上 下
818 / 1,906
ノックス編

803.ミカゲの式、擬鵺

しおりを挟む
 ミカゲと呼ばれていた男は驚きの表情を浮かべていたが、やるべき事を思い出したように、かぶりを振った後『式』の札を空に放り投げる。

 ひらひらと舞いあがる札は、ボンッという音を立てて、一体の妖魔が使役されるのだった。

 使役された妖魔の見た目は変わっており、あらゆる動物が組み合わさったような体つきをしていた。それは猿のような顔をしているがタヌキのような胴体をしており、手足は虎のようであり、尻尾は狐のようである。

 ひょう、ひょうという鳴き声をあげるその生物は、地に四肢をつけて御影を守るように立ちながら、オーラに包まれているソフィを見て舌なめずりをする。どうやらその生物はソフィの事をと認めたようであった。

「『擬鵺《ぎぬえ》』よ、油断をするな。お前がやるべきことは、私に時間を稼がせる事だ」

「……」

擬鵺ぎぬえ』と呼ばれたその生物は、ミカゲの言葉に頷くように首を動かす。そしてミカゲは、擬鵺の他にも『式』を使役する。

 その多くが鳥の類の『式』だった。

 空に放たれた式達はどうやら戦闘に参加する様子はなく『ミカゲ』の命令を待っている。

「お前達は『屯所』に居る同志達にこの事を伝えて直ぐに、ここ『加護の森』へ向かわせろ」

 命令を受け取った『式』達は、一斉にこの場から離れて飛び立っていく。その様子を見ていたヌーは、ソフィにどうするかと視線で尋ねる。

「我達の目的はあくまで『エヴィ』だ。仲間を呼んでもらった方が、知る者が増える可能性がある」

 ソフィの言葉にヌーは頷き、静かに『スタック』していた魔力を閉じる。この場に居るヌーやソフィであれば『式』が仲間達を呼びに行く前に、一匹残らず魔法で落とす事が可能である。

擬鵺ぎぬえ』を使役した男が左手を挙げると、結界の魔力が消えるのをソフィ達は感知する。どうやら『式』をこの場から離れさせる為に、男は『結界』を解いたのだろう。

「お主に聞いておきたいのだが、何を目的として我らに絡んで来ておるのだ?」

「しらばっくれるな、悪しき妖魔たちよ! それ程の力を持っておる者が、この森で何を企んでいた! 貴様ら妖魔達の主である『か?」

「いったい何を言っていやがるんだコイツは……」

 どうやら彼らは勘違いをしているらしく、ソフィ達を彼らの国を襲った妖魔達の一味だと思い込んでいるらしい。

「何を勘違いしておるのか分からぬが、我はこの世界に跳ばされた仲間を探しに来ておっただけだ。別にお主らと争うつもりはないぞ?」

「ええいっ! そんな誤魔化しが通用する程、我ら『ケイノト』の『退魔組衆たいまぐみしゅう』は甘くはないぞ!」

(『退魔組衆たいまぐみしゅう』? 魔物を討伐する町の自警団のようなモノか?)

 ソフィがそんな事を考えていると『擬鵺ぎぬえ』と呼ばれていた妖魔が四肢に力を入れたかと思うと、ソフィを食い千切ろうと飛び掛かってきた。

 ソフィは『擬鵺ぎぬえ』の攻撃を完全に見切り、薄く笑みを浮かべながらその鋭利な前足の爪を躱す。空気の抜けるようなひゅう、ひゅうという音を口に出しながら、攻撃を躱し続けるソフィを追尾しながら攻撃を続ける。

「クックック、確かに重そうな攻撃だな? だが、そんな調子では我には永遠に当てる事は敵わぬぞ」

擬鵺ぎぬえ』の繰り出す攻撃の一撃は確かに重く、当たると致命傷となる程の威力はあるのだろう。しかし今のソフィの目には全く脅威に映らなかった。 

「『擬鵺ぎぬえ』の速く重い攻撃が全く通用しておらぬ。私ではどうする事も出来ない程、こいつらは格上の妖魔なのか……!」

 ソフィは擬鵺の攻撃を躱し様に、鋭い一撃をカウンターで入れる。

「がぁっ!」

擬鵺ぎぬえ』と呼ばれた妖魔はその一撃でフラつき、胴体がブルブルと震え始めたかと思うと、動きが止まった。

「もう終わりか?」

 『擬鵺ぎぬえ』の動きが止まったのを確認し、ソフィも動きを止めて『擬鵺ぎぬえ』の近くで様子を見る。

「好機! 『擬鵺ぎぬえ』よ、あれを使え!」

 ソフィは突然声を出し始めた人間の方を一瞥し、擬鵺から視線を外してしまった。
 
 その次の瞬間、震えて止まっていた擬鵺の目が光り、黒煙を周囲にまき散らしながら、近くに居たソフィの身体を覆い尽くした。傍からはソフィと妖魔の姿が見えなくなった。

「しめたっ……! 『擬鵺ぎぬえ』よ、そのまま呪い殺せ!」

 ミカゲの命令が聞こえたかと思うと、黒煙に包まれた中で、ひゅう、ひゅうという声が周囲にも聞こえる程に『擬鵺ぎぬえ』の鳴き声が呪詛のように響き渡るのだった。
しおりを挟む
感想 259

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ユウ
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

処理中です...