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北欧大戦 イマジンゴッドウォー

弱い独立部隊

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 アリシアは敵機の真上を取りながら、レーダーから隠れるように接近する。
 自由落下とスラスターを併用して微調整を行いながら、降下する。
 敵はまだ、こちらに気づいていない。
 アリシアは真下にライフルを構え、続け様に3発の弾丸を撃ち込む。
 敵機は思いがけない不意打ちで頭頂部からコックピットにかけて貫かれる。
 
 そのまま地面に着地する。
 3機がやられた事に周囲の機体は反応しアリシアの方を見つめる。
 アリシアは目が合った機体から順にライフルを3発放つ。
 敵の腰部にある動力部を貫き、行動不能にする。
 
 敵の奇襲であると察知した周囲の敵機はアリシアを包囲するように接近してくる。
 アリシアは包囲が完成する前に機体の持つ機動力を最大に活かし、包囲網を突破する。
 そこから集まってきた敵の背後に向けて、更に3発の弾丸を放つ。
 敵機は今までの攻勢が嘘のように意図も簡単に撃墜されていく。



「なんなんだ!アイツは!なんでこんな簡単に!」

「俺たちがまるで反応出来ないだと!」

「さ、殺気がまるで感じられない!」



 彼らの最大の弱点とはエスパーとしての能力そのものだ。
 シンが教えた彼らの弱点とは能力依存だ。
 彼らはエスパーとしての能力を能動的には扱えず、ほとんど受動的にしか扱えない。
 つまり、本人の意志とは関係なく常にスイッチがオンの状態で能力を発動している。
 それ故に彼らのパイロットとしての戦闘力は能力を発動する事を前提に置いている。
 彼らの戦闘の基本は殺気を感じて避ける事だ。
 パイロットとしての能力が高くても無意識にそこに依存しているのだ。

 だが、もし殺気すら隠して戦う者が現れたらどうなるだろうか?
 シンが知る限り、超一流の戦士ほど殺気を隠して攻撃する。
 その方が相手に無駄な抵抗をさせず、倒せるからだ。

 加えて、殺気を出して戦うと自分のメンタル面で張り詰め過ぎて、無意識に体が強張り、体力も疲弊し易くなる。
 超一流ほどその隙は逃さない。
 アリシアやシンの戦い方とはまさに殺気を出さない戦い方だ。
 初めからそのように戦い方を学んだ。
 そして、彼らは能力などに依存せず、敵の微かな動作から意識の隙を見抜いたり出来る。
 それを息を吐くように体現しているのだ。

 セイクリッド ベルにとってアリシア達は非常に相性が悪いのだ。
 アリシア達から言わせれば、セイクリッド ベルは殺気を感じ取れる相手を相手取って浮かれた天狗になっただけの雑兵集団に過ぎない。
 アリシアは包囲の為に固まり始めていた集団にライフルを突きつけ、1発2発3発と撃ち込む。
 殺気を感じて避ける事に慣れている彼等にとって殺気を感じられなければ、避ける事すら出来ない。

 機体の挙動に一瞬の戸惑いが現れ、容易に撃墜されていく。
 その中でも数機がアリシアに反撃しようとライフルを向けてくるが、アリシアは彼らの挙動を読み取り小刻みに射線を移動し回避する。
 彼らから見れば、ネクシルの回避行動はまるで瞬間移動のように思えるほど速く機体の残像すら見えた。



「なんて野卑な。これで独立部隊なんて……」



 アリシアですらそう思わざるを得なかった。
 彼らはパイロットとしての能力は高いだろうが能力がなければ、こんなにも脆い。
 普段から鍛えているアリシアから見ても彼らの技には洗練さがない。
 エースパイロット集団という噂を聞いて苦戦は必至と思っていたが、あまりに拍子抜けで落胆する。
 楽に勝てる事に越した事はないが、それにしても弱過ぎる。

 敵はまともな反撃すら出来ぬままにあっさり撃墜されていく。
 エスパーではないパイロットの方が能力が無い分、必死に避けようとする意気込みを感じられたが、彼らにはその意気込みを感じられない。
 今まで能力に任せて避けてきたせいで戦士として必死に回避を練習して来ていないのが目に取れて分かる。



「あまりにお粗末だよ……」



 もはや、哀れみを通り越して情けなくすら思える。
 仮にも同じ軍人……しかも精鋭部隊でありながら、この体たらく、情けない以外の言葉が浮かばない。
 戦闘を楽しむ気概はないが、こんなに味気ないと感じた事はない。

