする者は相手の事を考えず、利己心から来るモノだ。
知らないともどかしい、知らないと自分が不利益になると考える利己心がそうさせるのだ。
現代社会で情報を利己的に知りたいと言うのは間違ってはいないが、セイクリッド ベルのように自分達の正義こそ正しいから自分達の正義の為と言う悪い利己的で考えから相手が自分達の「知りたい」に答えて当たり前と考えるのは甚だしい事だ。
それに不平不満を抱いて敵意があるからと争いを生んだのだ。
ただ、アリシアの中には悪い利己的に知りたいと欲する感情が無かった訳ではない。
そんな自分の悪いところを自覚しているからこそ、自分が感謝される筋合いがないと彼女自身が知っている。
(まだまだ、未熟だな……)
自分はまだ、自分を救ってくれたあの人には遠く及ばない。
その背中は遠いが追わないとならない。
今回の件で改めてそう思えた。
「それでもあなたには感謝しているあなたがいなければ我が連隊は壊滅していた。それは紛れもない事実です」
ミロスは更に深々と頭を下げる。
義理堅いのだろうが、そんなに誠意を向けられると少し照れてしまいどうしていいか分からず、アリシアは頭を掻く。
よく考えると人生でここまで慇懃に感謝を述べられた事がない。
人生でも兵士になってからも初めての経験だ。
困り果てアリシアを見兼ねてシンが助け舟を出す。
「そう言えば、捕らえたセイクリッド ベルの隊員は今後、どうするんだ?」
助け舟を出したつもりでもあるが、シンとしてはそこが知りたいところだ。
正直、自分の感情だけで言えば、セイクリッド ベルをこの場で銃殺したいとは思う。
なぜ、そう考えるのか?と聞かれるとしたらこう答えるだろう。
わざわざ、凶悪犯罪を行う連中を野放しにしようと思う奴がいるか?
普通に考えて死刑だろう?
死刑でなくても監禁をするだろう?
それが答えだ。
世間で正義の味方として知られていようとそんな事は知った事ではない。
正義は必ず勝つが最終的に人に多大なるご迷惑をお掛けして負けるのだ。
ここで殺しておくのも世界の為と言う奴だ。
証もしない正義を振り翳すだけのクズ野郎を生かす道理などシンは持ち合わせていない。
「知っている事がないか取り調べた後に拘留する予定だ。何せ、今回の件に関係あるかも知れないからな。不用意な事はさせないさ」
(まぁ、それが無難だろう。始末出来ないのが残念ではあるが、オレの独断で殺すのも揉め事を起こすだけだ。監禁してくれるだけ良しとしておこう。だが、一応警告はした方が良いだろう)
「一応、アイツらを尋問する時は1対5の尋問が適切だ。前方に尋問役1人と左右に1人ずつ後方に2人に配置して尋問役以外は動画で映画なんかを観ると良い。そうすれば、奴らの思考を撹乱出来てこちらの情報が漏洩する事はない」
すると、ジャイル中佐がシンに質問をしてきた。
「その言い方だと……神代中尉はエスパーに対する尋問に心得があるのですか?」
心得があるといえば、その通りだ。
昔、エスパーを尋問した友軍の尋問官が尋問していたが、逆に尋問官から情報が漏れ脱走されかけた事があった。
尤もすぐに気づいたシンが脱走者をボコボコにした事で大事に至らなかった。
その時、エスパーは思考を読んでシン以外の見張りの兵士を撃退したが何故かシンだけに通用しなかった。
その事を買われ、捕獲したエスパーの尋問をシンがする事になりその時、エスパーがシンに負けた事に苛立ち理性を失い、口を滑らせた情報からどうやら、シンからは殺気を感じられないから行動が予測出来なかったと判明した。
シンはそんな自分の特性を利用してエスパー尋問用のマニュアルを作った経験がある。
尤もエスパーを尋問する機会だとほとんどないので読んだ事のある人間の方が希少だろう。
(まさか、こんな形で役に立つとは思わなかったな……)
「少なくとも過去にその手のマニュアルを作成したくらいには経験がある」
