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Chapter15*ラスボスは、地下(ダンジョン)ではなく最上階にいる。
ラスボスは、地下(ダンジョン)ではなく最上階にいる。[1]ー①
しおりを挟む急いで服装と髪を直し、なんとか不自然ではない程度には体裁が整った。
CEO室はこの部屋のひとつ上、最上階にあるという。そんな説明を聞きながら、アキがCMO室のドアを開けたとき。
「あっ、」
「お待ちしておりました」
ドアの向かい側に立つ背の高い男性がそう言った。
がっちりとした広い肩の上にある小さな顔。奥二重のスッキリとした目元は、まったくもってニコリともしない。
鉄仮面統括だ…!
口を開かずにそう叫んだわたしに、高柳統括は一瞥をくれた。
に、睨まれた……?
何を言われるかとビクビクしたものの、彼は軽い会釈をくれただけで何も言わない。とりあえず叱られなかったことにホッとして、わたしも会釈を返しておく。
すると、アキの方が口を開いた。
「迎えに来てもらわなくても、CEO室くらい自分で辿り着けますが」
御曹司モードの上品な口調でも、ドラネコモードの軽やかな口調でもない。温度の低い声。
あ、これ……不機嫌モードだわ。
いくら“お邪魔虫”を喰らったからって、高柳統括に当たらなくても――。
半歩前にある横顔を見上げながら彼を諫めるべきか悩んでいると、統括さんが先に口を開いた。
「私は“万が一”の保険ですよ。『確実に連れてくるように』と仰せつかっておりますゆえ」
「それで“合鍵”というわけですか」
「私は『使うことにはならないでしょう』と申し上げましたが、CEOが『念のため』と」
「……パワハラだろ、あのクソ親父め」
最後の方のボソッと呟いた言葉に、目が点になる。
い、今……『クソ親父』とか言いましたよね!? この御曹司…!
珍獣を発見したかの如く目を剥いたわたしの視界に、更に珍しいものが飛び込んで来た。高柳統括の口の端がゆるりと持ち上がったのだ。
鉄仮面が笑った!!
まるで、『本当は歩けるはずなのに、自分が歩けないと思い込んで車いすで生活する少女が初めて立ち上がった』場面に遭遇したのと同じくらいの驚愕と感動だ。
「そう怒るな、オミ。それなりの時間はあっただろう?」
「………」
「青水から『任務完了』の連絡が入ってから、十分な時間は取ったはずだ。ちゃんと話をする分には、な」
口の端を持ち上げた高柳統括が、意味ありげにそう言った。
それってもしかして……。
わたしたちが話し合い以上のことをすることを見越した上での内線だったってこと!?
てことは……
密室でわたしたちがいったい“なにを”していたのか分かっているということよね!?
何もかもをすっかり鉄仮面に見透かされているかと思うと、一瞬で全身が発火した。無意識に、ブラウスのボタンの一番上を確かめてしまう。
若の“ご乱心”まで見越しているとは……ぐぬぬ、さすがお付きの人──じゃなかった優秀な部下ですこと…!
「さぁ、もういいでしょう、CMO。CEOが首を長くしておいでです」
ゆるめた口元を真横に戻した高柳統括は、そう言ってわたしたちを先導するように歩き出した。
CMO室からひとつ階上の二十階へ。
当然かもしれないけれど、下の階と同じ広さのフロア。
けれど、圧倒的に違うもの――それは扉の数。
どうやらこの階には、【TohmaグループホールディングスCEO室】と【トーマビール代表取締役社長室】しかないようだ。
重々しい雰囲気の長い廊下をそぞろ歩く。
一番前は高柳統括、その後ろをアキ。わたしはアキの半歩後ろだ。
これって“アレ”よね……勇者がぞろぞろと仲間を連れて冒険するRPG。
しかも、今まさに“ラスボス”のダンジョンへ乗り込もうとしているところじゃない?
それでいくとやっぱり、アキが“勇者”よね、うん。で、あのどんな仕事も完璧にこなしそうな統括さんは……“賢者”?
だとしたら、わたしは何だろう。“魔法使い”……はちょっと無理だから、う~ん、せいぜい“踊り子”か。
ゲームはほとんどやらなかったからよく分からないけど、とにかくほとんど役に立たないポジションなのは間違いないわ。
そんなことを考え出したら頭の中であの有名なテーマ曲が流れだして……。
ダメ! 現実逃避してる場合じゃないでしょ!? どうするの、『息子とは別れてくれ』って言われたら……。
『別れないと職を失うことになるぞ』『これは取っておけ』って手切,れ金代わりの小切手なんて渡されたりとか……。
今度は絵に描いたような妄想で頭の中が忙しくなる。
だって、それ以外に何があるって言うんだろう――大企業のCEOが息子の恋人に会いたいって言う理由が。
なんにせよ、アキはトーマグループの未来を率いるれっきとした後継者なのだもの。そんじょそこらのぼんぼんとはわけが違う、血統書付きの御曹司。
そんなことをぐるぐると考えているうちに、あっという間にCEO室の扉の前に。
先導していた高柳統括がそこをノックするのと、アキがわたしの手をギュッと握りしめてくれるのは同時だった。
「っ、」
勢いよく隣を仰ぎ見ると、アキが「大丈夫。あなたのことは僕が守るから」と言って頷いた。
握られた手に込められる力強さに、胸がじわっと熱くなり、強張っていた体からふわりと力が抜ける。
そうよ。わたしはどんな時だってわたしらしく。
誰に何を言われても、ありのままの自分でいる。装ったり取り繕ったりしない。
たとえ、それが親会社のトップであろうと、たとえ恋人の父親だろうと――だ。
アキと自分のことを信じるんだ。
扉の向こう側から「どうぞ」という声が聞こえた時には、あんなに暴れていた心臓は驚くほど静かになっていた。
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