92 / 97
第4幕:解け合う未来の奇想曲(カプリッチオ)
第4-4節:いくつもの疑問
しおりを挟むそれはキールさんが口にした言葉だ。敵の目的は本当に私やノエルくんの命を奪うことなのだろうか? だってもしそうであれば、水に睡眠薬ではなく毒薬を仕掛ける方が合理的だから。
それにその場合なら私やノエルくんが水を飲まなかったとしても、警備の兵士さんや作業員さんなど抵抗しそうな頭数を減らすことが出来る。ゴーレムを使役するにしても、敵の数が少ない方が都合良いに決まってる。
そもそも実は私も井戸で樽に水を汲んでいる時に喉を潤しているのに、眠気を微塵も感じていないのはおかしい。また、水を汲んだ後は必ず誰かが樽を見ているはずだから、そこに睡眠薬を仕込むというのも極めて難しいと思う。
もちろん、一瞬たりとも目を離していないというわけではないから、不可能ではないけど。
つまりキールさんの言う『眠ってしまった者の共通点』は成り立たないということになる。ただ、私が水を口にしているという事実を彼は知らないわけで、それを考えればその結論に至るのは筋が通っているし理解も出来る。
逆に言えば、それが共通点だと指摘した彼は容疑者から外れることにもなるかな。
もちろん、誰かがこうした推察をすると読んだ上でその言動をしているなら話は違ってくるけど、彼の様子を見る限りその気配はない。
だとすると睡眠薬は揚げ花に仕込まれたのだろうか?
……ううん、それもきっと違う。だってノエルくんは揚げ花を口にしていない。屋敷を出てからずっと隣にいて、コッソリ何かを食べたという様子もなかったし。なによりさっきの発言を聞いた限り、現在の彼は間食を避けているようだから。
それなら睡眠の魔法とか?
でもその可能性も低い気がする。だって魔法ならその効果がこの場の広範囲に及ぶわけで、少なくとも私が何も感じないということはほぼあり得ない。眠りに落ちなかったとしても、睡魔に襲われるくらいの反応はあるはず。
…………。
……くっ、推理は八方塞がりだ。敵の正体も目的も、何もかも分からない。だからこそ不気味で、嫌な予感しかしない。
居ても立ってもいられず、私はキールさんに向かって思わず叫ぶ。
「キールさんっ、この場は無理せず撤退しましょう!」
「ご安心ください、シャロン様。私はゴーレムとの戦闘経験があります。あの程度なら造作もなく倒せます」
「いえっ、そういうことではなくっ、嫌な予感が――」
「皆の者、かかれぇーっ!」
私が提案したのも虚しく、キールさんは兵士さんたちに号令を下してしまった。それとともに兵士さんたちはゴーレムに向かって勇ましく突進していく。さっきまでの棒立ちでへっぴり腰だった姿が嘘のように。
そして剣を握り締めたキールさんはその一団の最後尾に加わる。
程なく何人かの兵士さんがゴーレムの胴体に槍を突きつけた。ただ、そもそも硬い岩石で出来ている体にはほとんど傷が付かない。むしろ敵の間合いに入ってしまったことで、重いパンチやキックの攻撃を食らって吹き飛ばされてしまう。
悲痛な声を上げながら地面に叩き付けられる兵士さんたち。そのほとんどがダメージの大きさゆえに立ち上がれなくなり、苦痛に歪んだ表情で呻き声を上げている。
みんなピクリとも動かないわけじゃないから生きているとは思うけど、骨折くらいならしていてもおかしくない。それに表面上は怪我がないように見えても内臓がやられている可能性はある。
だからこそ早く治療しないと、命の危機に陥ることは充分にあり得る。
「くっ……」
私は旗色の悪い戦況を眺めつつ、唇を噛んだ。
そんな中、疾風の如き動きでキールさんがゴーレムに駆け寄って攻撃を仕掛ける。
突進のスピードを乗せた鋭い一撃――。
その切れ味は凄まじく、硬いゴーレムの胴体を横方向へ真っ二つに斬り裂く。さらに追撃を加えることによりゴーレムの上半身は細かく崩れ落ち、その場に轟音と振動が響き渡った。
途端に周囲でまだ戦える状態の兵士さんたちは弾けるような歓声を上げ、キールさんを羨望の眼差しで眺めている。
キールさん自身もその場で小さく息をつき、剣を鞘へと収める。そして決着を確信し、こちらへ向かってゆっくりと歩み始めた直後――。
「キールさんっ、危なぁああああああぁーいっ!」
異変に気付いた私は喉が潰れてしまうかと思うくらいの大声で必死に叫んだ。
でも時すでに遅し、キールさんが当惑しながらゆっくり後ろを振り返った瞬間にその体は宙に舞っていた。彼は激しい衝撃を受けて空高く弾き飛ばされ、弧を描いて私たちの方へ飛ばされてくる。
数秒後、彼の体は私たちのすぐ横に落下し、地面にバウンドしてから沈黙した。
(つづく……)
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
結婚して5年、初めて口を利きました
宮野 楓
恋愛
―――出会って、結婚して5年。一度も口を聞いたことがない。
ミリエルと旦那様であるロイスの政略結婚が他と違う点を挙げよ、と言えばこれに尽きるだろう。
その二人が5年の月日を経て邂逅するとき
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる