上 下
819 / 1,906
ノックス編

804.擬鵺の放つ呪詛の声

しおりを挟む
 黒い煙に包まれたソフィと『擬鵺ぎぬえ』の姿は周囲には見えない。しかし聞く者に何処か不安と、落ち着かなくさせる悲痛な擬鵺の鳴き声が響き渡っている。

「一体、何だと言うんだ」

 大魔王『ヌー』は険しい目をしながら、両手を自分の耳にあてて黒い煙の中を窺う。

擬鵺ぎぬえ』の放っているこの悲痛な声にはの効力がある。

 少し離れた場所に居るヌーには、おぞましい声にしか聞こえないが、擬鵺と同じ黒煙の中に居るソフィを狙って放たれたこの呪詛は、耳から離れない呪いの声が響き渡り続けて、その脳に直接働きかける攻撃は直接聞く者に精神を狂わせて恐ろしい幻覚を見せさせる。

(よし、あの距離で直接聞いたのであれば、人間でなく『擬鵺ぎぬえ』と同じ妖魔であってもまともではいられまい)

 ミカゲと呼ばれていた『退魔士たいまし』は、まず一体片付けたとばかりに、笑みを浮かべ始める。

 そして徐々に煙が晴れて行き、ようやく黒煙に包まれていた『擬鵺ぎぬえ』とソフィの姿が見え始める。

擬鵺ぎぬえ』の声を直接聞かされたあの妖魔は白目を剥いて倒れているか、最低でも全身を震わせながら精神が狂わされているだろうと、ミカゲは信じて疑わなかった。

「む……。ようやく辺りが見えるようになったな」

 しかし煙が晴れて見えたソフィの姿はいつも通りであった。それも何もなかったかの如く、平然と呟いているのだった。

「な、何……? どうして普通に意識を保っていられている!」

 ミカゲはソフィの変わらぬ様子に数秒驚いていたが、やがて目の前に敵がいるというのに、動きを見せない『擬鵺ぎぬえ』に眉を寄せる。

「『擬鵺ぎぬえ』! 何をしている! 目の前に居る妖魔を喰い殺せ!!」

 『式』を使役しているミカゲのその声が聞こえた以上、使役させられている『式』は、嫌でも命令に従わなければならない。

 だが、ミカゲの声が届いているにも拘らず、擬鵺ぎぬえは動きを見せない。

「残念だが、こやつにはもうお主の声は届かぬぞ。少しばかり意識を遮断させてもらったからな」

 ソフィがそう言うと『擬鵺ぎぬえ』の眉間を軽く指でトンッと押す。するとあっさりとその虎の胴体をした『擬鵺ぎぬえ』は、ドサリッと音を立てて倒れるのだった。

「!?」

「クックック、どうやら化け物対決は、ソフィに軍配が上がったようだな?」

 信じられない現実にミカゲは、倒れた擬鵺とその相手であるソフィを見比べながら目を丸くする。

 そして対照的に大魔王『ヌー』はソフィを化け物と呼びながら、予測出来た現実に笑い始めるのだった。 

「な、何故だ……? 『擬鵺ぎぬえ』の呪詛は、鵺の最上位である『本鵺ほんぬえ』とまではいかないが、私たち『上位退魔士』ですらあっさりと狂わせる程の力を持つ筈だ『鬼人きじん』や『仙狐せんこ』級でもない単なる妖魔が耐えられる程、甘くはないはずだ!!」

「ハッ! 妖魔だか何だか知らんが、』が、にやられるわけが無いだろう?」

 いつの間に移動したのかヌーは、邪悪な笑みを浮かべながら、信じられない現実を目の当たりにしている『ミカゲ』の前に現れてそう口にするのだった。

 そしてヌーはどうやら『ミカゲ』と呼ばれていた人間を物言わぬ骸に変えるつもりなのだろう。魔力を集約させた右手を『ミカゲ』の顔の前に翳す。

「ククククッ! 死ね、屑が!」

「まぁ待つのだ。ヌーよ」

 魔法を放とうとしていたヌーの横に一瞬で姿を見せたソフィは、そのヌーの肩に手を置いて静かにそう呟くのだった。

「ちっ……! 仕方ねぇな」

 舌打ちをしながらもヌーは、素直に手を下ろす。どうやら驚きすぎて九死に一生を得たという事に気づいてすらいないが、虚ろな目をしながらミカゲはその目でゆっくりと視線をソフィに移す。

「もう我達に敵わぬというのは理解出来ただろう。そろそろこちらの話を聞いてもらいたいのだが、聞いてもらえるかな?」

 悪い事をした子を叱った後に慰めるように、優しく言って聞かせるソフィだった。

「……」

 ――ミカゲは何も口に出来ず視線だけをソフィに向けているのだった。

 ……
 ……
 ……
しおりを挟む
感想 259

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...