「そのマニュアルは今、どこに?」
「そんなに需要がないと言う理由で破棄された」
セイクリッド ベルを利用したい企業や団体の連中が圧力をかけて消したと言うのが正しい。
「だが、オレの頭の中には今もマニュアルは記憶している」
(嘘ではない)
「おぉ!では我が部隊に是非、ご教授願えませんか?!」
(よし、かかった)
「良いだろう。教えられる事は全て教える」
(これは本当だ)
「ただ、注意点がある。奴らは人の心に干渉することがある。そのせいで言葉巧みに奴らに唆されて部隊内から離反者が出る恐れがある」
「なんと!エスパーとはそれほど危険なのですか!」
「あぁ、だが未然に予防すれば防げる。マニュアルを学んでもその免疫をつけるまで少し時間がかかる。なので、奴らからの調書の内容を録音でオレに聴かせるんだ。最悪、文字でも良い。それで尋問官の容態をある程度、把握出来る」
これに関しては半分嘘だ。
言葉巧みに騙される可能性はあるが、それを念頭に教えていれば、まず引っかかる事はない。
拘留するとは言え、極悪人の現状は知る必要がある。
セイクリッド ベルは何を仕出かすか分からない。
一度だけ見た事があるが特殊な専用機で“奇跡”のような現象を起こし、敵を壊滅させた事がある連中だ。
シン自身は知らないが、そんな連中なら洗脳くらいはできるかもしれない。
どの道、危険な奴らの情報は集めないとならない。
その為には多少なり利用させて貰うだけだ。
不当ではないぞ。
その対価としてちゃんとマニュアルは教えるから決して不当ではない。
「シン。そのマニュアルの習得、てどのくらいかかるの?」
「そうだな。最低でも3日あれば教えられるな」
「なら、その間、この部隊に身を寄せるのはどうでしょうか?任務の協力者になって貰うわけですしその方が何かと都合が良いでしょう」
その言葉にジャイルは笑みを浮かべる。
「おぉ、君たちのような強者がいれば心強い。こちらもぜひ、それでお願いしたい。よろしいですか?隊長?」
「まぁ、その方がよさそうだな。それにこの隊にとってあなたの存在は良い刺激になりそうだ」
(良い刺激になる?言っている意味が分からないな。なんで、わたしが良い刺激になるのだろう?)
とアリシアはいまいち理解はできなかったが、ミロスがそう言うならそうなのだろう。
こうして、アリシア達はしばらく第2連隊の厄介に成る事になった。
それから数日間、シンとアリシア、第2連隊で哨戒任務に従事しながら共同生活を送っていた。
何度かサレムの基地を襲撃して壊滅させたがその度に第2連隊の面々は目を丸くしていた。
中には「ここまで酷い階級詐欺は初めて見たな」などと意味不明な事を言われた。
アリシアは「実力の割に階級が高いと言う意味かな?まぁ、わたしまだ、兵士になって2ヶ月だしそう思われても仕方ないかな……」と思っていた。
どうやら、アリシアの提案が任務として受理されたようだ。
「何?早くないか?」
「それが司令に取り繋いだところ、その場にいたカエスト閣下が口添えをしてくれまして司令も二つ返事で了承しました」
「おいおい……どうなってる。地震の前触れか?」
ミロスの言葉の意味は分からないがどうやら、カエストのお陰でアリシアの予想以上の速さで協力を仰げたようだ。
これはあとでお礼の伝文でも送らないとならないかもしれない。
「それとこれもカエスト閣下の口添えなのですが、お二人のやり取りを聞いていたようで「アリシア中尉には全て打ち明けて良い」だそうです」
「はぁ!?マジか!」
ミロスは驚きのあまりジャイロに聞き返すが、ジャイロは「マジです」と返答した。
ミロスは何故かこちらをしばらく見つめる。
まるで品定めされた物のようにアリシアは沈黙しミロスも見つめる。
ミロスは品定めを終えたように「はぁ……」と息を吐いた。
「あなたは随分とカエストに買われているようですね」
「閣下をご存知なのですか?」
