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Chapter15*ラスボスは、地下(ダンジョン)ではなく最上階にいる。

ラスボスは、地下(ダンジョン)ではなく最上階にいる。[1]ー②

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さっきまでいたCMO室アキのへやの倍はあろうかという空間のど真ん中で、わたしはこの部屋の主と差し向って座っている。

当麻総一郎(そういちろう)――当麻一族の宗主にして、Tohmaグループのトップ。
その資産は一兆円を下らないとも言われ、財界は言うに及ばず政界や官界、文化界にも多くの影響力を持っている。

そんな人物が、アキの――わたしの恋人の父親なのだ。


「わざわざ迎えを寄越さずとも、私は逃げも隠れも致しませんが」

隣に座るアキが、開口一番そう言った。

「二週間ぶりに会う父親に言う最初のセリフがそれか」
「ここは“会社”ですので。“父親”として“息子”の僕に用があるなら、家でにして頂けますかね」
「よく言うな――家に帰ってくるつもりがないヤツが」「それは申し訳ございません。おかげさまで・・・・・・仕事がずいぶん立て込んでおりまして」

三人掛けとは思えないほど大きく上質なソファーは、恐ろしいほど座り心地が良い。

隣に座るアキと、その向かいの一人掛けソファーに座るCEO。二人の間に火花が散るのが、気のせいでありますように、と何度思ったことか。

緊張感ハンパない。居心地最低。

そんな中、わたしは揃えた両膝の上に手を乗せて、ピシリと背筋を伸ばし、黙って座っている。踊り子が舞いでも披露したら、この空気、何とかなるのだろうか……。

部屋に入ってすぐ、CEOから『とりあえず掛けなさい』と部屋の中央の大きな応接セットと案内された。
言われるがままそこに腰を下ろし、ムスリと口を引き結んだままのアキの隣で、自己紹介をするべきか悩んでいると、どこからともなく高柳統括がコーヒーを乗せたトレーを運んできて、それをわたしたちの前に置くと『私はこれで。失礼いたします』と言って去っていった。

そうしてしばしの沈黙ののち、最初に口を開いたアキが言ったのが、この火花散る会話の出だしというわけだ。


「あちらでの案件は上手くいったようだな」
「上手く行っていなければ、今頃私はここにおりませんが」
「どうだろうな。予定よりもずいぶん早く戻ってきたわりに、私のところに来なかったのは、報告しづらい結果になったかと思われても仕方ないだろう」
「心外ですね。今朝帰国して、そのまま先ほどのプレゼン大会に顔を出したので、そのような時間が取れなかっただけです。それにロンドンでの詳細は、既にメールにてご報告差し上げたはずです。お忙しくて、まだご覧になっていらっしゃらないのでしょうか」
「無論既に目を通してある」
「それならお忙しい・・・・CEOにわざわざお時間を取って頂くほどのことでもないという私の判断は正しいでしょう」
「ああ、おかげで・・・・わたしも忙しくさせてもらっていてな。部下・・の急な休暇への対応に必要なことだし」
「労働環境がホワイトでなによりです」

うひゃーっ、空気ワルっ! 居心地最低最悪。

口を挟む余裕など皆無の応酬に、ヒヤヒヤハラハラしながらも、黙って視線で二人を往復するわたし。

もし今『わたし踊ります』なんて言ったら、この垂れ目親子に同時に睨まれることは間違いなし。

姿勢を崩さず黙ったままそんなバカバカしいことを考えていると、CEOの方が「せっかく来たのだから、直接あちらでの成果を報告してもらおうか」と言った。

 “あちらでの成果” ――それはきっとアキが急遽行ったロンドン出張のことなのだとすぐに分かる。

彼は前任の欧州支部長だったはず。そこでの仕事が終わったあと、グループの最高マーケティング責任者の職に就いたのだ。
それなのにどうしてその彼が、またあちらに行くことになったのか。確かに気になるところではある。

じっと隣を見つめていると、アキがわたしの方に顔を向けた。

「僕がロンドンに行ったのは、欧州赴任の時に取り付けたあちらのmicrobrewery(小規模醸造所)との業務提携に関して新たに加えたい条項があったからなんだ」

CEOとのやり取りの最中にも関わらず、アキはわたしにわざわざ説明をしてくれた。わたしひとりが話について行けないことがないよう、きちんと慮ってくれたのだ。

「その交渉を、僕の後任である現在の欧州支部長に任せていたのだけど、あちら側の職人クラフトマンがどうしても僕とじゃないと話をしないって言い張ってね。そのクラフトマンは職人頭で、彼を納得させない限り、新しい条項追加どころか、もともとの業務提携も白紙になり兼ねない」
「えっ! そんな……」

大変な時間と労力をかけてとりつけたのであろう契約を、白紙にされるなんて……。ふりだしに戻るよりも質が悪い。

「それで、そのことを現任の遠山支部長からの報告を受けて、僕は急遽ロンドンに飛んだんだ」
「そうだったんだ……」

わたしとあんな風にけんか別れしたあとのアキに、そんなことがあったなんて。
知らなかったとはいえ、もっと彼の事情も考えるべきだったと自分の至らなさを痛感した。

膝に置いた両手を見つめながらキュッと唇を噛むと、隣から大きな手が私の手に重ねられた。驚いて隣を振り仰ぐ。

「そんな顔しないで。仕事は無事成功させたから」
「そっかぁ……おめでとう、アキ」
「ありがとう。あなたの顔を早く見たくて、そのためにいつもの何倍も頑張ったんだ」

目尻の下がる大きな二重まぶたを甘く細めたアキが、「褒めてくれる?」と言いながらわたしの顔をのぞき込んでくる。

溶けかけのチョコレートみたいなブラウンアイの奥に、さっきまでの熱がチラリと見える。
その熱にわたしの方が溶かされそう。甘ったるいものなんて苦手だったはずなのに、胸がキュンと高鳴りさえする始末。

ああ、わたし。彼のことが本当に好きなんだ。

アキの瞳を見つめながらそう思った時、「こほんっ」と咳払いが聞こえた。
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