 だが、かえってそれが良かったのか、化け物染みた戦闘能力を持っていたと思われたセイクリッド ベルが紙屑同然に吹き飛ばされるのを見た第2連隊の士気が一気に勢いを戻す。
 セイクリッド ベル→化け物→勝てない→無理ゲーと思い込み士気が下がっていた第2連隊はアリシア達の加勢により勢いを増し攻勢に転ずる。
 アリシアに気を取られ、棒立ち同然になっている敵機の側面から第2連隊の弾幕が飛び交う。
 
 セイクリッド ベルの兵士達の意識がアリシアに向き過ぎたせいで無意識に能力の指向性がアリシアに向いたせいで周りの人間への意識が出来なくなり、回避すら出来ず、セイクリッド ベル隊の機体は撃墜されていく。
 そうなればあとは簡単だった。
 物量で勝る第2連隊の物量を持ってすればもはや、兵士としての質が落ちたセイクリッド ベルを壊滅させる事など造作もない。
 アリシアが敵を引きつけて気圧された敵機は第2連隊が仕留めていく。



 ◇◇◇




 
 それから10分後
 セイクリッド ベルは壊滅した。
 東側のシンも敵を壊滅させ、敵残存兵力はないと思われたが1機の機体が戦域から離脱しようとするのが見えた。
 アリシアは逃亡する者を追撃しようとは思わなかったがシンは違った。
 ネクシルの機動力を活かして一気に接近し逃亡する敵機の前に立ちはだかる。

 すると、回線が開かれた。
 これは全軍ではなくシンがアリシアとシン、そして敵との回路が聴けるようになっている。
 シンは何を狙っているのか知らないが自分いに敵との会話を聴かせたいらしいと言う事だけはわかった。



「セイクリッド ベルAP部隊隊長の安室陽《アムビ》 レイヤだな。」

「誰だ。お前は!」

「俺は神代 シンだ」

「知らぬ名だ」

「だが、俺はお前を知っている。どれだけ危険な存在かもな」

 
 
 相手の何とセイクリッド ベル隊の隊長機のようだ。
 名前は安室陽 レイヤと言うらしい。




(どこかで聞いたような名前がするけど、何かのデジャブかな?)




 ただ、シンの言う通りアリシアの心の中にも彼が危険だと告げている。
 何故かは分からないが、それが万物不変の理の如く当然のようにそう思っているのだ。

 例えるなら、目の前で銃を乱射して100人の人間を殺した人間が安全と言えるだろうか?どう考えても危険でありそのくらいの確定事項だった。
 なぜ、この男にそんな感情を抱くのか分からない。
 戦闘状態で気が立っているのかも知れないと思いつつ、彼らの話に耳を傾ける。



「なぜ、こんな事をした?」

「決まっている。奴らはテロリストと結託し輸送中のレアアースを強奪し隠し持っているからだ。アレは天空城コンツェルンに輸送するはずの物だ。テロリスト紛いの連中に使わせるわけにはいかない」



 第2連隊はテロリストと結託しレアアースを強奪したらしい。
 それも天空城コンツェルンと言えば日本最大のPMC企業だった筈だ。
 政府からの信用も高く、「平和を乱す悪と戦う」が会社のCMキャッチコピーの企業だ。

 傍から聞けばこちらが悪いように聞こえなくもないが、アリシアの中では第2連隊の事を疑いはしなかった。
 ジャイルが嘘を言っているとは思えない。
 本当に疚しい心があるなら少なくとも躊躇いなく自分の要求を呑んだりしない。
 アリシアは詳しい話は後で聴く事にした。



「詳しい事情は聴いたのか?」

「我々は問いかけた。だが、彼らは対話に応じなかった。我々は彼らに敵意があると判断し粛清する事を決定した」



 聴いている限りセイクリッド ベルもかなり乱暴なような気がした。
 対話に応じない=敵意=敵と考えているようにしか見えない。
 第2連隊が何らかの理由で応じる事が出来なかったとは考えなかったのだろうか?
 まるで対話に応じなかった第2連隊が悪いような言い方だ。
 いくらなんでも短絡的な気がする。



 
(そうか。彼らは人の心が読めるから相手に悪意や敵意があると感じるとそれを敵対行動と思い込み易いんだ)




 考えるよりも自分達の感覚に自信があるからその時点で敵と決めつける。
 能力がある故に変な先入観が魂に染み付いていると言う片鱗が露になった。

 
 