「立場は少し変わったが今でも戦友だよ。だからこそ、よく知っている。あの男が特定の誰かの肩を持つような事はしない。そんな男に肩を持たれるんだ。あなたはよほど目にかけられていますよ」
「おだて過ぎですよ。わたしはそんな大層な人間ではありません。ただの罪人です」
ミロスはある事を思い出していた。
サレムの騎士が再び、基地を襲撃した時、ミロスも戦場にいた。
絶望的な戦いだった。
敵の物量と戦術の前に為す術なく壊滅は必死だった。
だが、たった1機の機体によりその戦局が変わった事は今でも衝撃だった。
カエストが雇ったPMCの傭兵だと聴いたが、その戦闘力を間近で見て言い知れぬ敗北感を感じたのは新兵だった頃以来だった。
どんなタフガイが機体を乗り回していると思ったが、戦闘が終わってカエストから聴いたのはまだ、20歳にも成っていない少女がやった事だと聞いて驚いた。
彼女は非常に謙虚で自惚れる事を全く知らないような人間だとカエストはミロスに教え、万が一の為に彼女の連絡先を渡されたがこんな形で使う事になるとは思わなかった。
「噂通りの性格と言う事か」
「ふぇ?何か言いました?」
「いや、何でもありません。それより我々の任務の話でしたな。わたしが知る限りを伝えましょう」
ミロスは自分達が行っている作戦についいての説明を始めた。
概要をまとめると以下の通りだった。
ルシファー事変からアフリカ圏の治安が回復した頃にある情報が舞い込んだ。
旧スーダンとニジェールの東側、北中央アフリカとナイジェリア東側にかけて国土を持つバビと言うテロ支援国家が新兵器開発をしていると言う情報だった。
バビは砂漠のケイ素や貴金属を資本とする国家である。
バビは統合政府への加入を拒み、現政権を維持する為にテロリスト達を自軍の兵力として加える国家だった。
その国家がどうやらカイロ武装局から強奪されたルシファーシリーズを手に入れ、量産化しようとしていると言う情報が入った。
だが、ルシファー事変直後では設計者オラシオ氏の死により失われたロストテクノロジーの解明などに費やされる時間や資金などを逆算するとすぐに脅威にならないと判断されそのまま放置された。
だが、先日のサレムの騎士襲撃直後に改めて調べてみるとバビに対して大量の資金が流れており、その莫大な資金がロストテクノロジーの解析速度を上げ、ルシファー量産の一歩手前まで漕ぎつけていたのだ。
これを重く見たアフリカ軍の諜報部はその原因を突き止めようと調査したところバビに対してある企業から大量の資金が流れていた事が判明した。
その企業とは極東のPMC大手である天空寺コンツェルンだった。
天空寺コンツェルンはバビから輸出される大量の超電導物質ニオブを大量に発注していたのだ。
だが、バビと取引する事自体は決して可笑しくはない。
バビのケイ素市場は世界の20%を占めており、統合政府にすら輸出されているのだ。
ここで何が問題かと言えば、天空寺コンツェルンに関しては別にバビから取り寄せる必要がない事だ。
極東のケイ素や貴金属の採掘先にはゴビ砂漠と言う立派な近場採掘場があるのだ。
普通に考えれば、輸送費がかからないゴビ砂漠からニオブを仕入れた方が良いはずなのだ。
だが、バビと天空寺コンツェルンの取引を見るとゴビ砂漠のニオブ相場より若干低価で取引されており、輸送費を込みしても安いのだ。
これはバビの通常取引よりも明らかに安いのだ。
そして、天空寺コンツェルンは現在も大量のニオブを購入しバビには兵器開発の資金が流れているのだ。
取引としては可笑しくはないが明らかに怪しい取引だ。
しかも、バビはこの取引で貯蔵していた1年分の採掘量のニオブを取引している。
どう考えても一企業が使うニオブの量を大幅超えているとしか言いようがない。
諜報部の見解では、天空寺コンツェルンはニオブ取引を隠れ蓑にバビに資金援助をしているのではないか?と言う可能性だ。
