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Chapter13*泡はなるもの?帰するもの?

泡はなるもの?帰するもの?[1]ー④

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「静……今からそれを食べるつもりか?」
「え?」

声を掛けられて顔を上げると、隣から晶人さんがわたしの手元をのぞき込んでいる。

「いくら好物だからって、それを食べるのはプレゼンが終わった後にした方がいいぞ?」

渋い顔をしている彼に、わたしは「あはは、と笑ってから、「さすがに今は食べませんよ」と返す。

コンペ資料と一緒にカバンの中から出したそれは、森からの差し入れ。
“ウィスキーボンボン”だ。

「これは森からの“差し入れ”なんです」
「森がこれを……?」
「はい」

前日の更衣室で森に言われた通りに、わたしは新幹線の中で彼女から貰った包みを開いてみた。

紙袋の中に入っていたのは片手に乗るくらいの四角い箱。
ラッピングを開いたわたしは思わず口に出して「これ、うちのじゃない!?」と突っ込んだ。

バレンタインに貰ったのと同じ、売店のウィスキーボンボン───れは例の・・発注ミス品。

このウィスキーボンボンは割と好きだし、森の販売計画が上手く行かなかったら少し買ってもいいかも、とは思っていたけれど、最終決戦ラストプレゼンに向かう時のお供にはちょっと……。

いくら少量とはいえアルコールが入っているのだから、仕事前に口に入れるのは憚られる。
森ちゃんよ……。いくらせっせと売って行かないといけない商品だからって、プレゼンの差し入れにこれはどうかと思うぞ?

「さすが森ちゃん……」

新幹線の中で口にしたのと同じことを呟くと、隣から「……だな」と返ってくる。
わたしはそれに頷きながら、頭の中で(晶人さん、森の“さすが”はこんなもんじゃないんですよ……)と呟いた。

声に出さなかったのは、“それ”を見せて晶人さんに変な誤解をされるのも、その誤解を解く説明をするのも面倒だっだから。

『さすが森』の真骨頂はウィスキーボンボこれンじゃない。

これと一緒にもうひとつ何か入っていることに気が付いた。
取り出してみると、それはお守り。

(森は“もり”でも、おまもりか~!)

上手い! ――なんて思いながらそのお守りをひっくり返した瞬間、反射的に絶叫しかけた。

書かれていたのは―――『安産守』

全然上手くなーーいっ!!

森よ…! 寄りにも寄ってどうしてこれを!?
家内安全、商売繁盛、学業成就……もっと他にたくさんの種類があっただろうに。
あれか。『案ずるより産むがやすし』って背中を押してくれるつもりだったの……!?

ほんと、うっかり誰かに見られたらもれなく誤解を受けそうで、慌ててカバンのファスナー付きポケットにしまった。

だけど落ち着いてくるとおかしくなってきて、そのあとしばらく新幹線で笑いを噛み殺し続けるはめに。
一人で涙が出るほど笑い転げて(新幹線の中だから脳内だけだけど)、その涙を拭ったら、色々なことを怖がっていたことがバカバカしくなった。

工場に戻ったら森に『なにこれ!』って言ってやろう。

その為にも、今はプレゼンに集中。失敗なんてしたら森に文句を言えないじゃないか。

「でもまあ、最近の森はよく頑張っているぞ?」
「それはまあ……そうですね」

ウィスキーボンボンを見ながらそう言った晶人さんに、わたしは苦笑いで頷く。

そもそも森は、“やれば出来る子”なのだ。
周りのことをよく見ているし、英語力もそこそこある。ないのは“やる気”だけ。
だけどそんな彼女にも、最近少しずつ変化が見られていて――。

「そのウィスキーボンボンの販売計画、自分で立てたものをきちんと実行しているし、アテンダントとしての知識増やそうと頑張っているようだ」

晶人さんの言葉に、「そうですね。森ちゃん、最近頑張っていますよね」と相槌を返す。

森ちゃん、良かったね。上司からのお墨付きも貰えたじゃない。

わたしとの間で起こった発注トラブルが、彼女のやる気に火をつけたのかもしれない。
あの時の自分は今思い返してもボロボロすぎて、ほとんどヤツ当たりだったと森には申し訳なく思うけれど、彼女がそれで腐らずに逆にやる気を出してくれたのなら、こんなに嬉しいことはない。

わたしの本社出張を『ただで東京いいなぁ』なんて言っているのは相変わらずだけどね!

彼女との会話を思い出して、思わずふうっとため息をつくと、わたしの手元を覗き込んでいる晶人さんが、ふわりと柔らかく微笑んだ。

(あ、珍しい……)

職場でよく見る作りものっぽい笑顔ではなく、とても自然な笑顔。

微妙にズレているところがある森だけど、彼女のそういうところをきっと晶人さんも嫌いじゃないんだろうな。

わたしだって、森の“きもち”がたっぷり籠っているという“お守りさしいれ”を見て、自然と肩の力が抜けて無駄な気負いが取れたのだ。

(しっかりやるべきことをやらなきゃね)

せっかく森に“憧れの女性”と言ってもらえたのだ。彼女の期待を裏切らないよう、仕事くらいはきちんと出来るカッコイイ女でいたい。

わたしは森からの差し入れをカバンに戻し、大きく深呼吸をした。

ちょうどその時、控室のドアがノックされ、返事をすると開いたドアから入って来た女性に名前を呼ばれる。どうやら出番のようだ。

「頑張れよ、静」
「はい!」

しっかりと返事をしたわたしは、控室を後にした。

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