「敵意を持ったからと言ってそれで敵対したのか?それが愚かだとは思わなかったのか?」

「愚かだと!俺たちの行いは天空城コンツェルンや他の組織からも認められている。多くの者が我らの義を認めている」

「その義とはお前達の独り善がりではないのか?俺にはただ、暴力を振るっているようにしか見えないが」

「我々はそんな事をしていない!我々は世界の平和を守っているのだ!」

「……やはり、お前達、とは分かり合えないようだな」



 そして、シンは殺気を隠しながらライフルを構え、引き金を引いた。
 殺気を読み取れず、ライフルを構えるタイミングすら見切れなかった安室陽の機体のコックピットに大きな穴が空いた。
 敵機は後ろに仰け反り地面に落ちる。

 流石、アリシアも聴いていて不快だった。
 彼らの行いは自分達の能力者としての感覚を基準に考え過ぎており、相手の事を知ろうとせず、考えようとしない醜い人間に思えた。
 自分達の義が間違っているかも知れないと顧みる事すらしなかった。
 罪を自覚しない人間は厚顔無恥に振る舞う。
 殊更、「対話に応じなかった」と言っていたが、考えようとしない彼らの態度からして心の底から対話する気など始めからない。
 要は口先だけ対話という綺麗事を言っているに過ぎない。



「アリシア。これが俺が戦っている者だ。もしかしたら、お前もいつか戦う事になるかも知れない」

「アレがわたしの敵なの?」

「そうだな。人間は自分の罪を認めず潔白を装い証もせずに自分の言葉こそ正しいと自惚れ口先だけの言葉を語る。そんな事をする奴を俺は悪魔と呼んでる」

「悪魔……」



 アリシアはかつて、おじいちゃんアストに言われた事を思い出していた。
 自分はいつか悪魔と戦う事になると彼は言っていた。
 今までそれが何なのかどこにいるのか漠然とした中で深くは考えていなかった。
 だが、その敵が何なのか、シンのお陰で見えた気がした。
 薄々、感づいてはいたのだ。
 だが、シンの言葉で明確化された。
 と言う事だ。




 ◇◇◇



 数分後
 戦域の近くで待機していた陸戦戦艦に招待されていた。
 帰還した第2連隊と共に艦に着艦した。
 コックピットから降りると第2連隊の部隊員達に「ありがとう」「命の恩人だ」などと声をかけられた。
 正直、悪い気はしない。
 尤も、中には「強くて可愛いとか反則だ」「俺の部隊に入ってくれないかな」などと言う声も聞こえた。

 アリシア自身は自分の事をそんなに強くはないと思っていたので過大評価に思えた。
 セイクリッド ベルもコツさえ分かれば、倒すのは容易な相手だ。
 それだけの事でわざわざ、部隊スカウトを受けるほどの事ではない。
 きっと彼らはお世辞を言っているんだとアリシアは思った。

 それからすぐに連隊長の使いがアリシアとシンの元に来て話し合いをする事になった。
 どの道、報酬の話やセイクリッド ベルの件で色々、聞きたいこともあった。
 まぁ、前者はともかく後者については話してはくれないかも知れない。
 作戦の内容を外部の人間に打ち明けるほど軍はルーズではない。

 部屋に案内され、遣いの男がドアをノックし中から「入れ」と声がして中に入る。
 中に入ると目の前には白い無精ひげを蓄えた男とジャイル ジャイロン中佐が立っていた。
 使いの男を下がらせた後、髭の男にソファーに座るように促され腰かける。
 その後で2人も対面して腰かける。



「さて、まずは名乗らせてもらおう。わたしは第2連隊を指揮する。ミロス キャンベル大佐だ」

「改めて、名乗らせて貰います。わたしは副官のジャイル ジャイロン中佐です」



 2人は慇懃な態度で頭を下げる。
 ミロスは白髭の男で強面、鋭い目つきが印象的な男だ。
 初老の男性だが、体の至るところに傷があり筋肉が隆起している。
 かなり実戦慣れした兵士なのが目にとって分かる。
 対してジャイルは丁寧で紳士的で表情も柔らかい。
 通信の時は切羽詰まっていたが、こうして見ると常に穏やかに笑みを浮かべている。



「アリシア アイ中尉です。こっちはわたしパートナーの神代 シン中尉です」



 シンについては事前のシナリオで適当に誤魔化す事にした。
 最悪、極東基地司令の直属の極秘部隊と言う事にしておけば幾らでも誤魔化せる。
 多分、彼らにシンの事情を正直、話したとしても話が揉めるだけだろう。
 それにどんな事情があるのか、アリシアですら知らない。
 シンは「よろしく頼む」と軽くお辞儀した。
 2人は特に不審に思う事もなく会話が始まった。



「でだ。今回の依頼について何か特殊な取り決めをしたと聞いたが?」

「わたしからの要求は簡単です。わたしは作戦でサレムの騎士を討伐する予定です。ですが、そうなると追い込まれたサレムの騎士が奇行を働く可能性があります。なので、あなた方に作戦区域の巡回を頼みたいのです。それが出来なくてもその便宜を図って欲しいのです」