調べみると天空寺コンツェルンが保有するブレイバーと言うAPには大量のニオブが使われている事からニオブの取引自体は可笑しくはないが、そうだとしてもこの取引量には限度があった。
予備パーツや補修用の資材と言い訳したとしてもブレイバーを量産でもしないとこの量は可笑しい。
法律上、企業や政府が兵器を生産する際はカイロ武装局に申請を出さねばならないのだが、その申請すらない。
天空寺コンツェルンは明らかにグレーな企業と言うのは誰でも分かる。
だが、主だった証拠が無い限り逮捕も出来ず、天空寺コンツェルンはニオブを取引しているだけで無罪と判断される可能性すらある。
現在、CIAが調査しているが調査が終わる前にバビが新兵器を完成させる方が速い可能性があった。
そこで第2連隊に与えられた任務はバビから輸出されるニオブを強奪する事だった。
どうやら、バビと天空寺コンツェルンとの取引を見ると前払いと後払いがあり、後払いはニオブが天空寺コンツェルンに届いた時に発生する。
そこで輸送中のニオブを強奪する事でバビへの資金流入を抑えようと言うのが第2連隊に与えられた任務なのだ。
だから、ミロスが妨害作戦と言っていたのをアリシアは納得した。
たしかにバビへの妨害と言えば、妨害と言える作戦ではある。
そこで妨害の一環としてバビに付き従わないテロリスト達にニオブの情報を流し襲わせて輸送を妨害していたのだ。
だが、その事を天空寺コンツェルンも不審に思ったのだろう。
天空寺コンツェルンと関係が深かったセイクリッド ベルを使って真相究明に走ったのだ。
セイクリッド ベルと天空寺のCEOは同じ正義を行う者として仲間意識があり、互いに協力を惜しまない関係だった。
本来なら軍の一組織が企業と著しく癒着する間柄を築くのは御法度だが、そこは独立部隊の権限を言い訳にしてきたのだろう。
そして、セイクリッド ベルは第2連隊に行き着いたのだが、第2連隊の間ではセイクリッド ベルが天空寺コンツェルンの悪事に加担して不義を行なっているにも関わらず互いに証人しあい自分達を正義と偽る態度に悪辣さを感じ敵意を持った者達が隊の中に現れた。
加えて、敵かもしれないセイクリッド ベルにこちらの任務は話す訳には行かず、セイクリッド ベルはこちらに敵意があると判断しあの戦闘が起きてしまった。
そう言った経緯があったようだ。
「なるほど、そのような事情が……その、すいません」
アリシアは頭を下げる。
興味があったのも事実だったがどこかで疑っていたような心もあったのだ。
それが申し訳なく想い、謝罪した。
「いや、良い。事情が分からないなら誤解されるのも無理はない。むしろ、ありがとう」
アリシアは首を傾げた。
(今の話でお礼を言われるような事はしていないはずだけど……)
とアリシアは思った。
「あなたは優しいのだな。疑いのある我々の事を知ろうとして話を聴こうとした。その上で答えたくないなら答えなくても良いと我々を気遣いもした。我々の事を知ろうとしてくれただけで我々のやっている事が不義ではないと誇れる。その事は感謝している」
彼は深々と頭を下げた。
そこでシンもある事を思った。
彼等のしている事は傍から見れば、民主的に認められている正義への反逆だ。
彼等の行いは世界平和を守る上で必要な事なのだが、味方をする者は少なく孤立に近い状況に置かれ迫害され、謂れの無い罪を着せられる。
その気持ちはシンには痛いほど分かる。
自分がそうだったからだ。
だから、そんな自分達に敵意を向けず、歩み寄ってくれたアリシアの心意気は有難いモノだ。
知れば、愛する。
そう言う言葉を何処かで聞いた気がする。
昔、ある昆虫学者が幼少期に炊いた米に群がる蟻が鬱陶しくて嫌いだったそうだ。
だが、大人になり昆虫学者になって蟻の生態を調べてみると蟻は献身的に群れの為に働き互いが互いに己の役割に準じて和合して群れを支えている姿に感銘を受け、いつしか蟻を愛したらしい。
