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『特別な人』29

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 玲子は突然のことに隣の匠吾を振り返った。

 匠吾は玲子を一瞥することもなく険しい顔で前方を見ているだけだった。


「あなた、ごめんなさい。
 お義母さんから早く孫を生みなさいと言われてプレッシャーだったの。
それで……」


「うちの母親が欲しかったのは俺の子だよ。

 誰か顔も知らない他所の男の子を欲しがる人間なんていないだろ。
 プレッシャーだなんてどの口が言うんだろう。

 リッチな暮らしがしたいばかりに勝手にプレッシャー感じてただけだろ? 
 2、3日猶予を与えるから出て行って。

 お金はご両親に建て替えてもらうか、どこかで借りてでも支払うように」



 玲子はひとり、自宅に返された。

 匠吾は玲子が家を出て行くまでは両親の部屋で過ごすことにしていた。

 そして玲子の実家へも報告書は送られており、すべからく当初の予定通り
沙代たちの計画は準備万端完了したのだった。


 玲子は離婚届を置いて迎えに来た両親に連れられて帰って行った。


 部屋に残された緑色の紙を匠吾はビリビリに破き、ゴミ箱に捨てた。


 次回何かで戸籍を見るまではその実、結婚歴などなかったことを
玲子が知ることはないだろう。


『ご愁傷さっま』と匠吾は呟いた。


 玲子が愚かだったため復讐に1年も掛からず済んでしまった。


 沙代と洋輔は玲子から巻き上げた慰謝料300万円を持って
再度の謝罪をする為に父の自宅を訪れた。



 総帥の茂は言った。
「ご苦労様」と。


 匠吾しかり沙代も洋輔も元来今回のように人を貶めたりすることのできない
人間で、これでやるべき仕事が終わったかと思うとほっとするのだった。


 そしてこの後3人は(祖)父や掛居家から離れた土地へと引っ越しして行った。


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