あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお断りいたします。

汐埼ゆたか

文字の大きさ
上 下
47 / 106
Chapter11*こぼれたビールは戻らない。

こぼれたビールは戻らない。[2]―①

しおりを挟む
ソファーの上で目を覚ました時、わたしの目に映ったのは意識が落ちる寸前と一ミリも変わらない部屋。変わったところがあるのは明るくなった窓の外だけ。

待てど暮らせど、アキはとうとう帰ってこなかった。


(もしかしたら急な仕事が入ったのかも……)
(黙って来たから、アキはわたしが待ってるなんて知らないもの……)
(もしかしたらスマホには、アキから何か連絡が入っているかもしれない……)

ホテルを出て自宅へ向かっている間中、わたしは頭の中でそうくり返し考えていた。
そうしていないと、頭の隅から悪い予感が染み出してきてしまう。

(そんなはずない。アキはそんなひとじゃない)

そう何度も繰り返し、自分に刷り込むように唱える。真っ黒なものに思考が侵食されないように。

黒い思考を横に追いやることに成功すると、今度は彼の安否が心配になった。

(何かあったのかな……)
(疲れが溜まりすぎて、どこかで倒れていたらどうしよう)
(そんなことない。きっとスマホには何か連絡が入っているに違いない)

とにかく一回家に帰って、スマホから連絡してみよう。

疑心暗鬼と不安のはざまで揺れながら、わたしは自宅へと急いだ。

***

マンションのエレベーターで三階まで上がる。エレベーターの中でボストンバッグの中から家の鍵を出し、それを握ったまま共用廊下を進んだ。すると一番奥の部屋の前に人影が。

仕立ての良い紺色のスリーピース――あんなにも待ち焦がれた人がそこにいた。

「アキっ!」

どうしてここに――とわたしが口にするより早く、彼は言った。

「どこに行ってたの」

どことなく冷ややかさの滲んだ声に、一瞬声を呑む。「……それは、」と言いかけたわたしの言葉を、硬い声が遮った。

「コンビニ、とかじゃなさそうだね。そんな大きな荷物を持って」

彼の視線は、わたしのボストンバッグに。

「これはっ、」
「何度電話をしても出ないし、メッセージも読んでくれない。何かあったのかと心配して来てみたんだけど――」

どうしてわたしが責められないといけないの!?

電話に出られなかったのはスマホを忘れたわたしが悪いのだけど、このカバンはアキの部屋に行ったからだし、そっちこそ一晩どこに行ってたの!? わたしだって何かあったんじゃないかって心配してたのに!

言いたいことや訊きたいことが、頭の中で炭酸みたいに次々に湧き上がってくる。
そのせいで一瞬言葉に詰まったわたしに、彼は鋭い視線を向けた。

「言えない場所――とか」
「なっ!」

そんなわけない!アキの部屋に居たんだから―――

そう言おうとしたけれど、彼が次に放った言葉に絶句した。

「もしかして結城課長のところ……とか」
「え!?」

どうしてここで晶人さんが出てくるのか意味が分からない。眉をひそめたわたしに、アキはその答えを口にした。

「結城課長とは大学の先輩後輩なんだってな」
「それはっ……そうだけど、でも」

それが何? 大学時代からの知り合いだからって、どうして今彼のことは関係ないじゃない。

「昨日彼が嬉しそうに話してくれたよ。『自分が静川をこっちに呼んだんだ』って」
「それは、」
「『静川は昔から優秀だった。部下になった今も大事な存在であることに変わりはない』ってね」
「………」

晶人さんがどういうつもりでアキにそう言ったのかは分からない。
だけど、別に晶人さんは嘘なんてついていない。わたしたちは大学の先輩後輩で、職場では上司と部下。

それに、辛い転職時代を乗り越えることが出来たのは間違いなく晶人さんのおかげで、わたしにとっても大事な存在なのは同じ。

「だからなに? それがアキと何か関係がある!?」
「――ないわけないだろっ!」

珍しく声を荒げたアキに、わたしの肩がビクリと跳ねる。その様子を見た彼が「ふぅっ」と息を吐いて声のトーンを落とした。

「結城課長と話す時のあなたは、すごく普通の“女の子”だ」
「なっ…! なにそれ……意味が分からない」

そもそも“女の子”という年じゃない、とか。“普通の”ってなんだ、とか。
本当に言うべきはそんなことじゃない。アキがどうしてそんなことを言い出したかということなのに。

「いつも僕にはかたくななほど“年上ぶる”のに、彼の前では全然そんなことなくて」
「………」
「昨日も、頭を撫でられて嬉しそうだったしな」
「っ、……だってそれは、」

晶人さんは、当たり前だけどわたしより年上で先輩で上司で。しかも彼は昔からあんな感じでわたしにとっては“お兄ちゃん”な存在。

今さらそれをどうこう言われても……!

グッと奥歯を噛みしめた時、突然伸びてきた手にあごを掬い上げられた。

「ア、」
「メガネは?」
「え」
「メガネはどうしたの?」
「あ、……忘れて、」

「どういうこと―――」

低く唸るような声。鋭い瞳。
これはかなりまずい。アキが本気で怒っている。

落ち着け。落ち着くのよわたし。
メガネはホテルで外してソファーテーブルに置いたんだった。どうせ伊達だから、掛けっぱなしは邪魔くさいし――と。

朝一番の帰宅。
電話も出ない。
明らかに“お泊りセット”と分かるカバン。
外したまま忘れてきたメガネ。

これじゃまるで浮気者の朝帰りだ。アキが怒るのもうなずける。

きちんとこれまでの経緯いきさつを説明して、今度はわたしが彼に「昨夜ゆうべはどこに行っていたの」と聞く番だ。

そう思って息を吸いながら口を開きかけた時、彼の腕にぶら下がっているものに気が付いた。
大小ふたつの紙袋。そのうちのひとつは――。

小さな薄いブルーの上質なもの。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

忘れたとは言わせない。〜エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました〜

青花美来
恋愛
「……三年前、一緒に寝た間柄だろ?」 三年前のあの一夜のことは、もう過去のことのはずなのに。 一夜の過ちとして、もう忘れたはずなのに。 「忘れたとは言わせねぇぞ?」 偶然再会したら、心も身体も翻弄されてしまって。 「……今度こそ、逃がすつもりも離すつもりもねぇから」 その溺愛からは、もう逃れられない。 *第16回恋愛小説大賞奨励賞受賞しました*

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

一夜の過ちで懐妊したら、溺愛が始まりました。

青花美来
恋愛
あの日、バーで出会ったのは勤務先の会社の副社長だった。 その肩書きに恐れをなして逃げた朝。 もう関わらない。そう決めたのに。 それから一ヶ月後。 「鮎原さん、ですよね?」 「……鮎原さん。お腹の赤ちゃん、産んでくれませんか」 「僕と、結婚してくれませんか」 あの一夜から、溺愛が始まりました。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。