知れば、愛するとはそう言う事だ。
だが、人の多くは固執や偏見で知ろうともしない行動をする事が多い。
時に自身の貪欲からなる利己心が他人を知る事を面倒に思い、手間に思う心が知ろうとする心すら失わせる。
それは無関心とも愛が無いとも言う。
互いに愛さないから争いを生むのだ。
自身の能力と自分達の証もしていない正義に固執したセイクリッド ベルのように……。
愛が無い者達にはそもそも、証など出来るはずもない。
だから、そう言った手合いは「平和を守る為に俺は戦う」「正義は必ず勝つ」「人類の希望の為に!」など口先だけの正義を語る事をシンは知っている。
そんな手合いは証と称して武力や奇跡を示したがるが、それは他人を脅迫して抑圧した結果に過ぎず、手間を惜しむ心が招く行いだ。
そんな正義は悪辣極まりない。
そう言った自惚れた正義やそれに加担する人間にいくら伝えても伝わらず、やるせない気持ちが残り証もしない悪辣な正義の甚だしい行いに不快感を覚える事をシンはよく知っている。
だから、シンにとって第2連隊の心情は他人事ではなかった。
「わたしは何もしていません。あなた達を疑った訳ではありませんが、自分の為に聴こうとしたのも事実です。感謝される事はしていません。どうか、頭を上げて下さい」
そう言われミロスが頭を上げると右に首を傾けて気味のアリシアの微笑ましくこちらを見つめていた。
その顔立ちからは慈しみの心を感じる。
彼女は彼等の事を愛そうとしてくれたのは彼等にも分かった。
彼女に愛が無かったら、自分の意見を欲深く語り「なんでこんな事をしたのか教えて」と強気で聴いただろう。
だが、彼女は自分の意見を押し殺して「お答えしたくないなら無理には聞きません。」と言った。
もし、自分の意見に欲深い人間なら自分の知りたいと言う貪欲を叶えようとしただろう。
「知ろう」する事と「知りたい」事は似ているが違う。
知ろうとする者は相手の事を考える利他心から来るが知りたいとする者は相手の事を考えず、利己心から来るモノだ。
知らないともどかしい、知らないと自分が不利益になると考える利己心がそうさせるのだ。
現代社会で情報を利己的に知りたいと言うのは間違ってはいないが、セイクリッド ベルのように自分達の正義こそ正しいから自分達の正義の為と言う悪い利己的で考えから相手が自分達の「知りたい」に答えて当たり前と考えるのは甚だしい事だ。
それに不平不満を抱いて敵意があるからと争いを生んだのだ。
ただ、アリシアの中には悪い利己的に知りたいと欲する感情が無かった訳ではない。
そんな自分の悪いところを自覚しているからこそ、自分が感謝される筋合いがないと彼女自身が知っている。
(まだまだ、未熟だな……)
自分はまだ、自分を救ってくれたあの人には遠く及ばない。
その背中は遠いが追わないとならない。
今回の件で改めてそう思えた。
「それでもあなたには感謝しているあなたがいなければ我が連隊は壊滅していた。それは紛れもない事実です」
ミロスは更に深々と頭を下げる。
義理堅いのだろうが、そんなに誠意を向けられると少し照れてしまいどうしていいか分からず、アリシアは頭を掻く。
よく考えると人生でここまで慇懃に感謝を述べられた事がない。
人生でも兵士になってからも初めての経験だ。
困り果てアリシアを見兼ねてシンが助け舟を出す。
「そう言えば、捕らえたセイクリッド ベルの隊員は今後、どうするんだ?」
助け舟を出したつもりでもあるが、シンとしてはそこが知りたいところだ。
正直、自分の感情だけで言えば、セイクリッド ベルをこの場で銃殺したいとは思う。
なぜ、そう考えるのか?と聞かれるとしたらこう答えるだろう。
わざわざ、凶悪犯罪を行う連中を野放しにしようと思う奴がいるか?
普通に考えて死刑だろう?
死刑でなくても監禁をするだろう?
