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第4幕:解け合う未来の奇想曲(カプリッチオ)

第4-4節:いくつもの疑問

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 それはキールさんが口にした言葉だ。敵の目的は本当に私やノエルくんの命を奪うことなのだろうか? だってもしそうであれば、水に睡眠薬ではなく毒薬を仕掛ける方が合理的だから。

 それにその場合なら私やノエルくんが水を飲まなかったとしても、警備の兵士さんや作業員さんなど抵抗しそうな頭数を減らすことが出来る。ゴーレムを使役するにしても、敵の数が少ない方が都合良いに決まってる。

 そもそも実は私も井戸で樽に水をんでいる時にのどを潤しているのに、眠気を微塵みじんも感じていないのはおかしい。また、水をんだ後は必ず誰かが樽を見ているはずだから、そこに睡眠薬を仕込むというのも極めて難しいと思う。

 もちろん、一瞬たりとも目を離していないというわけではないから、不可能ではないけど。

 つまりキールさんの言う『眠ってしまった者の共通点』は成り立たないということになる。ただ、私が水を口にしているという事実を彼は知らないわけで、それを考えればその結論に至るのは筋が通っているし理解も出来る。

 逆に言えば、それが共通点だと指摘した彼は容疑者から外れることにもなるかな。

 もちろん、誰かがこうした推察をすると読んだ上でその言動をしているなら話は違ってくるけど、彼の様子を見る限りその気配はない。



 だとすると睡眠薬は揚げ花に仕込まれたのだろうか?

 ……ううん、それもきっと違う。だってノエルくんは揚げ花を口にしていない。屋敷を出てからずっと隣にいて、コッソリ何かを食べたという様子もなかったし。なによりさっきの発言を聞いた限り、現在の彼は間食を避けているようだから。



 それなら睡眠スリーピングの魔法とか?

 でもその可能性も低い気がする。だって魔法ならその効果がこの場の広範囲に及ぶわけで、少なくとも私が何も感じないということはほぼあり得ない。眠りに落ちなかったとしても、睡魔に襲われるくらいの反応はあるはず。



 …………。

 ……くっ、推理は八方塞はっぽうふさがりだ。敵の正体も目的も、何もかも分からない。だからこそ不気味で、嫌な予感しかしない。

 居ても立ってもいられず、私はキールさんに向かって思わず叫ぶ。

「キールさんっ、この場は無理せず撤退しましょう!」

「ご安心ください、シャロン様。私はゴーレムとの戦闘経験があります。あの程度なら造作もなく倒せます」

「いえっ、そういうことではなくっ、嫌な予感が――」

「皆の者、かかれぇーっ!」

 私が提案したのもむなしく、キールさんは兵士さんたちに号令を下してしまった。それとともに兵士さんたちはゴーレムに向かって勇ましく突進していく。さっきまでの棒立ちでへっぴり腰だった姿が嘘のように。

 そして剣を握り締めたキールさんはその一団の最後尾に加わる。

 程なく何人かの兵士さんがゴーレムの胴体に槍を突きつけた。ただ、そもそも硬い岩石で出来ている体にはほとんど傷が付かない。むしろ敵の間合いに入ってしまったことで、重いパンチやキックの攻撃を食らって吹き飛ばされてしまう。

 悲痛な声を上げながら地面に叩き付けられる兵士さんたち。そのほとんどがダメージの大きさゆえに立ち上がれなくなり、苦痛に歪んだ表情でうめき声を上げている。

 みんなピクリとも動かないわけじゃないから生きているとは思うけど、骨折くらいならしていてもおかしくない。それに表面上は怪我けががないように見えても内臓がやられている可能性はある。

 だからこそ早く治療しないと、命の危機に陥ることは充分にあり得る。

「くっ……」

 私は旗色の悪い戦況を眺めつつ、唇をんだ。

 そんな中、疾風はやてごとき動きでキールさんがゴーレムに駆け寄って攻撃を仕掛ける。


 突進のスピードを乗せた鋭い一撃――。


 その切れ味は凄まじく、硬いゴーレムの胴体を横方向へ真っ二つに斬り裂く。さらに追撃を加えることによりゴーレムの上半身は細かく崩れ落ち、その場に轟音ごうおんと振動が響き渡った。

 途端に周囲でまだ戦える状態の兵士さんたちは弾けるような歓声を上げ、キールさんを羨望せんぼうの眼差しで眺めている。

 キールさん自身もその場で小さく息をつき、剣をさやへと収める。そして決着を確信し、こちらへ向かってゆっくりと歩み始めた直後――。



「キールさんっ、危なぁああああああぁーいっ!」

 異変に気付いた私はのどが潰れてしまうかと思うくらいの大声で必死に叫んだ。

 でも時すでに遅し、キールさんが当惑しながらゆっくり後ろを振り返った瞬間にその体は宙に舞っていた。彼は激しい衝撃を受けて空高く弾き飛ばされ、弧を描いて私たちの方へ飛ばされてくる。

 数秒後、彼の体は私たちのすぐ横に落下し、地面にバウンドしてから沈黙した。


(つづく……)
 
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