 2人は顔を見合わせる。
 2人の中では金の話とか権力絡みの利権などの話だと思っていたが、あまりに予想外の要求に呆気に取られてしまう。

 ちなみにアリシアにはちゃんとした意図があった。
 彼らに説明した通り自分達により追い詰められたサレムの騎士が万が一にも奇行を働いた場合、それがテロとして被害を生む可能性があった。
 それを防ぐにはアリシアとシンだけではカバーしきれないのでアリシア第2連隊の戦力を使う事を思いついた。
 加えて、ADの基地に周辺に第2連隊の戦力が巡回すれば、AD基地が対策マニュアルとして第2連隊の動向を知ろうと各機関と連絡を取り合う。
 第2連隊を巡回させるだけで基地発見確率が大幅に上昇するのだ。



「つまり、治安維持のために我々を使いたいと?」

「そういう事になります」

「うむ……」



 ミロスは少し考え込んだ。
 副官が決めた事とは言え、この条件を飲んで良いのか考える。
 このまま、条件を反故すると後で第2連隊の信用に関わる事に成りかねない。
 目の前の女はそれでどうこう騒ぐような女ではなさそうだが、側から見れば仕事を依頼した第2連隊が報酬を払わない様な業界マナーを守れない非常識集団と思われる可能性もある。

 ただ相手が軍属とは言え、別方面の部隊と勝手に協力関係を築くのも良くない。
 少なくとも、アフリカ軍にそこまでの余裕があるのかと言えば微妙なところだ。
 治安維持の観点で言えば、別に受けても問題ないとは思うが、司令部がどう判断するかは分からない。



「一応、司令部に作戦の打診はしてみましょう。それでダメなら……」

「分かっています。多少、無理なお願いをしているのは知っています。その場合には諦めますのでご安心下さい」



(良かった。助かった)



 ミロスは思わず安堵したがその時、ある事に気づいた。



(助かった……だと?俺は無意識にこの娘を恐れたのか?)



 アリシアの優しく微笑みに安堵した心は確かにもあった。
 自分の思い通りにならないと駄々を込ねる面倒な人間でなかったと言うだけでも本当に良かったと思っている。
 だが、それよりも彼女に逆らわずに済んだ事を安堵する自分がいた。

 意識をしていた訳ではないが、実戦経験をしているせいで無意識に彼女がどんな人間か分析して技量を理解してしまう。
 淑徳と慈愛のある微笑ましい顔立ちだが、中身は相当な化け物だ。
 体から流れる覇気が年齢不相応なまでに現れている。
 上手く気を隠しているが、それなりに技量がある人間なら見抜ける。
 その歳で一体どんな修羅場を潜ったのか聞きたいくらいだ。
 ミロスはジャイルに連絡を取るように促す。
 それと同時にアリシアが兼ねてよりの疑問をぶつける。



「ミロス大佐。つかぬ事を聴きますがあなた方は今、どのような任務をしているのですか?」

「そうですね。妨害作戦とでもいえば良いですかね?」

「テロリストと結託して資材を奪う事が、ですか?」



 ミロスの顔が無表情のまま眉だけが微かに動いた。



「どこまで知っているのです?」

「それ以上の事は何も。無論、軍の作戦を容易に聴けるとは思っていません。お答えしたくないなら無理には聞きません。あなた方は自分達が悪に見られると分かっていながらそれを行なっている。それはそうしないとならないからであなた達はそれを恥じてはいないのでしょう?」



 ミロスは炯々な眼差しでコクリと頷いた。
 真実味を持った鋭い眼差しだった。
 こう言った人間は他人の評価などを気にせず、他人の疎まれても何かを守る為に戦える強い人間の眼だとアリシアは感じた。
 そう言う人間が疎まれると分かって行った事なら興味はあったが自分が深く詮索する必要はない。



「なら、それで構いません。わたしも同じ立場になれば人の評価なんて気にせずそうすると思いますから……この質問はわたしの個人的な興味なのでお気になさらず」



 元々、ダメ元で聞いてみただけ、素直に聴けるとは思っていない。
 そこまで簡単に作戦を明かすほど軍が甘くないのは知っている。
 ただ、少し歯切れの悪さはあるのですっきりさせておきたいと言うのは本音ではある。
 すると、後方で通信を取っていたジャイルが何かに驚いたように「えぇ!本当に良いんですか?はぁ……はい、ではそのようにお伝えします」そう言って通信を切ってソファーに座り直す。



「で?どうだった?」

「どうやら、我々の次の任務は決まったようです」
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