それが答えだ。
世間で正義の味方として知られていようとそんな事は知った事ではない。
正義は必ず勝つが最終的に人に多大なるご迷惑をお掛けして負けるのだ。
ここで殺しておくのも世界の為と言う奴だ。
証もしない正義を振り翳すだけのクズ野郎を生かす道理などシンは持ち合わせていない。
「知っている事がないか取り調べた後に拘留する予定だ。何せ、今回の件に関係あるかも知れないからな。不用意な事はさせないさ」
(まぁ、それが無難だろう。始末出来ないのが残念ではあるが、オレの独断で殺すのも揉め事を起こすだけだ。監禁してくれるだけ良しとしておこう。だが、一応警告はした方が良いだろう)
「一応、アイツらを尋問する時は1対5の尋問が適切だ。前方に尋問役1人と左右に1人ずつ後方に2人に配置して尋問役以外は動画で映画なんかを観ると良い。そうすれば、奴らの思考を撹乱出来てこちらの情報が漏洩する事はない」
すると、ジャイル中佐がシンに質問をしてきた。
「その言い方だと……神代中尉はエスパーに対する尋問に心得があるのですか?」
心得があるといえば、その通りだ。
昔、エスパーを尋問した友軍の尋問官が尋問していたが、逆に尋問官から情報が漏れ脱走されかけた事があった。
尤もすぐに気づいたシンが脱走者をボコボコにした事で大事に至らなかった。
その時、エスパーは思考を読んでシン以外の見張りの兵士を撃退したが何故かシンだけに通用しなかった。
その事を買われ、捕獲したエスパーの尋問をシンがする事になりその時、エスパーがシンに負けた事に苛立ち理性を失い、口を滑らせた情報からどうやら、シンからは殺気を感じられないから行動が予測出来なかったと判明した。
シンはそんな自分の特性を利用してエスパー尋問用のマニュアルを作った経験がある。
尤もエスパーを尋問する機会だとほとんどないので読んだ事のある人間の方が希少だろう。
(まさか、こんな形で役に立つとは思わなかったな……)
「少なくとも過去にその手のマニュアルを作成したくらいには経験がある」
「そのマニュアルは今、どこに?」
「そんなに需要がないと言う理由で破棄された」
セイクリッド ベルを利用したい企業や団体の連中が圧力をかけて消したと言うのが正しい。
「だが、オレの頭の中には今もマニュアルは記憶している」
(嘘ではない)
「おぉ!では我が部隊に是非、ご教授願えませんか?!」
(よし、かかった)
「良いだろう。教えられる事は全て教える」
(これは本当だ)
「ただ、注意点がある。奴らは人の心に干渉することがある。そのせいで言葉巧みに奴らに唆されて部隊内から離反者が出る恐れがある」
「なんと!エスパーとはそれほど危険なのですか!」
「あぁ、だが未然に予防すれば防げる。マニュアルを学んでもその免疫をつけるまで少し時間がかかる。なので、奴らからの調書の内容を録音でオレに聴かせるんだ。最悪、文字でも良い。それで尋問官の容態をある程度、把握出来る」
これに関しては半分嘘だ。
言葉巧みに騙される可能性はあるが、それを念頭に教えていれば、まず引っかかる事はない。
拘留するとは言え、極悪人の現状は知る必要がある。
セイクリッド ベルは何を仕出かすか分からない。
一度だけ見た事があるが特殊な専用機で“奇跡”のような現象を起こし、敵を壊滅させた事がある連中だ。
シン自身は知らないが、そんな連中なら洗脳くらいはできるかもしれない。
どの道、危険な奴らの情報は集めないとならない。
その為には多少なり利用させて貰うだけだ。
不当ではないぞ。
その対価としてちゃんとマニュアルは教えるから決して不当ではない。
「シン。そのマニュアルの習得、てどのくらいかかるの?」
「そうだな。最低でも3日あれば教えられるな」
「なら、その間、この部隊に身を寄せるのはどうでしょうか?任務の協力者になって貰うわけですしその方が何かと都合が良いでしょう」
その言葉にジャイルは笑みを浮かべる。
「おぉ、君たちのような強者がいれば心強い。こちらもぜひ、それでお願いしたい。よろしいですか?隊長?」
「まぁ、その方がよさそうだな。それにこの隊にとってあなたの存在は良い刺激になりそうだ」
(良い刺激になる?言っている意味が分からないな。なんで、わたしが良い刺激になるのだろう?)
とアリシアはいまいち理解はできなかったが、ミロスがそう言うならそうなのだろう。
こうして、アリシア達はしばらく第2連隊の厄介に成る事になった。
それから数日間、シンとアリシア、第2連隊で哨戒任務に従事しながら共同生活を送っていた。
何度かサレムの基地を襲撃して壊滅させたがその度に第2連隊の面々は目を丸くしていた。
中には「ここまで酷い階級詐欺は初めて見たな」などと意味不明な事を言われた。
アリシアは「実力の割に階級が高いと言う意味かな?まぁ、わたしまだ、兵士になって2ヶ月だしそう思われても仕方ないかな……」と思っていた。
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